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黒猫奮闘記  作者: ATA999
3/23

新人さんいらっしゃい②

皇都に存在している武士のほとんどが、中央部に位置する皇城では無く北部に位置する詰所にて日々の仕事をこなし、また鍛錬も行っている。決して少なくは無い数の武士を賄う為に、北地区の半分以上を使用している程だ。


それは、彼らの戦う魔物の襲来の割合が北地区が7~8割と圧倒的である事が挙げられる。殆どが北から来るのであれば、わざわざ詰所を皇城に置いて初動を遅れさせることも無い、という判断からくるものであった。

時折北以外から来る事もあるが、堅固な城壁と各所に配置されている足軽と呼ばれる下級武士が警察のように見回りや各所に設置されている詰所に駐屯をしている為に、それらが足止めをしている間に練度の高い上級の武士がやってきて討滅を果たすようになっていた。


だが、それにも例外があった。美楯の存在である。まさか巫女姫様の警護が主任務にも関わらず皇城から離れた場所に置く訳にもいかず、新しく作られた隊舎兼鍛錬場は皇城に外付けをされるように――カンロ曰く寄り添うように――建てられている。







「お~、中々早いじゃねぇか……あ? どしたんだカンロその恰好、砂塗れじゃねぇか。それにリッカはそのコブ」

「「…………」」


無駄に高いテンションと身体能力でカンロを皇城まで引き摺ったら、軽く気を失ってしまっていたので慌てて起こしたら「アカン、こんな時にウチはどんな顔をしたらええか分からへんねん……」とかこめかみに血管を浮かべて口の端を引き攣らせながら呟いたから「笑えば、いいと……思う、よ?」と返したら満面の笑みでぶん殴られました。とはさすがに言えない。


にしても、何気に凄いのが隊士服の高性能っぷりだ。あれだけ引き摺ってきたのに、付いてるのは砂埃のみでどこも破けてはいない。確か、一見すると布にしか見えないのに実は魔物の皮という服部分にミスリル銀でカムイ文字を編み込んだとかなんとか。初めて聞いた時は「これがホントの化けの皮」とか考えて一人でニヤニヤしてた気がする。表情変わんないんだけどさ。


「……さて。そいじゃま、早速俺達の期待の新人のお披露目と行きますか」


二人ともが黙りこくったのを見て無駄と悟ったか、タイチョーは早々に話を変える。


「おーい、もう出てきていいぞ」

「……は、はいぃ」


勝った。

オレは、運命との戦いに勝ったのだ。屋内の為見えもしない、天を仰ぐ。

正直、新人と聞いて嫌な予感しかしなかった。当然だ、実力の強い奴は多かれ少なかれアクが強いのが世の常なのだから。ここに来るまでの奇行は一種の現実逃避といってもいい。だからそんなに睨まないで下さいカンロさん。


更にタイチョーに人事は一任していたから、後はどんなキワモノが来るのかという程度の問題であって、キワモノなのは確定していたのだ。能力的にはみ出ているのか、性格的に際立っているのか……どちらにしてもロクなモンじゃねぇな、というのが以前聞いた時の認識としてはあった。全力で忘れようとした結果、素で忘れていた訳ではあるが。


とはいえ、どうやらそんな涙ぐましい努力も必要は無かったようである。

オレ達の目の前にトコトコとやってきた子の性別は女。肩甲骨辺りまで伸ばしている薄い空色の髪が醸し出される儚さを助長している。オレ達に比べると2~3歳程離れているように思えるので15歳くらいだろうか。おどおどとした様子は小動物を彷彿とさせる。

少々厳めしい、美楯の証である美楯羽織は着慣れていない感が120%。自分の事を差し置いて言わせてもらえば、バリバリ違和感が感じられる。


はっきり言って、全然強そうには見えない。真っ先に脱落しそうな外見やオーラなのだが、一体タイチョーは何を考えてこんな子を入れたのだろうか。……癒しか?


「ナズナ・シミズと申します……えと、どうぞ宜しくお願いします」

「はい、という訳でナズナ嬢だー。お前たちも仲良くするんだぞ~」

「ちょっと隊長? ……どういうつもりなん」


我慢出来ずにカンロがヒソヒソ話をし始めた。

……ふむ。手持無沙汰な訳だし、ここはいっちょ先輩として、後輩の緊張でも解してやるか。


「リッカ……よろしく」


こちらの言葉に反応したナズナとやら。やんわりとほほ笑むその姿を見てオレは目的が果たされた事を確信。


「あ……と、よろしくね、リッカちゃん!」



「なん……だと……?」


あまりの衝撃に、何と言うのか。頭の中が真っ白になってしまった。というか素でこのセリフを思い浮かべてしまうとは思ってもみなかった。


「……コラ」

「あいたっ!」


ポカリとナズナの頭を叩く。向こうも身長はそこまで高くは無いので、ギリギリ背伸びしなくても届いたのが幸い。


「いたたっ……」


「も、もう、何するの……!」と言ってくるナズナ。


(そうか……キミはまだ、分かってくれないのかっ……! 先輩は、悲しいぞっ……!)


最早交わす言葉などありはしない。ただ向こうが気が付くまでひたすらに、改心して欲しいという思い。その思いをこの拳に込めて、痛む心から目を逸らし、ひたすらに打ち貫くのみっ……!!


「はいはい、そこまで。リッカは機嫌直して、な? ……ナズナ言うたっけ? アンタも、年上にはちゃんとそれ相応の言葉使いはせなあかんよ? そうは見えんかもしれんけど、リッカはウチと同じ18歳やで」

「……へ? うぇえええええぇっ!?」

「……指。人を指すな、コラ」


驚きのあまり大口を開けてオレとカンロの二人を交互に指しているナズナの指を、鬱陶しく思いペシリと払いながら。

人は見かけによらないと言うが、なんか第一印象で感じたような儚さはどこかへ行ってしまったなぁと思うのであった。







「あ~ら、そこにいらっしゃるのはリッカさんではありませんか。相変わらず辛気臭くなるようなお顔をなさっていますわね」

「…………チッ」


衝撃も治まり、自己紹介も済んだ事だしどれぐらい出来るか実力の確認を、と言うところで邪魔者が現れる。


出たよ、お供を引き連れた馬鹿犬女。毎度毎度の事ながら、オレは密かに嘆息をしてしまう。


この国の和のテイストをガン無視した金髪縦ロールという暴挙。部下を4人ほど引き連れて闊歩する様子は、あたかも他者の上に立つのが当然と言わんばかりの様相である。美楯羽織が、下に着ている洋服に死ぬほど合っていない。

そんな彼女には、純粋な人間には決して有り得ない特徴がある。犬耳と尻尾である。彼女もまた、オレと同じ亜人の一種である獣人、犬人なのであった。


「おまえは……ワンコか」

「誰がワンコですか誰が!! 毎度の事ながら……この誉れ高きワタクシの名、まさか忘れたなどとは申しませんわよね?」


フフンと顔を逸らして笑っている。堂に入っているが、どこまでも偉そうである。


「…………」

「……ちょっと、何か言われてはどうなんです?」

「…………」

「え……いやその、まさかホンット~に忘れてしまったんですの? 嘘ですわよねぇ!? ほら、あの日あの時あの場所で夕日に向かってお互い認め合った思い出はどこに行って……」


別に何も言ってないのに泣きそうになっている様は、いつ見ても面白い。


「クラリス……」


名前を呼ばれただけで、泣き顔がパアッと晴れ上がる。だからワンコなどと呼ばれるのだ。呼んでるのオレのみだけど。


「ふ、ふふん。やっぱりワタクシのこの高貴なる名前を忘れる事なんて……」

「お座り」

「だから犬では無いと再三申し上げているでしょう!?」

「ふぅ……騒々しい」

「一体誰のせいだと……!」

「弱い、犬ほど……よくほえる」

「ワタクシは強者ですから、よく吠えてなどおりませんわっ!」

「ははは、犬は……否定、しないんだな……? ははは、は」

「この、忌々しい……! ……リッカさん? 副隊長が、部隊が違うとはいえあまり隊長に失礼な口を利く物ではありませんわよ?」

「ほう……? 『王国被れ』が、言うじゃ、無いか……!」


至近距離でガンを飛ばしあう。と言うか少しゴツゴツとデコどうしをぶつけている。


「~~っ!! も、もう我慢なりません! 今度こそこれまでの因縁を全て断ち切って差し上げますわ!!」

「応、望むところだ……っ!」







突然の展開にナズナは唯々目を丸くするしか出来なかった。


「あのぅ……リッカ、えと、さんってあちらの方とは仲が悪いんでしょうか?」

「あ~、な~んか初めて会った時からあんな感じやけどな。何でかは知らん」

「でも、ま。心配はご無用って訳だ。あれはお互いじゃれついてるようなモンだからなぁ」


二人の落ち着いた様子に、ナズナは戸惑いながらも納得を示す。

自己紹介の時には、リッカの事を正直不気味に思ったりもした。偏に愛らしい容姿とは裏腹に一切表情を顔に浮かべる様子が無かった為だ。その作り物のように傷一つ無いように思える程の綺麗な黒髪と相まって、失礼ながら人形のような印象を思い浮かべた。それも髪が伸びる系の。

だが、今目の前で表情こそ変わってはいないものの、隊長曰く『じゃれあってる』二人を見れば、そんな考えはどこかに吹き飛んだ。だって後ろから見ると耳や尻尾がピクンピクン動いて可愛いのだ。


「向こうの、金髪の髪の毛グルングルン巻いとるのが『美楯猟犬隊』の隊長クラリスや。かの武門御三家の一つ、モントゴメリー家のお嬢様でもあるわ。リッカが、「『王国被れ』って言えば程良くキレてくる」って言うとったなぁ。確かに、あそこだけ家名や雰囲気がヤマト皇国よりランバルト王国風やからなぁ」


カンロが解説をしてくれるが、聞き逃せない点があった。


「……武門御三家って、あの?」

「どんだけ武門御三家があるんかは知らんけど、多分ソレやと思うけど?」


恐る恐る尋ねるナズナに対し、カンロは平然と返してくる。この場合、ナズナの方が一般的には正しい反応である。ヤマト皇国において、武門御三家の名前はそれ程までに強い影響力を秘めているのだ。つい先日まで一般人であったナズナには、少々刺激が強すぎる程に。

簡単に言えば、武門御三家とは武力の伴った貴族のようなものと言える。一般庶民からすれば、恐縮必至の雲の上の存在なのだ。


「えと……確か、美楯は実力に優れた武士と、成長を見込んで将来のある人材の二種類が入って来るんですよね? ……畏れ多くも」

「ん、そやで。それで、あの犬隊長さんはその両方を満たしてるって訳やな。後はうちのあの食いしん坊とかも」


落ち着いて考えてみれば、例外無く武の才能に恵まれると言われている武門御三家の人間が皇国武士の精鋭集団である美楯の隊長にいるのは逆に、相応しいと言えるのでは無かろうか。


自分の中で結論を見出してナズナは心を落ち着かせる。短い人生経験ではあるが、その程度の事は理解している。いつまでも驚いていては心が保ちはしないのだ。そう、日々を穏やかに過ごせば自然と心も落ち着いてくる。



あちらを見れば、まだ二人は言い争いをしていた。

よく飽きないなぁ、と他人事ながら横合いにて二人の舌戦を観戦していると、突如グルリと二人が同時にこちらに首を向ける。妙に目や雰囲気が血走っており、コワイ。


「では、おっしゃる通りワタクシの隊の新入りと、そこにいるアナタの隊の新入りとで勝負という事でよろしいですわね?!」

「……え?」

「応。何も……問題は、無い……!」

「……え゛っ、えぇええええっ!?」


人生は、常に波乱に満ち溢れているようだ。







憎っくきワンコとの口論の末に、売り言葉に買い言葉でいつの間にやら新入り同士の戦いになってしまっていたでござる。


現在地点は美楯専用の訓練所。障害物の一切無い、広々とした場所である。控えめながら、周囲に観覧の為の席も作られている為、イメージとしてはちゃっちいグラウンドかコロシアムといった具合だろうか。コロシアムの中心で、十数人の猟犬隊の新入り連中と相対しているナズナの泣きそうな表情が僅かに観測出来る。


その観覧席に、オレ達美楯黒猫隊の3人に加えて何故かオレの隣にワンコまで腰を下ろしている。


「何で……お前まで?」

「し、仕方ありませんでしょう? 他に座る場所が無かったんですから……」


クルクルと自分の髪の毛を弄り回しているクラリスを視界から外してグルリと辺りを見回す。うむ、相変わらずどんなに控えめに見ても後100人は入れそうな場所だ。


「ワンコ……お前、遂に目か頭が……?」

「その病人を気遣うような返答はやめて下さいませ……」


ゲッソリとした表情で答えてくるが、本当に調子が悪いのだったら家に帰ってとっとと休めと言いたい。

別に心配からではない。猟犬隊はオレ達とは違い、隊長あるいは副隊長を中心にして一糸乱れぬチームワークにて敵を仕留めるのがウリの部隊だ。少人数の連携の練度で言えば、大陸でも1、2を争う程である。当然、隊長であるワンコが倒れれば、それだけ皺寄せが他の面々に来るのであって、オレはそれを心配しているのだ。


「ワタクシがここに来たのは……そう、アナタのところに新しく入られた方が惨めにも負けて、アナタの悔しがる表情を間近で見たいからに決まっているではありませんか!」


いや、オレ表情変わんないから。お前のその願いはどちらにしても叶わず露と消えるからね。


「違う言い方をすれば、アナタの傍で一緒に観戦をしたいんですぅ~ってところか?(ボソッ)」

「あ~もう隊長、そんな事言うたらアカンて本人気づいてへんのやから(ボソボソッ)」

「~~っ! お二人とも、何か言いまして!!」

「いやー別にー?」

「なーんも言うてへんでー?」

「キ~~~~ッ!! その言い方、ワタクシを馬鹿にしているんでしょう! そうだわ、そうに違いない!」

「……で? タイチョー、勝算は……?」


いい加減騒々しくなってきたので流れを変える。と言うか、人の頭の上で騒がないで欲しい。耳が痛くなるのだ。


「ん~、ま、大丈夫だろ。確かに優秀な人材が集められてる美楯だが、ベテラン相手ならともかく、今回は全員若さあふれる新人なんだ。一方的な試合展開にはならねぇと思うぜ?……そのおっさんとでも言いたそうな目はヤメロ、俺はまだ32だ」



こちらの意図を汲んだタイチョーが乗ってきてくれる。というか、10代から見れば32は普通におっさんだろう。という訳で却下。

それにしても……一方的な展開にはならない、ね。一対十人以上という馬鹿かと言えるほどの戦力差で、尚もその自信。余程スペックに違いがあるのか何なのか。見ると、数の多い猟犬隊の新人達は一様に弛緩した空気を醸し出している。新人と言っても、一様に屈強な体躯を誇っている。いくら油断大敵とは言え、それを責められない程に見た目ならば圧倒的な差だ。


「けど、隊長? ホンマに、何であんな身も心もか弱そうな子をウチらのところに入れたん?」

「か弱そう、ねぇ……」


どこか含みを持たせたまま、質問に答えずにはぐらかす。答えるつもりは無いようだ。

結局、戦い方を実際に見るのが一番手っ取り早そうだな。


「どうせだし、お前ら何か賭けたらどうだ?」

「……別に、構わない。ただ、賭けるなら、同じ程度のものじゃ無いと……」

「……そう、ですわね。ワタクシも異存はありませんわ。う、ん……では、ワタクシが勝ったらリッカさんの懇意にしてらっしゃるお団子屋さんでお団子でも一つ奢って頂こうかしら」

「じゃあ……オレが勝ったら。――――お前、そこで土下座しろ」

「どこが同じ程度なんですか!? 明らかにこちらの方が重いですわよ!?」


何を言ってるんだこいつは。給金の殆どが大量の装備の維持費と食費に消えていくオレにとって、実家からの仕送りも見込めずにいる現状、モノを奢るという事がどれだけ苦しいのか分かっていないのだこのブルジョワが。ブルジョワが!


「大体名誉と伝統ある武門御三家が一つであるモントゴメリー家の者として、軽軽に頭を下げる事など出来ませんわ!」

「……そんな事は、どうでもいい」

「意訳したら一緒にお団子食べに行きましょうって言ってる奴に対してのこの所業……リッカ、お前さん鬼か? (ヒソヒソ)」 

「まぁあの子やから……多分言葉通りに受け取っただけやと思うけど(ヒソヒソ)」


ところで、さっきから横にいる二人が何やらいい雰囲気を醸し出している件について。これでもオレはエアリーディング能力検定2級の持ち主。やはりオレの知らない内に、少々歳の差こそあるが、二人は恋仲にでもなったのだろうか。オレの予想では家族愛的なソレだったのだが……。そう思い、顔を近づけて話をしている二人の会話をあえて意識的に聞かないようにしていた訳ではあるが。

なかなか良い気配りの仕方と言えるのでは無いだろうか、と自画自賛をしてみる。

職場に私情を持ち込むのは感心しないが、仕事に影響しないのなら問題ないし、そもそもそういうのは無粋だ。二人の結婚式には友人代表として是非とも出席したいものである。何より紅白まんじゅうが楽しみだ。顔より大きいサイズでと頼んでおこう。







「わわわ、来ないで下さいよぉ! え、えい、やぁ! ……えと、とー」

「ぎっ!?」

「がっ!?」

「一体何ご、はぁっ!?」


血飛沫が散る。体から力が抜けた人体が宙を舞う。地に突っ伏した体を見ると微かに痙攣しているので、辛うじて生きてる事は分かる。尻突き上げて気絶すんな。


「おー、実際に見たのは二回目だけどやっぱすげぇなー、あっはっは」

「……なんですの、これは」

「「…………」」


観戦しているオレ達の眼前には、冗談のような光景が繰り広げられていた。


その最大の、と言うか唯一の原因がナズナであった。

訓練で持つ武器は刃の部分が潰されていたりするが、探せば木製で作られているレプリカもあったりする。だが当然重量が違ったりして違和感を感じてしまう。美楯に入れるだけの技量がある人物であれば手加減や寸止めも可能な為、結果新人にしか使われないという風になっているのだが。


多分に漏れず、ナズナの得物は木製。ただし、そこに軽いと思われるような感想は一切浮かんではこない。確実に十数kg、いやさ数十㎏はあるだろう。もしかしたら数百kgあるのかもしれない、そう思わせる程のご立派様だ。

六角棒。但しその後ろに人一人が悠々隠れられそうな程にキチガイ染みたサイズの、だ。3mぐらいの巨人が持てば見映えもするであろうそれは、間違っても適性身長の半分程度である少女が持つものでは無い。


確かオレの記憶が正しければ、訓練所の武器置き場の最奥に、まるで牢名主のように鎮座されていた代物だった筈である。

付けられた名称が『精神注入鍛錬六角棒』。あんなもので殴られた日には、精神が注入される前にどこか高い場所へと放出されてしまう事間違いなしの逸品だ。


丸太から削り出したのでは無いかと思われる程無骨なそれは、よく見れば色が所々変わっている部分が見受けられる。大方、以前それを使った者が訓練相手を血祭にあげたのだろう。木本来のものとの、色合いのコントラストが禍々しさすら感じさせる。その色合いは今現在も更新中であり、装備すると即座に呪われそうだ。


加えて、ナズナの気の抜ける気合いの声とは裏腹に、基本、何それおいしいの? と言わんばかりの無茶苦茶な姿勢から繰り広げられる暴風の如き連撃が相まって何と言うか、シュールの極致としか言いようが無い状況である。あ、また一人吹き飛ばされた。


「この前、偶々寄った村で見つけちまってなー。まぁ武道の心得なんかは一切無いからその辺は今後の課題ってとこだな」

「……あ~、気の強化のバランスが偏っとるんやね。時折そういうのがおるって聞いた事あるわ」


気とは、体を鍛える事によって発生するエネルギーの様なものだ。漫画なりなんなりで使い古されているように、身体能力を向上させるか、放出する事によってある程度距離の離れた目標にも攻撃をする事が出来るという認識で構わない。


利点としては、才能に関わらず鍛錬を行えば誰でも会得出来る事にある。10の努力で100や1の力を得る者はいても、得る事が出来ず0な者は存在しないのだ。努力すれば、必ず報われる。肉体の関係上、限度はあるが。


更に言えば、現在大陸で力と言えば『気』『魔力』『霊力』の3つに分けられる。『魔力』と『霊力』は先天的な才能が必要不可欠であり、二つを同時に手にする事は出来ないが、『気』ならばいずれかと同時に運用する事も可能であるそうだ。尚、何故そうなのかは現在学術都市ラルゴの学者達でも分かっていない。昔話によると、例によってカムイ・ヤマサキのみが3つ同時に運用出来ていたとか言う話ではあるが……後世になって人物像が脚色される事など多々ある為、眉唾ものではある。


「俺達黒猫隊の弱点は、正面突破の力押しが出来る奴がいなかったところだったからな。これで大分組み立てる戦術にも幅が出来てくる」


確かに、オレ達3人はいずれも少々力というか突破力不足といった様相であった。オレとて無理をすればゴリ押しが出来るだけの力量と気の量はあると自負してはいるが、得意分野は素早さと手数で勝負していくスピードタイプだ。一撃必殺を旨としている癖に手数で勝負というのは気にしない。

カンロに至っては戦闘職では無く、嗜み程度の格闘術しか心得が無い。隊長は、突出した実力も無い。隊長に求められているのは指揮だからだ。

自分達で何とか無理をするよりも、ナズナの様なパワータイプを一人新たに仲間に入れた方が余程効率が良いというものだ。







「おー、そんな事話してる内に終わったみたいだなー」

「ホンマやわ」

「……くっ、不甲斐ないですわ」

「……全然、気づかなかった、な。ぷぷぷ、げらげらげら(棒読み)」

「~~~~ッ!!」


ワンコの座っている左側の方に首だけ回して棒読みで笑う、いや嘲笑うと、いい感じにワンコの顔が紅潮してきた。


「……さて、では約束のDOGEZAを……」

「……ぜ、ぜ、ぜ~ったいに許せませんわねあの新人どもっ!! ワタクシにこんな耐えがたい恥まで掻かせて、全くどうしてくれましょうか! オホホホホ、それでは皆さん、ワタクシには非常に緊急な用事が出来てしまったようですのでこれにて失礼致しますわっ」


一転青ざめた表情になったワンコは早口で一気にまくしたて、そのままの勢いで駆け抜けていった。新人達のいる場所とは逆方向に駆け出す辺り、もっとマシな嘘は無かったのかと言いたい。


「逃げたな」

「うん逃げたわ、あれは」

「……虚しい、勝利だ」

「……ホンマ仲ええなアンタら」


ここまで大きな節穴も見た事が無い。一体どこをどう見たらそんな解釈になるというのか、失敬な。事によっては訴訟も辞さない。







「あっ、皆さん。……えと、どうでしたか?」


観覧席から降りてきたオレ達3人に対し、モジモジとしながらもナズナが聞いてくる。

その仕草自体は大変可愛らしい。今も血が滴り落ちている武骨な六角棒と、呻き声を上げながら死屍累々な惨状を作り出す一因となっている一応ヤマトが誇る未来の精鋭達(笑)の姿が居なければだが。


「ああ、そうだな……」

「――あらぁ? これは一体どういう事なのかしら?」

「…………ッ!!」


野太くも、耳にいつまでも纏わりつきそうなねっとりとしたその声が聞こえた瞬間全身の皮膚が泡立つような感覚に襲われ、普段は重力に逆らわずにいる尻尾も天を衝くかのように逆立ってしまう。オレは自身が出し得る最高の速度にてカンロの後ろに避難。一切の身動きをせず、息を殺す。


大丈夫だ、コンディションにもよるが、動かなければ気の恩恵によって10分程度であれば平均的に呼吸は止めていられる。


とにかくこの脅威からは全力で逃れなければならない。これはそういう類の代物なのだから。


「よー、ママさんこんにちは」

「あーら、トウゴロちゃんこんにちは♪ さっきそこでクラリスちゃんとすれ違っちゃったわ。ふふ、オウマのお爺様も来れば良かったのにねぇ……新人と顔合わせをしたら、すぐに帰っちゃったわん。もう少しで美楯の隊長陣も勢揃いだったのに……。んまー、そんな事より……」


不味い、コチラに注意が向いた。普通に見られているだけの筈なのに馬鹿でかい蛇にでも睨みつけられているような気分になるのは何故だろうか。この場に漂う異常な威圧感に、カンロの肌を汗が伝っているのも確認できた。


「は、はは……ママさん、お久しぶりです。相変わらず、お肌の調子が良すぎて光っとりますね……黒く」

「カンロちゃんも、相変わらず可愛いわねぇ♪ ……うふふ、リッカちゃ~ん見~つけた♪」

「く、来るな……っ!」


うふふ、と笑いながらの登場がおぞましい生き物、一応『美楯白鯨隊』の隊長である。白、と言うだけあって髪の色や垣間見える歯は腹が立つほど真っ白である。肌は浅黒い為に、その二つが際立って見える。

鍛え抜かれた鋼の肉体に、鷹のように射抜くような眼差しを持つ……にも関わらず、オネェ言葉。やはり歴史を感じさせる。岩を粗雑に切り取ったかと思う程の指を乙女の様に小指だけ立てながらルンルン、とスキップ。正直吐き気を禁じ得ない。


能力自体は非常に優秀な為、一体この男の過去に何があったのだろうかと誰しも一度は邪推せずにはいられない。美楯七不思議の一つである。他の6つは知らない。


ちなみに2mを超えた巨体であるのは、確か人間と獣人とのハーフだかクォーターだかという生まれかららしい。ちなみに牛人。


「あの……あちらの方は?」

「美楯白鯨隊の隊長、マルティーダ・マガワ……皆からは頭文字を取ってママさんと呼ばれているな。別の言い方をすれば、呼ばせている。ナズナ嬢もそう呼ぶのが賢明だと思うぞ?」

「はぁ……」


呑気にお話している二人を横目に見る。いつの間にやら避難していたおっさんとナズナに、あらん限りの呪詛を放ちながらもこの場から逃げる事を画策する。カンロを挟みながら、虚実入り乱れた無駄に高度なフェイントを行いながら逃げるタイミングを見計らう。


「わわっ、ちょっ!?」

「甘いわよぉ~ん!」

「……放、せっ!」

「そうつれない事言わないの、ん~相変わらず小さくて可愛いわね~ん♪」

「……! ……っ!!」


にゅうっとカンロ越しに伸びた手にあっけなく捕獲される。間にいて接近されたカンロが「ひぃっ!?」と悲鳴を上げるがそんな事には構ってはいられない。このまま、今まで通りならば哀れにも抱き枕かぬいぐるみのように扱われてしまう。

だが、今日のオレは違う。我に策あり、だ。


「……フッ、シッ、ハッ!」


現在の状況として、ママさんはオレを後ろから抱きしめるような形になっている。胴体だけを抱きしめているので腕は自由だ。その無防備な鎖骨に向けて杭の様に勢いよく肘を叩き込む。僅かに緩んだ隙を狙って体を捻って拘束から逃れる。その回転の勢いを利用して、鎖骨を抑えている為に空いた脇腹へと、地を踏みしめながら渾身の肘打ちを食らわせる。ついでにダメ押しとばかりに顎目掛けて180℃足を開くようにつま先蹴りを食らわせる。これにはさすがのタフネス魔人も効いたようで「あららっ」とか言いながら軽くふらついている。


今のうちにバックステップを軽やかに踏みながら、いち早く逃げ出した二人の方へと向かう。どんなに焦っていても背中を見せて逃げ出してはいけない、そんな事をすれば振り返った次の瞬間にはどうなっているのか想像も出来ないしたくない。一般人が、森の中くまさんに出会った時と同じようなレベルで警戒せねばならないのだ。


「ご覧のとおり、ママさんの最大の特徴はその無類の耐久力だ。昔、4匹のオーガが持つ破城鎚を独りで耐えきったとか何とか。それと同じ奴が鋼鉄で出来た門扉を破ってたから、それ以上って事になるな。いや感服する」

「……それって、失礼ですが人間なんですか本当に?」

「さあ? ついでに言うと、白鯨隊の特徴は美楯の中で最も人数の多いところだ。と言うより、陰陽師や法師の集まって構成されてる美楯九尾隊の面々を除けば、約8割がそこに所属しているな」

「なんでそんなに人数が偏ってるんですか?」

「おー、確か「アタシはこの部隊のママさんだからぁ、子供はいっぱい欲しいの。……ねぇ、分かるでしょこの意味?」と意味有り気に流し目を送ってきた経験があったからなぁ。多分白鯨隊の連中は全員ママさんの子供という認識なんだと思うぞ? まぁ以前、好みの奴を部隊に入れてヤル事ヤッてるんじゃ無いのかという邪推に対しては「子供に手を出す親がどこにいるっていうのよ!!」と一喝してたから、その辺の心配はいらんだろう」

「……あの~、その認識で行くとですね、隊長さんはその範疇に入れられてはいないから……危ないのでは無いでしょうか……? あ、ああ!? 一体全体どうしたんですか隊長さん!? 体が、体が生まれたての小鹿のようにプルプルと震えて今にも崩れ落ちそうになっていますよっ!?」

「……お前さんはどうしてそう、敢えて意識から外していた事をわざわざ……。ようやく脳内にこびりついたあの映像が風化してきたと思ったのにっ……!」


いつも飄々としてる感じがしてた隊長に、どこかシンパシーを感じてしまう。

と、突然コチラと目があう。何だ、何が言いたいんだ隊長……? 


「タイチョー……? っ!」


その時、オレの頭に天啓がひらめいた。


「んもう、つれないんだからリッカちゃんったらぁ。でもそんなヤンチャなところもまた……」

「ま、ママさんっ……!」

「あら、どうしたのかしらぁ?」


ガッチガチに鍛えぬいている肉体をクネクネとさせながらこちらに寄ってきているママさんに対し、片手でストップをかける。ちらりと隊長の方を見る。頷いている、間違えてはいなかったようだ。


「あ、あちら、新しい……お仲間、だっ……!」

「……え゛っ」

「あらあらぁ、また可愛らしい女の子ね~♪ 気軽に親愛の情を込めて、ママさんって呼んでちょうだいね」

「えー……は、はい。ナズナ・シミズと、申します……」

「ナズナちゃんね、見た目と一緒で可愛い名前だこと。さあ、遠慮せずアタシの胸に飛び込んできなさ~い!!」

「さあと言われましてもっ!?」


絶句。

あまりの事態に、ナズナの顔が綺麗な空色である髪の色と同じくらいに青褪めるのを確かに見た。

しかし、気を取り直す。ガッツポーズをして気合いを入れ、小さく「やれる、ママさんは男の人が好きなんだから……やれる、私は頑張れる……!」と呟いているのが聞き取れる。


「へい、私! へいへい、私 へい私! ――い、行きます……!」


無駄に五・七・五で妙な気合の入れ方する我らの人身御供・ナズナ。壮絶な決意の果てに、ベアハッグだけで容易に人一人殺せてしまいそうな、岩から削り出したような筋肉を衣服の下に隠しているママさんへと、ナズナは突撃を敢行する。


「――――一応言っておくが……ママさんは両方いける性質だぞ」


隊長の声も、その勇者の突撃を後ろから応援していた。


「な、何がですかぁぁぁ!?」


その声援のあまりの暖かさに、駆けるナズナも感涙にむせんでいる。対するママさんが慈母のような微笑みを浮かべているのがとても絵になる。……タイトルを付けるとしたら、そう。地獄絵図。







「何故、戦争は、終わらない……」

「果たして、この世に救いは無いのだろうか……」

「鬼かアンタら……」


うふふ、やっぱり若いっていいわねぇズリンズリン。な、何をやめてほっぺたやえてぇひぃひぎゃあぁぁああぁっ!?

二人して現在進行形で起きている目の前の惨状を見るには忍びなく、そっと目を瞑り合掌をしている。せめてもの武士の情けと言う奴だ。南無。



辺りを見渡せば、すっかり綺麗に片付いていた。どうやら伏したまま放置されていた猟犬隊の不甲斐ない新入り共は、やってきていた白鯨隊の人に助けてもらったらしい。観覧席まで避難されて包帯を巻かれているのが見える。


「それじゃあアタシはこれで……バァ~イ♪」


天災は去った。齎したのはただ、破壊のみ。むべなるかな、真、虚しい気持ちである。まるで暴漢に襲われた女性のように、ナズナが顔を抑えてシクシクと泣いていた。あながち間違っていないのが恐ろしい。


誤解しないでおいて欲しいのが、あくまでママさんがやるのは愛情100%のハグと、ほっぺたとほっぺたを合わせてスリスリとするだけだ。

ただそれだけで、屈強な武士達の心にトラウマを刻み込むオネェ。

ドコぞの流派の奥義では無いかなどと実しやかに噂された事すらある程のものだ。


何が恐ろしいって、本人に一切の悪気が無いのが恐ろしい。人格的には尊敬に値する人物なのだ。その豊富な経験で、多くの人のお悩み相談も受けてきた実績もある。ただ、見た目と喋り方や立ち居振る舞いとのギャップが生理的に受け付けないだけで。

純粋に相手の事を想っての行為である事から、誰もやめろとは言えずに今に至る。今では歓迎の意を込めての恒例行事、美楯の新入りへの洗礼となっている。副次的な効果として、コレを乗り越える事によって仲間意識が育まれたりもしているのは余談。


「う、うぅ……」


辛うじて歩けるだけの精神力は回復したのか、ナズナがフラフラとこちらに近づいてきている。


ほう、中々復活が早いな……カンロがほっぺたグリングリンされた時には10分近くうつ伏せで痙攣していたのに。


「よー、お疲れさん……これでお前さんも美楯の一員だ、良かったな」

「あんな、ナズナ? ……とりあえず、美味しいご飯をいっぱい食べて暖かいお風呂に入った後にふかふかのお布団でゆっくり眠り。……それを3日ほど繰り返せば、運が良ければ夢で見んで済むようになるから」

「……ヒュー-……ヒュー……ぁ」


何か言おうとしているのか、パクパクと鯉のように口を開け閉めする。

掠れた音は、言語として聞こえない。空気のヒューヒューという音こそ聞こえるものの、それは何ら意味を成していない。だが、オレ達の中にはそれを嘲笑う者など一人もいはしない。ただただ頑張れと、その思いだけで見つめていた。隊長すらもその表情を戦場にいるかのような真剣なものへと変えていた。いや、今ここは正しく戦場と言える。ワンマンアーミー、たったの独りであの天災へと立ち向かったその勇気は、正に勲章ものの功績と言える。


「ぁは、は……」

「は? 何だ、後少しだ頑張れ!」

「肌が……つやつやだと感じた、自分が……許せません!」


ナズナは、力無く崩れ落ちた。


「ママさん、肌の手入れは欠かさんらしいからなー」

「聞いたところによると、下手な女よりもお肌が潤っとるらしいで」

「お腹……空いた」

「あー、家まで戻ったら作ったるからちょっと我慢しぃ」

「……むぅ」


さて、ここまでで行事は終了。後は粛々と終わらせるだけだ。

仕方があるまい。腹の空き具合にはかえられない。


オレは強く育って欲しいとの先輩としての思いも込めて、ズリズリとナズナの襟首を掴んで引き摺りながら、家路につくのであった。


実のところ、クラリスとママさんといった他の隊の面々はしばらく出てきません。


再登場するのは皆さんが忘れたころなんじゃないかなぁ……。

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