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第五話

 俺たちは今、ピータン邸の前にいる。

 ……見上げすぎて首が痛い。


「なんだこの大豪邸……」

「ピータンじーちゃん、お金持ちだからねー。冒険者も趣味でやってるって言ってたし」


 デイジーが、ドラゴンすら通れそうな馬鹿でかい門の前に立つ。

 彼女は深呼吸を何回かすると、思いっきり息を吸い込んで叫んだ。


「ピータンじーちゃん! あっそびっましょー!!」

「ぐっ……!」


 ビリビリと空気が震える。ばか、叫ぶなら前もって言っておけよ。

 このもふもふ猫っ毛少女は、魔力だけじゃなく体力も声のデカさも桁違いなのだった。


「ていうかおま、何そのふざけたお誘い」

「え、だっていつもこれで開くんだよ」

「え、何、そういう設定にしてんの!? あのじじい一体何考えてんの!?」

「おとーちゃんと来ても、必ずあたしに開けさせるんだよねー。なぜだか」


 いや、恥ずかしいからだろ普通に。

 しかし果たして、重々しい門はその面積いっぱいに光る魔法陣を縦に割り、ゆっくりと開いていくのだった。


「……ほんとに何考えてんだあのじーさん」

「さ、行こー!」


 敷地に入ると、何もそこまでってくらいでっかい庭を突っ切っていく。

 玄関の前まで来る頃には、もはや何も感じなくなっていた。


「おお、デイジーよく来たのぅ! ヨシアキも元気そうじゃな!」

「ピータンじーちゃん久しぶりー!」

「お久しぶりです、お邪魔します」


 玄関の扉が開き、中から小柄で分厚い老人が現れる。

 どう考えてもバトルアックスと鋼鉄の甲冑が似合いそうではあるが、れっきとした魔導師、しかも聖なる加護を受けた白魔導師だ。

 彼に促されるまま中に入り、応接間に通される。

 落ち着きを求めたのだろう、意外に広くはない。

 が、そこかしこに飾られている甲冑やら絵画やらがなんというか。

 もう博物館とかにしちゃえよ、このまま。


「今日はねえ、ヨシュア先生の用事で来たんだよー!」


 応接間の、これまたたっかそうなソファに深々と座ったデイジーが言った。


「ピータン、実は……」

「おうおう、話は聞いてるわい。儂の古書コレクションが見たいんじゃろう? 見せるのは構わんし、必要ならば貸し出してもよいが……」

「?」

「中にはおいそれとページを開くことすら憚られる書物もあるでのう。訳ってやつを聞かせてもらおうかい」

「あ、ああ。実は……」


 それから俺は、ここ数日の出来事を話した。

 ピータンはそれを聞きながら、時には笑い、時には憤慨する。

 この人、本当にいい人なんだよな。……金持ちだけど。

 いや、別に金持ちに思うところがあるわけではないが。

 俺が話し終えると、ピータンは深く頷き、立ち上がった。


「事情はよく分かった。そのナインヘッドとかいう小僧、なんならこの儂が全魔力を持ってボコボコにしてやりたいところじゃが」

「おい聖職者」

「今回はヨシアキ、お前さんの好きにやってみせい。もちろんうちの資料は使い放題じゃ」

「ありがと、ピータンじーちゃん!」

「ありがたい、恩に着ます。……で、資料室は一体」

「こっちじゃ。ついてきなさい」


 俺とデイジーは立ち上がり、ピータンの後をついていく。

 応接室を出て一番奥の突き当たりまで来ると、ピータンが右手を壁にかざした。


「解錠」


 壁にオレンジ色の魔法陣が浮かび上がり、壁が組み木細工のように細かく複雑に開いていく。そこから見える光景は。


「おぉ……」

「すっご……」


 その威容に、俺もデイジーも圧倒される。

 この世界の全ての書物が所蔵されているという、王立図書館もかくや、と言わんばかりの大書物庫がそこにあった。


「これ、全部ピータンじーちゃんが集めたの!?」

「うむ」

「ここなら……」


 見つかるかもしれない。

 魔力を使わない精霊召喚陣のレシピ。



――――



 それから俺は、書庫を物色し始めた。

 大抵はやくたいもない、下世話なゴシップ記事であったり、盛りに盛った自称素敵冒険譚だったりするのだが、探している内に俺は、とある棚の前で立ち止まった。


「古文書、か」

「ああ、その、棚、はな……はひぃ、はひぃ」


 あちこちの本をめくっては返しながら猛進していた俺に、ピータンが追いついてくる。ぜえぜえ息をしながら、肩が上下にとんでもなく動いていた。すまぬ。


「大丈夫すか」

「お、お前さんが、やたらトリッキーに歩いて止まってを繰り返すから、ひぃ、ダ、ダンジョンの攻略より消耗する、わい……」

「ありゃ。って、デイジーは?」

「あの子なら、面白そうな本見つけたって言って、ちょっと昔の漫画持って応接室に戻ったわい」


 うわー、目に浮かぶわー。あのソファに寝転がって、ふんふんと鼻歌混じりに尻尾でページをめくる姿が。


「ソファに寝転がって鼻歌混じりに読んでおったわい」

「うーわ予想通り。まぁ退屈じゃないならいいか。……で、ピータン」

「この棚はな、一応古文書と書いてはあるが、比較的新しいものも置いてあるんじゃ。中にはお前さんのような転移者が書いたものもあるかもしれんな」

「なるほど……。ピータン、済まないが、デイジーを見といてくれませんか。遅くなるかもしれないから、先に戻ってくれてもいいし」

「うむ、好きなだけ見るといい。儂は疲れたからの、デイジーと一緒にふんふん歌っとるわい」


 そう言うとピータンは応接室へと戻っていった。


――それにしても、すげぇなこれは。


 背表紙に書かれた本のタイトルだけで圧倒される。

 魔法陣の研究で見たことのある文字や、全くみたことのない文字。見た目だけは英語っぽいものもあるが、何か文法が違う。俺のいた世界に近いどこかから来た転移者のものかもしれない。

 数百冊はあるだろうそのでかい棚の前を舐めるように眺めていると、不意に目に入ってきた一冊の本があった。

 〝魔力を持たない転移者のためのライフハック〟と、読み慣れた言語で書かれている。


「……日本語、か?」


 本を手に取り、パラパラとめくる。

 それは、かなりクセのある文章ではあるが、それなりに有用な情報が載っているようにも感じた。


「……にしても、一人称くらい統一しろよ」


 私、拙者、小生、わたくし。

 語尾もですます調だけでなく、ござる、やんす、がんす、などなど。

 どう考えても21世紀入りたての頃のオタクが、悪ノリして書いたような文章だ。

――時折出てくる、合いの手みたいなのはなんだ? デュフフはまだ笑い声だとしても、このフォカヌポウってのは……。あと〝閑話休題〟使いすぎ。


 色々とツッコミつつ、それでも俺はこの本に没頭していく。


「……ん、これ」


 ようやく読み終えた時、最後のページには〝続く〟と書かれていた。


「え、これ続きものなの?」


 そう呟きながら本棚を見上げると、そこには〝魔力ゼロの異世界転移者はライフハックを記すようです2〟というタイトルがある。

 書体もノリも間違いなく、この本の作者のものだった。


「いや、タイトル変わってんじゃん……」


 ぶつくさ文句を言いながらも、本を棚から引き抜いた。

 ページをめくり、目次を見る。


「……まじか」


 そこには〝魔石を利用した召喚陣を作る―妖精さんと仲良くなりたい―〟という一文が記されていた。

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