知っているかい。野菜の味を ~野菜が美味しいのは生存戦略~
野菜って苦手です。
苦いし、臭いし、固いし、筋張っているしで。
そんなことを紺野さんに告げるととても難しいお話をしてくださいましたが正直長い話なので割愛させて頂きます。
なんでも人間がいないと生存できない生き物がこの世界には多数あり、人間に食べられることに最適化することで種を保存している戦略がどうとか。
カイコガは糸を取られて死ぬが蛾そのものは飛ぶどころか木につかまることさえ出来ないとかどうとか。
「つまりだね。美夏ちゃん」「はいはい。三時ですから珈琲を淹れましょう」
ぼーん ぼーん ぼーん
こんにちは。知らない人。そう言うわけで本日もおやつの時間がやってきました。
「今日のおやつは珈琲じゃないのですか」
何故か漂ってくるコショウの香りと肉が焼ける香り。ふむ。
「今日は期待すると良いぞ~」この声は。
振り向くとまいなちゃんがにたりと笑いながら頭の上にお盆を乗せて。
これってそーせーじ? かなぁ。赤くないけど。
「合成着色料がついている真っ赤なソーセージが普通とこの時代の日本人は思っておるしのう」意味わかんないけどこの子はいつもこんな子。それより。
すっと伸びた緑色の茎。
太さにして大人の人差し指くらい。長さはその倍以上。
うげ? これってお野菜だよね?
にんじんや大根やレタスは辛いし、ピーマンは臭いし。
「今日は収穫の日なのじゃ~」「真似をするでない浅生~」
唐突にお店に現れたムキムキの変態……もとい浅生先生に笑顔を見せるまいなちゃん。本当に仲が宜しいことで。
そんな二人ににこりと微笑む紺野さんは鼻をむずむず。「へくしっ?」コショウなんて使うからです。
皆さんがおっしゃるにはこれは『あすぱらがす』というお野菜だそうです。
「こっちはブロッコリーの茎を薄く切って塩ゆでにした刺身じゃな」食べられるのですかソレ。
「こっちはアスパラガスの表面を削いでね。ミキサーして豆乳とブイヨンとコショウで味付けしたスープ」急にコップを手渡されてその熱さに驚きます。
あちち?! 紺野さんこれ熱いよっ?!
「のんでみて」その笑みは反則でしょう。紺野さん。
処で私は女の子で、紺野さんのほうが料理が得意という事実はどうかと思うのですが今後の課題としましょう。
「紺野さん。スープはコップに入れないものですよ」「これはマグカップに入れるスープで」「そんなものがあるわけがないでしょう」また非常識なことを。
紺野さんの奇行は今に始まった事ではないのであえて黙って差し上げましょう。
私は視線と鼻の先を目の前のスープに。
意外と優しい香り。野菜の臭みはありません。
以前いただいたバジルが入っているみたいです。
コップの熱さはだんだん掌になじんできました。
おちないように両手で握り直し、ゆっくりとやけどしないように唇を近づけていきます。
コショウの香りの効いたスープを少し音を立てて啜ると舌の先に程よい辛みと甘みが広がり、それを嚥下するとスープの湯気が喉を通って鼻と胃を優しく満たしていきます。
「あすぱらがす。おいしい」「普通のアスパラガスは自分を守るために固くて筋張っているけどこれは特別」
確かに。紺野さんのくれたアスパラガスはとてもやわらかくてどこか甘い感じがして美味しいのです。
程よく柔らかいそれとブロッコリーの茎は丁度良く歯に当たります。
程よく塩ゆでされたそれは別にマヨネーズが無くても美味しくて。
その臭いも気にならないし。私たち四人はゆっくりとそれらの味を確かめて美味しい美味しいと。
「食べ物というモノは不幸になるために生まれたわけではないからの。美夏」
まいなちゃんが言うには『食べられること自体は不幸だが種族全体が滅ぶのを避ける』意味がありというけどリョコウバトとか人間が滅ぼしたイキモノも多いからよくわかりません。ドラえもんで言ってた。
「固い。苦い。臭いのは当たり前だよ。食べられたくないもの」だから人間は品種改良をしてきたと紺野さん。
「紺野。人間に『美味しい』と思われて種を保っているって意見。興味深いな」そうおっしゃる浅生さんはスープ三杯目。遠慮してください。
私は四杯目ですけどね。ええ。とても美味しいです。
「そもそも植物は毒物である酸素をばらまいて敵を全滅させようとした種族の末裔だ。人間が思っているほど穏やかなイキモノではないよ。人間がいなくなったら彼らは苦くてかたくて小さい生き物に戻るか……ものによっては絶滅するんじゃないかな」「ほうほう」
だから、べじたりあん? が野菜だけ食べるのはオカシイんだって。
よくわからないけど野菜しか食べない人がいるそうです。
というか、この赤くなくて茶色っぽいソーセージ汁いっぱいで凄く美味しい。
「牛も食うために品種改良された牛がおるんじゃよ」ニシシと笑うまいなちゃん。
「案外、人間が彼らの種族保存のために操られているだけかもしれないね。美味しい餌と生贄で」逆説的なことを言う浅生先生。
操られていても良いのでこの間の零点は見逃してください。美味しい餌をください。
そう言うと浅生先生こと浅生さんと紺野さんは口をそろえておっしゃいました。
「だめ」
私の名前は夢野美夏。
ピチピチの16歳女子高生。
私の好きな人は。
「あなたはなんでも知っているのね」「そうでもない。知らないこともあるよ」
何でも知っていて、何にも解っていない非常識なヒトです。
だけど。私は彼の事が本当に好きなんですよ。




