オニオン剥けと ~玉ねぎ炒めと冷凍と~
この玉ねぎ。凄く美味しいね。
サラダに入っている玉ねぎ。玉ねぎなんて目が沁みるし鼻が痛くなるし、臭いし苦いしであまり好きではなかったのですが。
というかまいなちゃんは本当にお料理が上手だけど浅生さんは幸せですね。
「何故?」「ロリコンだと解っていますから」「ろりこんじゃないです」
がくりと肩を落とす浅生さん。
それを聞いて紺野さんとまいなちゃんは笑っていました。
鼻筋から喉、喉から胃までスッと入ってくる涼気。
背筋をすっと伸ばして箸を綺麗にもって慎重に綺麗にはさんで唇に運びます。
カッコよく箸を扱えるように練習したのです。うん。
やっぱり紺野さんの前で箸を二本五本指で握りこんで搔きこむわけにはいかないのです。
ゆっくりと唇を開いて舌の上に乗せて広がる苦味が今は心地よくて。
惜しみながら歯でゆっくり潰すと共に甘みが広がっていくのがとても楽しい。
「この玉ねぎ。智子に食べさせてあげたいな」しゅわっとした涼気を鼻で酢って何度も甘い唾液と混ぜるように噛んで喉に飲み込みます。
「智子ちゃんは玉ねぎ嫌いだものね」「うん。すっごく嫌いだよ。自分の頭が玉ねぎだって言われるとすっごく怒ってたし」今はぶりっ子の聖子ちゃんだけどね。
丁寧に箸を扱い、背筋を伸ばして机につゆがこぼれないように左手を動かし。
「例によって何か秘訣があるんですよね」
話したくてたまらなさそうな紺野さんを見るとちょっと楽しいです。
「この間はピーマンが少し好きになりました。今度は玉ねぎなんでしょ」「正解」
この玉ねぎの薄切りは炒めたものだと思っていたのですが凍らせたものだそうです。
何でも炒めると植物の細胞を壊して味を出すわけだそうで。
「凍らせて絞っても植物の細胞は壊れる。つまり同じじゃからな~」また冷蔵庫ですか? 先日大失敗したのですけど。
「他の野菜の和え物もあくが強いものは別として凍らせて絞ったほうが理屈上は美味しいのだけど。まぁ確かに今の冷蔵庫では普通にやったらそうなるね。将来的には人間の技術も向上すると思うけどその前に滅ぼすしね」
冗談はさておきというか紺野さん。
まいなちゃんが普段どうやってあんなに霜が降りずにそのまま凍らせているのか秘訣を知りませんか。
「座敷童のアレかい? 魔法だろ」「妖術」「妖怪の力じゃ。知り合いの雪女から教わったのじゃ」
この三人。相変わらずです。教える気ないのですね。
原理的な解説を紺野さんがしてくださいました。
お野菜が凍ったものを解凍すると細胞壁が膨張して壊れるそうで。
小松菜などは一回凍らせてから半冷凍状態で絞って和え物にするとおいしいとのことです。
「冷凍すると保存が効くが野菜も米も不味くなる。それはまだ人間の技術が追いついていないからじゃ。理論上はちゃんと凍らせて解凍できればもっともっと美味しいものが作れるようになるぞ。大根なども解凍してから炊いたほうが出汁水を吸うようになって将来的に美味しくなるじゃろうな」ぱっさばっさですっごく美味しくないのですが。楽しみにしておきます。
「鵲じゃないがシジミやアサリは凍らせて使っているなぁ」「あ。それは時々お母さんがやっています」あとイワシもたくさん買ってきて凍らせては色々な料理に使っていますね。臭くなりますけど。
「将来的には臭くなる前に凍る冷蔵庫が出ると思うぞ。美夏君」楽しみにしておきます。
この玉ねぎも一回薄切りにしたものを凍らせてから炒めたそうです。
「もともと炒めているような状態じゃから三分の一の時間で作れるのじゃ~♪」でもまいなちゃんの綺麗に凍らせる『魔法』は教える気なしですね。解りました。
将来、未来の旦那様に良い冷蔵庫を買っていただきましょう。
私は視線を少し上げて私の良く知る長身の男の人のすっと通った鼻筋を見上げてあげます。
「ねぇ。紺野さん」「何故だ。なぜか寒い。夏が近いのに」っふふふ。
「うむ。ちなみに冷凍ミカンはそのまま凍らせてもぱさぱさになって不味い。お前の知っているアレにならんぞ」給食によく出てくるけどそうなんだ。
「あれはね。氷水に漬けてコロコロ転がしながら丁寧に凍らせているんだよ」
「解凍するときは室温だと汁が出て不味くなるが、氷水でゆっくりと温度が一定になるのじゃ」凍らせたり溶かしたり大活躍ですね。氷水さん。
で。紺野さんは台詞を取られてもニコニコ笑いながら珈琲を淹れていたり。
でも今日は珈琲を淹れる必要あるのかなぁ。
「そうそう。お茶も実はお湯ではなく、氷をゆっくりゆっくり溶かして淹れるとうまみ成分がよくでるのじゃよ。冷蔵庫の中は可也良いぞ」はい。了解しました。どうせまたお母さんに叱られるんだろうけど。
ラジオは流行りの曲を流しています。
ふわっと流れる甘い香りの湯気を鼻で吸い、香りを舌で味わい。
あ。これ智子が聞きたがってたヤツだ。
『恋する玉ねぎ』って智子じゃない。ふふ。
その曲を聴いている間終始不機嫌だったまいなちゃんが小さな着物の裾を動かして浅生さんの服をちょんちょん。
「浅生。お前気付かなかったのか」「何が? 鵲」
その様子を見て私はげんなり。男ってこんなヒトばかり。
智子。骨は拾ってやる。泣いていいのだぞ。
「音楽が好きって大変だな。智子ちゃん」
「良い音質のテープは相応に短時間しか記録できないからな」
紺野さんは気づいたらしいですけど。
と、いうかです。アレが智子と気付けるのに私の気持ちは無視ですか?!
話変わって。知らない人の為にお話します。
殆どの音楽はレコード屋さんで売っていないので、ラジオでリクエストして、それが採用されてそれが流れている間にテープで録音して、テープの爪切りをして保存しなければいけないのです。
それを基本音源にして編集したものを別のテープにダビングします。
このように音楽が好きなだけならさておき、特定の音楽をいつでも聞きたい場合とても手間がかかります。
それを知らなかった頃は智子と本気で喧嘩しましたけど。
「音楽も人間もその場その場の出会い。一期一会さ」そう紺野さんは仰いますが。
なんどもなんどもダビングすると劣化するように、
なんどもなんどもつれない態度を取られると私にも考えがあるのです。
すなわちストライキです。
労働者の権利と浅生先生もおっしゃっています。
「解りました。一期一会が大事ならば私は明日からアルバイトをサボります」「ダメ」「ダメ」「仕事はお手伝いでもやれ。美夏」
最近、こういう冗談を言ってもお二人とも本気で返事せず、冗談で応えてくれるようになったんです。
ちょっとうれしいですよね。
「先生! 労働者の権利はどうしたのですか?」「ぼくは教師だ。公務員に労働組合は存在しない」
というか、生徒のアルバイトを黙認するダメ教師じゃないですか~!
「村神くんもそうだが、君の更生上必要と教頭に話している。問題ない」「なんですかそれ。聞いていませんよ」大人って汚いです。
泥まみれの玉ねぎさんが愛おしくなる程度には。
私の名前は夢野美夏。
キャピキャピの16歳女子高生。
私の好きな人は。
「あなたはなんでも知っているのね」「そうでもないさ。知らないこともある」
とても変わった人なのです。だから私は彼を更生させるために頑張っているのです。
「札付きの暴走族の君が言うか」「浅生先生! それは言わないでください!」




