紅葉屋と言っても、別に鹿肉は出てきませんよ?
サブタイトル、迷走中。ホント、方向性どうしましょうね……w
美楯総隊長。
ヤマト皇国にある武士の指揮系統において、上位には巫女姫ただ一人しか存在しない職である。同格には、通常の武士団を纏め上げている征夷大将軍が存在している。
軍事の頂点として、征夷大将軍と美楯総隊長が二大巨頭となっている形となる。
その職にあるもののみが使用する事が許されている執務室において、現在妙齢の女が作業を行っていた。
「ふぅ……」
40代という実年齢とは考えられぬ、常日頃から10以上は下に見られる容貌にて愁いを帯びた眼差しを一つ。既婚者とは思えぬ程の色気に満ちたその存在。しかしその腰まである長く黒い髪は若干の艶やかさを失い、普段ならばピョコリと飛び出た猫人特有の耳と尻尾は共にクタリと元気なく垂れ下がっている。
この上品に溜息を吐く彼女の名を知らぬ者など、ここ皇都には誰一人としていないと言っても過言では無い。
英雄ユキナ。
誉れ高き勇者パーティの一員にしてヤマトの英雄と謳われる彼女は現在、陰鬱な表情で資料を眺めていた。
「いつもの事ながら……この時期は忙しくって嫌になるわね」
美楯が常に最精鋭集団でいる為に、年に一度選定を行えばいいじゃないか。
それに付随する苦労を一切考えぬ城の馬鹿文官の発案のせいで、めでたくもユキナはここ数日執務室に缶詰である。
溜息の一つも付きたくなるというものだ。
いや、その文官にとっては、溜息だけで済んだ事を幸運に思うべきだ。
若かりし頃であれば、直接間接を問わずその馬鹿の髪の毛をありとあらゆる手段で毟り取る手段を呪詛のように吐き出すどころかそれを嬉々として実行に移していたところなのだから。
「それに……」
書類の山より取り出したものは、当然また書類。多忙な彼女の頭を更に煩わせる案件が、そこには記されていた。
黒猫隊に新しく配属される事になった元村娘の少女。
そこには追記として、『十分な素質はあれど、武道の心得無し。他者を害する事に怯えが見られる。対策求む』と少々殴り書きの字で描かれていた。
書かれている内容を見て、ヒクリと頬が引き攣る。あの野郎、面倒なところを全部こちらに丸投げしやがった。
次に顔を会わせた時には目に物見せてくれよう、と密かに心に誓う。
このクソ忙しい時にこんな事を言ってくる方が悪いのだ、向こうもこちらがてんやわんやになっているのも知っている筈。快くストレス発散の為の捌け口となってもらう。
「いくら力が強いからといって、それだけで何とかなるわけじゃ無いし……」
現実逃避を止め、うーん、と腕を組む。考えを固めていく。いくら身体能力が優れていると言っても、武の基本も知らずに生き残れる程武士は甘くは無い。今までの濃密な戦闘経験から、ユキナはそう判断する。
さすがに、見て見ぬ振りをする訳にもいかないだろう。武道の心得も無い少女を見捨てたとあっては、こちらが今進めている『武士学校』の計画に支障を来す可能性もある。どんな些細な事でも足を引っ張ろうとする者にとっては格好の餌になる。今の段階で醜聞が漏れれば最悪計画は頓挫してしまう。
才能と可能性、若さ溢れる若者に来てもらえなければ、どんなに素晴らしいものを作り上げたとしても無用の長物、皇都の白壁と同様なのだ。
そういった利の面においても対策を取るべきであるし、また人情的な面においてもユキナの心を揺り動かす。
黒猫隊は、少数精鋭の美楯において更に異質な少数部隊だ。というか今度入る新人の少女を加えても4人。
少数をこそ良しとする作戦内容を割り当てていた為にそれでも何ら問題は無かったが、それは個々人が高い練度と濃密な経験を持っていたからである。新人の教育となると、途端に難易度は上昇する。
これが人数の多い白鯨隊か、仲間意識の強固な猟犬隊ならまだ良かったのだが。だからといって、今さら所属先を変更する訳にもいかない。前例は、容易く作るべきではない。
とにかく、ボヤいていても何も変わらない。些か以上に気が進まないものの、自分の知っている範囲で、恵まれた身体能力を最大限生かす少女の戦い方を伸ばせる師は誰かと考える。
「やっぱりあそこしか無い、か。……また、辛い思いをさせる事になるかもしれないけれど」
初めは少女単独で向かわせようかとも思ったが。
北には魔王死すと言えども未だ数多の魔物が生息している魔王領が、南には隙あらば北進しようと考えているランバルト王国と、最近はヤマト皇国の周囲がどうにもキナ臭くなってきている。猫の手でも借りたい状況だ、出来る手は全て打たねばならない。
例えそれで苦しむ者がいようとも。
幸いしばらく黒猫隊に出す予定の任務は無い。彼女達が任務を休んでも、皇都の治安には何ら支障は来さない。
武門御三家が筆頭、ヤマサキ家。
ユキナが思い浮かべたのはそこであった。あそこには興った当初より大型の魔物との戦いに多くのノウハウが存在している。自然、武門が主導している道場には力だけは自慢できるという者が多く集まるようになっている。武を初めて習う怪力自慢の少女にとっては、正にうってつけと呼べる場所であった。
この武門御三家の歴史は、ヤマト皇国が創られた時にまで遡る事が出来る。
かつてカムイ・ヤマサキと初代巫女姫が二人の子を授かった。
男子女子それぞれ一人ずつだ。女子はそのまま次代の巫女姫として、男子は他の2人の直弟子と共に己が父の為に身を粉にして貢献し、後にヤマサキ家と呼ばれる家を興した。ちなみに武神カムイ・ヤマサキの直系という箔が、この家を他の二家とは一つ飛び出た存在になっている由来である。
創国の歴史において、彼ら3人はそれぞれ面白い程に得意な戦い方が分かれていた。それが作り話なのかどうかは今となっては確かめようも無いが、その子孫である武門御三家のそれぞれ得手とする戦い方が、まるで住み分けているかのように違うのは確かだ。長い歴史の為、かつてそのような事が本当にあったとしてもおかしくは無いが。
ヤマサキ家は、個人戦に。
モントゴメリー家は、集団戦に。
オウマ家は、陰陽術による遠距離戦に。
御三家はそれぞれのカテゴリーで他の追随を許さぬのであった。
「とにかく、あの人に伝えておかないと……」
何故、ヤマサキ家を頭に思い浮かべたのか。
それは、ユキナには英雄・美楯総隊長の他にもう一つの公的な肩書があったからだ。
現在のユキナの本名はユキナ・ヤマサキ。
現ヤマサキ家当主、リュウドウ・ヤマサキの妻である。
◇
早朝の心地よい陽光をその身に受けつつ、日中に比べ多少の冷やかさを感じる空気を切り裂くように手に持つ小太刀を振っていく。
斬り、薙ぎ、払い、突き。一つ一つの動作を最早意識すら必要とせぬ程に反復し、結果身に染みたその動きは見た者に舞のようと称せられた事もあり、若干の気恥ずかしさを覚えた事もあった。
時折行う朝の鍛錬を軽く済ませたオレは、近くに置いておいた手ぬぐいで額に浮かんだ汗を拭う。
「夏……か」
ひょんな事で季節の移り変わりを感じてしまう。
少し前までならこの程度で汗を額に浮かべる事も無かった。夏だと気づくのなら風鈴とかがお洒落だろうとは思うが、汗やスイカやかき氷やらで夏を感じる方が気取って無くてオレらしいとも感じてしまう。
さて、あまりゆっくりしてもいられない。休みとは言え、今日は予定が入っているのだ。
◇
全体的に他国に比べ高い職業倫理を誇るヤマト皇国において、武士階級たる美楯にも例外無く休みは存在している。さすがに商売人のように定休日を設けて決まった休みを得られる訳では無いが、それでも平均すれば週に一日か二日程の休みは与えられている。活躍の場が少ない我らが黒猫隊ともなれば、その休みは更に増える。休みだけを取ってみれば、まこと理想の職場と言わざるを得ない。
今日もその休みの日。カンロと一緒に、村育ちのナズナの為に皇都の案内をしようという事で連れ立ってウインドウショッピングを楽しんでいるという訳だ。
「あ、これ可愛いですね~」
「ん~それもええけど、こっちの方がウチ的にはええと思うわ」
「…………」
今日は休みの日な為、三人とも着物で歩いている。二人とも中々に可愛らしい柄をしている。さすがにオレも幼い頃に躾けられたおかげで、着物も難なく着付けられるようにはなってはいるが、やはりもっと動きやすい服装の方が好きだ。
職業病と言うべきか、いざという時の事を考えるとこの動きにくさは少々心もとない。
二人が小物に夢中になっている間に、興味の無いオレはぼけーっと街並みを観察している。
数年前までは圧倒的に着物が多かったのに、文化の流入により徐々に洋風、こちら風に言うと王国風あるいは帝国風なものも増えてきている。中にはズボンを穿き颯爽と歩いている女性の姿まで存在している。
これならば、いずれはカンロにも認めてもらえるやもしれん。……この、着物の下に着込んでいるシャツとスパッツを。
昔、わざわざ大枚はたいて特注で作ってもらったのはいいのだが、「そ、そんな防御力の低そうな薄くて破廉恥なモンあか~ん!!」という鶴の一声により、箪笥の肥やしとなる事が決定してしまった一品、いや逸品である。
必死に反論はしたのだ。違う、防御力ならそこいらの鎧よりも高いぐらいなのだと。
見た目は確かに白い半袖シャツに黒いスパッツに見えるかもしれない。だがこれには魔力銀が細部に至るまで丁寧に編み込まれており、武門御三家が一つ、オウマ家の友人の協力によって可能な限りの呪術的な処理すらも施されているんだ。支払った総額はなんとお給金4か月分だ。いやぁその間おやつを我慢するのは大変だったよ。
更にこのスパッツ特有のペタペタと肌に密着した感覚。この感覚を出す素材を探し求めてまた金を情報屋に支払い、見つけたのが隣国バハムーティア帝国の霊峰に住むと言われているワイズドラゴンの翼膜。しばらく任務と言って出ていた事があっただろ? あれはこのドラゴンを狩る為に出ていったんだ、すごいだろう? 倒すのには中々苦労したんだ、殆どの暗器の類がおしゃかになってしまった。でもそれだけの価値はこれにはある。最強の種族であるドラゴンの中でも魔力の運用においては一二を争うワイズドラゴンの翼膜は、気を流す事によっても着用者の体を守り抜いてくれる無敵の鎧へと変貌してくれるんだ。魔力のようなものとの親和性の非常に高い魔力銀との相乗効果によって、これ程の薄さにも関わらず重さ数十キロのフルプレートメイルをも凌ぐ程の防御力を、しかも呪術的な処理の恩恵によって肌が見えている部分すらも均一に守られるという非常に画期的な(以下略)。
却下。
目の据わったカンロには何を言っても通用しなかった。
解せぬ。マジ解せぬ。
表情筋の死に絶えてしまったかのような顔で、必死にさっきの内容を己の持ちうる限界まで駆使して主張したその返答が、これだ。あまりに簡潔かつ端的な拒絶。何という事だ、神は死んだ。……ふむ、やっぱりいいなこのフレーズ。意味は知らんけど。
異世界らしい様々な人種、様々な髪の色や髪形の人々を眺める。黒山の人だかりとは言えない、あえて言うなら極彩色の人だかり……? いや、語呂がよろしくない、などと生産性の無い思索を打ち切る。あの時の、我ながら涙ぐましい奮闘は思い出したくも無い。泣く、むしろ鳴く。それほどガッカリとしてしまったお話なのであった。
それはそれとして、どうにもそろそろ小腹が空いてきたようにも感じる。改造して、男物と同じように袋状と化している着物の袂より学術都市製の少々古めかしい懐中時計を取り出し目をやると、時間は11時30分。まぁお昼ご飯には丁度良い頃合いだろう。
「……カンロ」
「ん~? ……ああ、もうそんな時間なんか。今日もあそこ行くん?」
「……ん」
「え、一体どうしたんですか?」
まだ交流が浅いから仕方が無いとはいえ、カンロの打てば響くような阿吽の呼吸と比べるとどうにもテンポの悪さが気にかかる。
説明するのは苦手なのだ、いつもそういう時はカンロにお願いをしている。その証拠に今回も、チラリとカンロを見ると心得たとばかりに一つ頷いて説明を始めてくれる。
「ちょっとお腹も空いたから、リッカが懇意にしとるお茶屋さんに行こう言うとるんよ。そこはお団子が美味しいって事で有名なんやで?」
「わぁ、いいですねお団子行きましょう」
ふふふ、これから向かう先にあるお団子屋さんはオレの行きつけ。人当たりの良い若夫婦が経営しており、名物のお団子の味は隊長を超え、最も美味いと感じたところでもある。きっとナズナも満足する事だろう。
別に自分で作る訳でも無いのだが、何故か偉そうにしてしまう不思議について有意義な思索をしつつ、オレ達は三人並んで南西地区にある茶屋へと歩いていくのであった。
◇
茶店「紅葉屋」。
商売関連の建物や露店が所狭しと並んでいる皇都の南地区には、真っ直ぐズドンと伸びている大通りが存在している。綺麗に舗装もされているそこから、横に逸れる道の一つを選んで進んだ先にその店があった。
普段想像する茶屋よりも大きな建物。中には畳が敷かれたお座敷まで存在しているが、落ち着いた外観と内装は決して嫌味さを感じさせない。昼飯時の為混んできてはいるが、何とか座れそうな程度には空いているのは大通りから外れた所にあるからか。
店の横にはその名の由来となった大きな楓の樹が植えられている為、秋になれば食べる事を楽しみながら紅葉を眺める事も出来る。と言いたいところだが、実は一年中紅葉している。やはり地球産のモノとは一味違うという事だろう。
「わぁ、大っきな楓の木ですねぇ……。あ、だから紅葉屋って名前なんですねっ!」
「んー、半分やな」
うむ、半分だ。この店の名物である紅葉の樹を眺めクイズの回答者の様に指を立てて言ってくるナズナに対して判定をするカンロの横、こっくりと頷き肯定する。
「えー、半分ってどういう事なんですかー?」
素直に当たってるって言いたくないからそんな意地悪言ってるんじゃ無いんですか、と膨れっ面。
しかしその考えは邪推と言うものだ。
「あら、リッカちゃんにカンロちゃん。よく来たわね、そちらのあなたも。ちょっと待っててね、今片付けるから」
「わぁ、キレイな人……」
やんわりとした笑みを浮かべながら、お店から人が現れる。柄杓を持っていたところから察するに、水を撒こうとしていたのだろう。
物腰の柔らかさからも分かる通りとても出来た人で、お店自体の雰囲気と相まって、このお店に来たお客さんは皆どこか癒された表情をしている。
長い髪を纏めて片方の肩から前に持ってきている。真紅という苛烈そうな印象を与える髪色ながら、本人の柔らかな雰囲気のおかげでそんな印象は欠片も感じはしない。
加えて、白い割烹着をイメージしたお店の制服がまた映える。完膚無きまでに大和撫子の要素満載といった様相。
完膚無きまでにの慣用句の使い方がおかしい? 女性陣の心が、自信を無くして傷だらけになるんだよ。
この人は間違いなく看板娘と言っていい容姿を誇っており、事実、主に男のお客さんからそんな扱いをされている。
既婚者なのだが。
例によってカムイ・ヤマサキが広めた結婚指輪が、しっかりと左手薬指に填められているのが確認出来る。
その指輪を時折親の仇でも見るように店にいる男性客が見つめているのはご愛嬌といったところか。
それ程に魅力的な女性という事ではある。……ただ一点を除いては。
「あの人の名前はモミジ・タカシマさん……つまりはまあ、そう言う事や」
「ああ……」
つまりはまあ、そう言う事なのだ。そこにある大きな紅葉の樹ともう一つ、モミジさんから取った名前で紅葉屋と言う名前にしているのであった。
「ちなみに、一部ではモミジさんは珠に瑕美人と呼ばれてたりする」
「え~? それは嘘ですよ~」
ピンと指を立ててヒソヒソと話を続けるカンロ。
ナズナは笑いながら手をヒラヒラと振り、否定する。
さすがに騙されませんよ、だってあんなに完璧な美人さんじゃ無いですかぁ。
うん、オレもそう思ってた。
ああ、丁度目の前でモミジさんが調子の良さ気な常連さんと話をしている。これならすぐに分かるだろう、瑕の正体が。
「――もうやだ、ゲンさんったらグフフ」
さて、どんな反応を見せるのか。
じっとナズナを観察する。
おお、微笑んでいる。アルカイックスマイルで微笑んでいる。あの、無表情なのに口元だけが笑っている笑い方で笑っている。
小首を傾げて目をコシコシ。少々はしたないが、耳の穴もホジホジと指でほじくっている。それはもう念入りに。
再度確認。
ナズナの目の前にはそっと口元に手を当てて、「グハハ、バッハハハ!」と山賊か、どこぞの獣王のような笑い声をなさっているお方が一人。ミュートならば間違いなく「クスクス」という笑い方の所作なのだが。
「……ふわぁ」
あ、倒れた。
美人の大和撫子と山賊のような笑い方。一つずつであれば、何ら問題は無いというのに、それら二つが合わさった破壊力たるや凄まじいものがある。
ひたすらにえぐい。初めて遭遇した時には食欲がどこかに吹き飛んでしまい、いつもの半分しか食べられなかった。
この感覚ばっかりは実際に体験しなければ分からない。
まあ、ここのご主人曰く、「そんなところもまた可愛らしいよ、愛しい人……」だそうだが。
ちなみに、そこいら辺の感覚でモミジさんはビビッと来たらしい。
言い寄ってくる他の男は皆顔を引き攣らせるか、そうでなくとも悪癖として直させようとしたが、このお店のご主人だけがそれも含めて受け入れてくれた。いや、本気で魅力の一つと考えていたらしい。
以前にモショモショと団子を食べている横で、モミジさんに顔を赤くしながら惚気られた事がある。
「……ご馳走様」と、二重の意味で呟いたものだ。
「ああ、私の愛しい人。今日も可憐だ……」
ミュートだったら、全面的に同意してた。
調理場の暖簾からチラリと覗く顔が一つ。何を隠そう、ここ紅葉屋のご主人であるユキオ・タカシマさんである。
紅葉屋は、茶屋とは言うもののお茶とお団子だけで無く料理も出す、いわゆる料理茶屋である。ユキオさんはこのお店の料理を一手に担っている凄腕の料理人なのだ。……ちなみに家ではモミジさんが作っているらしい。お熱い事で。
「じゃ、ウチとリッカはいつものおうどんで。ナズナはどうするん?」
「えと、じゃあかきあげうどんでお願いします」
「はい、少々お待ち下さいね」
お店で働く店員さんに空いた席に案内され落ち着くと、オレ達はお品書きも見ずにうどんを頼む。
「ところで、どうしてうどんなんですか?」
「ん、昔にリッカとここに初めてここに入った時にな。何頼もか言うて話してたんやけど、ついつい脱線して違う話になってたら、リッカがおうどん食べたいって言うたから」
「へ~、リッカさん、そんなにおうどんが好きなんですね」
「…………」
……あの時は確か、何かお説教染みた話になったから流れを断ち切る為に「そんな事よりおうどん食べたい」って言ったんだよ。
実はそば派なんだ。なんて、今更訂正も出来ん。
このお店で一番オレの口に合うのが麺類だからだ、と言う事にしておこう。
そうすればそばも食べられる。限られた選択肢の中で最善を選ぶのは仕事柄必須のスキル、瞬時に選べるオレカッコイイ。その内容に貴賤は無いと信じたい。
カンロは元々うどん派な為に、そしてナズナは特にこだわりが無いという理由で、それぞれオレと同じものを選んでいた。つまりはうどんだ。
いつものパターンなのであちらも心得ており、明らかにオレのどんぶりだけサイズが違うにも関わらずほぼ同時にやってきた。
「はい、お待たせしました。お嬢さんはかきあげうどんでカンロちゃんはきつねうどん、リッカちゃんは特製天ぷら増し増しうどんね」
トン、トン、ドンッ!! ゴトンッ!
「……えーと」
音がおかしいよ……と、何やら力の無いツッコミを入れているナズナ。俯きながら言っているので、どちらかと言うと独り言に近い。タラリと汗を垂らしながら、オレのうどんに目をやってくる。
オレの時には音が二つあったのは、うどんと天ぷらを別々に用意されているからである。こうすれば、天ぷらの後のせサクサクな食感も楽しめると同時に馬鹿でかい器の端の方にでも放り込んでおけば先のせシットリな食感も楽しめるという寸法だ。
……全く、食いしん坊めが。ジッとこちらのうどんを見つめてくるナズナに、思わず溜息を吐きたくなってくる。
「……一口だけだ、ぞ?」
「いやいや違いますよ!? 私そんな食いしん坊キャラじゃ無いですから!! 一体全体なんなんですか、その巨大などんぶりはぁっ!?」
こちらの言葉にまるで堰を切ったかのように、ビシリと指を突き付けながら悲鳴のように叫ばれた。全く騒々しい。何がそんなに驚く要素があると言うのか。
ナズナが指しているのはオレの目の前にある何の変哲も無いうどん。まぁ、強いて違いを言えば少々大きいと言う事だろうか。
「……別に……普通だろ?」
「大きすぎますよね、ほら大きさが明らかに違いますよねぇ!? さっきここに置く時だって音がそれだけ違いましたよねぇ!? ほら、直径80cmはありますよ!?」
巨大六角棒ぶん回すオマエにだけは、大きさの事であれこれ言われたくねぇよ。
「あまり……そういう事は、言うもんじゃ……無い」
料理を置くときの店員さんの失敗をお店の中で大声で言うなんて、性質が悪いクレーマーみたいじゃないか? 恥ずかしい。
取りあえず、子供に言い聞かせるように言ってみる。
「ぅ、ううぅっ……!」
「……ほら、リッカもいじりすぎやで?」
「む……すまん」
「……うぅっ?」
少しやり過ぎたようだ。
言いたい事が多すぎて遂には唸るしか出来なくなったナズナを見て、カンロがストップをかける。何と言うか、優しさアピールするのはいいが、お前さっきまで笑いながら傍観してただろと言いたい。
それにしても、久方ぶりのスレていない後輩との会話な為、ついイジリすぎてしまう。新人を除けば美楯は総じて年上が多いのだ。
まだ喋りが拙いからこれぐらいのイジリで済んでいるが、これで普通に喋れていたら一体オレはどんな風になっていたのだろうかと思うと我ながら恐ろしく感じる。
「悪かった、な……ほら」
「ふぇ……?」
ともあれ、アフターフォローは忘れずに。
巨大なうどんの入ったどんぶりと共にやってきた、これまた大量の天ぷらの置かれている皿から好物のえび天をぷれぜんとふぉーゆー。
いつの世も、イジるだけでは後輩に嫌われてしまうのは全世界共通なのだ。
◇
「「「モグモグモグ……」」」
女三人寄れば姦しい、という言葉がある。だがそれは、今この場においては適用されない。
無言。
今のオレ達の間には、先程まで軽快に投げ交わされていた会話の、その残滓すらありはしない。僅かに聞こえるのは咀嚼し、嚥下する音のみだ。うまうま。
その正体は目の前にある、紅葉屋名物の団子であった。うまうま。
あらかじめ作り置きしているものでは決して出せない表面の潤いが、舌触りにも心地が良くなっている。モチモチとした食感ながら、噛み切ろうと考えた瞬間にはまるでこちらの考えを読み取ったかのように噛み切れてくれる絶妙な柔らかさもまた良し。草木を彷彿とさせる目に心地よい緑色もまた食欲を増進させてくれており、実に良し。
口を絶え間なく使っているので当然呼吸をするのは鼻の役目なのだが、その際に爽やかなヨモギの香りが鼻孔を駆け抜ける。ヨモギの風味が嫌味にならない程度に上品な味わいとなっているのもまた、でぃもーると良し。
さすがにウリにするだけの事はあり、その味は絶品と呼ぶに相応しいものを感じる。うまうま。
喋っている余裕など無い。三人が三人とも口全体でその味を味わう事に全神経を集中させている。むしろ体全体で味わおうとしているかのようだ。ずずずっ。
オレとカンロはある程度の慣れがある為に比較的落ち着いてはいるが、問題はナズナだ。ほーっと放心していたかと思えば、急にクネクネと身悶えを。その後は言葉にならないようで、何も喋らずに目をギュウッと瞑っている。まこと騒々しい。が、気持ちは分かる。うまうま。
「ほへぇ~……」
お気に召したようで幸いです。またコイツをいじる材料が増えてしまった。ずずずずずっ。
◇
「――――!――――!!」
「…………ん」
「お~い~し~い~♪」
何やら揉めているようだ。客席で柄の悪そうな男達が、店員に突っかかっている。ピョコリと耳を立て、強化された聴覚で耳を澄ますと大声な事もあって苦も無く内容が聞こえてくる。
隣から聞こえてくる耳障りな声は、意識的にシャットアウトする。
「だ~か~ら~、さっきから言ってんだろうが、この団子の中にこんなモンが入ってたんだよ!!」
「このお店はこ~んな食い物客に出しておいて金取ろうってぇのかよ、アァッ!?」
「で、ですがその……お客様、いくらなんでも作っている時にはお団子の中にフナムシは混入しないと思うのですが……。ここ内地ですし」
「オ~!? 俺らが嘘吐いてるって言うのか、えーこら」
「そうだそうだ、んな事して代金踏み倒そうなんて考えてるってぇのか、ゴラァッ!!」
してるだろ。
って言うか何だよフナムシって。何故そのチョイス。ほら、小さい団子の中に無理やり入れてるから触覚とか色々はみ出てんじゃねぇか。
もうちょっと何かあるだろ、小さい虫が。
ともかく不愉快だ。これ以上聞くに堪えない奴らの主張(笑)を聞きたくは無かったので、すかさず食べた団子の串を奴らに向けてクナイのように投げる。
「ぐおっ!?」
「あ痛っ!?」
一振りで二本を投擲、コツを掴めば容易い芸当だ。事実、アホ面下げてる奴らの額に直撃をする。
「今やった奴は誰だ、出て来いっ!!」
「……ほら、行くぞ」
「……ぅ、はい?」
「いってら~」
この事態にも気づかず未だうっとおしい踊りを続けていたナズナを立たせる。
数日前に起きた例の墓場での一件で深い心の傷を作る寸前までいったナズナであったが、尽力の甲斐もあり何とかトラウマ化を阻止する事は出来た。やはり即座に骨人共を破壊したのと、ブン殴る理由が曲がりなりにも出来たのが良かったらしい。
今では、鍛錬の時間に美楯で手の空いている誰かと組手をする事まで可能となった。もっとも、ナズナの規格外の力に耐えうるだけの耐久力というとママさんぐらいしかオレには思いつかん訳だが。実際何度か相手をしてもらったらしい。
繰り返し言うが、あの人はオネェ属性でさえなければ完璧なのだ。
「後ろは任せとき」
こういう時の役回りとして、ナズナが来る前からカンロは非戦闘員の護衛に回る。一人でも軽いが、ナズナに少しでも色んな経験を積ませる為にナズナも引っ張り込む。もしかすると、実は攻撃出来ないなんて事になるやもしれん。
「……お前あっち、オレこっち。いいな?」
「え、いやあの何がどうしてこうなったのかを出来れば説明して欲しいな~……なんて」
「さぁ、行くぞ……」
「うぅ、やっぱりこうなるんですね……」
早くも諦観の域に達したナズナを引き連れて、ゴロツキ二人組の前に出る。
「あぁ? 女のガキ二人じゃねぇか」
「お嬢ちゃん達ぃ~、ダメじゃぁないのこんな事しちゃあ。お尻ペンペンしちゃうよぉ~?」
ギャハハハハ、と汚らしく黄ばんだ歯を剥き出しにして顔を見合わせ笑うバカ二人。その笑いには知性の欠片も感じられない。
「後5年経ってからもう一回来いよ、そしたら抱いてやるからよぉ」
「……んー、俺はこれぐらいなら十分抱けるなぁ」
「おいおい、お前こういうのが趣味だったのかぁボッ!?」
「――あ?」
聞くに堪えん。
それにあまりに弱すぎる。いくら顎とはいえ、着物を着て上手く踏み込めない状態での一撃。それでノックダウンだ、見せ場の一つも作れやしない。
まぁいい、割り振ったからにはもう片方は任せよう。
呆気なく気絶したゴロツキを建物の入口に放り投げ、後ろに下がって腕組みをしながら様子を見る。
投げられた拍子に地面に叩きつけられる音と「ぐえっ」というカエルの潰れたような声が聞こえるが、それをきっかけにナズナの担当のゴロツキが目を覚ましたように気を取り直す。ようやく、目の前の存在がただの小娘では無い事に気が付いたらしい。
さっきまでとは打って変わって警戒するような様子へ変わっている。見た目だけは強そうなので心配であったが、幸いさっきまでの身勝手な発言にナズナの頭も程良く沸騰しているようだ。臆して体が動かないという事は無さそうである。
「ゆ、ゆ、ゆ、許せませんねぇ……。乙女相手にこ、こんな下品な言葉を投げかけるだなんて、これは万死に値しますよ、ええ!」
「てめぇコラガキィ……。大人しくしてりゃあ付け上がりやがって、ぶち殺すぞコラァ!!」
ゴロツキが放つ大振りのテレフォンパンチを、ナズナは両手を前にして受け止める。腰が引けて一見危なげではあるが、別にカッコつけて片手で受け切ろうとして失敗するよりはマシであるし、それに目も瞑っていない。未だ技術を身に付けていない現段階では、それだけで及第点と言える。
「う、おっ何だこの馬鹿力は!?」
「乙女に向かって、馬鹿力とは何ですか馬鹿力とはぁっ!!」
この件に関してだけは、ゴロツキに全面的に賛成の件。お前は馬鹿力なのを自覚しろと言いたい。
「たぁりゃぁぁぁっ!!」
「うぎっ、ぎゃあああああっ!?」
両手で掴んだゴロツキの右手を、掴みなおしてそのままぶん回す。そしてリリース。
見事に、先ほどこちらが瞬殺した奴に覆い被さるように着地した。
ナズナが行ったのは変則的なジャイアントスイングではあるが、その結果は大きく違う。本来とは違う無理な体勢で力任せに回されているのだ、奴の右手周辺は恐ろしい事になっているだろう。
やんや、やんやという店の客の無邪気な歓声が、紅葉屋に木霊した。……取り敢えず、手でも上げておくか。
◇
哀れな噛ませ犬二人組と、その横で男らしくガッツポーズを取ってカンロに「はしたないやろ」と窘められているナズナを尻目に、今回の事について考える。
ナズナに、言わば暴力の象徴とでも言える存在と戦わせる事にあった。こういった荒事の経験が乏しければ、例え実力ではこちらが勝っていても、その外観で気圧されてしまう。そういった要素が加味されると負ける事など珍しくも無い。
その点で言えば、今回の奴らはある種理想的であった。
見た目からして他者を威圧する目的な恰好に加えての不快な言動。にも関わらず、一切武道の類を習得してはいないであろう、武士に比べての実力の低さ。おかげで怪我をする心配も無視する事が出来た。
そんな輩に混乱しながらとはいえ、仮にも美楯の隊員をフルボッコにしたナズナが負ける筈が無かった。
欲を言えばもう少し人数が欲しかったところではあるが。あまりにもあっさり終わってしまったのが不満と言えば不満。
正直もう少し葛藤のようなものがあると思っていたのだが。最近の村娘は、オレの思ったよりもたくましい。
とは言え、店側からしてみればそちらの方が良いだろう。何せ人的・物的被害が0なのだ。考え得る限りで最良の結果と言っていい。
町の警護を担う下級武士、通称足軽にゴロツキ二人を引き渡した後、「いつも、ありがとう。これはほんの気持ちよ」と言って、持たせてくれた団子の包みを見て心の中でニヤニヤしながら夕暮れの中、三人帰路に就く。
鼻息の荒かったナズナも落ち着いたようで、現在は今日の感想をカンロと言い合っている。オレはたまに意見を求められた時に相槌を打つくらいのものだ。
「そういえば。さっきお店のモミジさんが言ってた「いつもありがとう」ってどういう意味なんですか? いつもお店に来てくれてありがとうって事ですか?」
「んー、半分やな」
「まーたですか……」
ゲッソリ、と言った表情を浮かべるナズナに対し、今度はすぐに正解を告げる。
「実は、あのお店な。何でかは知らんけど、月に一度は必ずあーゆう手合いが現れるんや。そんで、常連さんなリッカがいっつも伸して足軽に引き渡してるんや」
「月に一度って……」
実際にそうだから困る。最早常連の中では、オレが倒すまでをショーのように考えている人までいる始末だ。その証拠に今回も剣呑な空気をいち早く察して、離れた所でちびちびと酒を呑んでるおっさんもいたりしていた。紅葉屋にとってはあの程度は慣れっこなのだ。
もしかしたら、タカシマ夫妻がメインキャストであそこは小説か何かの舞台なのかも。などと荒唐無稽な事を考えてしまうのは、オレ自身が異世界転生、しかもTS無表情ロリでおまけに猫耳と尻尾のオプション付きなんぞと言う数奇な運命の持ち主だからであろう。
まぁ、その事について右往左往していたのも今は昔。
遥か昔の事な訳だが。
そんな事を思いつつ。
夕焼けの空の下、三人並んで家路に着くのであった。
こちらを見つめる眼差しに気が付かず、カツンと鳴らされる甲高い音を気にせぬまま。