第六話
ピータンじーちゃんの家に行ってから、明日でちょうど一週間。
ヨシュア先生は、まだアパートに帰ってこない。
今日は、アヤメちゃんと一緒に、あたしの家で先生の帰りを待ちながら、リビングで宿題をやっていた。
「それで、結局方法は見つかったのかしら?」
「うーん、どうだろ」
「一緒にいったきり会えてないの?」
「うん。昨日も行ってみたんだけど、全然出てこなくてさ。でもたまに書庫の奥から唸り声とか、変な笑い声とか聞こえてくるから生きてはいるみたい」
「大丈夫かしら……」
「んー……ま、大丈夫なんじゃない?」
別に気楽に言ってるってわけじゃないけど、あたしはなんとなくそう感じていた。
だってヨシュア先生、『俺が勝つ(キリッ)』って言ってたもん。
先生、悪ノリ大好きだし冗談も言うけど、あーゆー時に嘘つく人じゃないもんね。
だから、きっと大丈夫。
そんなことを考えてると、なんか玄関の方が騒がしくなってた。
「ちょ、大丈夫!? あなた、来て早く!」
「なんだ、どうし……おい、こいつぁどういうことだ!!」
「いや、いいから早く引き取ってくれんか。一応まだ生きてるから」
あれ、ピータンじーちゃんの声だ。どうしたのかな、一応生きてるとか……って、まさか!!
嫌な予感をビンビンに感じたあたしは、尻尾をピンと立てながら玄関へと急いだ。後ろでアヤメちゃんがおたおたしてるけどごめん、ちょっとこっち優先!
「じーちゃん、もしかして……って、ヨシュア先生!?」
「え、ヨシュア先生?」
嫌な予感は当たっちゃった。
玄関にはピータンじーちゃんが、ヨシュア先生を抱えるようにして立っている。
ヨシュア先生は……あ、一応息してるっぽい。
おとーちゃんが先生を引き受け、リビングに運ぶ。
それを見たピータンじーちゃんが、あたしに大きめなバッグとでっかい羊皮紙を渡してきた。
「ヨシアキの荷物じゃ、重いから気をつけてな」
「え、行った時は手ぶらじゃ……うあ、おっも!」
「貸した本と、こいつが作ってた魔法陣じゃ。どこまで出来てるかは分からんが……」
じゃ、あとはよろしく、と言ってピータンじーちゃんは自分の魔導車で颯爽と帰っていった。
それにしても。
ヨシュア先生、大丈夫かな。
じーちゃんを見送り、家に戻ったあたしが見たのは、ソファでぐったりとするヨシュア先生の姿だった。
「ちょ、先生ほんとどうしちゃったの!?」
「デイジー」
ヨシュア先生の隣に座ったアヤメちゃんが、あたしに向かって〝しー〟と指を立てる。え、何、もう大好きじゃん。
ていうか先生、目の下めっちゃ黒い!
「ソファに座ったらすぐに寝ちゃったの」
「もしかして、ずっと起きてたんじゃ……」
「え、でも一週間よ? 起きっぱなしってことはないと思うけど……」
「デイジーが正解よ、多分」
「え……」
おかーちゃんが水を持って部屋に入ってきた。
少し困ったような、でも優しい顔してる。
「ヨシアキはね、何かに集中しちゃうと、納得するまでずっとそれだけになっちゃうのよ」
「で、でも、それにしたって一週間って……」
「仕事始めるとこうなっちゃうんだよ、先生」
前に一回だけ見たことがある。
あの時はたしか、おとーちゃんの知り合いのお仕事って言ってたっけ。
「ん……」
「あ、先生」
あたしたちが話してると、ヨシュア先生が目を覚ました。
なんかボーッとしてる。
「ヨシュア先生、大丈夫ですか?」
「んあ、あぁ……寝ちまったか」
「先生、召喚陣出来たの?」
「一応な。まだテストはしてねえけど……」
頭をポリポリ書きながら大きなあくびを一つ。
ほんとに寝ずにやってくれてたんだ……。
「テストで失敗しても改良する時間はねえしな。ぶっつけ本番になるけど、まぁなんとかなるんじゃねえかな」
なんかちょっと無責任な言い方じゃない?
そうあたしが文句を言おうとした時、先生があたしたちの宿題を見た。
「ん、今度はどんな課題なんだ?」
「うん、校長先生がね、こないだ作った召喚陣を強化してみなさいって」
「ほーん……」
ぼんやりしながらアヤメちゃんの召喚陣をひょい、と取り上げる。
じーっと見つめたと思ったら、すぐにアヤメちゃんに返して言った。
「ちょっと余計なことかもしれんけど……。アヤメ嬢、この6箇所あるチャンバー……魔力とマナの混ざる場所。この真ん中にそれぞれ、点を打ってみな」
「え、点、ですか?」
「うん。それで多分2段階、シルフを大きく出来る」
え?
ちょこっと見ただけで分かったの!?
「ピータンの家で調べ物してる時にな、見かけたんだ。魔力やマナは、目標となるポイントがあると、そこに集まろうとする習性がある。だから、何もない空き部屋になってるチャンバーに、目標を作ってやるんだ。そうすればそこに魔力とマナが集まり、濃度を上げていく」
「なるほど……」
「結果、出現するシルフも大きくなっていくってことになる」
「はい! やってみます!」
先生とアヤメちゃんのやり取りを、あたしはぽかーんと口を開けて眺めていた。
「ん、どしたデイジー」
「い、いや、すごいなって……。ね、あたしの召喚陣は!? どうすればいいと思う?」
「真っ直ぐ線引きゃそれだけでいける」
「わかった!」
アヤメちゃんへのアドバイスとの差をちょこっと感じたけど、先生の〝いける〟が出たからオッケー!
あたしは直線に定規を使いながら、気になってることを先生に尋ねてみた。
「ね、先生」
「んー?」
「うまくいった?」
「あー……やり方は見つけた。俺と同じ世界の同じ国から来たやつが、魔力を使わない精霊召喚陣のレシピを残してた」
「まじで!? それで、完成したの!?」
「いいや」
そう言ってまた、大きなあくび。
先生、疲れてるなぁ……。
「結局そいつは、召喚出来なかったんだ」
「え、じゃあダメじゃん……」
「でも、その原因は見つけた」
先生が、あたしのノートのはじっこに線を2本引く。
え、ちょっと待って、なんで定規も使わずにそんな真っ直ぐな線が引けるの?
いつの間にかアヤメちゃんも一緒になってのぞきこんでいる。
「例えばな。この線を道だとするだろ?」
「道?」
「そう。で、同じ長さ、同じ幅のこの道だけど……」
そう言って先生は、片方の道の両脇に点線を描いた。
「こっちの線は周りに何もない道。で、この点線は街路樹とか植え込みだ。ゴールは同じところだとしてデイジー、おまえならどっちの道が通りやすい?」
「んー……。こっち、かな」
あたしは点線のある方を指差す。だって、何もない道より楽しそうだもんね。
「そうか。アヤメ嬢は?」
「私もこっち、です」
「……そうだな」
「でも先生、これがどうしたの?」
「ん」
先生がそのまま、点線のある方に丸をつける。
「こっちはデザインされた道。で、デザインされてない方がこの、何もない道だ。この2本の道は、どっちも機能的には同じ、ゴールに辿り着くために作られてる。どっちを選んでもゴールには着くんだ。だけど、2人とも、こっちの植え込みがある方を選んだよな」
「はい」
「うん」
「デザインされてない道は〝行ける道〟で、デザインされてる道は〝行きたい道〟なんだ。デザインってのは、元々ある機能を、より快適に使いやすく簡単にするためのもんだ、と俺は思ってる。明るい陽の下で見る怖い絵と、薄暗い部屋の中で見る怖い絵、どっちが怖いかってのも一緒だ」
ヨシュア先生の説明、すごく分かりやすい。
「さっき言った召喚陣が失敗したのもこれが原因だ。つまり、機能としては問題ないけど、魔力やマナが好む作りになっていなかった」
「だから失敗した……?」
「そういうことだ」
「でも、魔力を使わないっておっしゃってましたよね?」
「あぁ。〝俺の魔力〟は使わない。代わりに」
そう言ってポケットから取り出したのは。
「魔石?」
「正解。こいつをちょいと加工して使う。制限はあるけど、これでうまくいくはずだ」
そこまで言うと、先生は今までで一番大きなあくびをした。そしてソファから立ち上がると、玄関に向かう。
「先生、帰っちゃうの?」
「おー、寝直してくるわ。多分明日まで起きないから、朝になったら起こしに来てくれ」
「ん、わかった! 先生の荷物もまとめとくね!」
「頼むな。……あ、召喚陣はそのままにしといてくれ。まとめてる紐をうっかり解くと面倒なことになる」
「面倒?」
「ちょっとな、小細工してるからさ」
そう言いながら自分の部屋に帰っていくヨシュア先生を、ぽーっとした顔で見てる子がいる。
「アーヤーメちゃん」
「えっ!? あ、はい!?」
「……惚れたね?」
「えっ!? えっ!?」
狼狽えながらほっぺたを真っ赤にするアヤメちゃん。
クラスの男子が見たら身悶えるだろうなぁ。アヤメちゃん、人気高いから。
――でも男子どもよ。彼女は一見さえないおっさんに夢中のご様子よ?
なんて、あたしも今日のヨシュア先生にはどきっとしちゃったんだけどね。
ちょっとだけね。