番外:私の焦げをこするあなた ~IH調理器の焦げの取り方~
「ねえ。澄香」「何よ新?!」
なにこれ。夢? 浅生さん何処? まいなちゃん何処?
「お母さん何しているの」「今忙しいの。ちょっと待ってね光」
まいなちゃんくらいの小さな女の子がお母さんと思しき女性のエプロンドレスを掴んでいる。
貴女誰よ。私はあなたの事を知らない。でもその顔を見るといくらでも愛情を注げそうな頼りない女性。私の倍以上年上の筈なのに。
光と呼ばれた女の子は泣き出しそうな表情で注意をひこうとしている。
「ちょっと待ってね。光。お母さん掃除しているから」
「IH調理器って焦げがつくと取れないしね。フィルムを買うと高いし」
旦那さんっぽい男性は理知的でちょっとひ弱な雰囲気。女の人みたい。
見るとガラスかなにかでできた平たい板の上を布巾でこする女性と何か親しげに話している模様。
肩をすくめる『私』。ゆっくり彼らに歩み寄る。
「澄香。ちょっと離れて」私の声? 大人っぽくて愛情に満ちていて。
私であって私でない不思議な感じ。
「あ。解った。掃除機さん流石!」そうじき? まあいいけど。
私は古びたサランラップを手に取る。
あ、それ高いよ?! ゴミにして良いものじゃないんだから?!
お母さんだって何度も使いまわしているし?!
ええ?! なんで『私』ってサランラップにクレンザーつけているの?!
『私』はサランラップがボロボロになるまでそのガラスでできた不思議なコンロをクレンザーをつけてこすっていた。
そんなことをしたらガラスが傷だらけになると思ったらびくともしない。
このガラスってどうなっているんだろう。
『澄香。母上のやることが正解だ』「ええ? なんでサランラップでこすると取れちゃうのよ?!」
そんなこと私が知るわけないじゃない。まったく。
というか、『あいえいちちょうりき』ってなに?
『IH調理器さんのフィルムって高いもんね』「そうだね。『君』。10回買ったら10万円近くなくなるし」なんだかわかんないけど今私がクレンザーをつけてこすり倒したシロモノは恐ろしく高価なものだったらしい。
というか、話を聞いているとこの平べったいものがコンロらしい。
ええっと。鍋を置く棒とかないし、平べったくて机みたい。
「汚れ取れないとどんどん暖かくできなくなるもんね」
生意気そうな女の子が私の背中にしがみつこうとするので『私』は腰を落として彼女に背中を譲る。
背中を這いずる女の子の手足の感触。自分の服がずれるのを指先でなおす。
「わー! おばーちゃん流石! きれい!」誰がお婆ちゃんだ。香ちゃん。
あれ? なんで私この子の名前知っているんだろう。
『IH調理器は便利だがこまめに汚れを取らねば焦げが取れなくなる。澄香には使いこなせないシロモノだな』「うっさいこのオンボロ掃除機」??
私は足元に目をやると丸い円盤みたいな機械が足元をうろうろ。ナニコレ? 新手のおもちゃ?
『普段のお手入れはスチームクリーナーがイイよ』私と同い年くらいの女の子の声に振り向くとそこには人はいなかった。
ボロボロの変な機械。珈琲の優しい匂いが私の鼻腔と舌を満たす。
『あまりにもしつこい場合重曹をペースト状にして湿布にし、
クレンザー代わりに使って浮かせるのも手だな』
足元から『声』。ナニコレ?! 怖い?! というかこの夢、夢なら覚めて?!
「やっぱり掃除をさぼるのはダメなのか」「当たり前です」
したり顔で優しく微笑む男性はその女性に歩み寄り。
えええ? ええええ?? ちゅーした?! ちゅーした?! ほっぺにちゅーしたし?!
なにこれ? アメリカのドラマ? というか恥ずかしいし?! 腹立つくらいで……。
むにゃむにゃ。
はっ。腕の痺れに慌てて頭を上げるとまいなちゃんの白い顔が大写し。
「にしし。仕事中に居眠りとは感心せぬのう」うう。よだれが制服についちゃってる。
私は目やにを指先で取り払い、外に目をやるとすっかり夕暮れ時のうしみつどきで。
「丑三つ時は夜中じゃ。今は逢魔が時じゃ。どっちもわしらが大好きな時間なのじゃ~。異界との接点が近くなるのじゃ」意味わかんないです。まいなちゃん。
そうそう。まいなちゃんって私でも読めない古い本を楽しそうによんでるんですよね。
「鵲。鵲。あ。いたいた。美夏ちゃんお疲れ」
そういってまいなちゃんを探しに来た教師を見て私は近くにあった風呂敷をかぶって見せます。
「おたくの生徒はここにはいません」「すっごくいます」
風呂敷をかぶる私に微笑む浅生さん。「今は教師として来ていないから大丈夫だよ」それでいいのですか。オトナ?! ショクムギムイハンですよ?!
「金八先生と一緒にされても。しがない公務員なんだから」そういって微笑む浅生さん。
まぁ。だから智子が惚れたんだろうけど。
どうも校外で不良生徒を更生させていることが多いらしいのです。彼は。
智子は被害者です。こんなろりこんの変態に捕まるなんて。
私が『ろりこん』『変態』とにらんでいるのを見て浅生さんは肩をすくめてまいなちゃんを優しく捕まえて呟きます。
「紺野。珈琲淹れてくれ」「了解」
あ。あの優しい香り。
あの夢、結局なんだったんだろう。
三時は過ぎちゃったけどまいなちゃんが長崎かすていらを持ってきてくれました。
今からてぃーたいむなんです。良いでしょう。
私の名前は夢野美夏。私の好きな人は。
「紺野さん。あなたはなんでも知っているのよね」「そうでもないよ。知らないことだってある」
とんでもない変なヒトなんです。だから私が常識を教えてあげないと。
「紺野。僕はまだ勤務中なんだ。赤玉スイートワインは困る」「いま勤務中ではないと言ってなかったか?」「気のせいだ。家庭訪問して回っていた」
……こーいうダメな大人たちには、ならないようにします。
でも湯煎した赤玉はとっても美味しいです♪
「あ。飲酒している」「温めた赤玉はセーフです。お母さんも言っていました」「困った親子だね。後で行くよ」来なくていいですから!?
「じゃ、ぼくも」ああ?! 紺野さんはぜひ来てください!
「とことん残念な娘なのじゃ~」まいなちゃんはそう呟くと何処からか取り出したまりを空に放り投げて遊んでいました。




