貴女は『出逢い』を知っているか ~それは生きていること~
坂が続く街。広島県尾道市。
その坂を一人の少女が登っていく。
別段この町では珍しくもない光景だ。
この町の人々は坂と共に暮らす。
これからも。これまでも。
だが、少女。
『夢野 美夏』は悪態を時々放ちながら坂を上る。
えっちらおっちら。微妙に年寄り臭い。
この時代で言えば『ダサい』。
この時代、自転車は大きく重く、女子高生である彼女は未来に普及する電動自転車なる存在を知らない。
美夏は携帯電話を知らない。インターネットも解らない。
アメリカの軍事ネットワークは知識としてはある。
テレビは知っている。ラジオも時々聞くがこの時代は意味が違う。
自分がリクエストした曲が流れたら必死で録音しなければならない。
この時代はCDが普及する前だった。
美夏の頭上。
真っ赤な麦わら帽子が遮光の助けとなる。
美夏は額の汗をガーゼのハンカチでぬぐい、
この時代では当たり前のずり落ちる靴下に辟易しつつまた坂を上る。
「あっ?!」
美夏の真っ赤な麦わら帽子は風と共に空に舞う。
さながら噂のUFOのように。
大空を舞う真っ赤な麦わら帽子は尾道の街をゆっくりと見下ろす。
風を受けて大きく円形の翼を伸ばす紅い麦わら帽子は子供たちの笑顔や大人たちのため息をその瞳なき目に収め、耳朶の無い耳にて喜びを聞き、鼻の無い鼻で歌を歌い、言葉無き声で幸せの味を語る。
その言葉を聞き、長い手を伸ばす二十代半ばの青年。
彼は空を舞ってきた帽子を難なくキャッチすると、坂を登って追いかけてきた少女に問うた。
「この帽子は君の?」と。
1980年。春。
一人の少女と一人の青年が出逢い。恋の物語は始まる。
~『かふぇ&るんば♪ 1980』~ はじまり はじまり。
テーマソング『美少女』
歌手:吉澤嘉代子
作詞:吉澤嘉代子
作曲:吉澤嘉代子