ep2 ①
夕食を終え、基地の廊下を歩く凪たちは、明日から本格的に始まる“静中動制御訓練”に向けてそれぞれの準備を話し合っていた。
だが――その帰り道、予期せぬアラームが鳴り響いた。
――《緊急警報。第二訓練区画で未確認のゲート反応を検知。B級以上の隊員は速やかに集合せよ》。
「……ゲート? 今日は予定なかったよな」
リオが眉をひそめる。
「うん。この反応……妙に弱い。けど不規則」
つぐみがセンサー端末を開き、淡い蒼光が彼女の瞳に反射する。
イオはすでに状況処理モードに入り、淡々と指示を飛ばす。
「現地に急行する。凪、走れるか?」
「はい。頭痛はほぼ消えました」
「よし。加速禁止は継続だ。絶対に飛ばすな」
四人は駆け足で第二区画へ向かった。
通路の床灯が白く流れ、金属が擦れる靴音がリズムを作る。
やがて、区画ゲートが見える。
その前に、既に数名の隊員が集まっていた。
「イオ隊長、来てくれたか!」
声をかけてきたのは B級上位《シトラス隊》の隊長、レイナ。
ショートヘアで鋭い眼光を持つ女隊員だ。
「状況は?」
イオが問う。
レイナは苦く唇を噛んだ。
「ゲートはまだ開いてない。でも、“中から叩いてる”ような反応が継続してる。何かが出ようとしてるのは確か」
「……通常のゲート前兆とは違うな」
とつぐみ。
凪は前に立ち、壁面の反応を目で追いながら思考を巡らせた。
――確かに揺れている。
波紋みたいに、何度も何度も。
(……出てくる。でも、この振動……普通じゃない。形が……ばらけてる?)
「凪」
イオの声が静かに響く。
「お前の感覚、どうだ?」
凪はゆっくり答えた。
「……“崩れたゲート”の感じがします。何かが、無理やり空間をこじ開けてる。もし向こうが完全じゃない状態で出てきたら……」
「暴走か」
リオが拳を握った。
◇
その瞬間――
壁の向こうで何かが裂ける“バキィッ”という音が響いた。
金属ではない。
空気でもない。
“世界の膜”が破れたような、不吉な音。
白い亀裂が壁面に走り、そこから黒い濃霧のような光が滲み出す。
「開くぞッ!!」
レイナが叫ぶ。
訓練区画の照明が一斉に落ち、赤い非常灯だけが世界を照らした。
影が長く伸びる。
――破ッ!!
空間が裂け、そこから“黒い虫のような影”が飛び出した。
「来た!!」
リオが即座に前に出る。
つぐみが息を吸い、周囲への霧感応を広げる。
彼女の視界には、微細な体温分布と動きの軌跡が広がった。
「一体じゃない! 三、四、いや六……もっと!」
つぐみが叫ぶ。
黒い影――小型だが速い。
そして“不規則”だ。
(動きが……読めない!?)
凪の心拍が跳ねる。
イオが的確に指示を放つ。
「リオは前衛、牽制射撃。つぐみは周囲の敵位置を最優先で保持。凪、お前は“停止領域広げるな”。5m以内の防御だけに専念しろ!」
「了解!」
黒影が床を滑るように疾走し、凪に向かって跳びかかった。
その瞬間――
凪の視覚回路が“勝手に”反応した。
青い線が視界いっぱいに走り、世界が少しだけ遅れる。
「……ッ!」
(駄目だ、まだ使うな――!)
しかし黒影は異様な速度で迫る。
避けきれない。
イオの叫びが耳に届く。
「凪!! 止まるな、動け!!」
リオが横から飛び込み、拳に青い火花を帯びて黒影の頭部を粉砕する。
破片が床に転がり、黒煙となって消える。
「うぉらァ!! 俺がいる時は下がってろって言っただろ!」
「……すみません……!」
だが、黒影はまだ五体以上いる。
廊下の奥の暗がりで、異様な軌道で壁を跳ねながら迫ってくる。
つぐみが蒼く光る瞳で叫ぶ。
「動きが乱れてる! ゲート不完全で正しく存在できてないんだ!!全部、不安定で――」
「不規則なら……!」
リオが身構え、
「殴って止めるだけだ!!」
「むちゃくちゃですね!?」
凪が素で突っ込む。
だがその時、イオだけが別の方向を見ていた。
「……おかしい」
(おかしい?)
イオの視線は、誰も見ていない角度――
ゲートの裂け目の奥の、さらにその奥を注視している。
凪もつられて見るが、何も見えない。
薄闇だけが広がっている。
だがイオは確信した声で言った。
「“本体”がまだ出てきていない」
「え……?」
その言葉の直後だった。
破れたゲートの奥で、“巨大な眼”がゆっくりと開いた。
赤く、縦に裂け、生物のものではない光を宿している。
(……あれは――)
つぐみが青ざめた声を漏らす。
「大型……!? いや違う……“構造が歪んでる”……!」
リオですらわずかに後ずさった。
だが――
凪の耳には、別の音が届いていた。
低い、低い、唸り声。
世界全体が震えているような、嫌な音。
(……止まってる……?)
その瞬間。
凪の脳裏で、“停止の残響”が意志を持ったように震えた。
止めろ。
止めろ。
止めろ――
(……来るっ!)
大地が揺れ、巨大な影がゲートから飛び出した。




