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黒猫奮闘記  作者: ATA999
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骨の海②

墓場というのはその性質上瘴気を集めやすい。その為こういった死霊(アンデッド)駆除任務が定期的に与えられる訳だが、あるいは墓場に集まる瘴気がオレの心を陰鬱なものに変えていったのかもしれないなどと、益体も無い事を考える。


そんな事はさておき、そうしている内に無事中心部へと辿り着いた。道中に死霊はおらず、全員が無言で歩いていた為に歩く足音と、手持ちの提灯と参拝者が迷わぬよう設置されていた僅かな光源だけが場を支配していた。それぞれオレとナズナは内容こそ違うが同じく考え事をしていた為、カンロと隊長は、別に話す必要も無くなり中心部に向かうにつれて死霊(アンデッド)警戒に集中していたからだろう。


(いや、違うな)


カンロはともかく、隊長は僅かに眉根を寄せている。一見平然としているように見えるが長年の付き合いだ、隊長が何か考え事をしているのはよく分かる。


(議題は間違いなくナズナ、だな)


今のところそれしかありえない。予想以上にナズナの心は非日常に対する耐性が無かった。

その為、当初の予定通りにナズナに死霊駆除をするお膳立てをオレ達がしてやって、上手く得物の精神……えー、ろっくんとその怪力でもって死霊相手に無双をさせ、力を揮う事に慣れさせようという案でいくかどうか。


それを隊長は今悩んでいる。場合によっては撤退し、後日再びという事もあり得る。


ナズナをそっと横目で見やる。

俯き気味のその姿勢は何も変わってはいない。だが、表情には変化がある。

今まで考えた事も無いような光景を見た事によるショックと、美楯という荒事を担う組織に対する自分の考えの甘さ。それらが混ぜこぜとなり混乱をしていた以前に比べると、『思い悩んでいる』から『深く考えている』に変わったような印象が見受けられる。


良い変化だ。

先程隊長も言っていたが、考える事自体は決して悪い事じゃ無い。何せ人間の最大の武器は考える事が出来る事にあるのだから、それが悪い事の訳が無い。何か一つの物事に関して熟慮するという事は、方向性こそ間違えてしまえばどんどん下に落ち込んでしまうが、逆に間違わなければ自分なりの答えを得た際には考えこんだ分だけ心の経験値となって跳ね返ってくる。どこまでだって高みへ登れるのだ。


……うん、決めた。

今はとにかく考えさせる。無理をすれば潰れてしまうかもしれない。まだナズナに実戦は早かったという事で、今日のところは見学、まずは見る事に慣れさせればそれでいい。見取り稽古という言葉があるぐらいだ、ナズナの考え事のいい素材となってくれる事だろう。

見ても平気なぐらいに慣れれば、次の段階としてそうだな……実際に四足歩行の魔物を適当に見繕って仕留めさせればいい。そして次は……とまぁ、そうやって段階を踏んで慣れさせるのが一番だろう。


隊長にその旨を伝えると、概ね賛成された。


「初めての後輩だからって、あんまり甘やかさんようにな。……まぁ、その意見には確かに俺も賛成だ。現状、俺達皇国と王国との関係がキナ臭いと言ったところでまだ即開戦って訳でなし。焦って新人一人潰す程の理由にはなりゃしないしな。まぁ俺達は俺達の速さでやっていこうぜ」


……甘いのだろうか。

人を育てた事など無いのでよく分からないが、確かに思い返せばこの二ヶ月間オレもカンロも自分達の暗い部分は出来るだけナズナには見せないようにしていたような気がする。


となれば今のナズナの状況は、過酷さを教える立場にあったのに教えなかったオレ達にも過失がある事になる。


「しっかし、そうするとどうしたもんか……。新しく作戦を考えないといけないな」

「隊長……」

「ん、何だ? ……あ~、まさかお前さん」

「……ん」

「はぁ……全く、うちの副隊長さんは好き勝手やってらっしゃる。猫はマイペースってのは良く聞くが、お前さんもそうなのかねぇ……」


頭をバリボリと掻き毟る隊長に、会釈程度に頭を下げておく。いつもオレがする無茶の後始末を任せたりしているので、この程度の嫌味は甘んじて受け入れよう。


「分かった分かった。そいじゃあまあお前さんの事だ、考えなしって訳じゃ無いんだろう? もしも万が一にも考え無くナズナ嬢がこうなってしまった責任だとか罰だとかって考えてるんなら、少し頭冷やして来いって言うんだが……?」

「ん……大丈夫、だ」


当然、勝算はある。無ければ、大人しく任務達成は不可能として家に帰っている。

そもそもそういった余分な感情は、任務達成には持ち込んではならない。そう、教え込まれてきたのだ。


正直今更感は漂うが。それでも今までの考え事で任務達成に支障は来していないのだ。ならばノーカウントという事でいいだろう。……いいはずだ。


あくまで戦力等を考慮した上で冷静に考え、カンロや隊長の手助けがあれば、ナズナの代わりに死霊共相手に暴れ回る事は可能と考えての事だ。


それにそろそろ、少し良い所をこれからの為にも後輩に見せておきたいと思っていたところだ。

それは今後とも、ナズナの先輩としてやっていくに当たっては決して譲れない一線となる。


だから、この決断には誰にも何も言わせやしない。


「だ、駄目ですよ!?」


そう、何を勘違いしているのか、慌てて止めに入ってくるナズナにも、だ。こいつはオレが生贄になろうとしているとでも思っているのだろうか。


(だったら、ナズナ。オレを、オレ達『黒猫』を見くびんな)


ジワリと、体の内に抑えきれぬ程に気が高まってきているのを感じる。


(オレの力量を持ってすれば、高々意思の持たないカルシウム程度。木の葉の如く吹き飛ばしてやる)


息をするように当然の作業となっている暗器のチェックを、最早触りすらせずにそこにあるのを確認する。彼らもまた、オレの仲間だ。相手に対し適切な用い方をしたならば、何も文句を言わずにその力を発揮してくれる。


後ろには、長い間オレを補佐してくれている二人もいる。

オレは独りじゃあ、無い。


(だから、だから勘違いなんてしてくれるなよナズナ。生贄はコチラではなく、アチラなんだからな)







ナズナの視線の先、悠々と佇むリッカの手にはいつの間にやら一つの暗器が収まっていた。いや、暗器と言うには普通の武器と同程度の大きさがある為、武器と言った方が正確なのかもしれない。


「あれは……?」


先程まで死地へと赴こうとする小さな先輩を止めようとしていた事も忘れ、ナズナは呆けたようにポツリと呟く。その呟きを拾い上げたのはカンロだ。


「あの暗器の名前は『微塵』。まぁ、本来の微塵はもっと小型やから。アレをリッカは『大微塵』と名付けとったよ、まんまやけどな」


リッカが手に持つ『大微塵』は一言で言えば、三つ又の分銅だ。一本一本の長さは、通常の『微塵』が容易に隠せる40cm前後なのに比べてリッカの持つそれは1m近く。それに比例して太さも増している。

使い方としては、一本の鎖を持って残りの二本を振り回せば鉄で出来た鞭のような使い方も出来、投擲をすれば目標物に絡みつく事も可能という一つで何役もこなしてくれる優秀な代物である。


「い、いやそうじゃなくってですね!? カンロさんも止めて下さい、このままじゃあリッカさんが……!」


慌てふためくナズナにカンロはあくまで余裕の表情を無くしはしない。


「安心しい、リッカはこんなモンじゃやられへんから。――それに、リッカの後始末はウチの役目やからな」


そう言い、カンロは玄人染みた動作で大量の聖水を指と指の間に持った。それがカンロに期待されている役割なのだと、カンロは長年の付き合いでとうの昔に理解していた。


具体的には隊長よりほんの少しだけ早く。

リッカ(家族)の事を一番理解しているというポジションは、絶対に譲れないカンロなのであった。







つまるところ、役割分担だ。

リッカが大微塵で壊しに壊して、カンロが聖水で浄化する。ナズナならば、その手に持つ得物を振るう事で骨を再生不可能になる程に砕き聖水を撒く作業が必要なくなる。つまり、独りで可能であった作業。それを二人で分担する事で可能とする訳だ。


「さて、俺はどうするかね……」

「隊長? ナズナの護衛か、そこいらでそのご自慢の槍でも振り回しておいたらええんちゃう? ああ、ウチらの邪魔だけはせんように隅っこの方でお願いな」

「お前さん、さっきイジった事根に持ってんだろ……?」

「さぁ~、べっつに~?」 


そう返していると、どうやらようやく敵の本体が現れたようだ。危なげな気配を漂わせ、動く白骨死体が複数現れた。


『カ、カタカタカタカタカタッ!!』


僅かに空いた口にある歯と歯が、こちらに歩いてくる事でその振動によって打ち鳴らされる。少数ならばまだ気にならないかもしれないが、それも10を超えれば耳障りな事この上無い。


力や対抗手段を持たぬ者であれば、不快感より先に恐怖や絶望を抱くのだろうが。

残念ながらと言うべきか、数で圧倒している筈の骨人(スケルトン)の前には一人の黒い猫がいた。


「…………」


ブンッと手にした大微塵を横に一振り。大して力を込めていないように思えた一撃は、哀れな骨人を犬が喜びそうなバラバラの骨へと落ちぶれさせた。


「……ん」


攻勢はまだ続く。先ほどの一撃は開戦の狼煙代わりだったとでも言うように、リッカは一見無謀に思えるかのように骨人達の中に突撃していく。

夜目の効かぬ者が見たならば、白骨による白い空間をえぐっていくかのように黒く染め上げていく。それは正に『質の暴力』とでも言うべきものであった。


さて、こちらも役目を果たさなくては。

おもむろに、カンロはリッカが叩き壊した骨の塊に聖水を浴びせかけていく。こうしておかねば、原型を留めぬ程に粉砕したならば話は別だが、時間が経つと再び瘴気が集って復活してしまう。


一つ一つ地味でも確実に、その息の根を止めていく。既に息はしていないというのに息の根というのもおかしな話だが。


「……ふぅっ!」


骨人達の中心に、黒い竜巻が現れる。その竜巻は瞬く間に骨人達の頭蓋骨を肋骨を大腿骨を、とにかく無差別に巻き込みながらグルグルと回り続ける。薙ぎ払い、打ち払い――後に残ったのは、大量の骨のみ。


「わっ……す、すごいすごい!! 何かもう……よく分かんなかったですけど、リッカさんぐるぐる~って!! 凄かったですよっ!!」

「そう……だろ。すごい、だろ?」


早々に第一陣を蹴散らす事でひとまずの終了を迎え、リッカは息を整えている。

とくとくと白骨に聖水を注ぎながら、カンロは横目にそれを見ている。


顔を見ただけでは分からないが、リッカのあれは相当喜んでいる。

任務の際には一見邪魔になりそうな、出している耳と尻尾。――人間の身であるカンロには分からない感覚だが、隠すと違和感が生じるらしい――それが、今はゆらゆらと左右に揺れている。後輩からの初めてと言っていい尊敬の視線に、この存外お調子者の相棒はいい気になっているのである。


「……下がってろ」

「え? あ……。そんな……」


ナズナの悲嘆がこもった声が力無く聞こえる。

ガサリ、ガサガサリ。墓場の周囲を取り巻く木々から無粋な葉音を鳴らしながら、先ほどを遥かに上回る第二陣がその姿を現した。その数、数十。いや、百をも超えるかもしれない。平原のように広いとは言えない墓場において、その数が集まれば『人骨の海』とでも言うべき様相であった。


よく見れば、その中の数体は粗末ながら皮鎧を身に纏い、手にボロボロに錆びた剣を構えていた。


近くには古戦場がある事をカンロは思い出していた。このどこからともなく現れてきている骨人共は、そこが出身なのだろう。

そういった死体が集まる場所には、必然的に瘴気も集ってくる。瘴気に触れる事で動くようになった骨人共が、別の瘴気が溜まる場所――今回の墓地のような場所――へと誘蛾灯に誘われる虫のようにやってきたのだろう。


ちなみに、今戦っている骨人の中には墓場から出てきた者はいない。何故なら、墓場に埋葬されている御骨は動き出す事を防ぐ為に処理が施されているからだ。瘴気が溜まるたびに埋葬した者達に荒されてはたまらないという関係者の切実な願いがあったりする。


約一名を除き、その場にいる面々は冷静に状況を把握するよう心掛けていた。諦める者など、いる筈も無かった。







ボロボロに朽ちてしまっている皮鎧など無いも同然ではあるが、一応警戒しておいた方がいい。

死霊の中には、生前の経験を持ち越すリッチのような存在もいると聞く。目の前の一山いくらな骨人共も昔は剣を振るっていたのだ、もしかすると剣の腕前が冴えている骨人がいるかもしれない。


「む、無理ですよぅ! 早くにげ、逃げましょう!? いくらなんでもあんな数っ……!」


ナズナが悲鳴染みた声を上げる。察するに、今彼女の心はポッキリと折れている。もしも仮に『アレ』が美楯所属の隊員で、実戦でなく鍛錬の場であったなら。あるいは直接の原因である屍人(グール)の件が無ければ。例えあの数であったとて、涙目になりながらだろうが、ろっくんと共に突っ込んでいっただろうが。


(怯えが心に浸食してきとる……!)


カンロは隠しきれぬ焦燥を胸に秘めた。

生首を見た当初、彼女が怯えたのは人型を壊す作業。もっと言えば、それを成す『自分』に恐怖を抱いていた。

それが時間が経った今では、あの『人骨の海』にまで怯えてきてしまっている。


あの『人骨の海』は今彼女が怯えている非日常の固まり、その筆頭だ。

あるいは自分にとっての、あの黒くてスベスベカサカサした『名前を呼ぶのも憚られるモノ』と同じくらい恐怖しているかもしれない。


「……逃げへんよ」


そして、だからこそ。ここで退いてはいけない。

ここで逃げたならこの子の心に根を張ってしまう。トラウマという、心底厄介な植物が。


「なんでですかっ! あんなにいっぱい、どんなに強くたって……!」

「あんたに先輩らしいトコ一つも見せとらへんのに、惨めったらしくケツまくって逃げてたまるかぁ!!」


目を見開き、怒鳴り散らすようにカンロは思いのたけをぶちまける。

多分、今ならまだ間に合うのだ。

ここで完膚無きまでに倒してしまえば、立ち向かっていけるのだという姿をナズナに示せば。

まだ、何とかなる気がする。神ならぬカンロには、確証は何も無いのだけれど。


「あー、何かお腹痛くなってきたな……」

「隊長、ナズナの事は任せたで!」

「もう好きにしろよ……」

「カンロさん!」

「ナズナ! 目、見開いてよう見とき。ウチとリッカの手にかかったらな、こんな奴らちょちょいのちょいや!」


せやから、な。しっかりと立ち向かっていく姿、目に焼き付けとき。

それはきっと、あんたの心の支えになる筈やから。


先輩として。

奇しくもリッカと同じ結論に至ったカンロにとって、ここは決して退けない状況となった。







「カンロ! 上だ、上の空間を有効に使え。お前さんとリッカの連携なら出来るだろ!」

「……当たり前やん」


あいつ勢いで行こうとしてやがったな、ったく。


苦笑いを浮かべるトウゴロウに、ナズナは非難するように縋り付く。こんな状況でも無ければ、ひどく出来の悪い男女の別れ際の演技を彷彿とさせるようだった。


「何で……何で!」

「……何で二人とも、あんな危険な事を、か?」

「…………」

「それはお前さんが一番よく分かってる事じゃあないのか? ――今、お前さんは下手をすれば今後の進退を決める事になるかもしれん程の、人生の分水嶺に立っていると言っても過言ではないんだ」


諭すように、トウゴロウはナズナに語りかけていく。


焦ってはいけない、答えを急いではいけない。トウゴロウは自分に言い聞かせ続けていた。

昔人生の先輩に聞いた秘訣だ。悩み相談の時は、まず自分から意見を押し付けてはいけない。相手の話を漏らさず全て聞いてしまうつもりでいなければならないと。


相手が目には見えない少女の心なだけに、もしかすると今までの中で一番難しい相手かもしれなかった。


「……私、あれから色々考えてたんです」

「うん」

「美楯の訓練の時は、大丈夫でした。皆さん、ろっくんで叩いても上手く力を受け流すようにしてくれてて……だから私、相手が、人が簡単に壊れてしまう事を知らなかった……!」

「うん、美楯は手練れ揃いだからな。何とか技術でもって、受ける衝撃を最小限に食い止めてたんだ。――だからいつもお前さんに吹き飛ばされても軽傷で済んでた」

「……はい」


ナズナはそっと目を伏せる。


「村にいた時にも、この力は良く活用してました。と言っても、重い荷物を運ぶ時だけで、生き物を殺生するどころか人を殴った事すらありませんでしたけど……」

「大事に育てられたんだな……」

「はい。……だから、隊長さんに勧誘されて美楯に入ってからも、どこか気の抜けたような感じで訓練をしてたような感じが、今ならします」

「……でも、それが覆された」


その先を促す言葉に、ナズナは手をぎゅっと握りしめる。

ここからより深く、内心の吐露が続いていく。


「……はい。怖かった」

「何が?」

「……あの、首が。人の形をしたモノがバラバラになって、首だけが私の足元に転がってきて、それで、訴えかけてくるんです!! お前もこんな事をするのか……って! そんな事は言ってない、死霊なのは分かってますよ!? でも、でも私はっ……!」

「ナズナ嬢、落ち着け。……さぁ、俺の目を見て。ゆっくり、深く呼吸をするんだ。いいな?」


このままでは錯乱して過呼吸になってしまいそうだった為に、落ち着かせようとトウゴロウはナズナの両頬に手を当て至近距離から目と目を合わせる。


「それから少し時間が経って今。良くなるどころか、ますます悪くなってきている。……そうだな?」

「……はい」

「お前さんの心に付いちまった傷は今、更に形を変えて広がってきている」

「……いつの間にか。死霊の方まで怖くなってきていました」

「そうだ、そしてこのまま時を置けば、それだけじゃあ無くなるだろう。例えば死霊以外の魔物や盗賊、皇都にいる無頼者なんかにも同じように拒絶反応が出てしまうかもしれん」


暴力を振るって対象を『殺す』あるいは『壊す』事に恐怖を抱いていたはずだった心は、やがて『暴力を振るう事』そのものに恐怖を抱くようになり、そして今は『暴力を振るう者』にまでその範囲を広げてきている。例えそれが彼女の怪力でもってすれば、赤子の手を捻るような相手であったとしても。


何かに対する恐怖はまるで波紋のように別のモノへと広がっていき、ドミノ倒しのように、徐々に大きくなっていく。



「……」

「今みたいに体を縮こまらせて、平手でさえも一発で沈められる程度の相手にも、お前さんはいいように弄ばれてしまうようになる」


そこで注意深く様子を窺う。言うべきことは、言った。聞くべきことも、聞いた。後は心に燻る火の灯の気配がどこかに現れないかを、祈りを込めて見守るしかトウゴロウには残されていなかった。


(頼む、頼むぞ……ここで折れてくれるなよ)


「……怖くないですか?」

「……ん?」

「さっき、言いましたよね。……話題は違いますけど、俺達だって怖いって」


そう来たか。

トウゴロウは心の中で苦い笑みを浮かべた。ソレに対する画期的な答えは無いし、綺麗な答えはもっと無い。そんな内心はおくびにも出さなかったが。


(どうする、何が正解だ? 一体どう答えれば、この悩みから救われる……? あーもう、俺は心の治療なんざ心得てねぇってのに……!)


心の中、この状況へと至った要因の全てへ悪態を吐く。


「うん、そうだな。……俺も最初は怖かった。俺は村の近くを縄張りにしてた盗賊を殺したんだがな。何せ人一人の人生を奪ったんだ。例え盗賊だからって、碌な奴じゃ無かったとしたって、殺した瞬間、まるで俺の背中にソイツの人生分の重さが圧し掛かってきたような気さえしたよ」


死体の様子も酷いもんだった、ソイツ滅多刺しにしてたからな。


そう締めくくる。

結局、今のトウゴロウに出来る事は自分の(彼にしてみたら)赤裸々な経験を語る事ぐらいしか出来なかった。


「どうして……どうして、怖かったのにそんな……滅多刺しだなんて酷い事を」

「ああ、いや。逆だよ、ナズナ嬢。――怖かったから、相手は結果的に滅多刺しになったのさ」

「それは、どういう……?」

「怖かったから。怖くて、怖くて、泣き出したくてしょうがなかったから。だから、何も考えないようにしてひたすら刺し続けたのさ。もう起き上がらないでくれ、頼むからってな」


独白は続く。

己を曲がりなりにも武士にした張本人が語る、今正に自分にとっても他人事では無い内容は、確かに少女の心に届いていた。


「そんな苦しい思いをして、そこまでして……」

「何で殺したのかって? ――そりゃあお前さん、守りたい人を守りてぇからだよ」

「守る為に……」


道中、ずっと考え続けていた内容だ。ナズナは思わず呟く。


「あるいは捻くれた見方をすりゃあ、殺す為の責任をその守りたい人に押し付けてるんじゃないかとも言えるが……まぁ、それならそれでいいじゃあないか」

「え……」


良い訳が無い。そう思いながらも、ナズナの耳はトウゴロウの言葉に傾けられている。


「何でわざわざ、苦しい事を自分だけで押し留めなけりゃいけないんだよ。自分だけじゃどうしようもない時に、俺達に助けを求めるのはそんなに悪い事なのか? そんな訳無いだろう。動くための原動力は何だっていいさ。仲間を守る為でも、目の前の奴が憎いからでも、殺すのが楽しいからでも、な。まぁ俺のオススメは黒猫隊の仲間を守る為ってのが断トツだが」


ニヤリと笑いながら。述べていくトウゴロウの言葉に、ナズナはくすりと笑みが浮かぶ。

ナズナの目には、幽かだが見間違いの無い光が灯っていた。


「はん。何故ならな、可愛い後輩の悩みだ。そういう迷惑なら、俺達は全員受け止められるだけの度量は持ってる。仲間を守れ、俺達にその理由を押し被せてしまえ――それに、そもそも悩みを分かち合うのが仲間ってモンだろうが」

「私……ちょっと行ってきます!!」

「おーいけいけ……はぁ、ようやくなんとかなりそうだ」


気付くと慣れない心のカウンセリングをしている内に、今も戦っている筈の二人の姿は見えなくなっていた。

その二人の元へと、ナズナも全速力で駆け出して行った。


トウゴロウはコキコキと首を鳴らしながら見送りの言葉を呟いた。その様は疲れ果てたサラリーマンを彷彿とさせる。


「ああ、最早思い出す事すら覚束ない純粋な思春期の悩み……ってか。一体、何が良かったのかねぇ……? やっぱり、あの二人の思いのこもった行動と、不本意ながらも俺のこっ恥ずかしい昔話が効いたんだとしたら。……あぁ、酒飲んで寝たい。つーか何もかも忘れたい」


何と言うか、叫びながらジタバタと暴れたくなる思いだ。

自分の一番未熟な時の昔語りなんかするもんじゃ無いな、トウゴロウはそう結論づける。


「だからまぁ……悪いが、憂さ晴らしさせてもらうぜ。化けて出てこないでくれよ? お前さんら」


どこからか湧いて出てきた別の骨人の群れに対しあくまで飄々と、ただし目つきだけが鋭さを持ち、トウゴロウは手にした槍を突き付けるのであった。







墓場の周囲には、既に針山の如く砕け散った骨が散乱していた。


手筈通りいけば、別働隊が回収して無縁仏として別の然るべき場所に埋められるはず。なのでしばらくは見るも無残な状態だが祟るのは勘弁して欲しい、リッカにとって割と本気の感想であった。


一歩間違えば自分達もその中に仲間入り、常にそのような緊張感を胸に抱きながら二人は戦い続けていた。幾分リッカの方は「まぁ大丈夫だろう」と楽観的だった事は否定できないが。



リッカとカンロの目の前には第三陣。第二陣を殲滅したにも関わらず、未だ多くの骨人共がカタカタと不気味な甲高い音を奏でながら蠢いていた。


「はてさて、一体いつまでやったら気が済むんか……」

「死ぬまで……」

「だからもうアイツら死んどるやん」

「……こっちが」

「縁起が悪いわ!?」


今回の任務の達成目標は、墓場の瘴気を死霊が寄ってこないレベルにまで下げる事である。骨人の活動している数を減らせばいいのであって、必ずしも骨人共を全滅させる事では無い。

極論、瘴気濃度が下がりさえすれば目の前の群れは無視してもいい。この辺り一帯は封鎖されており人も立ち入る事は出来ない為、人的被害は無いからだ。


しかし、瘴気濃度を下げるには骨に憑りついている死霊を倒す事によって原動力となっている瘴気を消すか、聖水を撒くしか無い。

結局この骨人共を、聖水を用いて倒すのが一番手っ取り早い手段であると言わざるを得ないのであった。


「……行こ」

「はいはい」


為すべきは何も変わらない。しばしの休憩の後、再び骨人から唯の骨へと変える作業に二人は移っていく。

いち早く接近してくる骨人の頭部へと、唸る大微塵の先端にある分銅が命中する。砕け散る骨に目もくれず、次、そして次の次の目標までを把握しながら一切止まる事も無く、一連の動作のように更に粉砕していく。


「さて……上やったね」


カンロはカンロで何もしていない訳では無かった。

カンロが聖水を上方に投げ、それをリッカが勢いの乗った大微塵にて破壊する。雨の様に降り注ぐ聖水。それにより、一度でより多くの骨人に聖水がかかる。

己の所属する部隊の隊長の言葉を思い出し、カンロはその作戦を実行しようとする。


聖水の数も無限ではない、今までのように一体倒す事に丁寧に注いでいってはすぐに足りなくなってしまう。

それを考慮に入れたうえでの戦い方であった。


最善の効果を発揮する為にカンロは頭の中で情報を加味していく。

リッカの現在位置と癖や好みを踏まえての次に向かう方向の予測、骨人の集中している箇所の把握、風が吹いているか否か、それらを加味して自分がどの角度で聖水を投げるか……。


「リッカ!」

「ん……」


いざ挙げてみると数え切れぬ程に多くの項目を計算して行わないと大した効果は生まれないが、それらのハードルを容易く飛び越えカンロは聖水を放り投げる。それが決して当てずっぽうでは無い証拠に、十数体もの骨人が雨のように聖水を浴びて瘴気が消え唯の骨へと変わり、音を立てて大地へと沈む。


あまり目立った戦果こそ挙げてはいないが、カンロもまた十分に優秀な部類に入るのであった。


「おわっと」


再び聖水を投擲しようと投球姿勢に入ろうとしたカンロに横合いから骨人が襲い掛かる。

両手を伸ばしてくる骨人に対し、しかしカンロは焦らない。冷静な眼差しで骨人の動きを見据える。


「せい、やぁっ!」


無造作に突き出される両手を下から潜り抜けるように躱し、掴みやすい肋骨をしっかりと握りしめる。そのまま足を払いながら変則的な背負い投げを繰り出す。当然下は畳でなく踏み固められた大地。ほぼ九十度近くの角度で無慈悲に叩きつけられ、風化していた骨人の骨は容易く砕け散る。


「ふぅ……腕は鈍って無いようやね。安心、安心っと」


パン、パンと掌を叩いて土埃を落とす動作があまりにも気軽なもので、足元に見える光景とのギャップが凄まじいものとなっている。


「さてさて、お次は……っ!」


再び聖水を上に投げようと画策していたカンロに例の錆びた剣と楯を持った骨人が襲い掛かってきた。

咄嗟に手に持った聖水を投げかける。数が無くなってきた現状では少々勿体なくもあるが仕方が無い。


「な、にぃっ!?」


カンロは目を疑った。投げた聖水の全てが骨人の持つ錆びた盾、そこにびちゃりと音を立てながらかかっていったのだ。当然何の意味も無い。

骨人は元は王国の兵士だったのであろう、教本通りのような綺麗な構えで左手に持った盾を構えていた。


「マズッ……!」


骨人が右手に持った剣を頭上に高らかに振り上げた。先の驚きで姿勢を崩しているカンロには、避けられるビジョンが見えてはこなかった。

リッカも現在は間に合いなさそうな位置にいる。彼女の助けは見込めないだろう。


(まずいまずいまずいまずいまずいっ……!!)


単純化する思考の中、現状を一言で告げる言葉だけが頭を埋め尽くしており具体的なものなど何一つ生まれてくれはしなかった。


現在彼女の持つ唯一の武器と言える聖水も、次を開ける前に斬り付けられてしまう。対死霊の為に普段はクナイ等を入れている場所にすら空間が許す限り聖水を詰め込んでいた、それが仇となった形となる。


カンロからしてみれば、正に八方ふさがりな状況であった。カンロには何も出来ない。


「ぅぁああああああああっ!!」


――そう、カンロには(・・・・・)。


「ナズナ……!」


骨人の側から見れば暴虐とでも言いたくなるような力を振るいながら。それでも倒れそうなぐらいに真っ青な顔を、今にも泣きそうな程にぐにゃりと歪めつつ、ナズナはそれでも止まりはしない。


(仲間を守れ、仲間を守れ、仲間を守れ……)


「……間を守れ、仲間を守れ、仲間を守れ仲間を守れ仲間を、守れぇっ!!」


ナズナの心を満たしていた色が、口から外にも零れだす。

聖水を食い止めたボロついた盾も、僅かに骨身に染み付いた生前の技量も、ナズナの怪力とろっくんの質量の前には何の役にも立ちはせず、持ち主共々仲良くゴミ屑と成り果てた。


カンロを襲う脅威は去った。

それでもナズナは止まらない。――いや、止まれない。


仲間を守れ。

言い聞かせる為に幾度も幾度も頭の中でリピートさせていたおかげで、咄嗟の勢いのまま動く事が出来た。


免罪符として用いているのは、ナズナ本人とて理解していた。だが、別の何かを少しでも考えてしまえばすぐにでも崩れ落ちてしまう。その事を直感的に悟っていたナズナは、唯々そのフレーズだけを壊れた機械のように繰り返す事で頭を一色に染め上げて得物を振り回す。最早彼女の頭の中に明確な敵の存在などありはせず、あえて言えば目に映る全てが敵と化しているのであった。






「来ないでよぉぉぉぉっ!!」


自分から骨人の元へと駆け寄りながら、真逆の言葉を叫ぶ。最早口から出る言葉に大した意味など無かった。

先程までのリッカが敵だけを倒す、まるで指向性のある竜巻のような攻撃だったとすれば、ナズナのそれはあたかも全てを巻き込む大嵐。敵である骨人のみならず周囲にある墓石や木々をも薙ぎ倒し、しかしそれらすら関係ないとばかりにより荒れ狂う。圧倒的な力にて弱者を叩き潰すその様は、さながら暴君の如しと見た者は言うだろう。


(いや。いや、ちゃうやろ……)


それに、カンロは心中にて異を唱える。


カンロは思う。

あれが、あの泣き喚く幼子のような状態が強者だと言うのか。

そんな訳が無い。そんな事は許されない、このカンロが許さない。


無駄の殆ど無いリッカの駆逐速度と比べても、まだ速い速度でナズナは骨人を骨屑へと変えていく。一撃当たれば問答無用な事に加えて、周囲のモノを破壊した巻き添えで骨人もまた壊れていくからである。リッカとカンロの成した分と合わせれば、もう骨人は僅かしか残っていないと言っても良い程だ。

それほどに閑散とし始めている墓地の一角で、未だナズナは泣き叫んでいる。凶暴な得物を振り回しながら、顔に涙は浮かべてはいないけれど、それでもナズナは泣いていた。


「あー、行けるかどうか分からんなぁ……」


疑問形で言いつつも、カンロは理解していた。ここは行く場面なのだと。少々危険な博打だが、賭けない訳にもいかない。カンロは頬を一つ叩いて気合いを入れる。

横合いにはリッカも控えていた。リッカが無茶をしてカンロがフォローを行う普段とは、まるで役回りの違う構図だ。


(普段リッカが無茶する気持ちも分からんでも無いなぁ、ホンマに)


肩を竦めてしょうがないなと言わんばかりの相棒のその態度に、自然笑みが口の端に浮かぶ。微笑みと呼ぶにはあまりに男らしすぎるものではあったが。


「おっしゃぁっ!!」


脇目も振らず、カンロはナズナに向けて駆け出す。怖さなど、今の彼女には何も無かった。別に、近づけばナズナが攻撃を止めるのを期待していた訳では無い。そんな事は知っている。

既に何も無い場所だというのに得物を振るい続けていた時点で、ナズナがまともな思考では無い事は予想していた。


そして今も、近づくカンロに向けて眼差しに敵意すら込めてろっくんを振り下ろそうとしているその正気を失った容貌を見れば、そんなものは一目瞭然だ。

では何故、どうして? そんなものは決まっている。


「ん……っ」


横から相棒が手助けをしてくれる事を信じ切っていたからだ。

リッカは先程まで回し続けていた大微塵の一本をろっくんの先端に絡ませ、体の内にある気を全開に振り絞り、綱引きで全体重を込めるように逆に引っ張っていた。凄まじい怪力を誇るナズナにはそれでも引き摺られてしまうが、カンロが接近する時間を稼ぐというだけで言えば十分にその役割をこなしていた。


「ナズナぁっ!」

「う、あああああぁっ!?」


カンロはナズナを抱きしめる。

両手で羽交い絞めにするだけに留まらず、両足を胴体に絡ませて、もうナズナがろっくんを振り回せないように、固く堅く抱き締める。

それは、何一つおかしくない。泣いている幼子を落ち着かせる為に抱きしめる事に、どこにおかしいところがあるだろうか。例え体全体を使ってナズナを強引に拘束する為に飛びついたとして、そこに含まれる思いは何ら変わるものでは無い。


「もうええ! もう誰もおらへんからな、もう安心してええから、だからもう振り回すのやめぇっ!!」

「やだやだやだやだいやだぁっ!? ヤダよおぉぉぉっ!!」


暴れるナズナにしがみつくカンロ。二人が二人、共に必死の形相を顔に浮かべていた。


「ありがとうなっ!! アンタのおかげでウチは助かったんや、ホンマにありがとう!!」


感嘆すべきはカンロの精神力。普段ならばとうの昔に引き離されて振り落とされている程に、二人には純粋な力の差がある。その溝を埋めたのは、卓越した体重移動の技術もさる事ながら、何よりカンロの強い心があってこそだ。


だからこそ、通る。

強い心でもって行われた行動は、押し固められたナズナの心に押し通る。

それがナズナの事を想ってした行動であるのならば、必ず。


「う、ううぅぅぅっ……!」


唐突に、今までの狂乱染みていた動きを止め、ゴトンと音を立てろっくんが地に落ちる。ナズナは上を向き、唇を噛みしめながら泣き続ける。カンロは一度拘束を解き、今度こそそっと抱き締める。何も言葉は無く、それでも万言を費やすよりも多くの伝えたい事が伝わる。そんな、慈愛に満ちた抱擁であった。







しっかりと、まるで姉妹のように抱き合う二人を見ながら、万感の思いを込め幾度も幾度も頷く。

良かった、本当に良かった。

何度も道の選択を誤った、危うい橋であった。だが、ナズナの表情を見るになんとか渡りきる事が出来たようだ。


「行かなくていいのか?」


最後に見た時と比べると、若干薄汚れた感がある隊長が声を掛けてくる。


「無粋、だ……」

「ふーむ、しかし俺から見たらお前さんもカンロの奴も、同じくらいナズナ嬢の事を想ってたみたいに感じてたがな」


それは違う。オレは、無言で首を横に振る。

確かにオレはナズナの事を大切に想っていた。オレに出来得る限りのことをしてやろうとも思っていた。だがそれは、オレに初めて出来た後輩だったからだ。


カンロは、少し違う。

カンロは孤児の生まれだ。もっと小さな時にオレと一緒に行動するまで、いつも独りだったらしい。

それ故、カンロは所属する仲間を家族のように想う。

ナズナの事も単なる先輩後輩では無く、おそらくは先程感じたように妹みたいに思っているのではないだろうか。もしかしたら娘……いや、やっぱり妹で。


とにかく、だからこそいつもとは立ち位置が異なりカンロが無理をする格好となったのだ。

普段は己の仕事を割合そつなくこなすカンロが、そうして必死にもぎ取った結果が今目の前にある二人の抱擁なのだ。


あの中に割って入るのに、無粋以外のどんな言葉が相応しいというのだろうか。いや、ない。はんご。


「隊長は、今まで何してたんだ……?」

「うーわ、そりゃひでぇぞ。俺はお前らが取りこぼした骨人共を懇切丁寧にだなぁ……!」

「冗談……だ」

「……お前さんのは判りづらいねぇ」


喋りながら、ジョリジョリと顎の無精髭を掻いている。それぐらいは毎日剃れと言いたい。


「おそらく、だが。お前さんらの活躍で、ナズナの症状は最悪より二歩手前ぐらいにはなるだろう」

「ああ……。後、隊長も、な」

「……あんがとよ。そもそも、だ」

「……ん?」

「そもそも、ナズナが人間を殺す必要は、無い」

「……ん」


その通りだった。

ナズナの加わった大きな要因として、力押しが必要な魔物に対しての対抗手段だった筈。今までのオレ達が不穏分子の暗殺だったからと言って、ナズナが殺さねばならない必要などどこにも無い。それならば、ナズナ抜きでも事足りるのだから。


「うん、分かっているようだな。……である以上、ナズナの育成は環境に慣れるまでは徐々にやっていく」

「……ん」

「……正直、な。俺も、ちいとばかし戸惑ってるんだわ。美楯に入って初めての同僚が肝っ玉の据わったお前さんら二人に、周囲にゃ歴戦の強者共だろう? ……まーいつの間にやら、俺も戦えない奴の感覚が分かんなくなっちまってたんだな。今もこんな事態起こしちまってどう対処していいやら……」


珍しいな。あの隊長がオレに弱みを見せている。


「でも……何とか、なるだろ……」

「だな……何か俺もそんな気がしてきたわ」


オレ達の眺める先には、昇りはじめた日光に照らされる二人の姿と、長い長い一つの影があるのであった。


――というかいつまで抱き締めあってんだお前ら、いい加減もういいだろ。


しつこさを感じたオレが二人をぺぺいと離す事になるのは、そう遠くないお話である。


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