第四話
「……んで、どーすんだ」
「ねぇ……」
自宅に戻った俺は、我が大家にして有名な冒険者にしてデイジーのおとーちゃん、カウダーに呼ばれるまま、彼の家で遅い昼飯を食っている。
カウダーの奥さん、つまりデイジーの母バーニャの飯は美味い。とにかく美味い。
岩塩と香草、スパイスを絶妙なバランスで使い分け、柔らかくジューシーな赤身肉を少しレアめに仕上げていく。
大豆を使った調味料――早い話が醤油みたいなもんだ――にちょいとつけて頬張れば、肉の一番旨い汁が口の中に美味しいを塗りつけていく。
ええい、米をくれ。
彼らの食事は、基本的に肉だ。まあ、見た目ほとんど百獣の王のカウダーがおひたしなんか食ってるのも想像できないんだが。
俺がこの世界に転移した時、最初に困ったのがこの〝主食のない生活〟だった。
なまじバーニャの料理が美味いだけに、米が欲しくなってしまうのである。
実はこの世界にも米はある。あるが、大変希少な高級品だったりするのだ。
それこそあのナインヘッド君の実家くらい金持ちなら手にも入るんだろうが、俺たちのようなド庶民には夢のまた夢だ。
いつか田んぼ作って腹一杯米を食う。
密かな俺の夢である。
それにしても、ライオンと豹の娘がキジトラのにゃんこってのは、この世界の遺伝子がどーなってんだか知りたいところだ。
成長度合いで見た目が変わっていくらしいが……てことはにゃんこ丸出しのデイジーも、やがてセクシーな女豹姐さんになっていくんだろうか。
ちなみに、草食系の獣人はいない。ていうか見たことない。
象に似たやつとかいたら、やっぱり半日かけてバカスカと草を食うんだろうか。
それはいいとして。
「術者の魔力を使わずに精霊召喚陣を動かす方法、か」
「考えたこともなかったわねぇ……」
「ですよねー……」
この世界で魔力を持たないのは、俺のような転移者だけだ。転生、生まれ変わってこの世界に来たものは、普通に魔力を持っている。
非常に魔力の少ない人はいるが、ゼロってことはない。
だから、魔力を増幅する手段はあっても、魔力を作り出す手段はない。というか、必要がないから開発されていない、が正しい。
――待てよ。
「なぁ、魔力っていつ発見されたんだ?」
「え?」
「いつって……」
「恐らくだが、魔力とマナなら、先に存在を知られてたのってマナの方なんじゃないか?」
魔力は人為的に使うもの。
マナは自然に存在するもの。
だとしたら、マナの方が先に認識されていて、魔力が後から付いてきてるんじゃないだろうか。
こんなことは多分、どっかの学者がとっくに調べてることだろう。
だが、魔法に慣れ親しんでいる冒険者の彼らでさえ、よく知らないことでもあるならば。
……もしかして、このあたり掘り下げるとなんか出てくるんじゃねえか?
そういえば、彼らの仲間の一人がその手のことに詳しかったな。
「……ピータン」
「ん? 爺いがどうした?」
「爺いて……。いや、ピータンって確か、古い書物とか集めてたよな」
「ええ、勝手に自宅の地下を書庫にして貯め込んでるわね」
「古すぎて文字がわけわかんねえのもあるって言ってたな。それがどうかしたか?」
「明日ちょっと行ってくるわ。もしかしたらビンゴかもしれん」
「それはいいけど……。先生、あなたピータンの家知ってるの?」
「あ」
俺がこの二人に助けられた時、一緒にいた白魔導師がピータンだ。
ドワーフのくせにやたら魔力が高く、精度の悪さを量でカバーするタイプだが、彼の回復魔法で俺は命を救われたことがある。
そんなこともあって信頼する存在ではあるのだが、その彼のプライベートを俺は全くと言っていいくらい知らなかった。
「どうしたもんかな、案内してやりたいが俺たちも明日からしばらく出ちまうからなぁ……」
「依頼か? だったらピータンも一緒に行くんじゃないのか?」
「ああ、明日は私たちだけなのよ。消耗品の買い出しにね」
「おう。贔屓の鍛冶屋にも行くんだが、ちょいと遠くてな。そんなわけで、留守中はデイジーのこと頼むわ」
「デイジー?」
頼むって言われても、あいつはあれでしっかりしたとこあるし、俺がどうこうするようなことはないんじゃ……。
「あの子、大抵のことは一人で出来るんだけど……なんていうかこう、全体的に雑なのよね」
「俺たちが帰ってきた時、ドアを開けてつくため息の深さはヨシアキ、お前さんにかかってる。頼むぞ」
「えぇ……」
もしかしたらとんでもないババ引いたかもしれない、とがっくりきたところに、デイジーが帰ってきた。
「たっだいまー! 今日ね、学校ですごかったんだよ! ヨシュア先生が……っているじゃん!」
「おう、おかえり」
「おかえり。おやつ置いてあるから手を洗ってからね」
「はーい!」
「デイジー、明日からのことはヨシアキに頼んだからな、いい子にしてろよマジでくれぐれも」
「え、ヨシュア先生?」
着ていたコートをハンガーにかけながらデイジーが尋ねる。
「でも明日明後日はあたし、学校お休みだよ? おとーちゃんたちのお手伝いしなくていいの? 荷物いっぱいじゃない?」
「あ、そうか。もう週末か」
「あら、それならちょうどいいじゃない? デイジーあなた、明日ヨシアキと一緒にお出かけしてらっしゃい」
「へ? おでかけ?」
「おう、そうだな。ピータンの爺いんとこに連れてってやれ」
「ピータンじーちゃんのとこ? うん、いいよ」
「すまんなデイジー。ちょっと調べたいことがあってな」
デイジーが案内してくれるなら心強い。
ここは一つ、彼らの提案に乗ることにしよう。
「じゃあ、明日の朝、おとーちゃんたちが出かけたら行こっか。お昼過ぎには着くと思うよ」
「おう。っていうか結構距離あるんだな」
「歩けばね。普段は瞬間移動魔法陣を何回か使えばすぐなんだけど……」
なるほど、俺に合わせてくれるってことね。重ね重ねありがたい。
「よし、じゃあ資料まとめるから今日は帰るわ。ごちそうさんでした」
「はい、おそまつさま。明日からデイジーよろしくね」
「よろしくお願いするのはこっちだよ。頼むな、デイジー」
「おっけー! あ、今日はありがとう、ヨシュア先生!!」
「おーう」
言いながら扉を開けて外に出る。
すっかり陽は落ちて暗くなっていた。
魔力を使わず、精霊を召喚させる魔法陣。
デザインでどうにかなるものとも思えないが、それでもあがいてみせるさ。
――能無しの力をなめるなよ。
――――
「ね、ヨシュア先生」
翌日、朝早くに出かけるカウダーたちを見送った俺とデイジーは、ピータン邸への道を歩いていた。
遠い、というだけで特に危険な道のりではないので、なんかもうピクニック気分な道程だ。
デイジーなどは、おやつに持ってきたジャーキーをむしゃむしゃ食ったりしている。ちゃんと水も飲みなさい、喉乾くから。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「ん?」
「昨日言ってた、次元時計って……」
「ん……」
聞こえてたか。
まぁ別に隠すことでもないんだけどな。
「今度な、調査をするってことになったんだが……デイジーは次元時計のこと、どれくらい知ってるんだ?」
「この世の時間を作ってる時計、だよね? 世界が出来る時に時間の神クロノス様が置いていったっていう……」
「そうだ。それの調査団として、俺も呼ばれてるんだよ」
「え、なんで? ていうか先生、そんな有名人なの?」
「有名って意味では、おまえのおとーちゃんの方が有名だ。まぁ、ちょっとした縁でな。……この世界に転移者ってどれくらいいるか知ってるか?」
「ううん。一人じゃないってことくらい」
だろうな。
転移者の数は、公には公表されていない。その理由も知らされてはいないが、なんとなく想像はついた。
恐らく、俺たち転移者そのものに何らかの問題があるんだ。
「この世界の転移者は、俺で153人目だ。しかも、そのうちの82人、半分以上がここ15年で転移してる。俺が来たのが5年前だから、今はもっと増えてるかもな」
「そんなに!?」
「そうだ。完全な生まれ変わりである転生者の数は分からない。一生思い出さずに過ごす人もいるって話だからな。……で、ここ15年でこれだけ増えてるってことは、次元時計に何かあったんじゃないかってことになったらしい」
「え、転移に次元時計が関係してるの?」
「そうらしいぞ。俺も詳しくはまだ聞かされてないんだけどな。……んで、その調査をするにあたって、転移者当人である俺も呼ばれたって話だ。他にも何人か呼ばれてるらしい」
「……なんかスケール大きすぎてよく分かんないよ」
「大丈夫だ、俺もよく分かってない」
そう。
俺も実際、次元時計についてはよく知らない。ただ、著名な冒険者であるカウダーから頼まれたってことで、協力することになってるだけなのだ。
ただのデザイナーに何が出来るんだかさっぱりだが、命の恩人の頼みを断る理由もない。それだけのことだった。
「あ、一応この話は内緒な。俺から聞いたなんてバレたら怒られるかもしれん」
「うん、分かった! ……ていうか、校長先生もあそこでそんな大事なこと言っちゃだめくない?」
「確かになぁ。ま、でも次元時計そのものはみんな知ってるんだ、とがめるやつもそうそういねえだろ」
「そっか」
会話が途切れ、静寂が訪れる。
平和だな。平和だ。
隣を歩くデイジーや、あのアヤメ嬢がのんびり暮らしていける世界。
こういうのがずっと続けばいい。本当にそう思っている。
「あ、見えてきたよ」
「お、どれだ……うわでっけぇ……」
道の向こうに、一軒の屋敷が見える。この距離からすると相当でかい。
あれがピータン邸なのか? え、あのじじい超お金持ち?
感心するやらびっくりするやら呆れるやら。
ごちゃごちゃな思いの俺とデイジーは、ピータンの大豪邸に到着したのだった。