ep1 ③
凪が医療室から歩ける程度に回復したのは、翌日の夕方だった。
まだ頭に鈍い痛みが残り、
世界の輪郭の奥に、ほんの僅かに“停止の残響”が揺れている。
(……まだ、体に残ってる)
歩きながら、凪は自分の能力の恐ろしさを再確認する。
限界を超えた時、世界そのものが自分を引き裂くように崩れた。
あれがもし戦場なら――
自分は、一瞬で仲間を巻き込んでしまうかもしれない。
胸の内に冷たいものが走った。
だが、医療室の扉を開けた瞬間――
その陰りはふっと溶けた。
「来たな、凪」
イオが端末の画面から顔を上げた。
その横でつぐみが安堵の息を漏らし、リオが軽く手を挙げた。
「元気じゃん。まあ、昨日の爆発に比べりゃ、今の顔色はだいぶマシだな」
「……爆発って言わないでください」
凪は苦笑しながらも、胸の奥がゆっくり温かくなるのを感じる。
自分のために、三人がここにいてくれる。
その事実が、昨日の恐怖を確実に押し戻していく。
イオが椅子を引いて凪を座らせた。
「さて――
今後の“訓練方針”を決める」
端末の画面に、空間構造の波形図が浮かぶ。
凪が昨日展開した静中動領域の記録だ。
青い円が広がり、ひび割れ、最後に崩壊している。
つぐみが画面を指差しながら説明を添えた。
「凪くん、静中動は“空間固定”と“時間遅延”の二つを同時に使ってる。止まって見えるってことは、相当の負荷が来てるはずだよね」
「はい……ただ、昨日は……なんか、いけそうな気がして」
リオが即座に口を挟む。
「“いけそう”で突っ込むやつが一番危ないんだよ。俺の弾が止まったとき、お前テンション上がってただろ」
「……正直、上がりました」
「素直でよろしい」
つぐみが苦笑し、イオが小さく頷く。
「そこでだ。凪、まずは“自己加速”を禁止する。お前の能力は――自分の思考速度が上がるほど負荷が跳ね上がる」
「はい……」
「次に、“停止領域の拡大”は三段階で管理する。
5m、10m、15m。
それ以上は俺の許可があるときだけ」
「15m、ですか……」
「お前なら必ずいける。ただし“急ぐな”。急ぐ必要があるのは、本当に戦うときだけだ」
それは、叱責ではなく、
本気で凪の命を守ろうとする声だった。
(……俺は、守られてるんだ)
胸の奥が熱くなり、凪は静かに頷いた。
「……わかりました。これからは、もっと慎重にやります」
イオは満足げに頷いた。
「それでいい」
リオが椅子を蹴るように立ち上がった。
「よし! 回復祝いに飯行くぞ。俺、昨日からずっと腹減ってんだよ」
「昨日も食べてましたよね……?」
「食べたけど腹減ってんだよ!!」
つぐみが笑いながら割って入る。
「凪くんも、食欲は? まだ無理?」
「いや……むしろお腹はすいてます」
「だよな、昨日あんな爆発したらエネルギー切れするよな!」
リオが肩を叩く。
「だから爆発じゃないですって……」
三人の言葉に押されるように、凪の足は自然と医療室から外へ向いた。
訓練棟の廊下はまだ夕焼け色に染まり、窓からの光が細長い影を作っている。
歩きながら、凪はふと気付いた。
――これが、自分の“日常”なんだ。
能力が危険で、限界を超えれば死にかける。
それでも味方がいて、笑い合って、支えてくれる。
そんな当たり前の温かさが、凪の胸を静かに満たしていく。
リオが振り返りながら言った。
「凪、今日から俺が“突っ走り防止係”だ。暴走しそうになったら頭叩くからな!」
「それ普通に痛いんですけど……」
つぐみが柔らかく微笑む。
「私は“体調チェック係”。凪くんが無理してたらすぐ分かるよ」
「……はい、お願いします」
最後にイオが言う。
「俺は“制御係”だ。凪、お前がどれだけ強くなっても――俺が必ず制御する」
その言葉が、凪の胸の底に確かな灯をともした。
(俺は、一人じゃない)
心の奥で静かにそう呟く。
やがて四人は、訓練棟の外に出た。
夕陽を背に、影が長く伸びる。




