リッカと愉快な仲間達
皆さん、初めまして。ATA999と申します。
初投稿する為、尋常ではないほどに緊張しておりますw
では、長々と語るのもどうかと思うので本文をどうぞ。
ヤマト皇国。
南北に延びる『大陸』に属する国の一つであり、大陸全土から見れば北東部分。人類の生存圏の中では西隣のバハムーティア帝国と並んで最北端となっている国の名称である。
その生活は、その名に違わず和風のソレとほとんど変わらないと言ってもいいだろう。但しヤマト皇国は島国では無く、最近になって隣国の帝国や南に広がる大国、ランバルト王国との交流は比較的活発に行われ出してきている為一辺倒と言う訳でも無い。
今夜男たちが集まっているのも、そんな、最近出来た重厚な造りの珍しい王国式である建物の宿屋であった。
集まってきているのは己を含めて全部で6人。総じて、少々血の気が多い過激派の輩だ。皇国の些か頼りない障子張りの戸では、話し合いが白熱してきた際にはどこから声が漏れ聞こえるか分かったものでは無い。その為の配慮であった。
夏は風通しが良くて素晴らしいのだが、如何せん今のような冷え込む季節と密談には向いていないな。
この密談をセッティングした張本人であるトウゴロウ・アラキは密やかに苦笑いを浮かべていた。
喧々諤々。
閉め切った部屋の中、初めは慣れぬ様子で椅子に座っていた袴姿の武士たちも時が経つにつれて立ち上がる者や、口角から泡を飛ばす勢いで弁舌を振るう者が出始める。と同時に、あまり積極的に意見を述べてはいなかった者が浮き始める。
「アラキ殿、一体何を笑っておられるのですか! 今はこの国の行く末を真に案じている我ら『献身会』の今後を話し合っている最中でありましょうぞ! もう少し、真剣にやって頂きたい」
最も威勢良く、更に言えば過激な主張をしていた男がこちらに矛先を向けてきた。サキチ・マメシバ、豆柴という犬種を思えば可愛らしい苗字とは裏腹に、この過激派集団献身会の中心人物として位置している。
何も益をもたらさぬ事を延々と繰り返しているだけの癖によく言う、と心の中で嘲笑するが口には決して出しはしない。それは、言えば怒髪天を衝く勢いでこちらに反論をしてくるのは目に見えている。あるいは拳か刀か出てくるやもしれん。
そう思わせる程に鬼気迫った表情で、一名を除き、この部屋の男達は熱く語り合っている。
(口だけならば、どこまで盛り上がったところで構いはしなかったのだが、な)
それが最近になって何やら不穏な動きを始めだした。この国の頂点に位置する存在にして、皇国の護りの要である巫女姫様を、畏れ多くもその座より降ろそうという案まで飛び出してくる始末だ。
雉も鳴かずば撃たれまい。その例に違わず、何も知らずまんまと団体様が狐に連れられ狩場に出向いてきたという訳であった。
「……それにしても、ヤマキ殿は帰りが遅いですな。確か、厠に向かわれたと思ったのですが」
「まぁあの御仁は少々女遊びが過ぎますからなぁ、途中で女子に声でも掛けているのでしょう」
長時間の退席に不審に思う過激派の男に対し、トウゴロウはあえてのんきな体で会話を行う。
「それが本当だとしたら、真に恥ずべき行いだ!! 全く、神聖な議論の場を何だと心得ておるのか……!!」
「(仮定の話に何をそんなにキレてるんだよ……)まぁまぁ、もしかしたら声を掛けているのでは無く、掛けられているのかもしれませんよ?」
「どちらでも同じ事で御座ろうが!!!!」
血管を額に浮き立たせ、最早吼える勢いのマメシバに対しトウゴロウは心の中で呟く。
(そうは言うが……ね。事今に限って言えば、女に声を掛けるのと、掛けられるのでは天地の差があるんだぜ?)
そろそろか。
尚も怒気を発している男を無視しながら、部屋の外に意識を傾ける。手筈通りならば……そう考えた瞬間に事態は急変した。
轟く爆音。建物全体が震える程のその衝撃に、さっきまでの部屋の活気が嘘のように静まり返った。
「何だ!?」
「くっ、討ち入りか!?」
「おのれ皇国の犬共め、我等の会合を察知していたか!!」
先程の爆発音が皇国の仕業だと判断した男達が、刀を抜いてその後の襲撃を警戒していると、ドンドンドンドン! と、荒々しく扉が叩かれる。
「お侍様! お早くお逃げ下さい、ここを出て夜闇に紛れれば無事にお逃げになる事が出来ます!」
「む、宿屋の従業員か。……ならん! ここで逃げては献身会の名折れとなろう、わざわざ伝えに来てくれたその心には感謝はする。しかし、二度とそのような事は申すでないわっ!」
「で、ですが。……相手は全身に甲冑を身に纏った武士が、30人はいましたよ!」
「ふん! 断じて行えば、鬼神も之を避くと言うではないか。高々甲冑武者の30程度、例え100でも我らの結束を断ち切る事など出来はせんわ!!」
「……ま、マメシバ殿。ここは退きましょう! 今ここで立ち向かえば、例え退けたとしても被害は免れません。我等は一人一人が志高き武士の集い、易々と替えが効くようなものではございませぬ。退くのもまた、勇気ですぞ!」
「し、然り! 拙者もそれに賛成致す! 勇気と蛮勇ははき違える訳にはいきませぬ! 断腸の思いではありまするが、ここは何卒!!」
睨みつけ、梃子でも動かぬという様子のマメシバに対し、命が惜しくなった周囲の武士達が必死に口当たりの良い言葉を並べ立ててマメシバの翻意を促す。口惜しげに一つ唸りをあげたマメシバではあったが、結局女の指し示す方向より他の男達と共に逃げ出すのであった。
◇
「ふぃー、全く馬鹿の相手は疲れるぜ……」
「お疲れ様、言いたいトコやけど。まだ終わりちゃうんやから、しっかりしてや隊長?」
「にしてもお前、あれは無いだろ。何だあのゴリ押しは。「30人はいましたよ!」って」
「し、しゃーないやろ!? 咄嗟に出てきたのがあれしか無かったんやから……」
逃げ出す一行の最後尾に位置し、共に部屋から逃げ出す振りをして部屋に残ったトウゴロウ。その横には危機を知らせにきた女が呆れた表情を浮かべながらも親しげに話かけてくる。
カンロ。それが藤五郎の部下である彼女の名前であった。
今回の彼女の役目は、献身会の面々を自分たちにとって都合のいい場所に誘き出す事。建物の中は、新月に近い僅かな月明かりなど比べようもない程に煌々と明るい。
人間が五感の中で最も使用しているのは視覚だ。その為、場の暗さというのは多少の手間を支払ってでも手に入れておくべきと判断しての今回の作戦となる。少々回りくどくもあるが、今回は全体で数か月を要しての、今日はその集大成だ。多少の手間は厭わない。
「ほら、早う行かんとあの子がへそ曲げてしまうで?」
「ハ、あいつがそんなタマかよ」
二人が頭に思い描くのは、彼らのもう一人存在しているお仲間にして肉体労働担当。常時無口無表情を貫く、見た目だけは可憐な少女だ。
暗殺目標は武装した武士が五人。主張する内容が内容だけに、全員が平均以上の使い手。
にもかかわらず、二人は共に任務の成功自体には一切の疑いは抱いてはいなかった。彼らを所定のルートからあらかじめ取り決めていた場所に無事誘導する事が出来たのだ、その時点でほぼ100%成功と言える。そう、確信していた。
ただ、敢えて言うならば。
自分達が、無駄口が原因で向かうのが遅れて、そこにいる仲間を待たせてしまう事にだけ注意を払いはする。以前はそれで不機嫌なオーラを任務帰りの間、延々と発していた。団子をあげるとあっさり機嫌は直ったが。
これでなかなか気難しいのだ、我らが愛すべき黒猫殿は。
ポリポリと無精ひげの疎らに生えた顎を掻きつつ、トウゴロウは悠々と歩き始めるのであった。
◇
「…………」
仕事の直前だ、無意味な音など立てはしない。……例え待っているのが少々退屈であったとしても。
僅かに木々に生い茂っている葉のざわめきと虫の鳴き声のみがオレの耳に入ってくる。未だターゲットの足音は聞こえてはこない。
空いた時間を利用して着ている装束の各所に仕込まれている、クナイを初めとした暗器の類。それらの所在を手で触りながら手慰みに確認をする。当然、そこには手抜かりなど有りはしない。
最後に懐に手を伸ばす。そこには、オレが最も信頼を寄せる武器である小太刀を潜ませている。
柄の部分をトントンと人差し指で2度叩く。
仕事の前の癖だ、相棒とも言えるこの小太刀とのコミュニケーションを取っているような感覚が得られる気がして止められない。
「――ッ! ――――ッ!!」
そうこうしている内に、ようやくお目当ての連中が来たらしい。息せき切って駆けてくる様子が目に浮かぶ程に騒々しい。
オレの今の格好は、全身黒尽くめの忍び装束だ。手に持つクナイも当然黒で、おかっぱめいた髪もまた黒となっているし、瞳の色も当然黒だ。肌は白いが忍び装束で隠れている。更に言えば口元を隠す覆面も付けている為、全身の90%以上が黒尽くめとなっている。
こうして待機していると、まるで闇に溶けてしまいそうだ。
いかにも下らない事を考えつつも物音一つ立てずに、それこそ第三者が見れば闇に溶けていくようにオレはターゲット達の後ろに回り込むのであった。
◇
「む、お待ち下され皆の衆!!」
「何だ、一体どうしたと言うのだ」
居もしない追っ手から逃げて来た献身会の面々の内の一人(さすがに全員の名前までは覚えていない)が、何かに気づいたように皆に声を掛ける。
(よし、かかった)
奴らがここに来るまでに仕掛けておいたものに、無事に気が付いてくれた事に安堵する。
「あの草むらを……あすこに、何やら人の気配のようなものが見受けられまする」
「何!? ……さては曲者か。ええい、この拙者が討ち取ってくれるわ!!」
木々の合間から僅かに月明かりが覗く程度の現在、明かりを何も持たずに駆け抜けている彼らにとっては、そこにいる僅かに身じろぎをしている存在は到底看過出来るものではなかったらしい。鼻息荒く代表であるマメシバを筆頭にそちらに向かっていく。
「ふん、身を隠す事も満足に出来ぬか。この恥を知らぬ匹夫めが、夜陰に紛れねば勝負を挑む事すら出来……!?」
「……なっ!?」
驚愕。
その場にいた者達は追われている事も忘れて皆馬鹿面を浮かべて立ち尽くしている。
だがそれも仕方がない事ではある。何故ならそこにいた曲者は。
「――ヤマキ……殿?」
「ん゛~っ、ん゛ん゛~っ!!」
猿轡を嵌められ、身動きを取れぬように厳重に手足を縛られている彼らのお仲間なのだから。
放心状態は一瞬。
だがその一瞬こそが、こちらにとっては得難い最大のチャンスともなる。
「…………」
木立より音も無く忍び寄り、最後尾の茫然と立ち尽くす二人の喉元にクナイを押し込むように当てて、情け容赦無く一気に頸動脈を掻き切る。
「ぐ、ぐぼぉっ!?」
「がぱぁっ!?」
切り裂かれた喉より勢いよく血飛沫が上がる。まずは二人。残り、三人。
「な、何だと!?」
「おのれぃっ!!」
ようやく事態に気が付いた連中が、刀を振りかざして斬りかかってくる。
隣り合うようにやってくる二人は一人がオレの上半身を胴を打つように、一人が低い体勢から下半身を掬うように斬りつけてくる。連携の練習でもした事があるのか、なかなか息のあったコンビネーションだ。
「我らが剣、とくと喰らうがいい、『残月刃』!」
彼らの持っている刀の刃の部分が気を纏って淡く光り始める。ザンゲツジン、か。成程、その軌跡は月の形のように見えない事も無い。受け止めようとすれば、それごと切れ味が増した刀でもってズンバラリンと言う訳だな。
タイミング的にみて横に大きく飛ぶか、上もしくは下に躱すか。いずれにしても体勢を崩す事が前提の躱し方しか存在しない。
(なら、躱しはしない。出し惜しみなどせずに突っ切っていこうか)
意を決して前へと進む。別に死中に活を見出すつもりではない。ただ、特に問題は無いと判断しただけのこと。
「……『行雲、流水』」
超常現象を引き起こす、キーワードを呟く。体内に眠る相当量の気と引き換えに、その現象は起こった。
「な、にぃ……!?」
「体が、すり抜けっ……!?」
オレの体に届いた刃は、オレの体をすり抜けて(・・・・・)いく。比喩でも誇張でもなく文字通りだ。
相手が『技』を用いた様に、こちらも『技』を用いたというだけの事だ。
――――奥義・行雲流水。
この技を用いた者は、空を行く雲の如く、川を流れる水の如く。
その姿を掴ませないという。
すり抜け様、冷静に的確に二人の頸動脈に刃を突き立てる。絶命し肉塊となった二人が、大地の表層を虚しく削る。これで残るは代表・マメシバ一人。
ちなみに首ばかりを狙っているのは別にソコが好きな訳では無く、分厚い筋肉や固い骨に覆われていない部分を狙うのが常道であるため、どうしてもそういった部分に寄ってしまうというだけだ。
「…………」
先ほどとは違って後ろからやってはいないので、派手にほとばしった鮮血が体中に飛び散り、覆面の無い目元にもかかってしまう。
肌に纏わりつく血の温さ。その気持ち悪さに、気付かれぬように僅かに深く吐息を漏らしながら、覆面を外してゴジゴシと血を拭う。
「ふ、ふふ……まさかとは思ったが。些か以上に小柄な体躯に全身黒尽くめの猫人、おまけに今のその技の冴えとくれば。貴様が今皇都を賑わせている暗殺者、黒猫で相違無いな」
「…………」
「無言は肯定と取るぞ? にしても、だ。……その黒猫の正体が、よもや斯様な少女であった、とはな」
ピクリ、と立てた耳が反応してしまう。耳と尻尾は服で隠してしまうと気持ちが悪く、感覚が僅かに狂うのでこうした任務の際には隠しはしないのだ。
それにしても先程のマメシバの反応、驚くのは無理も無い。オレの見た目は十代前半の少女、しかも実年齢の平均より少しばかり背が低い為、人によってはオレの事を童と言う者もいるかもしれない。
そんな身なりの者が、腕自慢の同志を尽く殺していったのだ。何の冗談だと思ってしまうだろう。
それも俺自身、失笑を禁じ得ないレベルの。
それでも、命のやり取りにそんな事は関係ない。手に持つクナイを構え、音も無く標的の元へ駆け出すのであった。
◇
「がっ、ぐぅぅ……貴様らには分かるまい。巫女姫様の狗となり、ただ、盲目的に現状の維持をのみ行っていき、ぐっ……未来の事など、何も考えぬ、考えられない貴様らにはぁッ!!」
決着はあまりに容易く付いた。いかに腕に自信があると言えど、利き手の腱を傷つけられては勝ち目など有る筈も無い。初手にて趨勢は決していた。
それほどまでに初見においてオレの『行雲流水』と、刀一本を頼りにする武士とは相性が悪い。
そう、文字通り致命的な程に。
現在マメシバは傷つき倒れ伏していた。うつ伏せに倒れながらも、未だ途絶えてはいない瞳の光と共に、断末魔の叫びか道半ばで力尽きる事への呪詛の代わりかと言う程の力を込めて言葉をこちらに投げかけてくる。
「……考えて、無い。訳じゃ、無い。分からない、訳。でも……無い。」
「っ!?」
故に、応えてしまう。真っ直ぐ問いかけてくる男に対し、オレもまた真っ直ぐに自分の中の気持ちを。苦手な長い言葉を、たどたどしくも言葉にしていく。
「ならば、何故だ!? 降ろさねばならぬのだっ……! 時代は動き始めている、極北にいた魔王は討伐されて、魔物の勢いは減少している。ぬ、ぬぅ……これから先は人と魔物ではない、人同士の争いになるのだ! い、今はまだいい……だが!南の王国も、攻め寄せてくる気配が感じられるッ!! ……巫女姫様お一人が害されれば、終わってしまう結界、とは、余りにお粗末な国の防備……! 現状の受け身に頼っている、しかも大した役にはたたん脆弱に過ぎる国防の体制に、我等は胡坐をかいている場合ではないのだぁッ!!」
「……だから、巫女姫様を、降ろして即座に結界を……って。その発想、は。……早急に過ぎる」
普通に考えて、有り得ないのだ。
確かに、コイツの言う脅威自体には間違いはない。
この国は代々巫女姫様と呼ばれているお方が、誰の助けも借りず――より正確に言えば、借りられず――に、たったの一人で大結界と呼ばれる結界をお張りになられている。建国してから今までの間、最北にある魔王領に最も近いにも関わらず国が無くならなかった最大の要因がそれだ。
それは巫女姫様の生まれ持った膨大な霊力と、補助の役割を担う特殊な道具のおかげで成り立っている訳ではあるが、それにしたってたったお一人。どうしたって限界が来てしまう。どこかで妥協をせねばならない。
まさかその範囲を縮める訳にも行くまい。結界の外になってしまった村や街は滅んでしまう。結果、負担を軽減させる為に大結界は一定以上の強大な力を秘めた魔物のみを排除し、それ以外の雑魚を素通りさせるようになったのだ。イメージするのなら、網目の大きな蚊帳といった感じだろうか。
そして入ってきた雑魚を、実働部隊の武士が仕留める。
これが数百年続いたこの国の魔物に対する大まかな防衛システムなのだ。
対魔物であれば、それで問題は無かった。攻勢にこそ出れはしないものの、十分国を守り通す事は可能である。野盗であっても、常備軍である日々訓練されている武士であれば相手にはならない。何の問題も無かった。
しかし、そこで次なる問題が生じた。南の大国ランバルト王国の、最近のきな臭い動きだ。
魔物との戦いも魔王が討伐された事で一段落して余裕が出来た為に、北に向けて国土を狙ってくるのではないか……。最近の商人達の最大の関心事ともなっている。
今の防衛力では、まず間違いなく王国の攻勢には耐えられないだろう。今までが結界に頼り過ぎていた。
そもそも国の大きさからして国力が違い過ぎるし、雑魚魔物ばかりを相手にして統制のとれた軍隊との経験はほぼ皆無な皇国とは違って、王国はほんの数か月前にも小国を併呑したし、現在も小競り合いを起こしている国がある為、対人経験も豊富。
つまり質も量もあちらが上という現状なのだ。
いつ王国が攻めてくるかもしれない現状においてこの男達に出来る対策は、まだ辛うじて時間的な猶予のある今の段階の内に結界の無い状態へと慣らしておこう、と。
「確かに、結界を無くす事による悪影響は……あるだろう。……だが、しかし!! それを恐れ、座して蝗の群れに食い尽くされるのを待つ事など、拙者には、到底看過出来はしなかったのだッ!!」
「…………」
思わず、名残惜しさを込めた溜息を漏らしてしまう。
つまるところ、この男は決して根っからの悪人ではないのだ。
溢れ出てくる義憤の炎、それを原動力として、決して良くは無い頭で必死に考えて考えて考え抜いた結果が、これだったのだろう。
あらかじめ知りえた計画は非常にお粗末な出来であった。何ら具体性を伴わず、奇跡が10回ぐらい続いてようやく何とかなるような稚拙な策。
それでも少しでも良くしていこうと苦慮している跡は見えていた。
それに出来得る限り迅速に、暴力でそれを為そうとするそんな過激な考えにも関わらず。この男は巫女姫様を殺す、ではなく降ろす、という表現を用いていた。
それはただのオレの勘違いで、この男はそんな微妙なニュアンスは気にしていなかっただけなのかもしれないが。
女子供に手は出さない、そんな気持ちの良い性格が根底にあるように感じられたのだ。
あるいは、深くコイツの事を知っていけば友達になれたのかもしれない。浅慮を諭し、互いに技の研鑽に励み、それぞれの意見をぶつけ合わせてより良い方向へと……。
だがそれは叶わぬ夢だ、過ぎた時は巻戻らない。
コイツは良からぬ事を企てて、オレはこれからそれの阻止をする。ただ、それだけだ。
オレは暗殺者・黒猫だ。自分から名乗った訳ではないが、皆がオレをそう呼ぶ。
黒猫の爪から逃れられた者はいない……事実だ。今まで一度も失敗をした事など無い。これからもするつもりは無い。
故に、オレは爪を立てる。猫が、その研いだ爪を狩りの相手に遺憾なく発揮するように。
暗殺者・黒猫は、何の躊躇いも無くその鋭き刃を突き立てるのだ。
(≪体を震わす事も無く、心を震わす事も無く。粛々と、淡々と事を為せ≫)
心に、頑固な汚れの様にこびり付いている耳障りな声。抹消してしまいたくなる程に嫌な記憶。それでもその教えを守り、オレは目の前の標的に狙いをつけるのであった。
◇
「…………」
事が済み、ふと、頭上に生い茂る木の葉より漏れ出でた月の光がオレに降りかかっている事に気づいた。
綺麗だ。
眺める度にそう思い、そしてそう思う度に安堵するのだ。
オレの心はまだ狂ってはいない、と。
かつて日本で見たときと同じ感想が出てくる限り、オレはまだ大丈夫なのだと。
カンロの話を聞いていると、面白い。それなりに長い付き合いだ、純粋にこちらの事を想ってくれているのだと感じられる。
隊長だってそうだ、たまに鬱陶しいが。
今世の父様母様だって厳しくも暖かく接してくれていた。慕ってくれる可愛らしい弟だっている。もう何年も会ってはいないが。
それにm巫女姫様。あのお優しい方にも、こちらに目を掛けていただいている。
大丈夫だ。何も、問題は無い。
「お~いリッカぁ、待ったか~……?」
「…………」
否定の意を込め、ふるふると首を振る。
「ふぅ、どうやらご機嫌は損ねちゃいなかったみたいだな。……ほら、だから多少の無駄口ぐらい大丈夫だっていったじゃねぇか」
「…………」
「どわぁ、アブね!? お前いきなりクナイ投げてきてんじゃねぇよ!?」
「アホやな……」
のんびりとした様子で二人がやってきた。どうやら、また二人で無駄口を叩いていたらしい。そんなに仲が良いのならとっととくっ付けばいいのに、と思わないでもないが。それとこれとは別なのだろう、そもそも年が離れている。どちらかと言えば、親兄弟といった感じか。
ところで再発の危険を防ぐ為にも、断腸の思いではあるものの隊長にはペナルティを課さねばならない。本当に不本意ではあるのだ、敬愛すべき隊長殿にこんな事をさせるのは。
「…………ダンゴ」
「ほら、団子やて隊長? 折角女の子から誘われとるんやから、甲斐性の見せ所やで?」
「い、いやちょっと待てお前ら。今何時だと思ってるんだ、午前二時だぜ? 草木も眠るお時間なの。ちょ~っと普通のお店は空いてないんじゃないのかなぁーっと愚考いたしますが……?」
何を言ってるのか、この隊長は。丑三つ時だからと言って、寝ぼけてるんじゃなかろうか。
「何を言うとるん、隊長? そんなもん、決まっとるやん。無いんやったら……」
『作れ』
「……さよか」
肩を落として哀愁を漂わす三十路のオッサン。実のところは菓子作りが趣味という無精髭面からは意外過ぎる一面があるので、そこまで苦痛では無い……と思う。
「…………」
「ん、何やリッカ? ……ああ」
カンロが着ている変装用の着物の端をくいくいっと引っ張ると、すぐに何が言いたいか察知してくれる。この辺りに付き合いの長さが感じられ、余計な手間が省けて助かる。
◇
己が殺した六体の死体の方へと、テクテクと歩いていくリッカ。その後ろ姿をカンロはじっと眺めている。
彼女は想いを馳せていた。最早家族同然と言ってもよい程に共に在る少女の心の強さに。
今の組織に所属して数年、数々の指令をこなしてきた。今回のような殺しの指令も数は少なくなったが今でも存在しており、殺した人数は10を超えた時からもうカンロは数えてはいない。死は既に、カンロにとっては身の回りにありふれたモノであり、死体はただの肉の塊にしか感じられなくなっていたからだ。
それは何も特別な事では無い。異常も続けば通常となるのだ、そう何度も揺らいでいては心が保たない。
カンロとて、初めて殺しをした時は酷かった。目と鼻と口から女にはあるまじきモノを無様に垂れ流しながら、死体に向かって謝罪をしたものだ。あなたの命を奪ってゴメンなさい、あなたの進むはずだった道を閉ざしてしまってゴメンなさいという感慨に浸りもした。だがそれも最初の数度だけだ。
今目の前でリッカが行っているように丁重に両手を合わせて拝む、なんて事はいつからかやらなくなった。
自分達を都合よくお助けしてくれる神様など微塵も信じてはいないし、あるいはそれをすればマトモに罪悪感と相対しなければならないからかもしれない。
だとすれば、と心の中で言葉を加える。
自分の目の前にいる少女は、自分を遥かに超えて数多の命を奪ってきたにも関わらず、奪った命と相対している。決して真似出来ない事だ、少なくとも普通の人間には。
そう考え、自分とは違うと示される度にカンロはどこか寂しく感じてしまうのだ。今まで自分が家族同然だと思ってきたあの子が、違う世界の住人になってしまったような気がして……。
物思いに耽っていると、頭にポフっと手がのせられる。言わずもがな、トウゴロウの手である。
「……何やの、隊長。その手は」
「ん~? まぁ、何だ。ここに一人泣きそうな子供がいたからなぁ、頭でも撫でて機嫌を良くしておこうかと」
ニマニマとしたイヤラシイ笑顔を浮かべたトウゴロウが、ワシャワシャと無遠慮に髪を撫でてくる。
「誰が、子供や! あ~髪の毛乱れたし、もう腹立つ! リッカ、さっさと帰るで! こうなったら隊長に徹夜で団子作らせたる!!」
「…………(コクコクコクコク!!)」
「うげ!? ……藪蛇だったかなぁ?」
こうして、仕事を終え些か騒々しい集団が夜の皇都に消えていくのであった。
どうでしたか?
少しでも興味が惹ければ幸いです。
では、また次回。