知っているのか 妖怪の存在を ~がりゅうじゃなくてがりょう~
『このお店怖い。なんかいる』
智子の台詞に首をかしげる私。
「私がいる」「ちがうって?!」腕を押さえてサムイボを見せる彼女。
「絶対なんかいる?! ユーレイだよ!」何言ってるの。智子。
この科学万能の時代にユーレイなんているわけないでしょう。
「でもUFOはいるでしょ?! 絶対!」それは写真にはあるね。でも幽霊とUFOは違うから。あ、でも言った感じは似ているかな。
このお店は本日店主外出中。
アルバイトが店番しています。
宿題を友達とやりながら。
こんにちは。知らない人。
私たちはあなたの事なんて知りません。
この子は智子。私の親友。
この子は変わり者で紺野さんみたいな美男子に興味を示さない。
彼女が興味を示すのはオジサンなのだ。
変態が好き。立派な変態だと思う。
「だれが変態ですか? みっちゃん」
ぐりぐりと私のこめかみを掴みあげて髪を引っ張る姿は爆弾パーマをしていた当時の彼女を思わせるが今の彼女はは虫も避けて通るような清楚な女子高生を演じている。
去年まで私とカブトムシ取ってたんだけど。この子。
中学生にもなって小学生と喧嘩しながらカブトムシ取り合うような爆弾パーマってどうかと思うの。
でも子供には手を出さないのは立派だと思う。
喧嘩は弱かったけど良い奴だ。
「なんか。莫迦にされた気がする」してません。ほめていますから。
「違うよ。あの市松人形」まいなちゃんに似ているあの子? 可愛いじゃん。
「絶対、今笑った?!」「人形が笑うワケないでしょう。確かに微笑んでいるけど逆にふくれっつらの市松人形がいたら見てみたいわ」
「ほ、ほら、あの絵の女、泣いてた」もともと泣いてなかったっけ。
「というか、あの竜」「あ、あれは触っちゃダメって紺野さんが」
浅生さんが買いとりにくるのだ。
それを目当てに浅生さんに夢中のこの子がやってきた次第。
浅生さんに聞いてみると曖昧に笑われた。
教え子には手を出さないらしい。ちょっと見直した。
「なんか瞳が無いね」「我流転生って言うんだよ」我流で鍛えて神様に変身するの。
「それは『画竜点睛を欠く』だ。
肝心な一点が無いから全部がダメって意味なんだって。へぇ。でも似たようなものだよね。
「あなたの頭が残念だから紺野さんがその気にならないような」「あん?」
背中に力が入り、拳を握りしめてしまいます。
「ふぉふぉふぉ。一瞬顔が大魔神になってたぞ~」「うわっ? 恥ずかしい?!」
そういっておどける彼女は最近流行りのラブコメの相手役みたいな清楚さはかけらもありません。
男の子は注意! コイツぶりっ子です。
「すすめパイレーツだったっけ」そうそう。アレおもしろいよね。色々出てきて。
「アンタだって聖子ちゃんカットにした癖に」取り敢えず話題を変える。
「だって仕方ないじゃないの。爆弾パーマだったのよ。だいぶましになったけど」
あれだけまんまるに爆発していたのをよく直せたわよね。散髪屋さん涙目だから。
「ここにいるとさ、凄くみられている気がするの」
ぶるっと震える彼女に笑ってあげます。
木刀もった男の子相手に啖呵切ったアンタが? 弱いくせに。
「あれはみかっちがやっつけてしまうから大丈夫」私は仮面ライダーか。
「いま、空飛ぶんだったっけ」「そうそう。なんかややこしいよね」同じタイトルの番組で再放送と重なるのだ。
『娘よ』うん?
じっと智子を見るけどこの子のいたずらじゃないよね。
『娘よ。私の目玉を』『頼む。俺は彼の瞳なのだ』うん?
じっと見るとさっきの絵。
へんなの。つかれているのかな。
「ただいま」「あ?! 紺野さん浅生先生は?!」
紺野さんに抱き着く彼女とひと悶着起こした後、紺野さんは意味ありげに微笑み、
「やっと手に入れた。この水晶球は凄いよ」と差し出してきます。
その深い色はさまざまな色や輝きを湛えて。
ふわり。ふわり。空を舞うような、水をたゆたうような不思議な気持ち。
私はその小さな玉を握り、ぼうっと周りを見ました。
『やぁやぁ娘さん』『今宵は我が武勇伝を聞かせてあげよう』
あれ? 変な声するし。
「ツクモガミの声、聞こえるの?」紺野さんまた変なこといってるし。
「あのですね。この科学万能の時代に妖怪なんていないのです」「でもUFOは信じているって言うじゃない」
すまして応える彼に憤慨。
「あのですね。UFOはいるんですよ?!」
それから1999年には世界が滅ぶんです。怖いですよね。
「妖怪はいないのに1999年に世界が滅ぶっていうほうが凄いよ」そういって微笑む彼。
「その前に滅ぼすけど」ぼそりと呟く言葉に吹き出します。
とにかく。妖怪なんてこの科学万能の時代にいるわけないのです。
人間が月に行っちゃう世の中なんですよ。まったく。
そういって鼻先を彼の長身に合わせて高くして教えてあげる私を彼は曖昧に笑って智子を家に帰しました。
智子が『うまくやれよ! もう押し倒しちゃえ!』と言ったときはさすがに殴りたくなりましたが。
紺野さんの前では可愛い女の子。可愛い女の子は大魔神じゃない。
可愛い女の子は暴力を使わない。可愛い女の子は丁寧に喋る。
ぶつぶつと喋る自身に気付くと頬が熱くなります。
こんなに好きなのに紺野さんは私の事子供としか思ってないのかな。
彼を見上げているとふと気づきました。彼が私を見ていない悲しい事実に。
彼の瞳の先には例の絵が。
「美夏っ?! 下がれっ!?」
え?
何気なく持っていた件のビー玉もどきを持つ手に衝撃。
黒と青。うごめくそれは。
「絵が動いている?!」な、わけないでしょう。これは夢です。
「画竜め。瞳に気付いたか」紺野さんは近くの刀を手に取り。
私は彼を抱きしめて止めます。「紺野さんっ?! 銃刀法違反?!」「美夏?! それどころじゃ」
初めて抱き合ったのに私たちは全然うれしくない喧嘩をしていました。
正直風情もへったくれもありませんけど、考えてみれば喧嘩なんて初めてですよね。
そんな私たちにまいなちゃんの声。「もうはじまっておるのか」
「昇天に100年待ったのだろう。仕方ないと言えばそうだろう。鵲」
『瞳を寄越せぇええええええっ?』
うごめく絵は再び掛け軸から飛び出て私たちに襲い掛かります。
墨の匂いと共に生臭い息の香り。そしてふるわれる爪。大きな牙。
「こんのっ」思わず近くの棒を取って。
固まりました。
紺野さんに大魔神みたいな顔を見せたくない。
そんな事があるくらいなら。そんなことをするくらいなら死んだほうがマシだ。
正気にかえった時にはすでに遅く、私の前に牙が。
「はっ!」そこに浅生先生の蹴りの一撃。
「売り物に足跡をつけるな。浅生」「おい。紺野。命の恩人に」「仲がいいのう」
なんか長い夢ですよね。でも紺野さんが私を守ってくれたことだけで幸せです。
「瞳を。瞳を~~~~~~!」「これ、高いんだけど」それどころじゃないでしょう紺野さん。
私はビー玉もどきを目玉の無い竜に差し出しました。
それを咥えた竜は確かに微笑みを浮かべ。
『礼を言う。これで紙から神になれる』と言う声がとどろきました。
墨色の鱗が七色に輝き、筆で描かれた羽毛はふわりと白い光を放ち、
その香りは春風のようで。あ。紺野さんの淹れる珈琲の匂いがします。
その優しい瞳が私を射ると、彼は轟音と共にきらきら輝きつつ、尾を揺らして天に。
すべてが終わったあと。
私はぺたんと座り込みました。
「何アレ」「竜」嘘つくのは辞めてください。これってどんなトリック?
「竜くらいいてもおかしくないじゃろ」「まいなちゃん。あのね。竜だよ竜?! 西洋だとドラゴン?!
完全に腰が抜けた私にそっと差し伸べられる大人の男二人の両手は暖かくて優しくて。
でも。いいよね。これが夢でも。
紺野さんにおんぶされて私は思いっきり彼を抱きしめ、つかの間の幸せに浸っていました。
尾道の空の星々は今日はひときわ綺麗で、天の川が見えました。
あの、竜のように。
私の名前は夢野美夏。
私の好きな人は。
「紺野さんって何でも知っているよね」
「そうでもない。知らないこともあるさ」
とっても。変わり者だけど。ステキなヒトなんです。
ああ。浅生さんも本当は嫌いじゃないですよ。




