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【書籍化決定】離縁ですか、不治の病に侵されたのでちょうどよかったです  作者: 鈴木 桜
第4章

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第35話 道しるべ



「それにしても、どうやって魔女たちを説得したんだ?」


 翌朝、霊山の山頂へ向かう道すがら、テオが尋ねた。

 いよいよ今日、氷の魔女の封印を解くのだ。


「魔女は同情なんかで動いたりしないだろ?」


 登山道は険しい道のりだ。中腹までは馬で行けるが、そこからは徒歩で登らなければならない。

 テオを先頭に、アイリスとマシューは山頂を目指して山道を進んだ。


「……いろいろと、条件を付けられました」

「条件?」

「全て終わった後、魔女集会で詳しく報告するように、とか」

「ああ、なるほど」


 テオは納得して頷いた。


「魔女や魔術師の性だな。俺がどんな魔法を使うのか、興味津々なんだろう」


 そして、ニヤリと笑みを浮かべて、


「男の魔術師は魔女に馬鹿にされがちだからな。一泡吹かせてやる」


 と、なにやら不穏なことまで言い出した。

 それに呆れたのはマシューだ。


「そんなことで大丈夫なのか?」

「ん?」

「本当に、氷の魔女の封印を解けるのか?」


 封印を解いた後の手立てについては、高貴な人の血と肉と魂を集めることで解決した。だが、封印の氷を解かす方法については、全てテオ任せだったので詳細を聞かされていない。


「問題ない。お前ら二人がいれば、な」


 テオの言葉にアイリスとマシューは首を傾げたが、テオはそれ以上語らず、肩を竦めただけだった。


「魔女の方は好奇心が勝ったってことなんだろうが、国王やら東の帝国の皇帝の弟やらは、どうやって説得したんだ?」


 この魔法のために血肉と髪を提供してくれた高貴な人たちのことだ。その他にも国内の貴族や南の共和国の元首、西の遊牧民の王などが協力してくれた。


「国王陛下にはお手紙を差し上げました。協力していただかなければ、マシュー様が死んでしまいます、と」

「ははは。お願いって言うより脅しだな」

「はい」

「知らなかったよ、アイリスがそんな狡猾な手を使えるなんて」


 確かに、こんなことでもなければ、国王に対して脅しのような交渉の手紙を書くことはできなかっただろう。

 だが、強くならなければ、賢くならなければ、全てを手に入れることはできないと、アイリスはこの旅で学んだのだ。


「他国の方の説得は魔女の皆様にお任せしました。それぞれ交換条件を持ち出したり、握っていた弱みをちらつかせたりしたようです」


 その代わり、魔女たちへの報酬はアイリスが払うことになっている。具体的な請求内容はまだ聞いていないが、とんでもない金を要求されるか、はたまた魔法的な何かを要求されるか……。


 だが、命を差し出すことになるよりずっとましだ。


 だが、アイリスは知っている。

 交換条件を出されたり脅されたりした人々が、最後に協力することを決めたのは、きっと善意だ。


 彼女は、北への旅を通して、世界は優しさであふれていることを知った。


 もしも全てが上手くいったら。

 アイリスは残りの人生をかけて、協力してくれたすべての人々に感謝を伝えていこうと決めている。




 * * *




 約半日後、三人はようやく山頂に辿り着いた。

 青い空の下には雲海が広がり、さらにその下には遥か遠くまで大陸が続いている。


「わぁ」

「見事だな」


 アイリスとマシューが景色に感動する間に、テオはさっさと準備を始めた。

 あらかじめ魔法陣を書き込んだ大きな羊皮紙を地面に広げ、背嚢から例の血肉の詰まった瓶と油紙に包まれた髪を取り出して並べる。


「俺はアイリスの心臓を糸口に封印の中心を見つける。そこで氷を解かして、一度ここに戻ってくる。あんたはここで待っていてくれ」

「……分かっている」


 事前に決めておいた段取りではあるが、マシューは不安そうだった。

 封印を解くためにはテオがあちら側に行く必要があり、往路はアイリスの心臓を、復路はアイリスのマシューの元へ帰りたいと言う強い意思を道しるべとする。

 マシューは一人この場に残って、二人の帰りを待たなければならないのだ。


「気を付けて」

「はい」


 マシューがアイリスの手をぎゅっと握りしめ、アイリスもそれに応えてギュッと彼の手を握り返した。

 言葉にしなくても伝わる思いが、確かにあった。


『必ず、一緒に帰ろう』


 二人は心の中で、確かに約束を交わしたのだった。


「……アイリス」


 テオに呼ばれて、アイリスは魔法陣の上に立った。

 アイリスの胸に仄かな光が集まり、その光はやがて一本の糸に収束した。糸はわずかにゆらゆらと揺れた後、山頂から真っすぐ下に向かってピンと張った。


「行こう」


 テオの言葉を合図に、アイリスとテオの身体が、トプンと音を立てて魔法陣の中に沈んでいった。




 * * *




 次に目を開くと、二人の身体は不思議な空間に放り出されていた。

 前にここに来た時は水の中だったが、今日は虹色に輝く空の中を泳いでいる。


「こっちだ」


 テオはアイリスの手を引いて、彼女の胸から伸びる糸を頼りに、下へ、下へ向かって泳いだ。だが、どれだけ泳いでも地面は遠いままだ。


 しばらく進むと、二人のそばに妖精が集まってきた。

 妖精たちは、きゃらきゃらと笑いながら、ひらひら、ふわふわと、アイリスの周りを楽しそう舞っている。


「好かれてるな、妖精に」


 どうやら、そうらしいということはアイリスにも分かった。


「母さんは正しい。……アイリスは魔女に向いてるよ」

「え?」

「魔女の魔法は妖精の力を借りることが多い。妖精に好かれるかどうかは、魔女の才能に大きく関わってるんだ」


 なるほど、とアイリスも納得した。

 そういえば初めてこの場所に来た時も妖精たちがアイリスを導いてくれたのだった。


「もうすぐだ」


 テオが言った、その途端。


 猛吹雪が襲い掛かってきた。


 風が、雪が、轟轟と音を立て、まるで生きているかのようにうねりながら二人の身体を振り回す。


「手を離すな!」


 アイリスはテオの手をぎゅっと握りしめた。

 二人は猛吹雪に邪魔されながらも、糸を頼りに泳ぎ続けた。


 そして、とうとう二人が辿り着いたのは、あの氷の洞窟だった。


「やっぱり……」


 アイリスには、なんとなく予感があった。

 テオの妻の墓から妖精に導かれてたどり着いたこの場所が、封印の中心だった。

 あの時感じた温もりこそが、氷の魔女の封印だったのだ。


 氷の壁の向こうに、仄かな光が見える。


「氷の魔女……」


 テオが、ポツリとつぶやいた。

 彼にも、この光の正体が分かったのだ。


 封印のために自分の血と肉と魂を捧げた氷の魔女は、この封印の中に魂をとらわれたまま、二千年もの長い間、世界を守り続けてきた。


 もしも、誰かを生贄に捧げたら……。


 その人の命を失うだけでなく、こうして魂まで永遠に近い時の中にとらわれるところだった。


 それを想像して、アイリスの背筋が凍った。


「……やるぞ」


 テオが言った。

 静かな、決意を秘めた声だった。


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\新作投稿はじめました/

ある公爵令嬢の死に様

彼女は生まれた時から
死ぬことが決まっていた

まもなく迎える18歳の誕生日
国を守るために神にささげられる

生贄となる

だが彼女は言った

「私は死にたくない」

 

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