第31話 魔女集会へ
集落に到着してアイリスが最初にしたことは、ハンナに全てを打ち明けることだった。
二人きりで話をしたいと言うと、ハンナは集落の外れの小さな小屋にアイリスを連れ出した。
マシューもついて来たがったが、ハンナが『女同士の話だよ、あんたは家の掃除でもしてな!』と一蹴してくれたので、小さな小屋の中でアイリスとハンナは正真正銘の二人きりになった。
どうやら、ここがハンナの研究室らしい。
小屋の中は不思議な本や水晶、不思議な植物でぎゅうぎゅう詰め、天井からは様々な草や花が吊り下げられていて、部屋の中央の暖炉には青色の炎が揺らめき、大きな鍋の中で何かがぐつぐつと音を立てている。
「座りな」
と言われても、座れるスペースはほんのわずかしかない。暖炉の前に申し訳程度に空けられているスペースへ置かれた小さな椅子に腰かけた。
「生贄の話だね?」
先に切り出したのはハンナだった。
「どうせ、あの二人はあんたのために自分を犠牲にするつもりでいるんだろう? まったく、男ってのは勝手な生き物だね」
どうやら、彼女は全てを知っているらしい。
(それもそうか)
彼女はテオの母親で、彼と同じく氷の魔女の末裔なのだから。
「いざとなれば、私が生贄になる」
ハンナの言葉に、アイリスはまたじわりと胸が痛んだ。この親子は他人であるアイリスのために、どうしてここまでしてくれるのだろうか。
「私らのご先祖様は、確かに世界を守ったさ。氷の魔女がいなければ、今頃私らは生まれていない」
言いながら、ハンナは大鍋の中を木杓子でぐるりと混ぜた。すると、ふわりと甘い香りが小屋の中に充満する。
「だが、その代わりに、後の世の人々に『氷心症』という形で代償を支払わせることになってしまった。今度はその代償を、私ら一族が払わなきゃならないんだよ」
彼女の言う理屈は理解できる。だが、氷の魔女は既に自分の命を差し出しているのだ。これ以上、彼女の一族が代償を差し出す必要があるのだろうか。
考え込むアイリスに、ハンナが鍋の中身を木のコップによそって差し出した。見た目は普通のお茶に見える。
「子どもたちに飲ませる栄養剤だよ。ちょっと味見しておくれ」
「はい」
一口飲むと口の中一杯にブドウの甘みが広がって、幸せな気持ちになれた。二口目を飲むと、今度は酸っぱいオレンジ味。三口目はチョコレートの味がした。
不思議そうに目を白黒させるアイリスに、ハンナが笑う。
「どうだい?」
感想を求められても難しい。飲むたびに味が変わるのは面白い仕掛けだが、甘みの次に酸味、さらに次に甘味となると、口の中で味が混ざって、結果として微妙な味わいになってしまう。
「……」
なんとも言えずに黙り込んだアイリスに、ハンナは眉を下げた。
「美味しくない?」
「……そうですね」
「チョコレート味だけにした方がいい?」
「そう思います」
「なるほど」
そう言って、ハンナは手元の手帳に何やらメモをとった。手帳にはびっしりと文字が書いてあるが、アイリスの知らない言語だった。
「ああ、これは東の国の言葉だよ。『漢字』という文字だ。飲み物の味を変える魔法を、あちらの魔女に教えてもらったのさ」
言いながら、ハンナは手帳をパラパラとめくって見せてくれた。中には様々な言語でメモが書かれている。
「手紙の交換をするのですか?」
「いや、一年に一度集まって、日ごろの研究の成果を披露しあうのさ、魔女集会で」
『魔女集会』という言葉には、アイリスも聞き覚えがあった。
(魔女たちは夜な夜な集会を開いて、怪しい儀式を行うって、絵本に書いてあったわね……)
アイリスが不穏なことを考えているのが分かったのだろう、ハンナは慌てて両手を振った。
「やだね、怪しい集会じゃないよ! 研究発表会! 学者がやるのと同じ、健全な集会だよ。……場所がちょっと特殊なだけで」
特殊な場所、とはどういうことだろうか。
ハンナは唇に人さし指を立てた。
「テオには内緒だよ。あの子は魔女じゃないから、参加できないんだ」
「はい」
「……『あちら側の世界』と『こちら側の世界』の間で開かれるのさ」
あちら側の世界、という言葉にドキリとした。
「あんたが行き着いたのは、あちら側の世界の深淵。私たち魔女も、恐ろしくてあんなに深くには行けない。髪の毛の先が触れる程度の、浅い場所で集会をするんだ。そうすれば、距離も時間も超えられるから」
ハンナが何を言っているのか完全に理解できたわけではないが、アイリスは頷いた。『距離も時間も超える』という感覚は、アイリスもあの時に経験したから、なんとかく分かるのだ。
アイリスは、再び考え込んだ。
(魔女集会には、時間と距離を超えて世界中から魔女が集まる……)
それは、アイリスに一つの可能性を示している。
「……連れて行ってください」
「え?」
「魔女集会に」
「なんだい、藪から棒に」
ハンナが驚きに目を見開く。
魔女でもないアイリスが、しかも『あちら側の世界』の恐ろしさを知っているはずの彼女が、行きたがるとは思わなかったのだろう。
「私は、誰も犠牲にしない方法を探します」
アイリスは淡々と、だがはっきりと言った。
「そのための知恵をお借りしたいのです」
ハンナはアイリスの瞳をじっと見つめた。
ダメだと言われても食い下がるつもりで、アイリスも彼女を見つめ返す。
「簡単なことじゃないよ」
「はい」
「誰か一人が犠牲になればそれで済む話に、魔女たちが協力してくれるか……」
「それでも」
諦めたくないのだ。
「……わかった」
ハンナは一つ息を吐いて、手帳の間から一通の手紙を取り出した。
「集会の通知だ。次の集会が開かれるのは、明後日の新月の夜。
……これも運命なのかもしれないね。あんたが知恵を求めているこの時に、魔女集会が開かれるのは」
* * *
二日後の夜、アイリスはマシューを残してベッドから抜け出した。彼の寝酒にハンナにもらった睡眠薬を混ぜたので、朝まで目覚めることはないだろう。
音を立てないように細心の注意を払って身支度を整える。最後に、いつものように結婚指輪を懐に仕舞った。
指輪に願う、勇気をください、と。
「行ってきます」
今夜は新月、二重扉の外は真っ暗だった。
(絶対に、諦めない)
アイリスは暗闇の中へ、一歩を踏み出した。




