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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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短編集

ごらくカフェ部へようこそ

作者:

初めてのたぶんラブコメを書きました。

 放課後のチャイムが鳴ったら、私はいつもの扉を開ける。

「ごらくカフェ部」とペンで手書きした札。甘い匂いがふわっと流れてきて、胸の奥が少しだけゆるむ。


「綾ちゃん、遅いよ~! 見て見て、『愛のハートケーキ』!」

部長のあかり先輩が、オーブンの前でドヤ顔。

天板にはハート型のはずが、角がちょっと崩れたパンケーキだった。


「先輩、それ完全に“ゆがんだ愛のパンケーキじゃん”!」

同じ学年のみゆきが突っ込みを入れて、紅茶を注ぎながらゲラゲラ笑う。


 隅っこでは、さくらがスマホをいじりつつ小さく首を傾げた。

「……私、ダイエット中なんですけど」


 狭い部屋。古いクッションの山がソファ代わりで、椅子を寄せるたび膝が触れる距離感。

私はため息まじりに席につき、鞄を置いたところで、みゆきがぴたっと隣に貼り付いてくる。


「綾、今日のメニュー、決めて~。綾の好物、作っちゃおうかな!」

目がきらきらしてる。幼稚園の頃から変わらない目。ずっと隣で笑ってきた相棒。

こいつ可愛いから仕方ないのかな。

これはあれだ可愛いものをめでてるような感じになるっていうか、少しわからない感情がたまに出てくる。 


「普通のクッキーでいいよ。甘すぎるの苦手」

そう言った瞬間、あかり先輩が皿を持って突進してきた。


「じゃあ先輩のスペシャル・ラブポーションで溶かしてあげる~!」

どさっとケーキ一切れが落ちる。

なんだよラブポーションって、怪しいマッドサイエンティストにでもなる気なの部長は?



「ちょ、先輩、それ私の役目!」

みゆきがするりと割り込み、フォークで一口サイズに切り分ける。

さくらがちらとこちらを見て、ぽつり。

「……綾先輩、酸味あるの好きですよね。クリーム、レモンにします」


え、さくらもよく知ってるなぁ。

下級生のさくらとは、あたり前だけど数か月しか一緒じゃないのに、観察眼があるんだなぁ。

普段興味ありませんっていう感じなのに。


 わいわいと音が膨らんでいく。

みゆきが紅茶を注ぎながら、私の肩にこてんと頭を乗せた。

「ねぇ、覚えてる? 小学生の時、秘密基地でお菓子パーティーしたの。あの感じ、今日もやろ?」

なんかやったような記憶がある。

何で小学校の時って秘密基地とか作りたがるのかな。

やったのは簡単なお菓子を持ち合ったりしたおままごとの延長線上な事だけど。


 髪が頬に触れて、甘いシャンプーの匂い。心臓がドッと跳ねる。私は慌てて体をずらす。

「み、みゆき、近い。熱いって」


「ほほう、今日もラブラブ?」

あかり先輩がニヤニヤしながら、指先のクリームをみゆきの鼻に軽く付けていた。

「わー先輩のイタズラ!」

みゆきが反撃で先輩の頬に塗りたくり、さくらは「……子供っぽい」と言いながら、結局そっと参戦。

次の瞬間、部室はクリームの小競り合いでちょっとした戦場になった。


 部長はラブラブと言うがいつものじゃれてるだけだし、それにみんな参加してるから、その定義で言うとみんなラブラブじゃん。

険悪な部活よりは断然こちらの方がいいけどね。


「もう、みんなバカ~!部室掃除するの大変なんだよ」

笑いながら言った自分の声が、思ったより楽しそうで、ちょっと恥ずかしい。


 ひとしきり騒いだら、夕方の光が窓から斜めに差して、空気が落ち着く。

あかり先輩は騒ぎ疲れたのかうとうとしていた。

さくらは膝に文庫本をまた読み始めて、私はクッションに背を預ける。隣のみゆきが、耳元で囁いた。


「綾、今日、楽しかったね。でもさ、本当は二人きりでやりたいことあるんだ」


「なにそれ?」


 みゆきは私の顔をまっすぐ見た。ふざけてない眼差し。

「最近気づいたんだ。私、綾のこと、友達以上かも。キス、とか……してみたいって思う」


 息が止まった。

次の瞬間、みゆきは照れ笑いをして肩をすくめる。

「冗談! びっくりした?」

冗談、って言われても、頬が熱くなるのは止められない。

窓辺の光がオレンジ色で、みゆきの横顔がやけに綺麗に見えてしまう。

それに、部活のメンバーもいるのに冗談でもそんなことを言われると恥ずかしくなっちゃう。


 立ち上がろうとして、足がもつれてよろけた。

「わ、わ、わ!」

「ちょ、危ない!」

みゆきの腕に支えられて、そのまま二人でクッションの山へ倒れ込む。

タイミング最悪で、あかり先輩がぱちっと目を開けた。


「おお~! いい雰囲気! 私たちも混ざ——」

「先輩は寝ててください」

さくらの低いツッコミが飛んで、場がまた笑いで弾けた。

結局、キスの話はふわっと空に紛れた。でも、言葉の破片は、私の中で何度も再生された。


 その夜、ベッドの上で、天井を見つめる。

もし、みゆきとキスしたら。

想像してしまって、枕に顔を埋めた。


 次の日。部室の扉を開けたら、みゆきが待っていた。

「綾、昨日はごめんね。」

謝ってもらう事はしてないはずなのだが?


 そう言いながら、みゆきは何かを私にボックスを差し出してきた。

それを開けたら、いびつなハート型のクッキーがたくさん入っていた。

見てわかる手作りクッキーだった。


「食べてほしいんだけど」

一口かじるとほろっと崩れて、ちゃんと甘さ控えめで私好みの味だった。

「おいしい。……私も、お返し考えてみるね」

小さく言うと、みゆきの顔がぱっと明るくなった。

嬉しそうな顔を見せるのは少し反則だと思った。

そんな手作りのケーキが食べたかったのだろうか。


 それから部活も始まり、突然あかり先輩が、文化祭でもないのに「カフェイベント」をやろうと言い出した。

メニューに“ラブティー”(中身はただのミルクティー)を追加。

ラブなのになんで白いのかはよくわからない。


さくらは「恥ずかしいんですけど」と言いながら、エプロンだけの簡易コスで参加しますと言っていた。

さくらはいつもそっけない反応はするんだけど、きちんとこのように参加してくれたり、意見も言ってくれるから、本当は優しい思いやりのあるいい子だとみんな知っていた。


 閉店間際。片付けが終わって、窓の外の雲が重くなりはじめた頃。

「綾」

呼ばれて振り向くと、みゆきが真面目な顔で立っていた。

「好き。友達としてじゃなくて、もっと」

一瞬何を言われたのか分からず止まってしまって、理解するのに少しだけ時間がかかった。

手を握られる。指が熱い。私は息を飲んで、うなずいた。


「……私も。多分みゆきは、特別だと思う」


 勇気を一口分だけ足して、そっと額にキスを落とす。

窓の外で、雨が降り出した。静かなBGMみたいに、屋根を叩く音が聞こえていたんだけど。

「やったー! 正式に百合カップル!」とか言い出して雰囲気ぶち壊し

みゆきが飛び跳ねて、私は笑いながら「しーっ」と口に人差し指を立てた。

百合カップルって何?

そういえば女性同士は百合で男性同士が薔薇っていうんだっけ?

何で花にたとえるかは不思議と場にそぐわない事を考えてしまった。


 翌週。事件は、あかり先輩が持ってきた。

「恋を応援するゲーム大会~! 今日はババ抜きで、負けたら“好きな人にハグ”!」

なんでこの人はこうもイベントを考えてくるんだろう。

面白いからいいんだけど、相変わらず行動力と企画力ある先輩だと思うのだが、絶対に本人の前では言わない。

絶対に調子になってからんでくるから。

部長命令だしたまにはこういうのもいいのだろうと思う。


 カードが巡り、笑い声が渦を巻き、私は見事にババを引いてしまった。

「じゃ、じゃあ……」

みゆきの前に立って、ぎゅっと抱きしめる。

初めて抱きしめたみゆきの身体は柔らかく、すごく甘ったるい香りがして少しだけ気を失いそうになってしまった。

「きゃー!」

あかり先輩とさくらの歓声でふと我に返った。

顔が熱いのだけど、みゆきの腕の中は温かくて、離れがたいので少しだけ堪能した。


「……私も、誰かハグしてみたいかも」

さくらがぽつり、私の耳に聞こえてきた。

「任せたまえ~!」

あかり先輩が勢いよく抱きついて、二人でクッションの上に転がる。部室はまたカオス。

結局全員とハグしてもうなんだか、よくわからない。


 夏休み前の最後の部活。

手作りピザを取り合って、炭になりかけた端っこをあかり先輩が「香ばしい!」と褒めていた。

「それは焦げです」とさくらがいつものように冷静な突っ込みが即座に入れていた。

隅っこで私はみゆきと手をつなぐ。

こういうの恥ずかしいけど、ちょっと好きになっている。

つながってる感じがしてこころに穏やかな温かみが伝わってくる。


「これからも、みんなで愛を育もう!」

あかり先輩の元気な謎スピーチに、さくらが「……先輩、語彙が重いです」と真顔で突っ込む。


 解散の時間、廊下で靴を履きながら、みゆきがウインクした。

「綾、明日もデート——じゃなくて、部活ね」

「……うん。楽しみ」

結局夏休み中も部活をやるので、いつも通りにぎやかな感じでみんな集まるんだろうなぁ。


 日常はバタバタで、夏休みの宿題の山は見ないふり。

夏休み終了前の私にそこはお任せする。

でも、ここへ来れば、甘い匂いと、笑い声と、少しの勇気がある。

“ごらくカフェ部”が、私の世界の真ん中になってしまった。


 永遠なんて言えないけれど——

明日もこの扉を開ける私を、私は知っている。

「いらっしゃいませ、ようこそ“ごらくカフェ”へ」

そう言う私の声は、きっと今日より少しだけ、素直だ。

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