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第一話

 あのナインヘッドの騒動から数週間。

 年の瀬が押し迫ってきていた。

 俺はといえば、いきなり任命されてしまった魔導学校の臨時講師という職を、ひぃひぃ言いながらなんとかこなしている。


「ふぅ〜……ぅぃ」


 今日の授業が終わり、教科室に戻った俺は、備え付けのソファに深く座り、ズブズブと身体を沈み込ませていた。


 いや、きっついわ。

 そもそも人に物を教えるという経験がない。その上、まだ5年ほどしか過ごしていない異世界の、しかも魔法陣を教えるとか。

 一応教科書のようなものは存在しているので、それ通りに進めればいいっちゃいいんだが……。

 くっそつまんないんだよなぁ、教科書(これ)

 そもそも魔法陣デザインの授業なんて、言ってみりゃ図工みたいなもんだ。

 俺が来た時点で既に、低級精霊召喚陣を作るってとこまで進んでる以上、あとは実践で慣れていくのが一番、のはずなんだが……。


「問題は必修座学がまだ残ってることなんだよなぁ……」


 そう。

 前任のナインヘッドの野郎が、必要な座学を全無視してたせいで、このままでは全員単位が取れない事態に陥ってしまっているのだ。いや、教科書シカトすんなよ。気持ちはわかるけど。

 一年の終わりには試験があり、実技だけでなく筆記もある程度の点数が必要になる。

――いっそ試験に出そうなとこだけ丸覚えさせちまうか……。

 などと、講師らしからぬ邪念にかられている時だった。


 どんどんどん、がららっすぱーーん!!


「うおっ!?」

「しっつれいしまーす!」

「失礼します」


 ノックから勢いよくドアを開いたのはデイジー。その後ろにアヤメが礼儀正しく頭を下げている。


「豪快かよ。いつかぶっ壊れるぞその扉」

「あはは、だいじょーぶだいじょーぶ」

「だいじょばねえよ……」

「ちょっと、デイジー……。あのヨシュア先生、お時間よろしいでしょうか?」


 3人がけのソファの真ん中に俺、右にはデイジーが「どーん」とか言いながらダイブ。

 いやお前……まぁいいか今更。

 俺がアヤメ嬢にも着座を勧めると、彼女は「失礼します」と言いながら、ローテーブルを挟んだ向かい側の一人がけソファに座った。


「で、どうした今日は? デイジーはともかく、アヤメ嬢が来るのは初めてじゃないか?」

「え、そんなに来てるんですかデイジー」

「うん、アヤメちゃんと一緒に帰る日以外はいつもいるよー!」

「デイジー……。学校ではヨシュア先生は先生なんだから、言葉遣いはちゃんとしないと」

「まあまあ。ていうか、おとーちゃんたちに言われてるんだよね、一緒に帰ってきなさいって」

「……そうなんですか?」

「ああ、毎日ではないけどな」


 あの日、俺が西風の精霊王(ゼファー)と契約をしてからというもの、次元時計の調査が一気に進むことになった。

 デイジーの両親は著名な冒険者で、この件にも関わりがある。

 なので事前調査などで家を空けることがあり、その都度デイジーの面倒を見てくれと頼まれるのだ。


「なるほど、そういうことですか……」

「安心した? アヤメちゃん」

「えっ!? べ、別に私はそんな」

「……そんで、どうしたって?」

「あ、ごめんなさい。……あの、先生の授業のことなんですけど」

「そうそう、先生、なんであんな授業やってるの?」

「あー……」


 やっぱ言われるか。そりゃそうだよな。つまんねえもん。


「やっぱダメか」

「ダメっていうか、全然わかんないんだもん」

「えっと、分からないっていうか、ああいった座学をほとんどやってきていないもので、付いていけていない生徒が結構いるみたいで」

「……そうか。よし、方針変えよう」

「え、でもせっかく先生が考えてくれたのに……」

「いや、俺もちょっと考えてたんだよ。本来ならもう終わってないといけない座学がほとんど残っててな。どうせナインヘッド(あいつ)がめんどくさかったとか、自分の力を誇示できないからとかの理由なんだろうが。とはいえもう実技も進んじゃってるし、今もどうしようって考えてたとこだったんだわ」

「そうだったんですか……」

「内容は悪くない。理解出来れば魔力の使い方次第では、シルフィードくらいなら在学中に召喚出来るようになるしな」

「え、そんなすごいことやってたの!?」

「すごいことってわけでもねーんだよな……。んで、用件はそれだけか?」

「あー……」


 ん、珍しいな。

 デイジーが言い淀んでる。


「言いにくいなら、無理に言わなくてもいいぞ?」

「うーん……」

「あ、あの」


 そう言ってアヤメ嬢が小さく手を上げた。いや、授業じゃないからそんなことしないでいいんだけど……。


「多分、本人から言いづらいと思うので、私から言います。デイジー、いい?」


 デイジーは小さくこくん、と頷く。

 え、何、自分で言いづらいこと? そんなの俺が聞いちゃっていいの?


「あの先生、実は……」



――――



「ストーカー?」

「うん……」


 穏やかじゃないな。

 さっきまであんなに元気だったデイジーが、話し始めると不安なのか、耳はぺたんと頭にくっつき、しっぽもシオシオと元気がない。

 まあとりあえずは彼女の話を聞いてからだ。


「最初はね、気のせいだと思ったんだけど」

「なんか気づいたことがあるのか?」

「気配」

「気配?」

「そうなんです」


 やはり口の重いデイジーに代わり、アヤメ嬢が話し出す。


「一緒に帰ってる時、デイジーが何回か振り返ることがあって。どうしたの? って聞いたら、なんか見られてる気がするって」

「なるほど……」

「でもね、匂いはしないの」

「匂い?」

「うん。あたし鼻いいでしょ? だけど、知らない匂いはしないし。多分、気のせいだとは思うんだけど」

「でも、私も何か、視線が気になる時があるんです。それも、決まってデイジーと一緒にいる時に」

「……ふむ」

「先生、何か分かったの?」

「うーん……。まぁ、可能性としては、な」


 ただの直感だが。

 何となく、青い春の匂いがする。

 仮にストーキングされているとして。

 知らない匂いはしないってことは、そいつは彼女たちの知っている者だろう。

 そして、ここは学校だ。

 まぁいたいけな少女を毒牙にかけようとする変態教師という線もないこともないだろうが……。


「もうちょい詳しくわかるか? 例えば、悪意がこもってるとか……」

「悪意……」

「私はあまりそう感じませんでした。むしろ観察、というか……」

「……なるほど」


 獣人やエルフは、人間にはない感覚の鋭さを持っている。

 獣人は嗅覚や気配、エルフは聴覚や直感。その二人が言うのだから間違いなさそうだ。


「二人一緒じゃない時には感じないんだな?」

「うん」

「はい」

「わかった。ひとまず、今日のところは三人で帰ろう。それでもしもまた視線を感じるようならこっそり俺に教えてくれ」

「すみません先生、お手を煩わせてしまって……」

「そういう不安な時は大人を頼るもんだ。とはいえ武力も魔力も君らの方が全然上だけどな」

「ううん、でも大人がいると安心だよ! ね、アヤメちゃん!」

「……そうね。じゃあお言葉に甘えます」

「じゃ、帰りの準備するからちょこっと待っててな」

「はーい!」


 次元時計の調査に授業方針の再考、それにストーカーか。忙しいなおい。

 まあ、ストーカーに関しては恐らく、すぐにカタがつくだろう。

 状況、情報から考えれば、そいつはこの学校の生徒、そして二人のどちらかに恋をしている。

 彼女たちはデイジーに対する視線だと考えているようだが、二人でいる時に強く感じるとなると、アヤメ嬢の可能性も充分にあり得る。


――いずれにしても、このまま二人を不安にさせておくわけにはいかないよなあ。


 三人での帰り道。

 下校時刻は過ぎているため、魔導学校の周りは閑散としていて、ポツポツと人影がある程度だ。夏には生い茂っていた街路樹も、今は寒々しく幹を晒していた。

 まだ陽は沈みきっていないのに、少しばかり寂しさを感じる。

 もう冬なんだなぁなどと思いながら、俺は作務衣の上に羽織ったコートの衿を閉じた。

 さすがに二人とも不安なのか、どーでもいい話をしながらも、心なしか俺に身を寄せる様に歩いている。

 あらあら、かわいいもんじゃないの。


「先生大丈夫? 心細くない?」


 あら俺の心配? ありがとうございますよ。

 そう軽口を叩こうとしたその時だった。


「……見られてる」

「え?」


 デイジーが緊張した声で呟く。

 と同時に、俺の方に身体を密着させる。その肩は小さく震えていた。


「アヤメ嬢」

「……確かに気配を感じます」

「こんな人が少なくてもか……」


 だが、見渡す限り怪しい人影はない。

 いるのは学生が数人程度。

 ドワーフの少女と一緒に歩いてるのは……ホビットの男子か。あと、一人で街路樹にもたれて本を読むのは狼っぽい獣人男子。

 みんな見たことのある顔だった。ていうか俺の授業受けてるなこいつら。


――ってこたぁ、いよいよアオハルのかほりがしますなぁ……。


 不安げな二人には申し訳ないが、俺は内心、ちょこっとだけニヨニヨしてしまっていた。

 ちょこっとだけ。

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