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僕の全て

 夜は更けていき、いつの間にか深夜。

 三人はソファーに横になって寝息を立てている。


 ……これじゃあオケオールじゃなくて、ただカラオケに泊まってるだけだよな……?

 それとも、これもオケオールって言うんだろうか……?


 「遥」


 「うぁっ」


 ふと唯に手を握られ、立たされた。


 「行こっ」


 そのまま手を引かれ、部屋の外へ出る。


 導かれるままに歩き、辿り着いた先。


 「……だと思ったよ」


 「えへへ」


 可愛い。


 突然手を引かれ、されるがままに着いて行った。

 そうして辿り着いたのは予想通り、喫煙室だった。



 色々なハジメテを経験した、思い出深い場所である。



 喫煙室に入る。その行為にももう随分と抵抗が無くなっていた。

 煙草なら唯の家で何度も吸った経験があるから、そもそもの話で喫煙自体に慣れていたことと、あとはやっぱり、この場所が好きだからだろうか。


 どうしても思い出してしまうな。

 今となってはもう、あの時のキスも僕にしたものとして受け入れている。


 唯は煙草に火を点けると、箱から新たに取り出した一本を僕の口へきゅっと差し込んだ。

 察しが良い僕はそれを受け入れ、唯の方へ顔を近付ける。


 あの日のあの時をなぞるように、僕達はシガーキスをした。


 普通のキスを知っても変わらない。

 やっぱりこれはエロい。


 口と口でするより距離があるから、相手の顔がよく見えるのがキくんだ。


 唯、本当に綺麗な顔してるなぁ。

 贔屓目なしに、世界で一番可愛いと思う。


 と、煙草の先端を伏目で見ていた唯が突然こちらに視線をやってきて、ばちっと目が合った。


 「ん?」


 不思議そうにこちらを見ている。可愛い。


 煙草を吸ってる時の口元も、キスしてるみたいでエロい。


 と言うかこれあれじゃない? シガーキスじゃなくて唯がエロいんじゃない?

 もしくは唯をエロい目で見てる僕がエロいんじゃない?


 「いや、懐かしいなって」


 「でしょ。

 思い出してさ、したくなった」


 柔らかく微笑む唯の美しさたるや。

 僕は感嘆のため息混じりに煙を吐いた。


 唯はエロいって言うよりもあれだ。妖艶だ。


 ……待って。そう考えるとこの状況凄くない?


 こんな夜更けに、カラオケの、喫煙室の中で、妖艶な唯と、二人きり。



 下腹部が締まる。トイレ行きたい。


 「遥、またバカなこと考えてる」


 バレた。


 「そういえばそれさっきも言ってたよね。何でわかるの?」


 クセみたいなものって言ってたっけ?

 そんな露骨にわかるようなクセは無いと思うけどな。司馬も桜井も何も言ってこないし。


 「ふふっ。遥、たまに黙ってぼーってするでしょ? その時に言ってるだけだよ」


 僕がぼーっとしてる時に言ってるだけ……?


 「バカなこと考えてるかどうかがわかってるわけじゃないの?」


 「当たり前じゃん。自分じゃないのに、何考えてるかなんてわかんないよ」


 唯は開き直ったのか、フゥーッと声に出しながら煙を吐いた。

 減りが早い。多分二本吸うなこれ。


 それにしても、僕がぼーっとしてる時に言ってるだけ。か。

 バカなこと考えてるかどうかがわかってるわけじゃない。か。


 「……ん? じゃあなんでそんなこと言うの?」


 「そんなこともわかんないの? 遥はやっぱりおばかだね」


 「僕が馬鹿なのはもう今更でしょ」


 一本目を吸い終えた唯。

 二本目はまたシガーキスで火を点けると思った僕は身構えた。

 僕の煙草ももう短いし、勢い余ったら危ないから。


 しかし唯は二本目を取り出さず、僕の顔にそっと手を伸ばす。


 「じゃあ覚えて。これから私がバカなこと考えてるって言った時はね」


 唯は僕の煙草を取り上げると、空いた口にそっとキスをした。


 「構えってことだよ。おバカ」


 そして残り少ない僕の煙草を一息で吸うと、火を消して、僕の手を握り、指先を絡めてくる。


 ……何だよマジ。僕の彼女可愛すぎだろ。


 「唯。大好き」


 繋いだ手にぎゅっと力を入れる。


 「知ってる。私も大好きだよ」


 同じくらいの力で握り返ってくる。



 ヤバい。幸せすぎて死んでしまいそうだ。



 余裕そうな笑顔を浮かべながらも、ほっぺを赤く染めている。


 目が合って、照れ臭くって、お互いに笑って誤魔化した。


 「もう一本吸わない?」


 「吸う」


 今度は普通に火を点けて、隣同士肩を寄せ合って、

 僕は、慈しむように煙草を吸った。



 隣に感じるこの体温が、僕の全てだ。





 夜は更けていく



 手を繋いで 煙草を吸って



 煙のように 



 唯と、どこまでも。









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