第二話:召喚士
「雨が降るわ…」
一人窓の向こう、黒く流れる雲の行き先を眺めて、少女は呟く。
「それでは、村の者に知らせなくてはな」
「…そうじゃ無いわ、村長」
軋んだ音と共に椅子から重そうに腰を上げる見慣れた老人を、少女は威厳放つ、
蒼く鋭い視線で射抜いた。
しかし、相手が怯む事は無い。
それどころか、その皺を何重にも寄せて気味悪く少女に微笑んだ。
その意味深な瞳の上に笑う顔に少女もまた、怯む事は無い。
少女のすらりと伸びた手足と、その細い腰に流れる金髪は見事なものだった。
歳は十七前後で、細身の身体を黒い服が纏っていた。
流れる金髪には漆黒のリボンが靡き、脚は黒いタイツが覆っている。
その黒ずくめの姿は、少女の威厳を更に引き立たせていた。
「シヴァとリュート君が、森に入ってから何時間が経ったの…」
「知らんな」
この話題が飛び交うと、村長はすぐに機嫌を損ねる。
尋ねた少女を横目であしらいながら、湯飲みを取りに茶棚へ向かう後姿は
本来在るべき村長の姿では無く、憎しみに溢れたただ一人の人であった。
しかし、そんな事今は関係無い。
「もう日が沈んで、何時間経ったの!? あんな所に居たら…ッ」
少女は悲鳴にも似た声を荒げると、一言一語を噛み締めるように言った。
「リュウジ・ラファエル。彼らは…死んでしまうわ」
少女が名前を呼ぶと、村長は目をきらりと光らせるように素早く反応する。
そして茶棚から出した深い緑色の湯飲みを、バンッと机に叩きつけて少女を睨んだ。
「黙れ、キャロル!! お前にその名を呼ぶ資格があるのか?」
「関係無いわ、そんな事! あなたは彼らを――――…の!?」
雷鳴が白銀に輝いて、空を仰いだ。
そして少女が言い終わるか否かに、後ろの窓からは雨が音を立てて降り出した。
キャロルとリュウジの間に、神の怒りとも流れる雷にも似た緊迫とした空気が
流れる。どちらも視線を逸らす事無く、次の言葉を待ちつづける。
そして空気を先に引き裂いたのは、リュウジだった。
「…そうではない。ただ、気を許すべき存在ではない」
「この期に及んでまで、まだそんな意地を張っているの!」
「意地ではない! 私にはこの村を守る責任がある!」
「シヴァは村にとって、何の災厄にもなりはしないわ!」
「信用出来ん! 蛙の子は蛙というだろう。まさにその言葉が奴に相応しいのだ」
キャロルはその言葉に呆然と言葉を失い、その場に立ち尽くした。
原因はシヴァ? それとも、その子を産んだ親までもが罪を背負うものだというの―…。
「でも、リュート君は何の関係無い…!」
「無論、少年は散策済みだ。既に村へ帰還している」
「…なッ…!!」
薄笑いを浮かべて椅子に座りなおすリュウジの姿に、キャロルは全てを悟った。
同時にこみ上げる、頭を中心に浸透する熱い感情。
全ては彼の計算通り。
この後にシヴァを探す気持ちすら、この老人にありはしない。
「あなたは…それでも人間なの!!」
「愚問だな。人間では無いのは奴の方。そうだろう?」
「違う! それに、シヴァなくしてリュートは育たない!」
「幼子には、幾らでも偽りの真実を塗り重ねる事は可能!」
「それを人道に沿った選択だとでも言うの! 最低よ!!」
「笑止。それならば、自分で探してきたらどうなのだ?」
「………ッ!」
キャロルはリュウジの最もな意見に、言葉を詰まらせる。
それはつまり言い換えれば、道無い森で彷徨い続けろと言うこと。
朝まで生き残れる保証も無い。
シヴァが見つかる保証も無い。
来た道を覚えて戻れる確信も無い。
冷静に考えれば答えは決まっていた。
けれど、この薄笑い浮かべたリュウジに対する反感が、キャロルの
判断をよからぬ方向へ導いた。
………短い。
30分くらいで仕上げてみました。
この先も、どうか温かく…。