表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/19

第六話

 ピータンじーちゃんの家に行ってから、明日でちょうど一週間。

 ヨシュア先生は、まだアパートに帰ってこない。

 今日は、アヤメちゃんと一緒に、あたしの家で先生の帰りを待ちながら、リビングで宿題をやっていた。


「それで、結局方法は見つかったのかしら?」

「うーん、どうだろ」

「一緒にいったきり会えてないの?」

「うん。昨日も行ってみたんだけど、全然出てこなくてさ。でもたまに書庫の奥から唸り声とか、変な笑い声とか聞こえてくるから生きてはいるみたい」

「大丈夫かしら……」

「んー……ま、大丈夫なんじゃない?」


 別に気楽に言ってるってわけじゃないけど、あたしはなんとなくそう感じていた。

 だってヨシュア先生、『俺が勝つ(キリッ)』って言ってたもん。

 先生、悪ノリ大好きだし冗談も言うけど、あーゆー時に嘘つく人じゃないもんね。


 だから、きっと大丈夫。

 そんなことを考えてると、なんか玄関の方が騒がしくなってた。


「ちょ、大丈夫!? あなた、来て早く!」

「なんだ、どうし……おい、こいつぁどういうことだ!!」

「いや、いいから早く引き取ってくれんか。一応まだ生きてるから」


 あれ、ピータンじーちゃんの声だ。どうしたのかな、一応生きてるとか……って、まさか!!

 嫌な予感をビンビンに感じたあたしは、尻尾をピンと立てながら玄関へと急いだ。後ろでアヤメちゃんがおたおたしてるけどごめん、ちょっとこっち優先!


「じーちゃん、もしかして……って、ヨシュア先生!?」

「え、ヨシュア先生?」


 嫌な予感は当たっちゃった。

 玄関にはピータンじーちゃんが、ヨシュア先生を抱えるようにして立っている。

 ヨシュア先生は……あ、一応息してるっぽい。

 おとーちゃんが先生を引き受け、リビングに運ぶ。

 それを見たピータンじーちゃんが、あたしに大きめなバッグとでっかい羊皮紙を渡してきた。


「ヨシアキの荷物じゃ、重いから気をつけてな」

「え、行った時は手ぶらじゃ……うあ、おっも!」

「貸した本と、こいつが作ってた魔法陣じゃ。どこまで出来てるかは分からんが……」


 じゃ、あとはよろしく、と言ってピータンじーちゃんは自分の魔導車(クルマ)で颯爽と帰っていった。

 それにしても。

 ヨシュア先生、大丈夫かな。

 じーちゃんを見送り、家に戻ったあたしが見たのは、ソファでぐったりとするヨシュア先生の姿だった。


「ちょ、先生ほんとどうしちゃったの!?」

「デイジー」


 ヨシュア先生の隣に座ったアヤメちゃんが、あたしに向かって〝しー〟と指を立てる。え、何、もう大好きじゃん。

 ていうか先生、目の下めっちゃ黒い!


「ソファに座ったらすぐに寝ちゃったの」

「もしかして、ずっと起きてたんじゃ……」

「え、でも一週間よ? 起きっぱなしってことはないと思うけど……」

「デイジーが正解よ、多分」

「え……」


 おかーちゃんが水を持って部屋に入ってきた。

 少し困ったような、でも優しい顔してる。


「ヨシアキはね、何かに集中しちゃうと、納得するまでずっとそれだけになっちゃうのよ」

「で、でも、それにしたって一週間って……」

「仕事始めるとこうなっちゃうんだよ、先生」


 前に一回だけ見たことがある。

 あの時はたしか、おとーちゃんの知り合いのお仕事って言ってたっけ。


「ん……」

「あ、先生」


 あたしたちが話してると、ヨシュア先生が目を覚ました。

 なんかボーッとしてる。


「ヨシュア先生、大丈夫ですか?」

「んあ、あぁ……寝ちまったか」

「先生、召喚陣出来たの?」

「一応な。まだテストはしてねえけど……」


 頭をポリポリ書きながら大きなあくびを一つ。

 ほんとに寝ずにやってくれてたんだ……。


「テストで失敗しても改良する時間はねえしな。ぶっつけ本番になるけど、まぁなんとかなるんじゃねえかな」


 なんかちょっと無責任な言い方じゃない?

 そうあたしが文句を言おうとした時、先生があたしたちの宿題を見た。


「ん、今度はどんな課題なんだ?」

「うん、校長先生がね、こないだ作った召喚陣を強化してみなさいって」

「ほーん……」


 ぼんやりしながらアヤメちゃんの召喚陣をひょい、と取り上げる。

 じーっと見つめたと思ったら、すぐにアヤメちゃんに返して言った。


「ちょっと余計なことかもしれんけど……。アヤメ嬢、この6箇所あるチャンバー……魔力とマナの混ざる場所。この真ん中にそれぞれ、点を打ってみな」

「え、点、ですか?」

「うん。それで多分2段階、シルフを大きく出来る」


 え?

 ちょこっと見ただけで分かったの!?


「ピータンの家で調べ物してる時にな、見かけたんだ。魔力やマナは、目標となるポイントがあると、そこに集まろうとする習性がある。だから、何もない空き部屋になってるチャンバーに、目標を作ってやるんだ。そうすればそこに魔力とマナが集まり、濃度を上げていく」

「なるほど……」

「結果、出現するシルフも大きくなっていくってことになる」

「はい! やってみます!」


 先生とアヤメちゃんのやり取りを、あたしはぽかーんと口を開けて眺めていた。


「ん、どしたデイジー」

「い、いや、すごいなって……。ね、あたしの召喚陣は!? どうすればいいと思う?」

「真っ直ぐ線引きゃそれだけでいける」

「わかった!」


 アヤメちゃんへのアドバイスとの差をちょこっと感じたけど、先生の〝いける〟が出たからオッケー!

 あたしは直線に定規を使いながら、気になってることを先生に尋ねてみた。


「ね、先生」

「んー?」

「うまくいった?」

「あー……やり方は見つけた。俺と同じ世界の同じ国から来たやつが、魔力を使わない精霊召喚陣のレシピを残してた」

「まじで!? それで、完成したの!?」

「いいや」


 そう言ってまた、大きなあくび。

 先生、疲れてるなぁ……。


「結局そいつは、召喚出来なかったんだ」

「え、じゃあダメじゃん……」

「でも、その原因は見つけた」


 先生が、あたしのノートのはじっこに線を2本引く。

 え、ちょっと待って、なんで定規も使わずにそんな真っ直ぐな線が引けるの?

 いつの間にかアヤメちゃんも一緒になってのぞきこんでいる。


「例えばな。この線を道だとするだろ?」

「道?」

「そう。で、同じ長さ、同じ幅のこの道だけど……」


 そう言って先生は、片方の道の両脇に点線を描いた。


「こっちの線は周りに何もない道。で、この点線は街路樹とか植え込みだ。ゴールは同じところだとしてデイジー、おまえならどっちの道が通りやすい?」

「んー……。こっち、かな」


 あたしは点線のある方を指差す。だって、何もない道より楽しそうだもんね。


「そうか。アヤメ嬢は?」

「私もこっち、です」

「……そうだな」

「でも先生、これがどうしたの?」

「ん」


 先生がそのまま、点線のある方に丸をつける。


「こっちはデザインされた道。で、デザインされてない方がこの、何もない道だ。この2本の道は、どっちも機能的には同じ、ゴールに辿り着くために作られてる。どっちを選んでもゴールには着くんだ。だけど、2人とも、こっちの植え込みがある方を選んだよな」

「はい」

「うん」

「デザインされてない道は〝行ける道〟で、デザインされてる道は〝行きたい道〟なんだ。デザインってのは、元々ある機能を、より快適に使いやすく簡単にするためのもんだ、と俺は思ってる。明るい陽の下で見る怖い絵と、薄暗い部屋の中で見る怖い絵、どっちが怖いかってのも一緒だ」


 ヨシュア先生の説明、すごく分かりやすい。


「さっき言った召喚陣が失敗したのもこれが原因だ。つまり、機能としては問題ないけど、魔力やマナが好む作りになっていなかった」

「だから失敗した……?」

「そういうことだ」

「でも、魔力を使わないっておっしゃってましたよね?」

「あぁ。〝俺の魔力〟は使わない。代わりに」


 そう言ってポケットから取り出したのは。


「魔石?」

「正解。こいつをちょいと加工して使う。制限はあるけど、これでうまくいくはずだ」


 そこまで言うと、先生は今までで一番大きなあくびをした。そしてソファから立ち上がると、玄関に向かう。


「先生、帰っちゃうの?」

「おー、寝直してくるわ。多分明日まで起きないから、朝になったら起こしに来てくれ」

「ん、わかった! 先生の荷物もまとめとくね!」

「頼むな。……あ、召喚陣はそのままにしといてくれ。まとめてる紐をうっかり解くと面倒なことになる」

「面倒?」

「ちょっとな、小細工してるからさ」


 そう言いながら自分の部屋に帰っていくヨシュア先生を、ぽーっとした顔で見てる子がいる。


「アーヤーメちゃん」

「えっ!? あ、はい!?」

「……惚れたね?」

「えっ!? えっ!?」


 狼狽えながらほっぺたを真っ赤にするアヤメちゃん。

 クラスの男子が見たら身悶えるだろうなぁ。アヤメちゃん、人気高いから。


――でも男子どもよ。彼女は一見さえないおっさんに夢中のご様子よ?


 なんて、あたしも今日のヨシュア先生にはどきっとしちゃったんだけどね。

 ちょっとだけね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ