表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静止領域のフロントライン  作者: ふるーる
4/9

ep1 ②

――そして二週間後。


凪は再び、あの日の異常に近い“前兆”を感じていた。


訓練区画の天井灯がきらつき、

視界の奥で世界の輪郭がわずかに震える。

空気に混じるざらりとした静電気の気配。


「……来る」


凪は軽く息を吸い、足を半歩引いた。

負荷が来ると分かれば、受け入れる準備ができる。

この二週間、イオと共に“静中動の基礎回路”を作り続けてきた成果だ。


背後から声がする。


「また発作の前兆か? 凪」


振り返ると、リオが大型の観測スコープを肩に担いで立っていた。

淡い金色の目が、凪の表情を鋭く観察している。


「落ち着けよ。イオも待機してるし、暴走しても全員で止める」


「暴走前提になってる……」


「まあ、お前の能力は“全部が規格外”だからな」


リオが肩を竦める。


つぐみも駆け寄り、霧のように柔らかい声を出した。


「凪くん、脈は? 呼吸は浅くない?」


「大丈夫。だいぶ慣れてきた。……来るけど」


「来る前に言ってくれるの、助かるよ」

つぐみは胸に手を当て、霧感応で凪の体温揺らぎを見ている。

彼女の能力は精神ではなく“身体状態”の揺らぎも視るため、

凪の暴走前兆は非常に読み取りやすいらしい。


ほどなくして、イオも姿を現した。


「凪。今日の目的は“停止領域の拡大”だ。10mを目安にする。無理なら即中断する」


「10m……いけるかな」


「いける。俺が思考テンポを整える。つぐみは外界の揺らぎを監視。リオは運動量の異常を視る。お前の負荷は、全員で背負う」


凪は小さく息を呑んだ。


――一人じゃない。


不安が、薄氷のように溶けていく。


「……お願いします」



訓練区画の照明が一段階落とされ、

全周の壁が静かに閉じていく。

空間中央に立つ凪の前に、三人が三角形の陣を描くように配置。


「シンク・リンク、開始する」


イオの声が低く響くと同時に、

凪の脳内に紫の光が流れ込んだ。


《精神系D-Sync波形:安定》


イオの補助回路が、ひとつ、またひとつ接続されていく。

凪の呼吸と心拍、視界と空間認識が“外から支えられる”ような感覚。


「凪、来るタイミングは任せる」

リオが構えて言った。

スパイラル弾の回路を開きつつ、凪の動作を注視している。


「凪くん……ゆっくり、ね」

つぐみは霧の紋様を広げ、凪の周囲を観察する。


凪は目を閉じ――

そして、開いた。


世界が、ひっそりと“軋む”。


静中動モーション・ゼロ——起動》


青白い符号が視界に走り、空気の粒が一つ一つ静止していく。

光が尾を引き、音が薄膜の奥へ遠ざかる。


――止まった。


ほんの0.4秒ほどで、凪の周囲10mの世界が“沈黙”した。


だが今回は――

“自分だけ”ではない。


『……すげぇな。これが凪の停止領域か』

リオの声が、脳内通信で流れる。


『気を抜くな。凪の思考速度が空間を上回ってる。つぐみ、揺らぎは?』

イオの警戒が響く。


『安定してる……でも、凪くんの中心部分だけ、“周囲より一段速い”感じ……』

つぐみの霧視界が、凪の視界に重なる。


凪は歩き出す。


止まった世界の中、自分の足音だけが静寂を切り裂くように響く。


(……見える)


停止した空気の粒。

鈍い光の尾。

つぐみの霧の揺らぎ。


すべてが、触れられるほど近い。


『凪、次だ。停止領域内で“他者の動量”を操作する。リオ、弾を撃て』


「了解」


リオが撃ったスパイラル弾は――

停止領域に触れた瞬間、完全に“止まった”。


弾が空中で静止する景色は、凪でさえ息を呑むほど異様だった。


(……これを使えば)


不意に、戦場のイメージが浮かぶ。

敵の一斉射撃を停止させ、仲間の一手で突破する――


『凪、考え込みすぎるな。思考密度が上がる』

イオの注意が刺さる。


「……すみません」


凪は深呼吸し、手を伸ばした。

止まった弾丸にそっと触れる。


動量吸収モーション・ドレイン


青い電流が走り、凪の指先を通じて弾の運動量が吸収される。

世界に流れていた“速度”が凪の体内に吸い込まれる感覚。


いつもはここで負荷が爆発する。

しかし――


『負荷レベル……30%低下。同期補正が効いてるな』

イオが驚いたように言う。


(……いける)


凪はさらにもう一歩踏み込む。


静止領域を――

“拡大”させる。


世界がぎしり、と軋んだ。

20m、25m、30m……

限界が近い。


『凪! 負荷跳ね上がってる! 止めろ!!』

『凪くん危ない!!』


「……まだ……いける……!!」


視界が白く弾け、

思考が熱を持ち、

脚が震える。


30mを超え、

静止領域の端が“ひび割れた”瞬間――


――空間が、凪に牙を剥いた。


鈍い衝撃が脳を揺さぶり、世界が上下逆転する。

停止領域が崩れ、破片のように散った。


『凪!!』


つぐみの悲鳴が響き――

凪の意識は、そこで途切れた。


◇◇◇


凪が目を覚ました時、見慣れた天井があった。


医療室だ。


隣ではイオがモニターを睨み、つぐみがタオルを握りしめ、リオが腕を組んで立っていた。


「……みんな、どうしたんですか。なんか、死にそうな顔を……」


リオが噴き出した。


「いや死にかけたんだよ、お前。停止領域の崩壊で、脳にフィードバックが直撃した」


つぐみは潤んだ瞳で凪を睨むように見つめた。


「凪くん……心配したんだから……!」


イオは深く息をついた。


「……凪。お前は“限界を超えすぎる”。確かに能力は特異だ。だが、命を削ってまで使うものじゃない」


凪は、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。


「……ごめんなさい」


イオは首を振る。


「違う。悪いのは、俺たちが“凪の限界”をまだ知らないことだ。今日で分かった。静中動は、制御しないといずれ確実に凪を壊す」


「でも……」


「だからこそ俺たちはチームになる。凪の限界を超えないように、凪の強さを最大限に出せるように」


イオは言い切った。


「凪。お前は一人で戦うんじゃない。これからは――俺たち四人で戦う」


凪は少しだけ目を伏せ、それから小さく笑った。


「……はい」


その瞬間、

四人の“世界”がひとつに繋がった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ