遭遇、そして
目の前に、どこかで一度だけ見たような景色が浮かび上がっている。
どこか厳かな雰囲気が漂う薄暗い部屋の中、薄らぼんやりと光っているのは壁にかかっている必要最小限の光源のみ。部屋の隅に行けば、姿が見えなくなってしまうのでは無いだろうか? それ程に広い空間のそれは、厳かさと相まって御堂か教会か神殿かといった感じの印象を受けるようだった。……いや、おそらくそれは正しいのだろう。何故かオレは、そこを「儀式場」だと把握していた。
「――ッ! ――ッ!!」
オレは、数人と共に中へと踏み入る。ドカドカと、無遠慮に。厳かな空気を蹂躙するように踏み入っていく。
その中には、見た事のある顔が幾つも見受けられる。白鯨隊のママさんに九尾隊の爺様、あの髭の無い若く見えるのは隊長だろうか? 常にある無精髭が無いというのは、どこか新鮮な感覚がする。――そして、母様。何時見ても変わらない美貌はさすがの一言に尽きる。一体どんな美容をしているのか、興味本位で聞いてみたくはあるが。しかし、明らかにそんな事が聞ける雰囲気ではなかった。
皆一様に、怒りを押し殺しているような。そんな、不自然な無表情を顔に浮かべていたのだ。
「そこまでだっ!! 即刻儀式を中断しろっ!!」
「フ、フフフフフッ……これはこれは。こんな爺に揃いも揃ったようだのう、国の実力者ばかりでは無いか。いやさすがに壮観よ、眼福眼福」
「……シラミネ! 貴様ぁ、その子たちをどうした!!」
美楯の精鋭達と相対するように立っているのは禿頭の老人――シラミネだ。何故だろうか……これが夢だからか、この男の事を見ても何の感情も浮かんでこない。酷く冷静に見ていられる。
シラミネの手には一人の少女が抱きかかえられており、グッタリとしている。目は僅かに開いているところを見ると、疲れ果てて気絶する寸前といったところだろうか。その後ろにも20人近くの少女達が放心したような姿でグッタリと力なく倒れ伏している。一人だけが、頭を抱えてシクシクと啜り泣いているのがこの儀式場の唯一のBGMとなっているようだ。
「いやはや、巧遅よりも拙速を重んずるとはカムイ・ヤマサキの言葉だが……成程、中々どうして。過去の格言も馬鹿には出来んようだ、の」
「質問に答えろぉっ!! シラミネェ……貴様、もしもその子達に何かあってみろ。絶対に承知しないからな……!」
ありったけの殺意を込められている筈のその言葉を、シラミネは飄々としたまま受け流している。
「承知しない……か。フ、フフフ。フフフフフ、ユキナよ、お主少々丸くなったのではないか、ん? 以前の貴様なら、承知しないどころか問答無用でこちらに詰め寄り手に持つ刃で切り裂いていたであろうに。――何じゃ、そんなにこの手の中におるこの人質が大事なのか、ん? ……正直になれ、「その子達に」では無かろうよ。「他などどうでもいい、その子に」だろうに。んん? ほうれ、言うてみい。そうすれば気を良くした儂が、この手を緩めるやもしれんぞ?」
「…………」
結局、ギチリッと歯を噛みしめる音のみが響く。
硬直状態はその後も続く。
美楯は人質の為に安易に手を出す事が出来ず、シラミネは入口を美楯の面々に固められているが故に動くことが儘ならぬ。
そんな状態の中、シラミネの手の中にいる、空ろな瞳を浮かべる少女にオレはどこかで見覚えがあるような気がしていた。
(どこだ……? どこか、どこか……)
いつしか、啜り泣く声さえも聞こえなくなっていた。極度の緊張と疲労から、唯一意識のはっきりとしていた少女すらも気絶してしまったのだろう。
その、完全に無音となった空間を、引き裂いたのは叫び声だった。
「ギィ、グオオオォオオオッ!?」
見ると、シラミネの腕に納まっていた、この中で最も無力なはずの少女の手にいつの間にやらあった小刀によって、シラミネの左頬はバックリと裂けるように切り裂かれていた。
今がチャンスとばかりに美楯の面々は一斉にシラミネへと駆け出し、そしてあっという間に制圧する。
「ヌ、ヌウゥゥゥ……」
「これ以上壊されたくなきゃ、身動きをしないことね……。ああホント、絞め殺してやりたいわ」
ママさんに上に圧し掛かられ、腕をギリギリと背中に組み伏せられているシラミネの元へ、『オレ』はゆっくりと歩を進める。近くで見たシラミネは、痛みで脂汗を浮かべながらもまだ笑みを浮かべている。まるで嬉しくて仕方が無いように。
「何か言いたいこと、心残りなんかはあるかな……?」
「ヒュ、ヒュフ、ヒュフフフフ……! 最も至難、困難と思えていた課題を成功させることが出来、完成に大きく近づいたのじゃ、心残りなど有る訳が無かろう」
「完成……? 一体、何を?」
「おお、何をと問うかッ! ならば答えてやろうッ! 完全にして完璧な暗殺者をッ!! 儂の願いはただそれだけよッ!!」
「――そんな事……させないっ、絶対に!」
「させないではないのだ……もう、種は撒かれた。後は根腐らぬよう育つのを待つのみよ……。一歩遅かったのじゃよ、お主らはな、ヒュフ、ヒュフフフフ……!」
「まだ聞きたい事が残ってる……皆、エゾ牢獄へ移送して。ああ、一応傷の治療を。決して殺さないように、ね……」
美楯の皆の、焦燥に満ちた表情と。裂けた頬から血が滴り落ちるのにも関わらず、狂ったような表情で笑うシラミネの表情が、対照的に感じ。そして夢は唐突に掻き消えた。
こんな経験、オレはしたことが無いという再びの疑問と共に。オレは再び日の光の元へ戻っていくのであった。
◇
シラミネ脱獄の報せより数日後。
今日は休暇であるナズナは、最近自分の趣味に合う小物を店先に出しているお気に入りの店を冷やかした後にばったりとトウゴロウと遭遇。折角なので、二人で雑談をしながら紅葉屋でも行こうという話になった。
「隊長さん、隊長さん。もちろんお支払は隊長さん持ちですよねっ?」
「おいおい……勘弁してくれよ、まぁいいけどさ団子代くらいは……ん?」
二人の目の前には、同じ隊の仲間であるリッカとカンロの姿があった。普段町に出歩くときに着ている着物を着ている為、二人して買い物でもしにきたのかと思ったが。それにしては二人は普段とは違ってどこか神妙な雰囲気を漂わせており、手には花束を抱えていた。
「カンロさん達ですね、お二人も呼びましょうか。おお~……モガッ!?」
「はいはい、今日は遠慮しときましょーねっと」
とにかく二人を呼ぼう。そう考えたナズナを、トウゴロウは素早くナズナの口を抑えて妨げる。
(そういや、今日だったな……)
感慨深い眼差しを一度だけ送り、トウゴロウは当然ぶー垂れるナズナを宥めすかしながら、二人だけで紅葉屋へ向かおうとするのであった。
◇
皇都の西から南西の外れにかけて、大陸でも有数の大都市と名高い皇都にも関わらず、そこには少し歩けば深い森がある。そんな所に先日の骨人討伐の件で出向いた共同墓地は存在していた。
ナズナが尽く破砕していった墓石も、腕のいい職人達が徹夜の突貫作業で数日かけて元通りにしてしまったらしく、むしろ以前見た時よりも落ち着いた印象すら感じられる。前回は深夜で今回は日中という事で至極当然と言えばそうなのだが。
「「…………」」
オレも、カンロも行く道に言葉は無い。ただ黙々と共同墓地の更に先、道を外れた森の中へと入っていく。
乱立する木々を服を汚さぬよう歩いていくと、やがて開けた場所に出る。広場の様なその場所はまるで均されたかのように平らかつ土が剥き出しになっていたが、中心にはポツンと一つ大きな樹と共に寄り添うように、胸元程の石碑が建っている。
花束を置き、二人してそっと目を閉じ手を合わせる。
ここは、二人にとってとても大事な人達に向けた墓なのだ。オレ達二人が幼い頃に、姉と慕った人達の墓。心身共に、とてもお世話になった人達。そこに遺体は無いけれど、それでも真摯に祈り続ける。どうか、どうか心安らかにいてくれますようにと。
「それにしても、ここまではナズナの馬鹿力も届きはせんで良かったなぁ……ふふ」
「……ん」
簡単に周囲の掃除を行い毎年の恒例行事を果たしたオレ達は、踵を返して帰ろうとした。
「……ッ!」
「……そこに、誰かおるんか!」
僅かな気配を感じ取ったオレは、振り向きざま茂みへとクナイを投擲して物音のした方へと駆け出す。問答無用で投げたのは、言うまでも無くシラミネの件があるからだ。この場所は共同墓地からはかなりの距離があり、そこに至るまでの道も比較的綺麗に舗装されており人が迷って入り込んでくる可能性などは極めて低い。何より、気配を消して潜む者の心当たりなど、今のオレには一つしかありはしなかった。
経験上、最大級の警戒を示していた為、辛うじて気づく事が出来た。その事実に冷や汗を掻く思いとなる。
「――おうおう、いきなりとは。ご挨拶じゃのう、リッカよ。んん?」
果たして、予想通りそこにいたのはシラミネ、と……?
「コレがおらねば儂の喉元に刺さるところであったわ」
「な……あ?」
カツンと鳴り響く杖の音には、何の反応も出来はしない。
横で疑問を顔に浮かべるカンロの声も、どこか他人事のように聞こえる程だ。
シラミネの後ろには、まるで控えるように立った一人の人影があった。
忍び装束を身に纏ったその見た目、顔を隠してはいるが……分からない訳が無い。
「……ネーサマ?」
「嘘や、ハクロ姉さまは死んだ……姉さまが、ハクロ姉さまがここにおるわけ……」
「――おるよ」
バッサリと、オレとカンロの困惑のこもった疑問の声はシラミネに切り落とされる。ニヤニヤとした表情は、紛れも無くこの状況を楽しんでいる。
しかし……いるはずが無いのだ。シラミネの横にいるのは、かつてオレ達が育った施設、『醜の御楯』で色々と良くしてくれた年上の先輩。ハクロ姉さま。共に5歳という最年少で入れられたオレ達の事を目に掛けてくれていた先輩だ。彼女の事を、オレ達は非常に慕っていた。共に「姉」という呼称を使用する程に。
「姉さま、ウチや、カンロや! 覚えとるやろ、ハクロ姉さま!!」
「…………」
しかし、一切の反応を示しはしない。まるで、意思持たぬ人形か何かの様に。姉さまは、カンロの必死の呼びかけにも微動だにしはしなかった。
「……シラミネ。貴様、ネーサマに。……何をした」
「ヒュ、ヒュフフフフッ! ほう? 儂が何かしたと、そう考えておるのか。いやいや、参ったものよな」
あの明るかった姉さまが、一般に「忍者」と呼ばれて想像するような、暗殺や諜報を主任務とする者を養成する施設にあって尚、人としての優しさを損なわずにいたあの姉さまが。あんな冷たい表情をするはずが無い。
具体的な事は何も解らないが、姉さまは明らかにシラミネに何かされていた。
「……もういい。死ね」
着ていた着物の端を引っ掴み姉さまと同じ忍び装束に早着替えをしたオレは、再度クナイをシラミネに向けて投擲する。
同じく姉さまの持つ小刀に弾き返されてしまうが、今の狙いはそれではない。
死んだと思っていた敬愛する姉が、怨敵と一緒にいる事に未だ動揺するカンロ。その近くに駆け寄る。
「ハクロ姉さまが、生きて……? でも、アイツを、シラミネの事を守っとる……? あ、あかん……あかんよ」
顔が真っ青で、体は見て分かる程に強張っている。
シラミネという幼き日の恐怖の具現。それと、今まで死んだと思っていた姉さまがいきなり現れ、しかも自分たちの敵で、更に言えば明らかに様子がおかしいのを見た驚愕。二つによって、カンロは今パニック状態に陥っている。
このままではいけない。パニック状態は時間が経てば落ち着くが、目の前の敵はその時間を与えてはくれないだろう。むしろ嬉々として抉ってくる、そういう奴だ。
心を落ち着かせるように、ゆっくり時間をかけて諭すのがいいのだろうが……。
「…………ッ!」
パチンと、乾いた音が鳴り響く。
言うまでもなく、オレがカンロの頬を叩いた音だ。
生憎今は緊急事態で、残念ながらオレは口下手なんだ。この気つけの一撃は、きっと千の言葉で以て諭すよりも効果がある。
「あ……」
「……目。覚めた、か?」
「――ん、ゴメン。おかげでもう、目ぇ覚めたわ」
それは良かった、覚めたついでに一仕事頼んでおく。
「カンロ……タイチョー達、呼んでくれ」
「呼んで、て……リッカ、あんたはどうするつもりなんや!?」
流石に、聡い。
すぐにこちらの考えていることが分かったようだ。
シラミネから目線を外す訳にもいかない、前を向いたままお願いをする。
「……頼む」
「……分かった」
悔しげな雰囲気を漂わせ、カンロは全力で駆け出してくれる。おそらくは顔も、苦み走った表情をしているのではないだろうか。
ここは郊外の森の中だ、偶然誰かが立ち寄る可能性など皆無に等しい。
コチラの戦力はオレ達二人のみ、対して向こうはここにあらかじめ隠れ潜んでいた。つまりトラップ等を十分に仕掛けておく事が出来たという事。
非常に不利な状況だが逃げる事は出来ない。シラミネの事だ、オレ達が毎年この日にここに来る事は知っていたはず。ならば何がしかの準備をした上で、満を持してオレ達の前に顔を出したはずだ。
一人は、救援を求めに行かねばならない。シラミネの関心がこちらに向いている今のうちに、もう一人のカンロを走らせる。それに戦力としても、足止めにはオレの方が適任だ。
時折、シラミネは興が乗った際にフザケル事がある。あえて最善手は選ばず、獲物をジワジワといたぶるように、たまに希望の光を見せたりもする時があるのだ。その性質が時が経った今も残っているかに賭け、そしてひとまずは勝ったようだ。無事にカンロは駆け抜けていった。
そういった事を最短の時間で把握してもらえ、有事の際には個人としての感情を押し殺して行動してくれるカンロは、オレにとって非常に得難い仲間と言える。
後はカンロが、西の外れであるココから中央にある皇城か、あるいは西にある長屋へ向かって援軍を連れてくるまで間を持たせるだけだ。
「ヒュフフ、おうおう。お友達は逃げてしまったぞ? 先程の張り手で腹を立ててしもうたのでは、ないかのう?」
「……ぬかせ」
とにかく時間を稼ぐ。方針を決めたオレに、それでもシラミネはあくまで飄々とした表情を崩しておらず。まるで全てを見透かされているような、そんな不安に陥りそうになる。
「ヒュ、ヒュ、ヒュ……さて、古人の言によれば時とは金、也。すまぬがこの老い先短い老いぼれに、お主の出来を見せてはもらえぬか、の」
「言われずともっ……!」
忍び装束を初めとして、暗器の準備は万端だ。
時間を稼いで、カンロが連れてきた増援と――。
いや、ここで殺す。シラミネを殺して、姉さまを助けてみせる。
皮肉にも、奴がオレに仕込んだ技術で奴が死ぬ事となる訳だが。あの吐き気を催す邪悪とでも言うべきクソ爺の死にざまは、それぐらいがお似合いだろう。
最短距離、真っ直ぐ直線に駆け出す。何ら妨害の罠も無い。
「ヒュ、流石に速いの。素早しっこさは合格、と」
興奮したようにカツンカツンと打ち鳴らされる杖の音をBGMに、下方から肋骨の隙間を抉るように小刀を突き出す。
「…………」
「ッ……! ネーサマ……」
当然のように姉さまの手にした小刀で防がれる。瞬時にバックステップを踏んで距離を取る。
忌々しいが、奇襲に失敗した場合は一度距離を取れとは奴の教えだ。数年かけて仕込まれた技は、個人的な感情とは無関係に機能する。
「良い、良い……瞬時の判断も、今のところは及第点じゃ」
出来るだけ姉さまを傷つけずにシラミネを殺したかったが。姉さまを無視してシラミネをどうにか出来る程、悔しいがオレと姉さまの実力は離れていないようだ。
(ゴメン、姉さま……死なない程度に痛めさせてもらう)
「ヒュ、フフフ。そうよ、例えかつては家族同然に釜の飯を共に食べた仲であったとしても、目的の為に殺そうとする意志! 絡繰り人形には持ち得ぬそれこそが高み、殺しの極致には必要となってくるのじゃ」
そう覚悟し、何やら語りながらもより深みが増すシラミネの表情を意識して無視をしながら、オレはネーサマの方へと小刀を構えるのだった。
◇
周囲には、幾つもの暗器が散らばっていた。オレと姉さま、互いに一撃攻撃を当てては距離を取るヒット&アウェイを行っただけに、戦いの流れはまるで暗殺手段を一つずつ披露するような形となった。
投擲するクナイは全て同数のクナイで撃ち落とされ。弧を描いて顎部を狙う大微塵もまた、姉さまの持つ微塵によって容易く絡め取られて遠くに放り投げられた。忍び装束の靴の踵に仕込んだ刃物を当てるように繰り出した後ろ回し蹴りも、姉さまに同じような軌道で足を交差させられ踵には当たらないように応戦される。体術もまた、両者共に何ら遜色のないものであったのだ。
ありとあらゆる暗器を用い、ありとあらゆる暗器で防がれた。
小刀を用いた格闘も、まるであらかじめ動きを打ち合わせていたかのように同時に攻撃しあい、両者共に何ら相手にダメージを与える事無く、痛み分けですら無かった。
今も小刀を構えて相手の出方を見ているその体勢は、まるで鏡合わせの様になっている事だろう。
姉さまは自分から仕掛ける事はせず、迎撃に徹している。速さ自体は僅かにこちらが上。しかし仕掛ける以上僅かに相手に届くまでには時間がかかり、その僅かな時は力量に優れた者にとっては迎撃態勢を整えてしまう程に大きなものとなる。
(持っている手段も同じ、出す手も同じ……。まるで、自分自身と高速で将棋でもしている気分だ……)
戦況は、千日手の様相を呈していた。
そしてコチラには、それを覆すだけの手は無かった。
「ヒュフフ、どうした? もう手立ては残ってはおらんのか。いかん、いかんぞ。あの頃とまるで手数が増えてはおらぬではないかリッカよ。どれ、教授してやろう。手数の多さは命綱の多さでもある、現に今お主は手をこまねいておる」
どうしようもなく苛立つ。それは、奴に名前を呼ばれた事でもあり、今のオレの状況を見抜かれた事でもあり、そして未だに奴の助言を聞いて心のどこかでナルホドと思ってしまうオレ自身への苛立ちでもあった。
「――さて、言葉だけでは身に付くモノも身に付くまい。ここは実地でもって教えて進ぜよう」
「……ッ!?」
心を乱した罰なのか、周囲の状況に気が付くのが遅れた。気づけば周囲の木陰の至る所に、おそらくはシラミネの手
の者だろう存在が隠れ潜んでいた。ざっと数えたところで20人以上は潜んでいる。
(――20? ……いや、それよりも連中。恐ろしい程に生気が感じられん、まるで木石で作り上げた人形みたいだ)
さすがに最初からいたのなら、どこかで気付いていたはずだ。とすると、潜み始めたのはオレが細かい事に気付けなくなっていた姉さまとの戦闘中か。
「いかなる相手にも対応出来る様、二重三重に手は考え、相手の二手三手先を読み。そして、潜めておくものよ」
その言葉と共に、カツン。再び、杖の音が響き渡り刺客がオレに向き直る事となる。
絶体絶命、その時。
「リッカぁぁぁっ!! 無事か~!!?」
駆けてくる足音は3つ。未だ木陰で姿は見えないが、確認するまでもない。黒猫隊、勢揃いだ。
東地区の長屋まで行ったにしては反対側だ、いくら急いでいたとしても少し早すぎる。となると、この救援は運が良かったという事か。
「……興が醒めた、の。まあ、良かろうて。どうせ今日のところは顔を見せにきたまでの事。ついつい遊んでしまったが、の」
『リッカよ、お主はまだ力を出し尽くしてはおらん筈じゃ。次に会う時は、もっと成長しておる事を願っておるぞ。ヒュフ、ヒュフフフフフフ……』
救援とは反対の木陰へ身を隠しつつ、シラミネは去って行った。
その足取りは、オレが駆ければ追いつける程度ではあったが。追いかける事など出来はしなかった。
敗北感に、オレはこれ以上ない程に打ちのめされていた。
つまるところ、仇敵に見逃された。屈辱的な事に有用なアドバイスまで受け、最後には見下していたのだろうが、激励の言葉まで受け。
その事実に、オレは皆が来るまでただただ立ち尽くす事しか出来なかった。
(だがな、シラミネ……オレはこのままじゃあ終わらないぞ。具体的な手段は思いついちゃいないけどな、それでもお前なんぞの手は借りず、オレは更に強くなってやる!)
そう、心に深く誓いながら。