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静止領域のフロントライン  作者: ふるーる
3/9

ep1 ①

――風が、止まった。


その瞬間を、凪は一生忘れないだろう。

冬の灰色の雲が垂れ込めた訓練区画。金属の床に響く足音。

耳に届くのは自分の呼吸だけで、周囲の世界が急に“薄膜の向こう側”に移動したような感覚だった。


「……まただ。時間が、変になってる」


凪は額に汗を浮かべながら呟く。

視界の端で、訓練用の弾丸が“遅れて”落下していく。

まるで空気が粘性を持ち、世界の動きが全てゆっくり溶けていくような異常。


――静中動。

後に彼自身の能力名として確立される“運動量ゼロ化”の片鱗である。


だがこの時の凪は、まだそれが何なのかを知らなかった。


「凪くん、また動き止まってたよ。大丈夫?」


区画の外側から少女の声が飛ぶ。

薄青い髪をひとつにまとめた霧装系使い、つぐみだ。

彼女が霧視界で凪の“動きの異常”を察したらしい。


「……うん、いや、たぶん大丈夫じゃない。世界が……止まるんだ」


「えぇ……また? 凪くんの現象、観測班でも原因が分かってないって言ってたし……」


つぐみは心配そうに眉を寄せる。

凪が初めてこの“停止感覚”を覚えたのは2ヶ月前。

それから周期が短まり、今日で通算13回目だった。


◆◇◆


訓練後、凪は単独で観測室に呼び出された。

部屋の空気は緊張している。

対面にいた解析官イナミが、ホログラフスクリーンに映る波形を指し示す。


「凪くん、君の異能反応……通常の次元系とは明らかに違う」


「違うって、どういう意味ですか」


「君の脳波と運動視覚が、外界と“非同期”になっている。

 外の動きより、君の時間処理が速くなっているんだ。

 簡単に言えば――君だけが世界のフレームレートから外れている」


凪は息を飲んだ。


「……それって、僕が世界を止めているってことですか」


「厳密には逆。

 君のほうが動きを先読みしてしまっている。

 その結果、外の動きが“止まったように見えている”」


イナミは手元のデータに目を落とし、続けた。


「ただし問題がある。

 この現象が進むと……君の負荷は指数関数的に増える。

 脳が処理限界を迎えれば、思考領域が破損する危険性がある」


凪の心臓が強く跳ねた。


――僕は、壊れるのか。


その一瞬の虚無に、別の声が割り込む。


「だからこそ、正しく扱えるようにしよう。凪」


部屋の扉が開き、黒髪の青年イオが入ってきた。

精神系使いであり、後に凪の“脳の補助回路”となる仲間だ。


「君の能力は危険だが、同時に“前例のない強さ”でもある。

 扱い方さえ覚えれば、誰よりも速く、誰よりも冷静に動ける」


「……僕でも、扱えるんですか」


「扱えるように“僕が補正する”。

 俺の思考同調シンク・リンクの本領は、味方の思考負荷を分散することだ」


凪の胸の奥で何かが小さく光った。


「君は止まっている世界の中を動ける。それは戦場では絶対的なアドバンテージだ」


「……イオさん」


「来い。君の“誤作動する世界”を、武器に変えよう」


◆◇◆


三日後。

凪は秘密区画で、イオ・リオ・つぐみの三人と合流した。


「これから“特異型適応実験・フェイズゼロ”を始める」


イオが宣言すると、訓練空間が淡い光に包まれた。


「凪、君の視覚と運動回路の全部に、俺が同期する。

 限界が来たらすぐ止めろ。死なせる気はない」


凪はうなずく。


イオの瞳が深い紫に染まり――

《シンク・リンク 起動》

脳内に数百の情報窓が開いたような感覚に襲われた。


リオが横から声を掛ける。


「大丈夫、凪。視界が重なっても、すぐ慣れる。俺だって最初の時は吐いたから」


つぐみも静かに言う。


「凪くん、私が周囲の状況を全部“霧視界”で見ておくから。ぶつかったり、倒れたりはしないよ」


胸が熱くなる。

彼らがいてくれる。それだけで心が強くなった。


「……行きます」


凪は深呼吸し、能力の核に触れる。

いつもの“世界が止まる”前兆が胸の奥で脈動する。


――来る。


視界に青白い線が走り、空気がピタリと固まった。


静中動モーション・ゼロ――発動》


世界の色が褪せ、音が消え、光が遅れ、

凪の周囲の全てが“砂のようにゆっくり”と沈んでいく。


だが今回は――


イオの声が届いた。


『凪、聞こえるか。俺が同期で“時間差”を補正している』


凪は驚愕する。


止まった世界で、他人の声を聞いたのは初めてだった。


『いいか、凪。この世界はお前の“固有速度領域”だ。

 ここで動けるのは今のところ、お前だけだ』


イオの声と同時に、凪の背後で霧が揺れた。

つぐみが霧感応で“動きの軌跡”を見ている。

リオは弾道を停止したまま観測している。


凪は前に踏み出す。


――静の中に、自分だけが動いている。


その感覚は恐怖ではなく、

なぜか“帰る場所を見つけた”ような安心だった。


『凪、次は動量吸収を試すぞ。

 撃て、リオ』


リオが放ったスパイラル弾が――

世界が止まっているはずの空間を、

“止まった状態のまま”凪へ向かって進んでくるように見える。


凪は反射的に手を伸ばす。

指先が触れた瞬間、

青い衝撃が逆流し、運動量が吸い込まれた。


動量吸収モーション・ドレイン

成功。


だが――


次の瞬間、凪の脳が焼けるような痛みに襲われた。


「ッ……!!」


『凪、離脱だ! 今すぐ能力を――』


「待ってください……まだ、いけます……!」


凪は叫ぶ。

世界が、軋む。

静中動が暴走を始め、視界の端が黒くノイズを帯びる。


『まずい、負荷が――!』


その時だった。


――凪の“世界”が砕けた。


音が一気に戻り、空気が流れ、光が爆発する。

床に膝をついた凪を、つぐみが支えた。


「凪くん! しっかりして!」


イオが駆け寄る。


「……すまない。俺の補正が追いつかなかった」


凪は苦笑し、息を整えながら言った。


「いえ……分かりました。僕の能力は……扱わなきゃ死ぬ。でも、扱えれば――きっと誰より強い」


イオはうなずく。


「凪。お前の“静中動”は、戦場の未来を変える力だ」


そしてこの日。

凪たち四人は、正式に一つのチームとなる。


――《スパイラル・リンク》

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