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【書籍化決定】離縁ですか、不治の病に侵されたのでちょうどよかったです  作者: 鈴木 桜
第4章

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第32話 そちらの理屈



 そこは不思議な場所だった。

 大きなリンゴの木の下に小さなランタンが一つ置かれていて、その周囲をぐるりといくつかの椅子が取り囲んでいる。


 そして、それらの椅子には、様々な衣装を身にまとった女性たちが座っていた。


 赤、青、黒、緑、金……。

 様々な色彩を身にまとった女性たちは、アイリスとハンナが到着すると一様に深いため息を吐いた。


「……北の魔女よ、どういうことだ」


 一人の老婆がしわがれ声で言った。

 深くかぶったフードで表情は見えないが、その声からは呆れがうかがえる。


「そのような高貴な方を連れてくるなど」

「そうじゃそうじゃ、目が潰れてしまうわい」

「だいたい、そのお人は魔女ではなかろう」


 主に年かさの女性たちが口々に苦言を呈する。年齢の若い女性たちは、じっくりとアイリスを見つめていて、中にはニヤリと可笑しそうに笑っている女性もいる。


 全員、魔女だ。


 ビリビリと伝わってくる緊張感で、アイリスの背を冷たい汗が伝った。


「さあて、それはどうだろうね?」


 ハンナはニヤリと豪快に笑ってから、一つの椅子に腰かけた。慣れた様子を見るに、そこが彼女の席なのだろう。アイリスはその後ろに控えた。


「この子はここに来られた。それだけで、集会に参加する資格は十分だろう?」


 ハンナの問いに、魔女たちは沈黙した。

 肯定とも否定ともとれない反応だ。


「フリーダの気配……。『氷心症』の患者だな」


 一人の魔女がギロリとアイリスを睨みつけた。真っ赤なドレスを身にまとった、燃え盛る炎のような女性だ。


「何が目的だ?」


 問いながら、その魔女はアイリスの胸に人さし指を向けた。


 次の瞬間。

 アイリスの胸の真ん中がカッと熱を持ち、赤い炎が燃え上がった。


「っ!?」


 だが、驚く間もなく炎は消え去り、同時に彼女の心臓から苦痛が消えた。


「さすがだね、炎の魔女」


 ハンナが感心したように言うと、炎の魔女は心底嫌そうに表情をゆがめた。


「馬鹿言うんじゃないよ。ほんの数分、氷を抑え込んだだけだ。……とっとと話しな、お嬢さん」


 彼女が何をしたのか、アイリスは即座に理解した。アイリスが自由に話せるように、一時だけ氷の魔女の呪いから解放してくれたのだ。


「わ……」


 喉が震える。

 魔女たちがこちらを見ている。

 アイリスが何を語るのか、一言一句を聞き逃すまいとして。


 こんなことは初めてだ。


 いつもは呪いのせいで凍り付いている喉が、今は緊張で張り付いている。


(ここで怯んでどうするの!)


 アイリスは両の拳を握りしめた。

 そして、どんどん、と二度、右の拳で胸を打った。


(諦めないって、決めたじゃない!)


 大きく息を吸って。吐いて。もう一度吸う。

 そして、


「私は、死にたくありません」


 アイリスは、よく通る声で言い切った。

 同時に、魔女たちの気配が一気に剣呑になる。


「お前は死ぬ。それが(ことわり)だ」


 炎の魔女の言葉に、アイリスは首を横に振った。


「いいえ。氷の魔女の封印を解けば、『氷心症』の患者は呪いから解放されます」

「封印を解けば世界が滅ぶ」

「知っています」

「ならば、黙って死ね」


 吐き捨てるような言葉に、何人かの魔女が同意するように頷いた。


(なるほど。……これが、魔女)


 一人の命よりも世界の理を重視する。

 魔女とはそういう生き物なのだと、アイリスは理解した。ハンナが『簡単なことではない』と言っていたのは、こういう理由なのだ。


(同情では助けてくれないわね)


 ならば、どうするべきか。アイリスは魔女たちの顔を観察しながら考えた。


(……魔女たちも一枚岩じゃない)


 それこそが、きっと糸口だ。


「私の友人は、新たな封印を施すことができると言っていますが」


 アイリスは敢えて挑発するように言った。案の定、何人かの魔女の眉がピクリと揺れた。


「北の魔女の息子だね」

「やっぱり男はダメだ。すぐに情に動かされる」

「まったくだ」


 と、怒りをあらわにする魔女たち。だが数人は、ヒソヒソと話しながらアイリスの方を興味深そうに見つめている。


(テオやハンナの研究室を見れば分かる。魔女は好奇心に勝てない。そして、とんでもなく負けず嫌いなはずよ)


「男の魔術師にはできるのに、こちらの魔女の皆さんにはできないのですね」


 これには、炎の魔女が烈火のごとく怒り出した。


「馬鹿をお言いでないよ! できる、できないの問題ではない! する必要のないことだと、なぜ分からない!」


 だが、アイリスは怯んだりしない。

 炎の魔女に向かって、一歩、前に出た。


「する必要がないこと? それは、そちらの理屈でしょう」


 これには、炎の魔女がたじろいだ。


「そちらの事情を私たちに押し付けて、一人、また一人、『氷心症』で死んでいった……」


 そうだ。世界の理など知らない。

 分かっているのは、世界の理不尽を押し付けられて死んでいった人がいたということ。

 そして、アイリスもまた死ぬ運命にあるということだけだ。


「私は、その理屈に付き合うつもりはありません。私は友人と共に封印を解きます。そして、別の封印で世界を守ります」


 再び沈黙が落ちた。


「……炎の魔女よ。少し落ち着きなさいな」


 口を挟んだのは、美しい魔女だった。東洋の衣装に身を包み、艶やかな黒髪を不思議な形に結い上げている。


「別の封印、か……。その話、詳しく聞かせなさい」


 アイリスの思惑がはまった。

 魔女の好奇心を引き出すことができたのだ。


「それは私から説明しよう。この子には、()()、何も教えてないんだ」


 ハンナが意味深に言って、ニヤリと笑った。


「なんだい、北の魔女。あんた、最初から()()()()()でその子を連れてきたのかい?」

「そうさ。だから、あんたたちにも協力してもらわなきゃ」


 アイリスは首を傾げた。まだ、とか、そのつもり、とか。それはどういう意味なのだろうか。


「そういうことなら……」

「まあ」

「そうだねぇ」


 魔女たちの方は、先ほどまでの緊張感が霧散して緩い空気が漂い始めた。炎の魔女まで、肩の力を抜いてぐったりと椅子に座り込んでいる。


「ま、()()()が少ないからね。そういうことなら、最初からそう言いなよ」


 もう一度首を傾げたアイリスに、東洋の魔女が優雅にほほ笑んだ。


「ふふふ。歓迎するわよ、お嬢さん」


 アイリスの額を、たらりと汗が伝った。


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\新作投稿はじめました/

ある公爵令嬢の死に様

彼女は生まれた時から
死ぬことが決まっていた

まもなく迎える18歳の誕生日
国を守るために神にささげられる

生贄となる

だが彼女は言った

「私は死にたくない」

 

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