骨の海①
前回に比べると、シリアスな雰囲気に。
ギャグとシリアスが急に変わったりするかもしれませんが、これからも大体そんな感じです。
足音が4つ。ザクザク……と夜の墓場の入口に寂しく響き渡る。
服装は大きく分けて二つ。夜闇に紛れるようにと考えて何やら光を吸収する素材で作られている、機能性抜群の忍び装束。ホルスター等も各所に付いており、普段の着物に比べれば見た目は全然違うけれども『暗器を多く忍ばせられるジャージ』とでも言いたくなるほどに動きやすいこれは、オレとカンロが着ている。
隊長とナズナは美楯羽織に袴という格好になっている。白と水色を基調にしている為に月明かりも僅かに入る現状若干目立ってはいるが、今回の任務ではなんら支障はない。
あの顔合わせの日から、意外と穏やかに2か月の時が経った。主に公私共にいる事で親交を深めたり、訓練でナズナを鍛えたりして過ごしてきた訳だが……遂に、新生『美楯黒猫隊』の初任務の時が来たわけだ。
「ほれ、もうここまで来たんだ。お前さんも腹括れっての」
「あ、うぅ……。嫌だなぁ、帰りたいなぁ……あ、あ痛たたた! き、急にお腹が痛くなってきてしまいましたーこれはもう家に帰って療養するしか」
「却下」
「……ですよねー」
オレ達の後ろでナズナがぐずぐずと愚痴を漏らしている。いつまでも往生際の悪い事この上ない奴である。
(いや、違うな……)
そっと自分の考えに頭を振る。
ナズナ以上に、それこそ往生際どころか、往生して尚もしつこくこの世に留まり続けている悪質な輩がいるのだ。
それこそが今回のオレ達の目的。死霊討伐である。
ちなみにナズナにはまだ教えていない。
「……ナズナ」
観念したのか、最後尾をとぼとぼと歩くナズナに声を掛ける。
「はい、何でしょうか……?」
「今回……お前にも、働いて……もらう」
「……はえぇ?」
察するに、『はい?』と『えぇ?』が混ざった返事をポカンと口を開けてする。意味はどちらも同じだが。
「俺が説明してやろう。……リッカじゃ、説明が終わる頃には朝になってるわな」
余計なお世話だ、ほっとけ。
とはいえ、話すのが苦手な事は自他ともに認めている。なので素直に任せることにして、一行の前列、カンロの隣に移動する。
「普通の武士団と違って、俺達の所属している美楯って言うのは変わった部隊編成してるよな?」
「えと、はい確かに」
「それは、俺らのような隊長格の人間が自分あるいは自分の部隊にあった人員を集めているからだ。当然、難易度こそ同じぐらいだけども全然タイプの違う任務がそれぞれ割り当てられる訳だが」
その辺りは、今となっては鶏が先か卵が先かといった様相を呈している。逆に、割り当てられた任務を達成する為に必要な人材を集めていったりする場合もあるからだ。最適だからその部隊に任務を渡すのか、部隊に任務が渡されるからそれに適応する為に人員を増やすのか。
「俺達黒猫隊の特徴は、少数精鋭かつ対人戦。俺が指揮を行い、主力のリッカをカンロが補佐して結果を出すのが今までの流れって訳だな」
「ふむふむ」
「当然、お前さんが来る前に部隊に回されてきていた任務も巫女姫様に仇なす不穏分子の暗殺といった、穏やかでない且つ少数で可能な任務が主だったんだが……」
「すごく嫌な単語が聞こえてきた気がしたんですが、続きをどうぞ」
「そうか? とにかくうちの主力のリッカが、そういうのには優れているものの、どうにも真正面からの純粋な力押しが必要となってくる存在はあえて言えば苦手なんだよ。そこが我が隊の改善点だったんだが――」
「……私の、人よりちょっっとだけ! 優れた腕力の出番ってトコロですか……?」
嫌そうに、とても渋い顔をしながらも確信しているのだろう、ナズナが会話の先取りをする。ちょっとの件は乙女としては譲れないとか思っているに違いない。絶対。
「そうだ、お前さんのそのクソ力ッ! を生かすには正規の武士団の下じゃあ少しばかし浮きすぎると思ってな、うん。クソ力ッ! を」
「なんでワザワザそんな言い方で、しかも強調して話すんですかっ!! 二回言ったところとか、絶対に悪意を持って言ってますよねぇ!?」
「おいおい、酷いなぁ。お前さんは今回の主役ではあるものの新人だから、何とか緊張を解いてやろうと苦心してるってのに……隊長悲しい、シクシク」
「隊長さん、そんなにも私の事を思って……って騙されませんよ、何ですかそのワザとらしい芝居は!! 3Gの価値も無いですよっ!!」
墓場に吠える声が響き渡る。無駄に騒々しく感じ、先程までの陰鬱とした空気は確かに霧消していた。ちなみにGはゴールドのG、世界共通通貨となっている。国ごとで価値の違う様々な貨幣は製造されているのだが、不思議と呼び方だけは変わっていない。3Gは大体子供のお小遣い程度である。
「とまぁ冗談はさておいても、だ。今回の主役がナズナ嬢、お前さんだって事は嘘じゃあない」
「え、と。それは一体……?」
早々に、半笑いで小首をかしげるというギブアップ宣言に等しい動作をしたナズナではあるが。
対する隊長の反応はいつになく真面目なものとなっている。
切り替えの早さというのは、武士にとって必須事項と言える。あるいは、落差が大きい程優秀な証拠と言えるかもしれない。
「ナズナ嬢、そういう時はな。考えるんだよ。どんな些細な事でもいいんだ、いつだって優しいお仲間が隣にいて一から十まで教えてくれるわけじゃねぇのさ。思考を停止した奴は大抵死んでいる。――ここはもうそういう世界なんだから、な」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ……!? 今、考えますから!」
ナズナは、必死に唸りながら頭を働かせている。全くそういう知識は無かったが、この二ヶ月で本当に最低限だがそういった知識は教えている。今のナズナなら、きっと正解を導き出してくれるだろう。
「……えっと。ここが墓場で、対人戦が得意なリッカさんが今回役に立たな……あ痛たた、ごめんなさい!? ゴホン、あんまり活躍出来ないって事は……魔物。それも死霊ですか……?」
「正解♪」
指を立てるな、ウィンクするな気色悪い。
とまれ、これでようやく共通認識する事が出来た。
最初ナズナに死霊討伐の事は教えるなと隊長から言われた時には、頭おかしいんじゃねぇかこのバカと思いもしたが……成程、こういう機会に少しでも多くの経験や考え方を身に付けさせるという訳か。
確かに、考えるという事は非常に重要だ。特にオレ達のような特殊なタイプの部隊にとっては、時に隊員一人一人が各々の判断で柔軟に動かなくてはならない時が必ず生まれてくる。
仲間に連絡の取れない状態で、前に進むべきか後ろに下がるべきかも判断できない者は、黒猫隊にいるべきではない。
成程、成程。
数少ない機会を無駄にしないという考え方は、オレも参考にするべきなのかもしれない。
そう思いつつ、先程から意図的に無視をしていた横を見やる。
「大丈夫大丈夫だいじょうぶダイジョウブ怖くなんてあらへんよだってお化けなんておらへんのやからそんなん今時流行ることもあらへんしそんな心配したところで正体見たり枯れ尾花って流れになるのは必然的に明らかな訳ですもんそんな訳でウチはこれからただの遠足に向かうぐらいの気楽さであっちの方に進んでる訳であれでもあっちの方ってどっちの方なんやろうかこっちはあっちでそっちから来たのは確定してるから」
「……カンロ」
「あ、ああリッカ。なぁ西って東の方にあるよなぁ?」
「……落ち着け」
頭に気付けの一発で、彼女は無事に戻ってきてくれました。
◇
「うぅ、ウチとした事が……お恥ずかしい」
死霊は別に余裕で対処できるけど、墓場の雰囲気とかそういう漠然としたものには弱いカンロ。お化け屋敷なんかには絶対入ったりはしないタイプである。
肩を落として現在猛省中のカンロ。それを何ともなく見ていると、突然腐った肉の匂いが鼻を撫でた。百歩譲ってもいい匂いとは言い難いそれを放っている方へと顔を向ける。ついでに忍び装束のマスクを、鼻まで覆っておく。顔を隠すだけでなく、霧状の毒を防いでくれるガスマスクのような機能も持っている為、耐えがたい臭いもこれでシャットアウトしてくれる。マスクの付いてない隊長とナズナが恨みがましくこちらを見てくるが、完全に無視。
「来た……ぞ」
ガサリと草木の音を立て、ズルリ……ベタリ……とゆっくりこちらに近づいてくる人の形をしたモノが現れる。
「うえぇっ……」
ナズナが嫌悪じみた悲鳴を上げる。
さもありなん。季節が夏に近づいている為か、ドロリと溶けた皮膚や内臓からは少々耐えがたい腐臭を放たれている。目の前の死霊に嫌悪感を抱かない者は、どこかネジが飛んでしまっていることだろう。
「こいつは屍人だ……死者の肉体に瘴気が入った事で動くようになった屍」
「ナズナ、これは……オレが……」
「リ、リッカさん……! 私の為にわざわざ嫌な役を買って出てくれるだなんて、不覚にも感動で涙が出てしまいました……!!」
「ん……気に、するな……」
こんなのは前座だから。
考えつつ、いつものように懐に忍ばせてある小太刀へと手を伸ばす。
トントンと二回指先で叩くその様を、小首をかしげてナズナが興味を示してくる。
「あの……今の動きには、どんな意味があるんでしょうか?」
「ん? ん~……まぁ、験担ぎみたいなもんだな多分」
「あの小太刀はリッカにとって、ホンマに大事なものでな、昔っからの相棒みたいなモンなんや。やから、ああして任務の直前に二回指でトントンって叩いとるんやな」
「へぇ~私のろっくんみたいな関係なんですかね~」
「アンタのその呪われてそうな配色の化け物六角棒とリッカの奴を、頼むから一緒にしたらんといたって……」
解説御苦労。
心の中でそう呟きつつ、鎬の部分に溝が作られている若干特殊な構造である小太刀を持ち、屍人の前へと躍り出る。
先ほど指で触れた小太刀とはまた違うものだ。こんなトコロであの小太刀を使って汚したくは無い。
武器の予備ならいくらでも持ってきているのだ、少々選り好みをしても何も問題は無い。今日は小太刀が二つにクナイが二十。他にも奴らと相性が良さそうな数種類の暗器を仕込んである。
足取りは軽い、死霊の最大の脅威はその物量だ。痛みも恐怖も感じず押し寄せてくる大群ならともかく、動きの鈍い死霊一体など物の数にも入らない。
装束のポケットの中に手を入れ、ある物を取り出す。ガラス製のビンだが現代に比べ製造技術が低い為、どこか分厚く曇って見える。中には透明な液が入っている。
キュポン、と音を立ててコルクで出来た蓋を抜く。
トクトクと小太刀の溝に向かって注いでいく。粘り気の無い液状なのである程度は零れてしまうものの、上手く表面張力やらなんやらを利用して最小限に留められている。
「隊長さん、あれは何なんですか?」
「あれは聖水だ。死霊と相対するには必須とも言えるから、よく覚えておけよ。いいか、死霊を倒すには大きく分けて二通りある」
「バラすか、聖なる武器で痛めつけるって訳やな……何やの隊長、その目は」
「いや……さっきまでプルップル怯えて震えてた割に説明はするんだなぁと」
「なぁっ!?」
後ろが騒々しい。
残念ながら、この件でカンロがしばらくの間からかわれるのは確定だろう。ぷるぷる(笑)。
「さて、待った、か……?」
『ア、ォオオゥアァアァッ!』
タイチョーとカンロが言った通り、死霊を倒すには大別するとその二通りしかない。
しかし前者には欠点もある。
オレの得物は大半が刃物だ。身動きが取れない程に解体するのも出来ない訳では無いが、しかしバラバラにするにはいちいち手間がかかりすぎる。一体二体ならまだしも五十、百と襲い掛かられでもしたならば、もう悠長に解体などしている暇は無い。
デッカイ鈍器で一発ぶん殴って頑固な染みにするという手段も無くは無いが。
どちらにしても、形の無いゴーストのような死霊が現れれば手も足も出ない。
そこでもう一つの手段である、聖属性の武器で攻撃を行う事が選択肢にあげられる。聖属性というのは、ご多分に漏れず死霊にとっては毒のようなものである。非常に効果的ではあるが、一つ問題がある。数だ。そうそう聖属性の武器なぞある訳も無いという事である。
そこで広く代用されているのがこの聖水である。別に変な意味など微塵も無く、正しく聖水なのである。
これを武器と共に併用する事で、簡易的に聖属性の武器として使用する事が出来るようになるのだ。
ちなみにこの聖水飲んでも割と美味しく、優秀な食材でもあるという煮てよし焼いてよしな逸品となっているという事は、オレ自身で実証済みなのは余談。
「シッ……!」
のっそりと歩いてこちらに来る屍人は、案山子となんら変わりは無い。至って冷静に突き出してくる両腕をあえてただ躱さず骨ごと断つように切り落とす。腕だけで無く、姿勢を低くし両足も。勿体ぶる様に無残なダルマにしたところで最後に、首をも切り落とす。
一連の流れは滞りなく行う。躊躇うことなど何も無い。
刃が触れた瞬間、溝に流れる聖水に反応して屍人の腐肉がジュッと音を立てる。まるで焼き鏝を当てられているかのようだ。コロコロと、まるで計算されたようにナズナの元へと転がっていった。
その瞳はひたすら白く、しかし清らかさなど微塵も感じさせずにドロリと濁っている。
「うぷ、えぇっ……」
「両腕を切り落として間髪入れずに両足を。返す刀で首を刈り取る、と。……首を切り落とすだけでも十分やけど、万が一まだ動ける場合を想定して近づく際に両腕両足を切り落とした訳やね」
冷静に分析するカンロの言葉に耳を傾ける余裕などナズナには無いようだ。必死に口元を押さえて目を閉じている。
緊張で体が強張らぬようにというこちらの配慮が裏目に出たのか、経験豊富ならばともかく新人であるナズナはどこかピクニック気分が抜けなかった。
その認識を一気に引き戻す。腐り行く死体の生首には、それだけの効果があったはずだ。
吐き気に襲われるナズナに向ける全員の目に、普段の甘さは存在してはいない。
厳しい表情のまま、隊長が代表して前へと進み出る。
「ナズナ嬢……吐いても構いやしねぇさ。目の前で人の形をしたモノを、死体とはいえ解体したんだ。生まれて初めて見たんだろう? 慣れてなきゃ、そりゃあ吐くのだっておかしくねぇさ。――――だが、吐いたら立ち上がれよ? 真っ直ぐお前さんの命を害そうとする敵を見るんだ。しつこかろうと何度でも言おう、俺達はそういう場に立っている」
隊長の言葉に従い、木陰にふらふらとナズナが歩いていく。そちらには死霊の気配が無いので問題も無いだろう。オレもカンロも多分隊長も、昔は盛大に出したことだ。何も恥じる事は無い。
人、ないしは人型の魔物の命を奪う。これは、戦場のど真ん中で生まれ育った訳でも無い限りまず有り得ない非日常だ。
全ての武士が避けえない、いつかは越えねばならない問題なのだ。それも、最終的には自分の力で。
おまけに、ナズナに関して言えば村娘。それもここに来る前の雑談によれば、農村育ちにしては珍しく鳥獣を捌くところすら見たことが無いらしい。生き物自体の死に慣れてもいないのだから、他の人よりも重く苦しむ事となるだろう。それこそ現代日本人レベルで。
だがどんなに親しかろうと、他人であるオレ達に出来る事は少しでも今のうちに心の体力を付けさせてやる事だけなのだ。
もどかしい事ではあるが。
ナズナの尚もえづく後ろ姿、その背を優しく撫でているカンロを眺めつつ、オレはそっと溜息を吐くのであった。
◇
実のところ屍人は脳のリミッターや瘴気の関係上、力は上がっているのだが肉が腐り骨が脆くなっている為、結局一般人よりは多少強い程度に落ち着いている。気を用いて身体強化を行える武士と比べれば、差は歴然。更に、首のような特に細い場所なら聖水を使わずとも容易く切り飛ばす事が可能となっている程の脆さを誇る。
何故執拗にバラバラにしたのかとと言えば、ナズナに少しでもグロテスクな光景に対する耐性を付けさせておきたかったからだ。かなり高い確率でトラウマになりかねない危険性と、ショック療法なのは百も承知だったのだが。
付け加えると、余裕のある今のうちに準備運動がてら装備に不備が無いかのチェックをしたかったから、という理由もあるが。
今回の敵のメインは屍人ではないのだ。そもそもここヤマト皇国は火葬がメインだ。先ほどの屍人はおそらくは野垂れ死にの死体に瘴気が宿ったといったところだろう。だから数がおらず単独だったのだ。
しかしここから先は違う。墓場なのだ、材料には事欠かないだろう。
そう、本日のメインディッシュである骨人が待ちわびている筈だ。
奴らは数で押してくる。それこそ同じ骨人を何体破壊したとしても、恐れを知らず激流のように間断なく押し寄せてくる。
『ソレ』に恐れを僅かでも抱けば動きは鈍る。動きが鈍ればもうおしまいだ。荒れ狂う河川の上に揺蕩う木の葉のようにあっさりと飲み込まれてしまう。後に残るのは肉片一つあれば上等の惨状が待ち受けている。
故に、「フフン、死霊駆除のコツは心を揺らさず優雅に、あらかじめ決めていた通りに行う事ですわ。そう、それは白薔薇と称えられるワタクシの(以下略)」とは渋々菓子折りを持って今回のポイントを聞きに行ったワンコの言。
今までは互いの死角を補い戦う事に秀でた猟犬隊や、十分な数が揃えられる白鯨隊。後は接近戦を行わなくて済む陰陽術に長けた九尾隊に回されていた仕事が、今回我が隊の新戦力であるナズナの馬鹿力と鈍器の組み合わせが骨人に対する相性が抜群という事でお鉢が回ってきた訳だが。
まさか精神面を考慮せずに能力だけで上に決定されるとは思わなんだ。どう考えてもまだ実戦は早いだろうと思うのだが……。こういう事態を防ぐ為に隊員の選定はコチラに任されていたと言うのに、まだこういう事が起こり得るのは組織の常と言う事だろうか。
多分総隊長の元まで行かずに決められたのだろう。話す事は出来なかったが、最近は忙しそうだったから。
ある意味恒例行事とも言えるこの『墓場の死霊大量発生』を、現場を知らずに書類だけ眺めてるような城の文官連中が、一番暇そう且つ能力面で問題が無くなったオレ達に指令を出したといったところだろう。
順当な予想に頷く。
全く、おかげで憎っくきワンコにわざわざ頭まで下げねばならなかったではないか。思いっきり背筋を反らしてやったが。
頭を下げろと言われた時咄嗟に、反らした結果頭が下がっているというスタイルを採用したオレにはとんちの才能があると思う。
「さ、もう平気か?」
「す、すみません……」
「ほら、お水あるから少しだけでええから飲み。胃液で荒れてまうから」
「はい……」
どうやら落ち着いたようだ。
こういう時、カンロは強い。天性の才能とでも言うしか無い程に、ささくれ立った人の心を宥めるのが上手いのだ。
今もカンロの胸の中、ナズナはとろんと目をさせている。余程リラックスが出来ている証拠だ。
……それにしてもこの絵は、まるで。
「カンロよー、まるで母親みたいだな」
「誰が実年齢より10歳は上に見えるやって!!」
「そこまでは言ってねぇよ!?」
「んべっ!?」
さっきまであんなに慈愛溢れる光景だったのが、隊長の一言で一変してしまった。どうやらカンロにとって年齢の話はタブーらしい。いや、大概の女性は良い顔はしないが。
と言うか、ナズナ放り投げちゃあ駄目だろう。ほら、何か「のぉぉおう、腰がぁっ!?」とか言いながらシャクトリムシみたいな動きしてるし。何でこんなにシリアスな空気が長続きしないんだろうか。
兎に角、さすがに収拾がつかんようになってきた。いつもはいい具合に収める役の隊長かカンロは現在進行形で口喧嘩中なので、しかたなく手をパンパンと叩きながら注目を集めさせる。
「いい加減……にしろ」
「あ、ああそやね……。このままやったら夜が明けてまうかも知れへん」
「や、スマンなリッカ。さて、中心はここから西の方角だな」
「…………」
さて、再び歩みを進める筈であったが。先ほどのコント染みた内容でもまだナズナの心の悩みは払拭出来ないらしく、せっかく雰囲気が元のように明るくなったと思ったらすぐに暗くなってしまった。
まぁ心に負う傷と言うのはそんな程度で簡単に乗り越えられるなら苦労はしない悩みではあるので、ナズナの状態は何らおかしくは無い。おかしくは無いのだが、それはそれだ。
ほれ、アンタの役だろう。
ちょいちょい、と隊長の服の裾を引っ張り目線で促す。
仕方ないな、とでも言いたげな溜息を一つついてからナズナの元へと向かっていく。
「ナズナ嬢……心に嘘をついてまで、その恐怖は克服しようとしなくてもいい」
「え……でも」
「無理に乗り越えようとしたらな、絶対に駄目なんだよ。こういう事柄って言うのはな」
「それでも、皆さんは平然としてて……そりゃあ、皆さんと私が同じだって言うつもりは無いですけど。私なんて、ただ力が強いだけしか取り柄の無いダメでダメでダメダメな……ぐみゅう!?」
ぐに~、と思考がデフレスパイラルな後輩のほっぺたを横に引っ張る。中々ぷにぷにかつ良く伸びるのが心地よい。
「馬鹿の、ほっぺは。……良く伸びる、な」
「ひゃ、ひゃにひゅりゅんでふか~!?」
ぱっと放してやると、赤くなったほっぺを押さえて恨みがましげな涙目でじっとりとこちらを睨んでくる。
「リッカはな、その際限なくドン底に落ちていきそうな思考をやめろと言いたかったんだ。……多分」
最後が無ければ満点だった。
「お前は勘違いをしているようだがな。俺達も怖いものは怖いぞ? 死して尚動き続ける死体だなんて背筋がぞっとしちまうし、ちょっとドジっちまえば自分がその一員にめでたくなるだなんて考えたくも無い」
「……む。オレは、そんなこと……」
「はいはい、話ややこしくなるからアンタはちょっと黙っとこうな?」
解せぬ。
「でもな、嫌だろう? 自分が痛い思いをする事はもちろん嫌だし、お前さんの周囲にいる仲間達が傷ついていくのを見るのも。守るべき対象を、理不尽な暴力から守りたい。だから、俺達は戦うのさ。ふざけるな、お前らなんかに好きにさせてやるかよってな」
「でも、皆さんさっきからいつも通りで……私なんかもう、あの生首を見てから一歩進むたびに足が震えてきて……」
「いつも通りなのはな……俺達がそう努めているからに過ぎないんだよ。余裕だから笑うわけじゃ無い、むしろ笑う事で余裕だと自分自身に思い込ませているのさ。そうする事で、100%の実力を発揮しようっていう……まぁ言ってみれば、生活の知恵ならぬ戦場の知恵って奴かね」
まぁ、結局恐怖心を克服出来てない奴の浅知恵なんだけどな。
自嘲の笑みを浮かべながら、隊長はそう呟くが。それは違う。
抱くのだ、どうしたって。
属するコミュニティの常識やあるいは本能からくる同族殺しへの忌避感が、ご丁寧にも心に警鐘を鳴らしてくれる。
だが、だがしかしと。考えなくても良い事を一つ考えてしまう。
だとすれば、敵と戦う事に本来当たり前に抱く恐怖心を抱かずにいる武士と、痛みを感じず意思も意志も無く活動し続けるアンデッド。
同じく欠陥を持つ者同士、そこに一体如何ほどの差があるというのか。
そう、アンデッドをバラバラに解体する程度では、気持ち悪さなどはともかく、人型を殺す事に全く忌避感を感じなくなってしまっているオレと。さっきのただ動くだけの屍人とは、一体どれ程の差があると言うのかと。
オレは、自嘲の笑みを浮かべようとしても浮かべられない欠陥に気づき。そっと服の端を握りしめるのであった。