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黒猫奮闘記  作者: ATA999
2/23

新人さんいらっしゃい①

今回、説明回となっております。


これでも半分以上削ったというのだから、昔の自分は相当長ったらしくだらだらとやっていたみたいです。

何も無い、黒い空間にてオレは微睡んでいる。揺蕩うような感覚が非常に心地がよく、いつまでもこうしていたくなる。


――――誰だ?


……お前が、誰だよ。


どこかからか、何かが語りかけてくる。男なのか女なのか、若いのか老いているのかも判らない。

ただ、この微睡みを邪魔された事から尋ね返す言葉に少々の険が混じってしまう。


――――誰なのだ?


だから、お前から先に名乗れよ。


――――一体、誰だと言うのだ。


おい、無視か? 無視なのか? いい加減温厚なオレも怒るぞ? こう、思い切り腕を振りかぶってだな……







ああ、実に清々しい朝だ。雀のチュンチュンという鳴き声もどこかオレの目覚めを優しく促してくれているようであり、部屋の向きの関係上朝の目覚めの時間帯には丁度柔らかな光が顔を照らしてくれている。何気無い仕草でそっと横を見る。お腹を押さえて俯き脂汗を額に浮かべプルプルと震えているカンロ。枕のすぐ近くには例の小刀も鎮座している。心の中で『おはよう』と言いながら、指でトントンと二回叩く。


……うむ、今日も通常運転だ。神、天にしろしめす、すべて世は事も無し。


「で、なんか言う事は?」

「……便、秘?」


神は死んだ。







「……解せぬ」

まだ痛む頭を擦りながら、カンロと共に朝餉の支度がされている場所へと向かう。これは絶対コブになるな。マジ解せぬ。 


「いただきます」

「いただき……ます」


オレの目の前には玄米ご飯とおみそ汁と漬物のみならず、塩鮭やら肉やらも皿からはみ出すように盛り付けられており、一汁一菜? なにそれ、美味しいの? 状態となっている。


成人男子すら容易には完食出来ない程の量をどっちゃりと用意されている原因は、完全にオレの燃費の悪さから来ている。

いや、すごく美味しいんだよご飯。日本に比べて碌な娯楽が無いこの世界でのオレの数少ない趣味がコレ。


「コラ、そんなに頬張ったらアカンゆうとるやろ、ホンマに……」

「…………(モグモグ)」


食が進むためにどんどん口に放り込んでいっていたら、必然リスのように膨れ上がる。畏まった場でも無ければいつもの事である。悪癖の一つではあるが、なかなか直す事が出来ない。


(う、むぅ……)


いつもながら、カンロの小動物か子供でも見るような生暖かい視線が何とも言えない。一応これでも同い年だというのに、この差は一体何だというのだろうか。マジ解せぬ。


「ったく……今日は美楯の方に用事があるんやから、程ほどにしといた方がええで。 ……もしかしたら、その大きいなったポンポン、巫女姫様に見られて笑われてまうかもしれんで?」

「……む、ぐっ!?」


(何と言う事を言うんだ、この性悪関西弁女……ああいやここに関西は無いから、ええと……分からん!! むむむむむ……! 適当なところで止めておくか、それとも己が欲求の赴くままにギリギリまで詰め込んでしまうか……天秤が、天秤が乱高下しておるわっ……!)


表情を変えぬままに挙動と雰囲気が怪しくなるこちらを見てカンロは溜息を一つ付く。


「ごちそうさまでしたっと。……ほら、さっさと着替えてお城の方向かうで」

「ま、まだ……残ってるっ……!」

「そんなモンまだ保つに決まっとるやろ。心配せんでも誰も食べへんから、安心しとき」

「うぅ……」


名残惜しそうなオレと、オレの腕を持ってズリズリと引き摺っていくカンロ。これがオレ達の、珍しくも無い日常の光景なのであった。







美楯。

ヤマト皇国が誇る最精鋭集団であり、巫女姫様を指揮系統の頂点とする集団の事を指す。

つまるところ、他国で言う親衛隊とほぼ同義と国民には認識されている。

しかし実はその設立は、建国以来1000年の歴史を誇るヤマト皇国、そして既存の武士団と比べるとごくごく最近のものとなっている。


何故最近まで無かったのか? 答えは『元々あった組織の再編を行って出来た組織だから』である。

元々あった組織の名は、『醜の御楯』と呼ばれていた。

醜の御楯は、先日のオレ達の様な汚れ仕事に使用される事が多かった。必然的に、国の中でも限られた人間にしかその存在は知らされてはいなかったのである。

巫女姫様に対する忠誠心こそ大いにあれど、表向きの護衛という栄えあるお役目自体はまた別の武士団が行っていたのであった。


それがガラリと姿を変え、武士の中でも最も実力に秀でたエリート集団という風に変わり始めたのは、20年前。魔王討伐があった年が契機となっている。


魔王討伐には様々な国から集まったメンバーで構成されていた。

ランバルト王国からは英雄一行のリーダー、『太陽の騎士ソリュオン』とその恋人、『月の聖女ルネイディア』が。

バハムーティア帝国からは竜人と呼ばれる亜人の男、『竜拳士ティボルド』が。

学術都市ラルゴより、賢者として名高き、『知識(ノーレッジ)支配者(ルーラー)ホウラン』が。

エルフとドワーフ、妖精達の王国アルフヘイムからはエルフの女戦士、『荒ぶる自然の代弁者フィーナ』とドワーフの鍛冶師『鍛聖ギース』が。

魔王領からは『裏切りの魔人ヴラムド』が。


そして我らがヤマト皇国からは、醜の御楯が誇る凄腕の暗殺者。人呼んで、『宵闇のユキナ』がそれぞれの事情からメンバーとなっていた。

ある者は神に選定され、ある者は魔族との戦争に明け暮れる現状に心を痛め、ある者は己の力試しの為に。ある者は知的好奇心を満たす為に動き、ある者は国の命令でシブシブと。敵同士としてぶつかり合う内に認め合い、仲間へと加わる者までいた。


様々な思惑と事情を各々が秘めていた勇者パーティは、それでも団結して共に戦い合いそして激戦の末に魔王を討ち果たした。彼らは、当然の様に全員が全員英雄と呼ばれるようになった訳だが。


しかしそこで問題が発生する。皇国としては自国の英雄が、並み居る屈強な武士達を差し置いて汚れ仕事専門の組織出身の暗殺者では、少々見栄えがよろしくない。いや、少々どころでは無い。国防の中核を担う武士との軋轢も、もしかすると生じてしまうかもしれない。少なくとも、武士達はいい気はしないだろう。


そうした意図の元、既存の武士団との大規模な再編成を経て、――表向きは新設として――見事巫女姫様への忠義に溢れ実力も申し分ないエリート集団へと生まれ変わった訳である。


更に言えば、今代の巫女姫様の口添えもダメ押しをしたという事も忘れてはならない。

歴代の中でも最高の力を秘めていた初代の巫女姫様。そのお方に匹敵すると言われる程に強大な力の持ち主であるあのお方に、真っ向から反対出来るものなど片手の指でも余ってしまう。

ついでに言えば、歴史をひも解いていくと設立当初の醜の御楯は実は今の美楯とほぼ同じであったらしい。1000年かけて歪んでいったものをこの時代に一度正すと言われれば、もはや誰も黙して反対の声を上げる事は出来なかったそうだ。


定期的に来る不寝番で巫女姫様のお傍に就いていた時に、寝物語にご自身からコロコロ笑いながら話して頂いた。巫女と言っても、意外に人間味溢れるお方なのだ。


現在の美楯の主な任務は巫女姫様の身辺警護と、並みの武士では対抗しきれないような強力な魔物の退治を主任務としている。先日の一件は、例外と言っても良い程に希少という訳だ。







浅葱色の羽織というどこの新撰組だと言いたくなるような羽織、通称『美楯羽織』を上から着たオレとカンロは、テクテクと皇都の中央に位置する皇城へと向かっていた。一目でわかる仕立ての良さだが、背中には『誠』ではなく『義』の一文字。どことなくパチもん臭がプンプンと漂ってくるが、おそらくそれは間違い無い。


ヤマト皇国の文化を一言で言うならば、『なんちゃって和風』だ。『ご都合主義和風』でもいい。

オレの予想としては、1000年前にこの国の建国神話の主役を担う『カムイ・ヤマサキ』。彼と初代の巫女姫様のお二人が日本人では無かろうかと考えている。と言うか絶対そうだ。

そう考えれば、島国でも無く他の国は全て西洋チックなのに、この国だけがこんな和風な文化が発達している事を初めとして、この世界のおかしなトコロの大方の辻褄が合うのだ。

身の回りの道具が発展していくのはまだいい。便利になっていく分には、現代日本の経験があるオレにとっては一向に構わない。むしろドンと来いだ。


ただ、『必要は発明の母』という言葉がある。


人は日々暮らしていく際に、何か不便だと思った時に工夫を凝らしてより楽にしていこうとするものだ。

それは文明の光が人々の心に宿った時から延々と続いてきた営みだ。そうして徐々に人々の生活水準は向上していった訳だ。


1000年前に作られたにも関わらず、大陸の英知の結晶の別名を持つ『学術都市ラルゴ』の研究者達をもってしても未だその後塵を拝する程の数々の道具類。

はいはいも出来ない頃、完全に昔の日本に生まれたと結論を出した矢先に、実家に魔石という乾電池のような代物に含まれている魔力で動く冷蔵庫を見た時には、鼻水吹き出しながら驚いた。さすがに非常に珍しいものらしいが。


本当にそんなに貴重な代物ならば、匂いが染み込むまで漬物を入れっぱなしにしないで欲しい。


閑話休題。


そもそも必要が人々の心の中に生まれていないにも関わらず、様々な物ないし価値観が生まれていった。

やりたい放題やった結果が現状だ。必要の先取りによる文明の成長の阻害。彼にそんな考えがあったかどうかは分からないが、その一点だけを鑑みれば失態と言って構わないだろう。


何故なら。

この大陸の文明レベルは、カムイ・ヤマサキが存命であった1000年前からそのままなのだ。

歩き方が分からぬままに育ってしまった子供は、今尚その場にしゃがみ続けている。


カムイ・ヤマサキが広めなかったものはとことん生まれて、あるいは育ってきてはいない。中世から、良くて近世レベル。学術都市のような例外もあり、交流によって徐々に混ざりつつはあるのだが。


「…………」

「ん、どないしたん? 看板ばっかり見て、何か気になる物でもあったんか?」

「……いや」


道の左右に広がるお店には、視覚的に分かりやすく取り扱っている商品の絵と、どこかアルファベットに似た文字が書き連ねられている。

意外に思うかもしれないが、実はこの国では『漢字』と言うものは使われてはいない。いや、もっと言えば普段話している言語も日本語ではない。現在話している言葉はオレが子供の頃に必死になって覚えた、この大陸の共通言語なのだ。

習得には丸5年かかった。余りの頭の良さに恐れられるどころか、頭の出来を心配されてしまったのはいい思い出。……いい、思い出。


またまた閑話休題。


では一切日本語は使用されていないのかと言うと、それも違う。レベルやら、サラダとか横文字言ってもそのまま通じるところはなんちゃって和風の面目躍如であるし、日本に似た動植物・無機物問わずそのまま呼ばれているのも何ともはや。昔、言葉が分からなかった頃でも、「ぺらぺーらninnjinn」とか、「hourennsou? はは!」とか聞こえて大いに戸惑ったものである。そこ、食い物ばっかりって言うな。

ああ、そうだ。何故かジャガイモも、存在してはいるのだがそれだけ『バレイショ』としている辺り、昔の人の謎のこだわりを感じる。ポテトサラダ作ったら、バレイショサラダである。なまじ聴き馴染みがあるだけに、違和感が半端ない。


またまたまた閑話休題。


それから、在る場所においては日本語は無くてはならない程に重要な立ち位置となっている。

それは、ヤマト皇国が誇る武士の『技』。そこに日本語、漢字が用いられているのだ。カムイ・ヤマサキが伝えた為に、『カムイ文字』という名称に変更されてはいるが。

まぁ、技の名前なぞ戦いの無い普段の生活を送る人々にはほぼ関係無いので、漢字云々自体は武士以外には特に不利益は無い。逆に言うと、武士達にとっては人生を賭けてもおかしくは無い程の価値がある。



簡単に言うと、技を音では無く“カムイ文字で”理解すれば、理解していない状態に比べて威力が向上する。と言うか、ある程度の理解が無くては発動すらしない。


ヤマトにおいて技とは、ただ単に基本の動きを学べばその延長線上にある、という訳では無いのだ。

詳しい事は省くが、魔法のように一つの式を組むように作られる。


『技』を一つの製品とするならば、カムイ文字はそれを構成する部品とイメージするのがいいだろう。魔法関連で説明するならば、ルーン文字とルーン魔術のようなものだと思えばいい。この世界の文字は表音文字で、漢字は表意文字だ。皇国は一つ一つが意味のある言葉を、主に技名を叫ぶだけで発動するようにしたり、物に刻んだりして効果を付与する用い方をしている。


MINは無知で、MAXは漢字の意味を辞書に書いてあるように正確に理解する事といったところか。

普通の武士は、この漢字のイメージを長年の研鑽からのみ手探りで掴み取っていかねばならない訳だ。時には最期まで曲解して受け取ってしまう可能性もあるだろう。

事実、1000年前に大量に作られた技の過半数が現在では遺失してしまったらしい。


どうも、今は失われた言語でギョウという音は何々と言う意味を持って……という教え方をした場合でも、何故か意味は無かったそうだ。あくまで文字としてのそれを解さねばならない。


この事から、判断基準は、『カムイ文字か、そうでないか』と推測する事が出来る。







またまた……とにかく、閑話休題。

カムイ・ヤマサキはあまりに文明を歪に進歩させ過ぎていた。大陸に位置するほとんどの人間が、『歴代の中で最も偉大な人間の名は?』と聞かれれば、彼の名を上げる程に。

ヤマト皇国に至っては、神様扱いだ。特に武や商いの神様として武士や商人を中心に、大層信仰されている。関羽かと小一時間問い詰めたい。

ちなみに、学術都市ラルゴにもカムイ・ヤマサキに敬意を表して銅像が建てられているらしい。また、芸術の面でも萌えがどーたらこーたら。


あるいは彼が、文明の全てについて一切の漏れなく順番通りに発展させていけば何も問題は無かったのかもしれないが。

だが、それこそ神ならぬ身の上では不可能な事だ。それには寿命が到底足りはしないし、記憶しておけるレベルの内容では無い。結局、力技では限界があるのだ。


オレ達がいるこの皇都も、例に漏れず彼の意見を参考に計画が練られていったらしい。

皇都は大まかに言うと東西南北4つの地区に分けられており、皇城を中心として道が広がっている。帝国寄りの西地区には宿屋や歓楽街が、王国寄りの南地区には商人と市場が多く存在している。昼間は南が常に活気に満ち溢れ、夜には西が盛況となる訳だ。

逆にオレ達皇国に所属している者の屋敷や長屋は東地区に一纏めにされており、南や西に比べると割合落ち着いたイメージを与えている。

北地区は、魔物が比較的多く北の魔王領から来ていた関係から軍事の施設等が多く敷設されており、一般人には少々縁遠い。


それら地区の中心を、幅の広い大通りが動脈の様に東西南北の門から城までズドンと真っ直ぐ×の字のように伸び、細い道が無数に横に広がっていく。その為道に迷っても真っ直ぐ歩き続けさえすれば、いずれはどこかのメインストリートへとぶつかるようになっている。


はっきりいって、城へと辿り着きやすいこの都市の構造は完全に防衛上の観点から言えばアウトではある。だが、首都の計画段階から相当な発展の余裕を持たせていたらしく非常にきれいに区画整理がなされており、その10万とも50万とも言われる人口の馬鹿みたいな多さにも関わらず、ゴミゴミとした印象は感じられない。

更に付け加えれば、メインストリートに沿って木が植えられていたり、人々の憩いの場としての公園すら存在しているのだ。

大陸でも1,2を争う程の美しさと言われているのは、その計画性の辺りにも由来している。


これが他の王都ならば、人口の増加と共に木の年輪のように徐々に大きくなっていくためにどこか不格好な形状になってしまうが、皇都は当初より人口の増える未来を見越して不必要と言われる程に城壁を大きく真円に作り上げている。


人口が増えてきている今でも、未だその城壁は地平線の向こうに僅かに見える程度にありカムイ・ヤマサキの数少ない失敗の一つとされている。慣用句で「皇都の白壁」と言うとウドの大木と同じ意味で通じる。

噂では1,000万人以上という事で作られたらしいが、果たして人口がそれを超えるまでになるにはどれだけの時間がかかるだろうか。オレには想像もつかない。

結局、城壁を作らない訳にはいかないので、現段階でその大城壁にくらべると小さめな城壁を作る事に。建築技術も1000年前とほぼ変わりはしない。上空から見ると、皇都は外の円が大きい二重丸に見える事だろう。


答えのみを与えられ続けて解き方を教わらなかった人々。

ようやく自分の足だけで歩き始めなければならない事に気が付いた子供は、徐々に力強く地を踏みしめていくのだ……。


みたいな。まぁ、城壁一つ作っただけで大げさか。



前述した都市計画から、武士や着物のような伝統的な和風の文化。かと思えば、利便を追求した道具や最近の言語等々。全てが自然発生では有り得ないそれらは全て、1000年前の二人組から歪な形で齎された。



簡単に纏めるとそんな事。

長々と語ってしまったが、オレの結論としてはどうでもいいという身もふたも無いものなのである。美味しいお団子が食べられればそれでいいよ、もう。

確かめようの無い事、答えの出ない問題に頭を悩ますのはオレの領分では無い。適材適所、実に至言である。


そこ、脳筋言うな。







「…………」


さて、プラプラと皇城へと二人で向かっている間にも人の視線が感じられる。美楯は特に不祥事も起こしてはいない組織の為、総じて好意的なものばかりなのが救いではあるが、だからといって身長150前後のこのちんまいナリだ。エリート武士の証である美楯羽織はお世辞にも似合うとは思えず、着られていると言うのが妥当なところだろう。珍しさと僅かな微笑ましさをも町人は視線に含ませているのが容易に想像はつく。

気にしない為にも、何か話をしておくのが精神衛生上よろしいだろう。


「今 日は……?」

「んん? 何やまだ寝惚けとるんか~? 今日は美楯に新しい人員が入ってくるゆう話やったやろ。ウチらのトコにも一人入ってくるって隊長が言うから、わざわざこうして出向いとんやんか」

「ぅ、むぅ……」


以心伝心、こちらの前半部分だけで意図を汲みとってくれたのはいいのだが。呆れた、と言わんばかりの表情で言ってこられては立つ瀬が無いというものだ。表情にこそ出はしないのだが、そっと目を逸らす。気まずいから目を逸らした訳じゃありませんよ、ちょっと看板眺めたくなったから横向いたんですヨ?







美楯は数こそ武士団に比べれば少ないが、それでもいくつかの隊に分かれている。それぞれの部隊で、気に入った新入りを入れる為に動くのだ。


上からしてみれば、課せられた命令さえこなしてくれればその部隊の構成がどんなものでも構いはしないという事だ。

オレ達のように少数精鋭の3人組でいっているところもあれば、100人以上の部下を抱えている部隊も存在している。


これによる利点は、現場が最も欲しい人材とのミスマッチが起きない事にある。新人が部隊の方針とは合わない場合も存在するモノだ。折角高い能力を認められて美楯に入ったというのに、それが上手く発揮出来ないのでは正しく宝の持ち腐れ。

その辺りの制度は、上が適当に振り分けるよりも現場の人間が実際に検分した方が良いだろうという配慮の元に成り立っている。これで実際に破綻していないのだから、少なくとも現段階ではこの制度は間違っていなかったという事だろう。

無論、課せられる命令は部隊の人数や特色も配慮されている。あくまで難易度が同程度というだけだ。人海戦術が有効な指令にオレ達黒猫隊の3人が駆り出されたり、逆に潜入任務などに1000人動員されてもどうしようもないのだ。


ふむ、長らく3人でやってきた訳だが一体どんな子がやってくるんだろうか? 後進の育成も立派な仕事の内の一つだ。もうすぐ学校のようなものも設立するらしいし、こんな風に各自で武道を学んで後は実地で頑張れみたいな事ももう無いらしいから余計に力が入ってしまう。……ひとまず先輩とか呼ばせてみるか? 


『先輩……私やっぱり無理です……。ぐすっ、こんな厳しい訓練にはついてはいけません!!』

『……いいのか?』

『……え?』

『本当にそれでいいのかと聞いているんだ(ドーン!)』

『わ、わたしは……っ! 先輩、やっぱり私は諦めたくありません!』

『そうか、それがキミの選択か。よく自分で選んだものだ……ならば私は全力でその手助けをしてやろう。何故ならオレは……キミの先輩だからなっ!!(シャキーン!)』

『せ、先輩っ……!(パアッ!)』

『後輩っ!』

『先輩っ!』

『後輩っ!』


夕日が辺りを照らす中、二人はヒシリと熱く固く抱擁を交わすのであった。おわり。


うん、いいな先輩。凄くいい。


「早、く……行こう」

「何やのん急に? ……って、うわったったぁ!? 手ぇ引っ張んな危ないやろ~!?」


まだ見ぬ後輩が待ち遠しくて早く行こうと言ったのに、反応がにぶいカンロが悪い。オレはそのままカンロを引っ張りながら……。


「……おっと、忘れ……てた」

「……ふぅ。全く、今度は何や? 存外リッカは分かりやすいからなぁ。自分らよりも下が出来て嬉しいんは分かるけど……」


危なかった。このまま行っていたらとんでもない事になるところだった。


「新入りの、屑野郎……先輩なんて、絶対言わせないっ……!」

「ウチ、あんたの事が急に分からんようになったわっ!? あ、ちょ待って引き摺らんといてみっぎゃあああああっ!!?」


これで同時に『新入りは性格が悪い屑』『新入りに先輩と呼ばれない』という二つのフラグが叩き折れた。

己の成し遂げた戦果にむふぅーっと鼻息を荒くする。


カンロが何やら横で騒がしい。もう18なのだから、少しは淑女らしくお淑やかにすればいいのに。


そんな事を思いながらも、オレはカンロの事など一切眼中には入れず意気揚々、勇往邁進。

ズンズンと皇城の横に隣接されている美楯の隊舎へと急ぐのであった。





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