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【書籍化決定】離縁ですか、不治の病に侵されたのでちょうどよかったです  作者: 鈴木 桜
第3章

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第29話 穏やかな日常



 マシューのために準備された客室は、この城の中で最も豪華な部屋だ。ベッドも大きくて、二人で寝転がるには十分な広さがある。


「……」

「……」


 だが、十分な広さがあるからといって、何をどうすればいいのか分からない。


(どういうタイミングでベッドに入ればいいの? どういう体勢で? ストールはいつ脱げばいいの?)


 アイリスは真剣に悩んでいた。

 マシューの方も何を考えているのかは分からないが、アイリスの隣で立ち尽くしている。


「……き」


 沈黙を破ったのはマシューだった。


「着替えを、してくる」

「……はい」


 マシューが寝室から出ていった。この客室にはバスルームも備え付けられているので、そちらで着替えるのだろう。

 一人寝室に残されたアイリスは、緊張が解けて思わず息が漏れた。


 だが、これからどうするべきだろうか。


 先にベッドに入って待っているべきなのか、このままベッドのそばに立って待っているべきなのか、それとも場所を変えてソファにでも座って待っているべきなのか……。


 などと悩んでいると、


「クシュンッ!」


 くしゃみが出た。


 途端、バスルームの方がドッタンバッタンと騒がしくなり、


「寒いのか!?」


 と、慌てたマシューが寝室に飛び込んできた。ナイトシャツのボタンを掛け違えている少し間抜けな格好で。


「いえ、ちょっとくしゃみが出ただけで……」

「いや、夜は冷える。早くベッドに入ろう」


 そう言って、マシューはアイリスの肩を押してベッドに押し込んだ。彼女の肩からストールを取り去り、代わりに毛皮の毛布をかける。

 そして、ぎゅむぎゅむと毛布の縁を押さえて、隙間風が入らないようにした。


 ベッドの真ん中で、アイリスは毛布でぐるぐる巻きにされてミノムシ状態になってしまった。


「……マシュー様は?」


 アイリスがもぞもぞと動いて頭と目だけを毛布から覗かせて尋ねると、マシューの肩がピクリと動いた。


「ああ、うん。そうだな……」


 もごもごと言いながら、マシューはアイリスに背を向けてベッドの上に座り直し、プチプチと掛け違えていたボタンを直し始めた。


「そうだな」


 うん、と一つ頷いてから、マシューは毛布の一方をめくって、中に入ってきた。

 アイリスの身体に触れるか触れないか、ぎりぎりの場所に身体を横たえる。


「……」

「……」


 再び沈黙が落ちる。

 どうにかこうにかベッドに入りはしたが、とても眠れそうにはない。


「……手を、握ってもいいか?」

「……はい」


 おずおずと尋ねたマシューに、アイリスもおずおずと答えた。

 マシューは遠慮がちにアイリスの手に触れてから、ぎゅっと彼女の手を握った。


「……今日の君は、本当にキレイだった」

「……素敵なドレスでしたから」

「特注した甲斐があった」

「そうなんですか?」

「ああ。国王陛下に紹介していただいて、王室御用達のデザイナーに頼んだ」


 ぽつぽつ、と、マシューが話し、ぽつぽつ、とアイリスが答える。


「やはり、あの色が君に似合うと思って」

「はい」

「だが、赤や桃色も似合うだろうな、君は」

「そうでしょうか」

「今度、一緒に首都の百貨店に行こう」

「そういえば、行ったことがありません」

「一度にいろいろなものが見れるから便利だな。家に商人を呼ぶより時間を有効に使える」

「たしかに……」


 と話している間に、アイリスは少しずつ瞼が重くなってくるのを感じた。マシューの低い声が鼓膜を優しく揺らすのが心地よくて……。


「君に、俺の服を選んでもらうのも悪くないな」

「私が?」

「……ああ」

「……そう、ですね」


 互いに少しずつ返事が遅くなっていく。

 想像していた『一緒に眠る』とは少し違ったが、これも悪くない。


 そんなことを思いながら、アイリスはいつの間にか眠りについていた。




 翌日、宣言通りに昼過ぎにやってきた執事長に起こされるまで、二人はぐっすり眠った。

 マシューは首都からの長旅の直後だったし、アイリスも緊張の連続だったので疲労がたまっていたのだ。


「……よく、お眠りだったようですね」


 執事長の意味深な言葉をアイリスは不思議に思ったが、マシューの方は頭を抱えた。しかも耳が真っ赤になっていたので、アイリスは首を傾げたのだった。




 * * *




 それから数日間、マシューとアイリスはガイセ卿の城で過ごすことになった。

 テオは『マシューがいるなら』と言って先に集落に帰って行ったが、二人はゆっくり身体を休めてから出発した方がいいだろうと判断したのだ。


 その間、マシューはガイセ卿に頼まれて城の兵士の練兵を手伝うことになった。

 アイリスはというと、昼間はガイセ卿の夫人と過ごした。お茶を楽しんだり、ハンナや子供たちへのお土産としてハンカチに刺繍をしたり、穏やかに過ごした。


 そして、夜になると二人で手をつないでベッドに入り、どうでもいい雑談をして、そのまま眠りにつく。


 それが二人の日常になっていった。


 アイリスがガイセ卿に呼び出されたのは、そんなある日のことだった。

 マシューは相変わらず兵士の練兵を手伝っている時間帯で、どうして一人だけ呼ばれたのだろうかと不思議に思ったが。


「急にお呼び立てして申し訳ない」

「いえ」


 呼び出されたのはガイセ卿の書斎で、執事もメイドもいない、本当に二人きりになった。


「私は軍人なもので。回りくどく話すのは得意ではありません」


 普通ならお茶でも飲んで一息ついてから本題に入るものだが、ガイセ卿はアイリスに椅子をすすめることもせずにさっそく話し始めた。


「あなたの呪いについて、真実をお伝えしたい」

「真実、ですか?」

「ええ」


 ガイセ卿は、ふと目を細めた。老獪な灰色の瞳が、鋭くアイリスを見つめる。


 だが、アイリスはたじろいだりしなかった。

 同じように、真っすぐ彼の瞳を見つめ返した。


(私の覚悟をはかっているんだわ)


 真実を知るに値する人物かどうかを探るような視線から、アイリスは逃げなかった。


 ややあって、ガイセ卿が溜息を吐いた。


「公爵閣下も、まだまだ青二才ですな」

「え?」

「あなたの強さを、見誤っておる」


 そう言って、ガイセ卿は一つ頷いてから、


「改めて、あなたにお願いがあります」


 と、背筋を伸ばしてアイリスに向き直った。


「この国を、氷の魔女の呪いから救っていただきたい」


 アイリスもまた、背筋をピンと伸ばした。


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\新作投稿はじめました/

ある公爵令嬢の死に様

彼女は生まれた時から
死ぬことが決まっていた

まもなく迎える18歳の誕生日
国を守るために神にささげられる

生贄となる

だが彼女は言った

「私は死にたくない」

 

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