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かふぇ&るんばっ♪1980  作者: 鴉野 兄貴
遠くの星から来た男

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23/49

うっそ?! ~茹で卵は水の中で剥こう~

 このソーセージ美味しいな。

旨み一杯の肉汁が舌の上でじゅわっと広がって歯でかむとパリっと音がして。

豚肉って甘みがあって美味しいんですよね。多分この匂いは紺野さんが作ったハーブかな。

口の中で甘い唾液と混ぜて、美味さを惜しみながらゆっくりと飲み干します。

「美味しい」

そんな私に何故かニヤニヤと笑うまいなちゃん。

「そんなに美味しいのかぁ」「うん。これもまいなちゃんたちが作ったの?」

なんとなくそんな気がしてきました。

「焙煎は紺野がやった」「道具は浅生が作った」「調理はわしじゃ」やっぱり。

「もう一本おっきくてデカいの食うか」「うん」子供のように足元の幼女に膝まづいて首を縦にふる私にまいなちゃんはボソリと呟きます。どうしたの?

「おぼこか」「おぼこって?」「カマトトか」「誰がカマトトですか」

そういえば智子はこんな美味しいものが食べられないなんて残念。


「奉仕が足りんのだな。貴様は」「????」


 はぁとため息をつき、そして可愛らしくにかっと笑うまいなちゃん。

「まぁだからワシらはおぬしみたいなのが好みなのじゃが」「ありがとう」

悪気はない。らしい。うーん。


 そんなまいなちゃんはゆで卵の作成中。

踏み台をいくつも積み上げて調理をする姿は危なっかしいのですが。

というか、こんな小さな子に火を扱わせてはいけませんよ浅生さん。

「こら。邪魔するな。茹で卵を美味しく作るのは難しいのじゃ」そんなものお湯に突っ込んでおくだけじゃない。


 もわもわ。もわもわ。

ぶわっ。換気扇をつけようよまいなちゃん。

「まぁお湯に突っ込んでおくというのは比較的適切じゃが」でしょ?

「お前の事だから水から茹でそうじゃ」そういってこっちに振り返るまいなちゃんの顔は残念な子供を見る顔です。

「違いがあるの?」「温度。沸騰した水は100度で固定じゃろ?」ああ。コンロの熱は一定じゃないってお話なのね。

「本当は微妙な温度調整とか、冷蔵庫に入れていた卵が急に熱の中に入る影響とかをワシは考慮しとるが、お前には無理なのじゃ♪」はい。火の扱いは六つに満たないまいなちゃんに完敗ですね。認めます。

まいなちゃんが言うには冷蔵庫の卵って思いのほか温度変化に晒されるし、一気に冷えていたものが熱くなるのは宜しくないそうで。

「普通は常温の卵を使う」「へぇ」「生みたてがベストじゃが農家じゃあるまいに」「ふふ」

でも、流通ってすごいですよね。この間教わりましたけど。


 まいなちゃんは沸騰したお湯にゆっくり丁寧にお玉で卵を沈めていきます。

「こうせんと割れる」「あ。良く割ります」「そしてかき混ぜる。これは黄身を真ん中に配置するためじゃが」もわもわ。もわもわ。

彼女はひょいっと踏み台を蹴って飛び降ります。

「作っているのを見ておいてやるから自分でやってみるのじゃ~」え。


 ニシシと笑うまいなちゃん。

「紺野に料理を振る舞える『ちゃんす』じゃぞ~♪」「やります」


 今日は夏服を洗濯にだしちゃったので暑いのです。

制服の腕をたくしあげ、トラックに特攻して道を切り開く覚悟でコンロに向かう私。

「お前はいつまで暴走族を引きずっておるのじゃ」肩を落とす足元のまいなちゃんに構えないほど私はちょっと混乱中。

これ、うまく転がらないし。うわっ? もわもわ熱い?!


「こら。かき混ぜるのはほどほどで良いぞ。割る気か」


 だって? だってゆで卵なんてほうっておいても出来るじゃない?!

「愚か者。火の扱いはしっかりせぬか。ワシですら火事は困る」

ピカの時は浅生の家が燃えるというか消えて大変じゃったんだぞと続けるまいなちゃんですが正直まいなちゃんのいつもの冗談を聞いているほど余裕がなく。

「武器を持った十人、一人チャカ持ちに囲まれても笑いながら撃退したおぬしとは思えんな」何故あなたが知っているのとため息に反論する余裕もなく。

「よし。ザルごとお湯から上げるのじゃ! 即座に水で冷やせ」「ひょえ?!」

いきなり話しかけられて鍋の中のざるをほうり上げるようにしてしまい、そのまま氷水が腕と顔にかかって。

「まぁ。ぬしにしては上出来じゃ」「ありがとう」びしょ濡れだったはずなのになぜか制服があっという間に乾いちゃいました。下着も。

暑いから? 変なの。

あと、沢山水が飛び散った筈なんだけど。

「こうやって流水を入れてかき混ぜながら温度差で殻を割っていくのじゃ」

あまり冷やしすぎると今度は暖かくないから注意じゃな。

そういうまいなちゃんは「こら。主が作るのじゃ」といって大きな踏み台から飛び降り、それを脇にどけて私の御尻を叩きます。背伸びして。

「無駄に足が長いからケツを叩くのにも苦労する。腰が細い割にデカケツじゃから良い子が出来そうじゃな」「あのね」

一応言っておきますがそう言う知識くらいありますよ? 保険の成績は悪くはないのですから。皆得点は隠しますから実態は知りませんけど。


 流れる水がもったいないと手を伸ばすとダメと叱られました。

なんでも流水は温度が一定だからだそうです。難しいのですね。

「こら、水につけたまま剥け。綺麗に剥ける」「うっそ? あ。ほんとだ」

「今度は冷やしすぎるなよ。水につけているのはゆで卵自らの熱で熱くなって固くなるのを防ぐからじゃが」うわっ?! 忙しいし?!


 こうしてまいな先生のおかげで私は美味しいゆで卵を作ることに成功しました。

「保存するときは冷やせばいいが。まぁ今回はな」

そういえばまいなちゃんが『ゆで卵を作るのを忘れた』と言ったのはわざとだったのかもしれません。沸騰したお湯も冷水も生暖かい卵もちゃんと準備出来ていたし。


「ほれ。紺野に出してやれ」


 え? えっ? ええっ?!

そ、それは時々紺野さんに頂きますけど私なんかがつくったものが。


「男は餌付け出来るぞ。はじめは若い娘の身体を狙う狼さん。餌付けして野良犬。家に帰ってくるようになって飼い犬。飼いならしてやっと番犬じゃ。美味しい料理は効くぞ」


 ドキドキしてきました。

美味しくなかったらどうしよう。

コレ。まいなちゃんの料理でイイよね。

「良い訳がないじゃろ」「ですよね」肩を落とす私。

何故か肩を叩かれて慰められたのですが。

……あれ? まいなちゃんって背丈が。

「失敗してもゆで卵ならある程度味は保障出来る。行ってこい」「う。うん」

食卓で待つ男の人たちがまいなちゃんじゃなくて私が盆を持ってきたのにきょとんとしています。

脚がちょっと震えます。料理美味しいって言ってくれるかな。

それを察したのか浅生さんが紺野さんの背を叩きます。


 まいなちゃんに言われた通り、小さな刃物で二つに分けたゆで卵からは半熟の卵の汁がふわりと伸び、それに私は醤油を垂らしてワサビを少し。

美味しく彩るために先に用意したお野菜。

まいなちゃんが言うにはワサビは熱に弱い欠点があるけどお肉とかのタンパク質との味の相性が良いそうです。醤油は日本人の味覚に合っているとか。

「ど、ど。どうぞ召し上がれ」喧嘩するのとはまた別の度胸がいりますよね。これって。


 はたして。私の作ったゆで卵は無遠慮に素手で掴もうとする男の人の手によって彼らの唇に運ばれて行きます。

浅生さんは流石に箸を使ってくれましたけどそんなの関係ないし。

……美味しいって言って。美味しいって言ってください!


「美味しい」「美味しいと思う」思うって何ですか紺野さん。


 一気に肩の力が抜けるのを感じました。

美味しそうにゆで卵を頬張る二人の大人たちに呆れる私。

虚脱した身体にどことなく充実感があふれていきます。

「いいじゃろ。料理を振る舞うってことは」「うん」


 私の名前は夢野美夏。

お料理はお母さんとまいなちゃんから習っている最中の16歳女子高生。

私の好きな人はゆでたまごが好きみたいです。私って彼の事殆ど何も知らないのですよね。

「たぶん。美夏ちゃんが紺野以外で一番僕の事を知っている」ありがとうございます。


 こんな変わり者の彼ですけど。

ずっと年上でずっと非常識な彼ですけど。

私は彼の事がスキなのです。紺野さんはどうかな。

「もう一つ」「せめてゆで卵の次くらいは好きでいてください」

本当に餌付けできるんですか。まいなちゃん。

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