情報戰
〈寢正月髭よ伸びよといゝ氣分 涙次〉
【ⅰ】
「なう、カンテラよ」とルシフェルは云ふのである。「儂の水晶玉に拠ると、『ニュー・タイプ【魔】』の時代がまたもや巡つて來たやうぢや」。ルシフェルは暇人である・笑。墓穴の中で日がな一日中ずつと水晶玉と睨めつこしてゐられるのだ。前回、カンテラに比してルシフェルは、水晶玉の扱ひに一日の長がある、と云つたのは、そのせゐである。カンテラは忙しい身で、氣になる事があつても、いちいち「開發センター」迄行つて、水晶玉を覗く事は出來ない。で、ルシフェルはかう云ひたかつたのだ。儂は中世の人間界で流布された、*『ギガス冩本』の表紙を惡魔が飾つた頃から、魔界を統治して來た。ところが儂がリタイア(大天使時代に戻つた)すると、魔界盟主はころころ變はつた。その中から生まれた「鬼子」、「ニュー・タイプ【魔】」が嘗てのやうに魔界を跋扈するやうになつたやうだ、と。「ニュー・タイプ【魔】」は、カンテラ事務所のロボット番犬タロウの嗅覺をも欺き、また嚴重に張り巡らされた結界ですら彼らには効かない。氣を付けるに越した事はないぞ。-カンテラもその事は豫感として感じてゐた。
* 前シリーズ第97話參照。
【ⅱ】
何故ならば、まさかの蘇生を遂げた「ゲーマー【魔】」も、その「ニュー・タイプ【魔】」の魔界刷新運動から出て來た、【魔】の内の一匹だつたからだ。* 薩田祥夫製造の「聖水」も、彼らに掛かればたゞの水に過ぎない。自然、何となく彼らの時代は去つて行つたが、リヴァイヴァルがあるだらう事は、カンテラ、一味の長として肝に命じてゐた。敵に回せば厄介な存在- よもや金尾が再生魔界のホープとして彼らの動きをリードすれば、話は更に拗れる。そんな事のないやう、奴(金尾)は完膚なき迄に叩きのめさないといけないな、カンテラはさう思つてゐた。その中で、ゴーレムとの闘ひを制したじろさんは、單なる「伏兵」と云ふに留まらず、カンテラにとつては心強い味方だつた。
* 前シリーズ第96話參照。
【ⅲ】
じろさんは、云ふなれば「對【魔】強者」なのであるが、彼自身はいつも飄々として、氣取りや衒ひと云つた余計な要素は、行動には表さない。じろさんはじろさんらしく、カンテラのスーパーサブとして働く。長年彼を左腕として抱へて來た(カンテラは左利き)カンテラだが、前回ほど身がすく痛快な思ひをした事は初めてゞ、改めてじろさんは含羞の人なんだなあ、と思つた。能ある鷹は爪を隠す、稔る程頭を垂れる稲穂かなetc... そしてこれから始まるであらう「ニュー・タイプ【魔】」との闘爭のキイマンとなるのはじろさんだと、心に決めてゐた。
※※※※
〈二日夜お稲荷さんのあぶらげは甘辛くあれ関東つ子さ 平手みき〉
【ⅳ】
さてじろさん。そんな事とはつゆ知らずにテオと語らつてゐた。テオ「またぞろ『ニュー・タイプ【魔】』の時期到來ですねえ」-じろ「何年か置きに奴らは蘇つて來るんだなあ、と『ゲーマー【魔】』を相手にしてゐて、思つたよ」-「金尾くんの加入に依つて、魔界は今フィーヴァー狀態なんだとか」-「金尾は斃した方がいゝな。然も早い内にだ」。その點ではじろさんはカンテラと心を同じくしてゐたのである。が、じろさんにはじろさんなりの考へがあつて、その考へとは、金尾を屠るのはカンテラの剣を置いて他にない、と云ふものであつた。こと【魔】や惡人の生命を奪取すると云ふ事に関すると、自分の經驗値は、まだまだ到底カンテラには及ばない、との考へである。畸しくもカンテラとじろさんは、對「ニュー・タイプ【魔】」との抗爭に於いて、埓もない譲り合ひをしてしまつてゐるのだつた。金尾は其処を衝いて來た。
【ⅴ】
じろさんは思ひ患ふ事となる-「カンテラは自分の祕められた能力に嫉妬して、自分を『干さう』としてゐる...」そんな勘繰りに苦しめられてゐた。それは、魔界からの強力な念波として、じろさんの頭脳にダイレクトに届く、陰謀の種だつた。じろさんはその妄執に逆らつたけれども、魔界からの念波は強く彼の精神を揺さぶつた。(これは...)と君繪がその念波をキャッチ、カンテラとじろさんに警告を發するその前に、じろさんの懊悩は募り、彼はつひに寢込んでしまつた。云つてみれば、心身症である。「所詮、自分は邪魔者なのだ-」
【ⅵ】
(パパ、大變よ! おぢいちやんが寢込んぢやつた理由は、「ニュー・タイプ【魔】」なのよ!)-(何い!?)。カンテラ、對「ニュー・タイプ【魔】」の闘ひに於いて、自分が一人ぼつちになつてしまつた事に氣付いたが、それは既に時遅し、じろさんのあれ程までに頑健さを誇つた肉體をも、その念波は蝕み始めてゐた... カンテラはその事を直ぐルシフェルに相談した。「儂ら一味の決め手となるのは、君繪ぢや」とルシフェル。續けて「魔界からの念波に對抗出來るとすれば、それは一重に君繪の飛ばすテレパシー情報量に掛かつてゐる」。-君繪、その發言を受けて、決死の覺悟で、魔界にテレパシーを送つた。念波對念波の戰ひである。
【ⅶ】
一夜、二夜、どれだけの夜が經つたらう。じろさんは伏せつてゐた事務所のベッドから這ひ出て來た。まだふら付く頭を抱へつゝも、「カンさん濟まん。迷惑掛けたやうだね」。結局君繪が情報戰に勝つたのだ。その理由-(出來るだけ下らないテレパシーを送つたのよ。電車の女性週刊誌の吊り廣告みたいな。兎に角、質より量で勝らなくちやいけない、その必要からね。草臥れちやつたわ。わたし寢るわよ-)。金尾「むぐう、この戰さにも負けたか」彼は、新生じろさんとカンテラを極度に怖がり、魔界からも姿を消した- その後の彼の行く方は、杳として知れない。兎も角、じろさんは「蘇つた」。と云ふ譯で、金尾も實質まあ片付けたし、カネも「魔界健全育成プロジェクト」から下りたし、カンテラ・じろさんの黄金タッグは、今日も健在なのである。そんなところでこのお話、お仕舞ひとします。
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〈初雪に風邪引くまいと氣張る哉 涙次〉
PS: 尾崎一蝶齋「君繪ちやんもお年玉に見合ふなりの仕事をしたつて譯だ」-テオ「また、さう云ふ人聞きの惡い事を云ふ」-「なに、俺もお年玉慾しいつてだけだ」・苦笑。昨夜東京近郊にも初雪が降つた。クルマがボンネットに積雪を被せた儘、徐行してゐる。三が日が明ける。尤も、カンテラ一味は年中無休だけどね。擱筆。




