次から料理で砂糖出すあなた~卵焼きに一粒の御砂糖を~
卵焼きの作り方を教えてくれるということで私はまいなちゃんと一緒に智子の家にいます。
うん。智子のうちはいつもこぎれいだ。族時代はたまり場にしてたけど。
おじさんおばさんごめんなさい。
智子のおじさんは強面で皆に『組長』と呼ばれていたけど花屋さんだ。
びっくりするほど綺麗に花を活けることが出来るのです。
こんにちは。知らない人。私はあなたの事を知らないけどあなたはどうですか。
同じお花でもおじさんが活けたり花束にすると全然違うよね。
そう言うと智子は誇らしげ。「だってお父さんはお花の師範やってたもの」
おばさんは日本舞踊と茶道をしていて知り合ったらしい。
「それでどこをどう間違えたらこんな爆弾パーマが出来る」「殴るぞ。今は聖子ちゃんだ」
おうやってみろ。弱いくせに。「うっさい大魔神。カマトト」「このぶりっこ」「うっさい。やーいやーい。つい最近までキスしたら子供が出来るとか思ってたくせに~」「そんなことあるわけがっ」
不毛な争いを続ける私たちのそばで小さなお花と優しい緑の細い草が揺れていました。
「また喧嘩している」「暴走族辞めたと思ったら」
当時を知っている村神のおじさまおばさまの二人には頭が上がりません。
恐縮する私の胸を見ながら村神のおじさまが耳打ち。
「聞いたぞ。丘の上のお化け屋敷……古物商に出入りしてるって。やっぱり大人のあれも」「あんた。何言ってるの?」なぜかおばさまの機嫌が宜しくありません。
なぜか肩を落とすおじさまと彼をにらむおばさま。どうしたのだろう。
「あの子は意外と初心だから」「ヤクザを殴り倒して広島港に蹴りこんだ癖にカマトトだからなぁ」おば様といいおじ様といい何を。
「中学二年で仲間助けるために事務所にカチこんで全員ぶちのめした上に正当防衛で無罪だしね。こやつ」「ばずーか? だったっけ。出てきたもんな」「あの組全員逮捕で壊滅だしな」
「チキンランで相手ともども盗難車で崖から落ちて自分は生存したしね」
「いや、相手は一応生きていなかったっけ」「そうそう。先日退院したらしいよ」「盗んだナナハンでウイリー走行した挙句、対向車で大ジャンプかまして警察車両を飛び越えたって聞いたことが」だいたいあってますけど全然違います!?
「ロシアンルーレットやって勝った中国マフィアに最後の弾を突き付けて『今後仲間に手だしたら』とか言ってるのを見たときは流石に私までちびりそうだった」「そんなことまでしてたのか。良く生きてたな」
人の恥部をいちいち回想しないでください?!
「お前は中学生の時代にどれだけ悪事を重ねたのだ。それならワシを抱き上げることが出来るのも納得じゃ。業の深さは体重と変わらんからな」「まいなちゃん。今のはみーんな?! 村神のおじさまたちの冗談ですからね?! いいですか?! ぜったい! ぜったい! 紺野さんに言わないでください。もし言ったら」
思わず赤面していた顔から血の気が抜けて目に力が入っていくのを感じました。あ。
普段のニタニタ笑いを消してまいなちゃんは真顔で答えました。
「言うわけがなかろう。ワシだって消滅する気はない」良い子です。
「というか、紺野には御見通しじゃと思うがな」と彼女は続けるのを忘れませんでしたが。
それより。
この雑草。なんかイイ感じ。
小さな実がついていて、派手なお花と不思議な調和を出していて。
智子の家に活けられている花や、商品の花なんて族時代は気にしなかったけど。
「雑草なんて草はないのさ。美夏ちゃん。みんな名前が有って一所懸命に生きている」「まぁうちのの作る花束は天下一品だし」
そうそう。ちょっときつめの香りにさわやかな香りもついて、小さな風に揺れる様子も素敵で。
「それをブン投げたり蹴ったりしていたのは誰でしたっけ」「おじ様。本当に本当に申し訳ありませんでした。頼みますからまいなちゃんの前で言わないで」
『組長』の言う事には逆らわないのがルールでしたが、当時の私たちってそういう小さな命への配慮が足りなかったと痛感できますね。
「しかし化けるな」「そりゃ私の娘だしな」
私の胸元と智子の顔を見比べながらおじ様。
ふとおばさまを振り返っておじ様がぼそり。
「確かにそうだな」「殴るぞ」
おばさまがお花や茶道や日本舞踊を習わされた理由が少し分かった気がします。
お弁当に入れる卵焼きのコツは塩味でも醤油味でも構わないのですが一粒砂糖を入れる事だそうです。
まいなちゃんが言うにはそうすることで卵の結合をいいかんじにして汁いっぱいの卵焼きにするそうです。
理由としては小さな気泡? 空気の穴がいっぱいできるからだそうで。
それが時間を置くと歯でかんだときに沢山だし汁が出る理由になるそうです。
白身部分が気泡を捕まえるので、激しく混ぜるのではなく箸で白身と黄身を何度か切る感じにするほうがいいそうで。
「日本風の巻き卵なら箸で切ったあと軽く解くだけで良いぞ。そのほうがふっくらする」
智子がそういって作るお弁当には小さなパセリが入っていました。
薄焼きの黄色に小さなパセリの緑。ふりかけが少し入ったご飯。色取りのおかず。
「薄焼きって思ってるだろうけど違うぞ。これは一度に入れる卵の量を増やしているんだ。実は高熱で一気に作ってる。焦げが一切つかないのはそのためだ」忙しいですね。
私はちょっとキラキラした目の彼女の鼻先に声をかけてやります。
「やっぱりあなた花屋の娘ね。見た目も綺麗」「もっと褒めて良いぞ」
「浅生先生にほめてもらえたらいいね」「頼むから浅生の職を奪うのは辞めて欲しいのじゃが」
女の子同士の話に花が咲くわたしたち。
たった一粒の御砂糖や小さな草がすべてを押し上げることだってあるんですね。
「今日こそ勝負をかける」「頑張って!」
「浅生先生が停職にならん程度にしてくれよ」「娘よ。がんばれ」
結果ですか?
男の方は『美味しい』以上の事はなかなか仰らないようです。
何処が苦労するとか、ここのこだわりを見て欲しいとかなかなかそうはいきませんよねぇ。
私も苦労しているのですよ。これでも。
私の名前は夢野美夏。
ピチピチの16歳女子高生。
私の親友の名前は村神智子。
元爆弾パーマのぶりっ子ちゃん。
私たちの好きな人たちは。
「あの二人はなんでも知っているのに女心には」「疎いよね」
揃って爆沈です。どうしてこうなった。
男どものダメな回答。
「ちょーすげー。うめー」
男が考える比較的ましな返答。
「練習(仕事)の後だから よけいに おいしい」
「自分の大好物だから おいしい」
「君が作ってくれたから おいしい」
……男から見た彼女の手料理=『取り敢えず旨い』=愛情。
女が見て欲しい処。
「下味がしっかりついてて おいしいね」
「彩りがきれいだね!おいしさ倍増だよ!」
「だしは何でとったの?」
……『(愛する人に)実力の限り美味しく作る』のはむしろ当然であり、
どれだけ相手に美味しいと思ってもらえるために心を砕いたのかとか、
そのためにどんな地味な苦労をしたか。愛情の具合を悟ってほしい。
※画像は鴉野自作。胃腸を整える蒟蒻玉。タンパク質四種ソーセージ卵そぼろいかなご。
疲れを取る酢の物。塩分のための削り昆布と梅干し。




