くさー?! ウンコマン ~簡易トイレの作り方~
こんにちは。知らない人。
バイト料もそこそこ手に入って機嫌の良い私ですが私の機嫌を最悪にするものが一つこの職場にはあるのです。
ええ? もちろん紺野さんはよくしてくれますよ。優しすぎて腹が立ちますけど。
私の機嫌が悪い理由。
お腹のほうが熱くなるというかもっと下というか怖気がするというか足がガクガクするというか。
怖いわけではありません。仮にも『尾道の大魔神』と言われた私ですから。
そういうのではなくて。その。あの、そのっ?!
「おばちゃーん?! お花つませて?!」「あらあら。まぁまぁ。美夏ちゃんも大変だね」近所の喫茶店に駆け込んだ私はボットン便所の臭いに閉口しつつもぐったりとした心地よい解放感を味わっていました。
そう。
『紺野商店』にはトイレがないのです。
昔からあるお店にはよくある構造かもしれませんが今はもうそういう時代じゃないですから?!
「そうか。ニンゲンはハイセツが必要だからね。失念していた」
『水洗トイレを至急増設してください』私は零点の答案を後ろ向きに張り付けた手書きの抗議カードを新聞紙でできた大きな紙に貼り付け、紺野さんに対して断固闘争を挑んでいました。
「労働条件を改善せよ。人間らしい生き方を」「たかがトイレくらいで」
いいですか? 紺野さんは朝から晩までここにいても一回もトイレに行かずに済むかも知れませんが私はそうじゃなんですよ?!
というか、女の子はお腹に力が入りにくい身体の構造をしていて、排尿もまたそうだと教えてくれたのは紺野さんでしょう。
プラカードが無いのでカーボン紙印刷の答案用紙を畳んだ新聞紙の裏に二枚張り付けた抗議カードを眺めながら彼はこう言いました。
「美夏ちゃん」どき。ちょっと近いですよ。紺野さん。
彼はゆっくりプラカード代わりのそれに手を伸ばします。
私の胸が押し上げているそれがゆっくりと持ち上がり、ひもが私のうなじを舐めあげ、長い髪をはらりとさせて。
「これ、どうやったら〇点なんて」相変わらずそっちなんですね。もう慣れましたけど?!
「試験中に居眠りしちゃったんですよ! ごめんなさい?!」まいなちゃんに言わせると『睡眠の術をかけてやったのじゃ~。紺野とあんなことこんなことな良い夢が見れたじゃろ~?」だそうですがあの子は相変わらずでたらめばかり。
異常に可愛いのにあのどうしようもなく嫌味な笑い方を思い出して閉口している私に紺野さんはあくまでも穏やかに凄いことをおっしゃいました。
「勉強がちゃんと出来ないならバイトは禁止」「ええっ?!」
当然でしょうと告げる彼に自分でも慌てているのが解ります。
「どどどど。どうしよう。それは困る」「トイレとどっちが困るのか僕には解らないけど、落第は困るよ」
「落第も困りますが、紺野さんに会えないことと便所が無いこ……お花を摘みに行けないのはもっと困ります」喫茶店のおばちゃんが言葉遣いを直してくれたのは感謝している。
「そうか。人間にとってのハイセツはそれほど大事なのか」
相変わらず意味不明の事を述べる紺野さん。彼はふと思いついたように告げます。
「でも富士山は凄く汚いよ。高山だと細菌が排泄物やごみを分解しないんだ。菌類の活動が寒さと高度に影響しているらしい」「そうなんですか」
「だから、100年前の人の排せつ物が」「それと『紺野商店』の構造的欠陥とどう関係があるのですか?!」
だから。
彼は前置きしてトンデモないことを言い出しました。
「最近増えてきたビニール袋に新聞紙をしわくちゃにして沢山いれて、其処に用を足せば大も小も対応できて、山の下に持って帰れるから山を汚さないと知り合いが」
あ”??
不思議そうにきょとんとしている彼。思わず殴ってやりたい気になっている私。
不気味な沈黙が二人を包みます。もしこれが漫画でしたら私の頭の上に温泉のマークがあったでしょうし、紺野さんの頭上には?が連打されていたでしょう。
「いや。だから聞こえなかった? ひょっとして」「聞こえていますよ。すっごく聞こえていますけど紺野さんの常識の無さに怒っています。凄く」
私に理性が残っていたのは『紺野さんに怒った顔を見せるくらいなら死んだほうがマシだ』という最後の一線を切ることはなかっただけです。
そんな私にしばし考える様子を見せた彼は「わかった」とだけ呟くとこうおっしゃいました。
「そっちの鏡の裏をドアにして、其処に作ったから今後使って」と。
はい?
「いや、今作ったから今後はそれを」「どうしてそんなことを私に隠していたのですか?!」
怒って唾を飛ばす私とますます混乱したような顔をする彼。
「え? 言われた通りに作ったのに何故叱られちゃうの」「作ったっておっしゃいますけど、意地悪して今まであったものを言わなかっただけでしょう?!」
私の名前は夢野美夏。
ピチピチの新人類。高校一年生。
私の雇い主さんは。
「美夏ちゃん。そろそろ機嫌直してよ」「あ?」
「珈琲とケーキ焼いたから」ふわりと鼻から喉にとおってくる優しい香り。
でも、でもまだまだ怒っていますから?! 食べ物でつられると。
「とても美味しいです。何でも知っている紺野さん」「そうだね。僕にも知らないことはいっぱいあるよね」
彼はとんでもない嘘つきで意地悪でもあったようです。
男の人のイジワルは好意の表れだと言いますので今回はちょっとだけゆるして差し上げます。
別に。ケーキが美味しかったからじゃ。ないですよ。
凄く美味しかったけど。一生覚えておいてやる。




