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凛々と、愛瑠と、舞菜へ

 駅に着いた。

 相変わらず、人が多くてざわざわとしてる。


 「お手洗いかな?」


 「かもね」


 僕たちは改札前のベンチに並んで座って、三人の到着を待っていた。


 多くの人が波のように改札を流れて行く。が、彼女たちの姿は無い。


 メッセージを見る限り、到着はもう直ぐだと思うんだけど……まあ混んでるしな。すぐには見つけられないか。


 なんとなく、隣を見る。

 唯は穏やかな顔で改札を見つめていた。

 彼女は僕より背が高いのに、不思議と何故か、座ると僕の方が大きくなる。

 何でだろうなまったく。


 ……なんて、股下五メートルみたいな唯の隣に座るということは、この手の現実を絶え間なく突きつけられるということでもあるんだ。


 でも僕は大丈夫。

 だって当の唯は、僕の腕にぎゅっと抱き着いてくれているから。


 「ん? 私の顔に何かついてる?」


 「顔が付いてる」


 「ふふっ、当たり前でしょ!」


 唯はすぐ笑う。可愛い。


 「可愛さ」という個体値が全一の唯が僕を選んでくれたという事実は、何よりのデトックスだった。思考も上向きに改善されるし、世界は輝くし、いい匂いもする。

 触れれば程よく暖かい体温を感じられ、滑らかな発声で繰り出される声は耳を癒してくれる。


 好きな人の、溢れんばかりにある好きなところを独り占めできるなんて、まるで特権階級だ。


 なんて考えていると、ふと視線を感じた。

 周囲をキョロキョロしてみると、その正体は現在進行形で僕の右腕にしめつけるをかけている唯のものだった。


 「遥、何かバカなこと考えてる」


 唯はじとっとした目でそんな事を訴えてくる。可愛い。


 しかしなんだ、見抜かれたのか?


 「えっなんでわかったの?」


 「ふふっ、お見通しだよ」


 得意げにはにかむ唯のかわいいこと。


 「クセとか?」


 「ん~、みたいなものかな? 遥って結構露骨って言うか──あっ、舞菜達来たよ」


 ん? ちょっと待って僕って露骨なの?

 自分ではポーカーフェイス最強だと思ってたんだけど。

 だって前髪とマスクで顔が見えないんだから。


 じゃあなに? 仕草とか?


 「おーい!」


 っと、舞菜たちが来たんだったか。


 唯が手を振った先。改札の向こう側には、派手に制服を着崩したギャル三人組の姿があった。


 舞菜に、凛々に、愛瑠だ。


 今日は彼女たちへ、僕たちが無事交際に至る事が出来た報告会を予定している。


 しているんだけど……


 声にならない声でも発しているんだろうか。

 当の三人はこちらを見つめたまま、口をぱくぱくとさせて固まっている。


 ……まあ、そうなるよね。


 皆のことだ、僕と唯が付き合うことになったのは薄々察していたと思う。

 仲直り出来たことの報告とお礼は既に伝えているから、「それなら──」と行き着くのは、むしろ当然のことだ。


 ただ、それでもやっぱり想定外だったんだろう。

 僕と唯のバカップルぶり。そして、意外にも強烈に向いていた、唯から僕への矢印というのは。


 「固まっちゃったね。サプライズ大成功だ」


 唯は僕の顔を覗き込んでにこりと笑った。かわいい。


 「そうだね。行こ」


 改札の前まで手を繋いで移動した。

 相変わらず固まり続ける三人だったが、


 「おつかれ~」


 唯のその声にピクッと反応した舞菜を皮切りに、続々と息を吹き返していった。


 「あぁ……うっ……ひ、ひゃあああああっ!!」


 悲鳴とも取れる舞菜の絶叫から始まり、凛々は「おめでと」と、静かに、優しく祝福してくれた。

 愛瑠は目尻に涙を浮かべながら、「がんばったな」と僕の背中を叩いてくれる。

 三者三葉の祝福に、僕も釣られて目頭がじわっと熱くなってきて、思わず唯の手を握る力が強くなっちゃって、唯に頭を撫でられて、落ち着いて、その様子を見た舞菜がいきなりぼろぼろと涙を流して──


 「改札前だと邪魔になるよ」


 という凛々の冷静な一言に、舞菜以外の皆がはたと落ち着きを取り戻した。

 依然として号泣を続ける舞菜の手を凛々が引き、僕たちは慌てて目的地へと向かうのだった。



* * *



 『カラパリ』


 このメンバーで初めて遊んだ場所。

 僕が初めてオケオールをした場所。


 ここで唯との距離がぐっと縮まったんだ。

 あの日の唯の行動はかなり突飛だったけど、そのおかげで一気に仲良くなれたんだっけな。


 初めて煙草を吸ったのもここだった。


 「しゃせ~」


 受付はあの時と変わらない。相変わらずふざけた接客の金髪ギャル男だ。

 以前は長髪で平成のホスト崩れみたいな髪型だったけど、今は少しさっぱりとした長さに落ち着いていた。


 ……どうでもいいな。

 

 そんなこんなで無事に入店。

 舞菜も流石に泣き止んでいた。

 未だずびずびと鼻を鳴らしてはいるけど。


 舞菜、凛々、愛瑠の三人と、僕と唯の二人で向かい合うように座った。

 懐かしい並びだ。

 女装がバレそうになって女子トイレまで逃げて、追ってきた唯の気持ちを聞いて、生まれて初めて、異性の下の名前を呼び捨てにしたんだ。


 あの時はまさか唯が成人してて、その上女優だったなんて、想像もしていなかった。


 恋人同士になるなんて尚更。


 「舞菜、落ち着いた?」


 「ごべ、ごべんねっ……でもっ、う、うれじぐでぇっ……!」



 ……こんな風に喜んでもらえるなんて、幸せ者だ。僕たちは。



 「ありがとう。皆がいなかったら、きっと──って言うか、絶対に唯と付き合えてなかった」


 僕のお礼に、凛々は相変わらずぶっきらぼうな感じで


 「……別に。友達なんだから普通でしょ」


 なんて答える。

 とはいえ照れてはいるんだろう。ほっぺが少し赤くなっていた。


 「ちょっ、そういうのズルいって! あたしだって我慢してたんだからっ!」


 愛瑠はそう言って恥ずかしそうに顔を背けると、突き出した両手をパタパタと振る。


 「本当に感謝してるよ。愛瑠にも迷惑かけたね。色々相談に乗ってくれてありがと」


 そんな愛瑠に追い打ちをかけるように唯が詰め寄った。

 机越しに顔を覗き込むようにして、うっかり目を合わせてしまった愛瑠はと言うと……


 「うぁ……あああぁぁ……」


 涙腺が限界に達したのか、凛々の胸に顔を埋めて泣き出してしまった。

 その一連を見た舞菜も再び泣き出してしまい、凛々の胸に顔を埋める。

 右に舞菜、左に愛瑠、と、両手に花状態の凛々は二人を交互に見やって、頭を撫でて、ゆっくりと視線をこっちに送ってきた。


 「なんとかして」


 相変わらずの無表情。

 

 「はやく」


 「うぇえっ! ちょっ、遥! やるよ!」


 凛々に急かされた唯はマイクを二つ手に取ると、慣れた手つきでデンモクを操作する。


 「デュエット! 行くよ!」


 マイクを投げ渡され、脇の下からがっと持ち上げられるように立たされた。


 「うぇっ! ちょっ、いきなりっ……!」


 唯が高速でチョイスした曲。

 トランペットの軽快な音から始まるアニソン。


 好きな曲だけど、デュエットするような曲じゃないだろ!


 そんなわけで既に怒涛のオケオールは僕と唯が歌う『Q&Aリサ○タル』で幕を開けた。



* * *



 「ふぅ!」


 「唯……急にフるの辞めて……」


 決めの歌詞を歌わされたり、やけに僕のパートを多くされたり、組んだ腕に胸がぎゅっと押し付けられたり。


 「そう? でも、遥の声で聞きたかったから……だめかな?」


 「だめじゃないです」


 「えへへ、そう言ってくれると思った!」


 可愛い。


 随分振り回された。けど、歌ってる間、歌詞の要所要所には僕と唯に当てはまる部分が結構あって、僕はその度に色々な事を思い出した。


 やっぱりこの三人は、僕と唯には欠かせない、大切な友達であること。

 皆がいなかったらきっと、僕と唯はいつまでも同じように、付き合ってるような付き合ってないような、でも一線を越えることはないような、そんな距離感がずっと続いていただろうこと。

 背中を押してくれて、応援してくれて、こうして、祝福してくれて──


 気付いたら、僕もぽろぽろと涙を零していた。


 それを見てまた舞菜と愛瑠は泣き出して、凛々の口からはぼそっと「ばか」と聞こえ、唯はけらけらと爆笑していた。


 お腹を抱えて、目尻に涙を浮かべるほどに。



 それから暫くして、てんやわんやと慌ただしい時間もとりあえずは落ち着いてきた。

 舞菜と愛瑠と、あと僕も泣き止んだ。


 元気を取り戻した舞菜は相変わらず快活に、攻めたことを言ってくる。


 「じゃあ遥、これからは芸能人の彼氏さんだねっ!」


 それは唯との交際が始まってから、僕が一番気にしていたこと。

 一番重圧を感じていたことだった。


 もし熱愛報道なんかをされて、唯の芸能活動に支障が出たら。

 もし僕が今後の人生でならんかのヘマをして、その皺寄せを唯に食わせてしまったら。


 きっと唯は大勢からの反感を買うし、下手をすると環さんの後を追うことになりかねない。


 「いやいや……そんなんじゃないよ」


 正直なところ……そういう気持ちの部分にはまだ動揺があるんだ。

 芸能人という存在の大きさを、僕はよくわかっていないから。

 勿論僕と唯は付き合い始めたばかりだから、ゆくゆく知っていくので良いのかもしれない。


 けど、それでも漠然とした焦りのようなものはある。


 あるんだけど……


 「なんでそんなことゆうの? 遥、私の彼氏じゃないの?」


 そうは卸さない問屋。僕の恋人であり、芸能人。

 大天使唯エルである。


 唯の彼氏であることに自信がある時ない時を右往左往している僕だけど、彼女の笑顔や言動に触れてしまうと、時々、考えているのが馬鹿馬鹿しくなったりする。


 色々と気を付けなきゃいけないことはいくらでもある。

 でもそんなこと、唯と一緒なら全部乗り越えていける。そんな気がするんだ。


 「かっ、彼氏です!」


 てか唯、普段だったら「言う」はちゃんと言うのに、こんな時に限って「ゆう」とか、あざとすぎるだろ。

 なんだよ「ゆう」って。可愛いかよ。


 「ヒューーッ!」


 「こりゃ熱愛報道も近いね〜!」


 僕達の熱が伝播したのか、舞菜と愛瑠のテンションが振り切れている。

 この陽キャの空気も慣れてきたとは言え、真っ直ぐに晒されると結構キツいな……


 「それはそうとさ、皆はどうなの? いい人とかいないの?」


 僕はこの晒しの標的を誰かへ移そうと質問を投げかけた。

 特定の誰かに当てたわけじゃないんだけど……あれ、何故だろう。


 今の今まで満ち満ちていた陽キャの空気が一瞬で死んだ。


 「えっと……?」


 どんよりとしたエフェクトが見えるかのようだ。

 凛々は舞菜と腕を組んで、ムフーと満足気にこっちを見ているけど、舞菜と愛瑠はもうなんて言うか、首の角度が介錯待ちみたいになっている。


 「ご、ごめんなさい……?」


 どうしよう。空気が終わってしまったかもしれない。

 

 「……ふ、ふん! 別にアタシら男には困ってねぇし!」


 「そっ、そうだよっ! それに、私には凛々がいるからっ、男の人に構ってる暇が無いだけでっ!」


 ふと弾かれたように強がって咆える愛瑠と、凛々を感涙に咽ばせる舞菜。

 二人ともクセが強いからあれだけど、ビジュも性格もいいから引く手数多だと思うんだけどなぁ。


 「……ん? でもじゃあさ、なんで彼氏作らないの?」


 なんて思っていると、唯から二人への疑問。僕もそれに同調した。


 「確かに。男子からも人気高そうだけど……?」


 そう言うと、彼女らはまたどんよりとした。


 俯いたままアイコンタクトを取り、僕と唯にマイクを渡すよう手を突き出す舞菜。

 愛瑠は素早くデンモクを操作して、とある曲を選択する。


 静かなイントロから始まった曲。しかしすぐさま一転。かなり激しいロック調へと変わると、2人はマイク越しにエコーのかかった声でこう言った。



 「「それでは聞いてください。

 『ぶっ生○返す』」」



 嘘かと思った。



 普段の声からは想像も出来ないような愛瑠のデスボイスに、舞菜の低音。

 伊達にカラオケをホームとしていないなと、彼女らのギャルぶりを再確認した。





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