魔物由来
この世の複雑なものは、全て魔物由来だ。
車の魔物を倒して作った車。電車の魔物を倒して作った電車。パソコンだって、スマホだって、家だって魔物由来だ。
服とか鉛筆とか、ママチャリとかは、大昔は魔物由来だったらしいけど、その素材を研究して今は人の手で作っている。人の手で作れる物も魔物由来の物はある。高級品だ。父は地域の魔物討伐団に所属しているから、すぐに駆けつけられるように魔物由来のロードバイクに乗っている。車が通れないような狭い道も通って素早く駆けつけられるし、父は自転車が好きだから一石二鳥だ。
この地域は最近、魔物に狙われる人が増えていると通達があったので、母に学校まで車で送ってもらうことになった。取り留めもない雑談をしながら向かっていると、川から人魚が襲ってきた。ドン、という衝撃と同時に、ガリリ、と鋭い爪で車体を引っかかれる音がした。直後、車に搭載されている魔物威嚇器が、ボーーと耳障りな低音を発した。
「わあ!びっくりした!澪、210!」
「人魚!今夜は人魚パーティだね!『ま・じゅう』で210って言われるけど、なんで『ま』が2なんだろ……」
素朴な疑問を口にしながら210にかける。2回の発信音の後、男性の声がした。
「はい、こちら暮浜市魔物討伐団。何が何体出現しましたか?」
「人魚が一体です!車に乗っていて襲われました。」
「すぐに向かいます。威嚇器は正常に作動していますか?」
「作動しています!」
「わかりました。5分ほどで到着します。車から出ずに討伐団を待ってください。」
ヨタヨタと川に戻ろうとしたり、こっちを襲おうとしたりしている人魚を見ていたら、討伐団が到着した。見慣れた赤いロードバイクが猛スピードで近付いてきたと思ったら、父だった。
「お父さんだ!ゼルクスだっけ?良いの買ったもんね、速いな〜」
「澪は相変わらず動じないね……」
父は危なげなく急停止すると、人魚に走り寄りながら腰の魔物剣を抜いた。人魚はフラフラとしているが、父の方をしっかりと向き、両手の爪を光らせた。
父は魔物剣を抜いた勢いのまま、人魚の弱点、人から魚に変わる腰の部分を切りつけた。
流石魔物討伐団の支給剣、一刀両断だった。母が車の威嚇器を切ったので、外に出る。
「お父さん!かっこよかったよ〜!」
「やっぱり澪か!良かったな澪、今日は天然人魚パーティだぞ!」
「はぁ……呑気さは遺伝ね。」
「それはともかく、今日は2人どっちかが狙われているみたいだから、家に帰ろう。お父さんが護衛する。」
「そうだね〜。この子も運ばなきゃいけないし。えっと、通報者と討伐者で分けるから、この子は全部うちで食べられるね!」
「人魚は捌くの大変なのよ。誰が捌くと思っているのかしら。」
「ありがとうお母さん!」
「全く……」
ゼルクスのロードバイクに乗る父に先導され、家に戻る。先導というが普通に車で走る速度だ。ゼルクスは速い。人魚は先導種なので、この後強い主災種が私か母のどちらかを狙って出現することになる。
家に帰り、据え置きの威嚇器のスイッチを押す。家の中は静かだが、外は頭痛がするのほどの音が流れているはずだ。
父は家の周りを巡回し、母は人魚を捌き始めた。爪や鱗、髪、内臓、感覚器、骨など、食べられない部分は資源局で売れるので、丁寧に取り除いている。私は爪などを部位ごとにまとめて資源袋に入れる係だ。父が討伐報酬で先導種の一部を持ち帰ってくることが多いので、この辺りは慣れたものだ。
骨は値がつかないって父がボヤくけど、知ったことか。置いておいても仕方ないし、引き取ってくれるところに持っていってほしい。
「澪!主災種は高層マンションだったぞ!見てみろ!」
玄関を開けて父が言った。扉を開ける音がした直後、ブオーーという耳障りな低音が聞こえ始めたので、正直よく聞き取れなかった。
「威嚇器つけてる時はすぐ中に入って!」
母が叫んだ。すると父は扉を閉め、威嚇器の電源を切ったようだった。父は討伐団なので、威嚇器の音には慣れきっている。
「ごめんごめん。澪に倒した主災種見てほしくて。高層マンションだぞ!」
近付いてきた父を見ると、一辺50cmほどのマンションの一室を抱えていた。
「え、これ、ただのマンションじゃないの?」
「いや、2mぐらいあったからな。普通のマンションだったら、50cmぐらいだ。」
「ていうかちょっとぬめっとしてない?配管っぽいところとか緑っぽいし……気持ち悪いけどちょっと見に行こっかな〜」
「倒した直後だからな。マンションも一軒家も定着前は生きているじゃないか。こっちだよ。」
建物の魔物は、どういうわけか1/25ぐらいの大きさで現れる。それを育成家が半分に切って合わせたり、別の建物の魔物を繋げたりという加工を施す。そうしてできた魔物由来の建物は、適切な大きさの土地に定着処理をすると、半年から一年ぐらいかけて住める大きさになる。
家の裏に行くと、無機物魔物特有の薄緑色の血溜まりの中に、2m近くのマンションが倒れていた。父は素材価値が高くなるように倒したようで、かなり下の方が切れているのがわかった。父は結構守銭奴だ。
「わあ、本当に高層マンションじゃん。タワマンに近いんじゃない?これどうするの?」
「タワマンっていうにはちょっと足りないかもな。知り合いに建物育成が趣味の人がいるから、その人に売ろうかな。育成は大変だし。」
マンション育成はお金があれば誰でもできるので、人気の趣味だ。でも父は守銭奴だし、体を動かす方が好きなようである。
「ここまでの大きさなら、オークションに出した方が高いんじゃない?」
「そうかもな……でもその人にいい建物を売ることで、今育成している傑作を一部屋安くもらうことになっているんだ。」
「へぇ、どんなの?」
「貝殻型のベッドがある部屋が二つあって、波の音がするマンションだよ。海辺に出たマンションだけで作ったって言っていた。定着処理する土地を探しているらしい。」
「私はスーパーが近くにあるところじゃないと住みたくないわよ。」
いつのまにか母がすぐそばまで来ていた。
「いいじゃないか、海のマンション。波の音がうるさかったら、神棚に山の物を備えたらいいんだ。」
「そういう問題じゃありません。人魚が捌けたから食べましょう。」
「やったー!人魚大好き!」
家に入ってダイニングに行くと、綺麗な白身のお刺身と素焼きの肉が並べられていた。人魚は人間っぽい部分は魚の味の肉、魚っぽい部分は個体によって違う風味の魚だ。
「うわぁ!白身じゃん!最高!いただきます!」
「美味そうだ!いただきます!」
「はい、どうぞ。」
私は人魚の刺身を口に入れた。噛み応えは柔らかく、濃厚な甘さを感じ、後味はさっぱりと甘みが消えていった。最高の刺身だ。
「新鮮な白身の人魚、めちゃくちゃ美味しい〜!」
「澪が美味しく食べてくれるのが一番だ。焼いた肉も美味しいぞ!」
「肉はお父さん、魚は私。」
「肉も食べなさい。体にいいんだから。」
「後で食べる!」
ひとしきり人魚の魚の刺身を楽しんだので、焼いた肉に箸をつけた。弾力はあるが柔らかく、スッと歯が通る。軽く振ってある塩を感じた後、鶏肉のような鯛のような、白身の人魚の肉の味が口の中に広がった。
「しみじみ美味しい。」
「この味がわかるようになったか。澪も大人になったらきっと人魚で酒を飲むよ。」
「澪は昔から白身の人魚が好きじゃない。一仕事した後の人魚は美味しいわね。もちろんお酒も。」
「そういえば、ネットで人魚を食べると寿命が伸びるとか見たんだけど、本当なの?」
「そんなわけないじゃないか。人魚は大昔からいたし、寿命が伸びるなら高いだろうからスーパーで売ってないだろう。」
「そうだよね〜。あ、歳といえば、お父さんってそろそろ百寿じゃない?お祝いしなきゃね!」
「そうね。私の百寿のお祝いと一緒にするってことにしていたし、何しようかしらね。」
「20歳過ぎてから学校少なくなってバイトしてたし、貯めてたお金あるから、旅行でも行こうよ!」
「澪もそろそろ40歳か。後10年で酒が飲めるな!」




