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第13話 そういう顔は、初めて見た



「そんな方法は、ない」


 魔術師テオの一言に、沈黙が落ちた。


 北にたどり着くことさえできれば……。


 そんな思いでここまで来たというのに。しかも、マシューと大勢の人を巻き込んでまで。

 アイリスは下を向いて唇をかんだ。

 兵士たちも同様に悔しそうな表情を浮かべて佇んでいる。


 だが、一人だけ彼の告げた事実をまったく気にしない人がいた。


 マシューだった。


「そうか」


 と軽く答えて、特に何の感情も見せずにアイリスの方を振り返った。


「部屋を借りることができた。火を入れてもらったから、身体を休めよう」


 そう言って、アイリスの肩を抱いてさっさと移動を始めてしまった。


「でも……」


 アイリスは急に身体に触れられて戸惑った。こんな風にエスコートされるのは、王宮で開かれた舞踏会に出席したとき以来だ。

 ドキドキと胸が鳴り、手足が緊張で固まって上手く動かすことができない。

 そんな彼女の様子に気づいているのかいないのか、マシューは肩を抱く手に力をこめて、さっさと移動を始めてしまった。


「ふーん」


 テオは、そんな二人の様子を見て可笑しそうにニヤリと笑った。


「いいのか? 俺に詳しい話を聞かなくて」


 マシューが足を止めた。アイリスの肩を抱いたまま振り返り、やはり彼女の身体をテオから見えないように隠してしまう。そうされると、アイリスからはマシューの表情も見えなくなった。


「呪いを解く方法を知らないのであれば貴様に用はない。他の、もっと有能な魔術師を探すまでだ」

「いないと思うけど?」

「地の果てまで行っても探し出す」


 そこで、マシューは言葉を切った。アイリスの肩を抱く手に、さらに力がこもる。


「必ず」


 彼の表情は見えない。だが、淡々としているのに確かな意思を感じさせる声に、アイリスの胸が熱くなった。

 そうだ、彼の言う通りだ。

 たった一人、最初に出会った魔術師が知らなかっただけで、呪いを解く方法が存在しないと断定することはない。


 マシューはそれだけ言って、もう一度アイリスを促した。今度は素直に従って、二人は部屋を貸してくれた家に向かった。

 アイリスもテオの方を振り返ることはしなかった。




 * * *




 その日の夜、アイリスとマシューは約一週間ぶりに二人きりになった。


 というのも、二人が夫婦だと勘違いした村長が同じ部屋を使うことをすすめ、マシューがそれを断らなかったからだ。


 食事を済ませた後、アイリスは村長の好意で温かい湯を使わせてもらった。

 湯にはたっぷりの香草とテオが作ったという魔法の入浴剤が入っていて、驚くほど体が芯から温まった。

 ほかほかになった後は、村長の奥さんが貸してくれた寝間着に着替えた。これも肌触りが良くて気持ちがいい。

 アイリスは、北国での生活がすっかり気に入っていた。


 軽い足取りで部屋に戻ると、マシューが難しい表情で佇んでいた。


 狭い部屋の中にはストーブとベッド、簡易的な家具があるだけで、ソファや椅子がない。マシューを差し置いてベッドに座るわけにもいかず、アイリスも同じように黙って部屋の中で佇む。


「……」

「……」


 二人そろって黙ったまま突っ立っている。

 かなり間抜けな状況だが、アイリスにはこの状況を打破する方法が分からない。


「……悪い」


 先に沈黙を破ったのはマシューだった。

 今回も彼が謝った理由が分からず、アイリスが首を傾げる。


 それを見て、マシューがふうと一つ息を吐いた。


「やはり別の部屋にしてもらうべきだった」


 それは、まあ、そうだろう。

 アイリスはそう思った。


 別に村長の家に他の部屋がなかったわけではないのだ。だが、北国の人は二人以上で同じベッドを使って温め合いながら眠るのが普通のことで、村長たちが二人を夫婦だと勘違いしたので同じ部屋をすすめられるのは仕方ない流れではあった。


 だが、マシューがそれを断らないのは意外だった。


「君と話をすべきだと思って」


 そう言って、ようやくマシューが動き出した。ベッドに座って、隣をポンポンと叩く。

 アイリスは少し迷ってから、おずおずとマシューの隣に座った。

 人一人分の隙間をあけて二人で並んで座る。

 ベッドには毛皮の毛布が敷かれていて、ふわふわと身体を受け止めてくれた。


「……今日会った魔術師のことだが」


 アイリスは続きを促すように一つ頷く。


「もう少し詳しく話を聞くべきだったかもしれない」

「そうでしょうか」


 彼ははっきりと方法はないと言ったのだから、マシューの言った通り他の魔術師を探すというのは理に適った話だ。


「いや、他の魔術師のことを知っているかもしれないし、方法はないと断言する根拠となる情報があったはずだ」


 確かに。

 アイリスはもう一つ頷いた。

 その反応を見たマシューが、眉を下げた。


「今日は冷静さを欠いていた。悪かった」


 アイリスは、今度は驚いて目を見開いた。

 彼女にはいつも通り冷静に見えていたのだ。だが、彼自身はそうではなかったと言う。


「彼は君を迎えに来たと言うし。不躾に君を見つめるし、君も興味があるようだったし……」


 ごにょごにょと言い募るマシューに、アイリスはまた訳が分からず首を傾げる。それがどうしたというのだろうか。


「……とにかく」


 マシューはごほんと一つ咳ばらいをして、アイリスの方を見た。


「明日、彼の話を聞いてみよう。今日は彼もこの村に泊っているようだし」


 それがいいだろうとアイリスも思った。テオに詳しい話を聞けば、呪いを解く方法は分からなくてもヒントを得られるかもしれない。


「わかりました」


 アイリスの返事を聞いて、マシューも頷く。

 そうすると、再び沈黙が落ちた。彼が話したかったことは、これで終わりらしい。


 アイリスはベッドから立ち上がって、毛布を一枚ベッドから引き抜いた。


「何をしてるんだ?」

「私は床で寝ますので。ベッドを使ってください」


 淡々と告げれば、マシューがぎょっと目を剥いてベッドから飛び上がった。そして、彼女がベッドから引き抜いたの毛布の反対の端を引っ張った。


「君がベッドを使ってくれ。俺が床で寝る」

「いけません」

「俺は訓練で慣れているから」

「私も床で寝るのには慣れました」

「いや、しかし」

「だめです、公爵様が床でなんて」

「君だって」


 と、毛布をぐいぐいと引きながら言い合いが始まってしまった。


 ふと、マシューが毛布を引く手を止めて、へにゃりと顔を緩ませた。その表情に毒気を抜かれて、アイリスも毛布を握っていた手の力が抜ける。


「そういう顔は、初めて見たな」


 ぽつり。

 こぼれた言葉の意味はよく分からなかった。

 言い争いのようなことをしているとはいえ、アイリスの表情はいつも通り氷のように固まったままはずなのに。


「……休もう」


 そう言って、結局、マシューは毛布にくるまって床に横になってしまった。

 そうされると、空いている場所はベッドしかない。


 アイリスは諦めてベッドの中に入った。


 しばらく緊張で眠れずに過ごしたが、雪の中の旅でさすがに疲れていたらしい。夜中過ぎには、アイリスも深い眠りについたのだった。



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\新作投稿はじめました/

ある公爵令嬢の死に様

彼女は生まれた時から
死ぬことが決まっていた

まもなく迎える18歳の誕生日
国を守るために神にささげられる

生贄となる

だが彼女は言った

「私は死にたくない」

 

― 新着の感想 ―
[一言] ぐぅ…一緒に寝れば良いのにぃ〜(>_<) 誠実であり、もだもだであり、早く甘くなってほしいw
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