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第二話

「召喚陣、か」


 二人が帰った後、アヤメ嬢の制作した魔法陣を前にして、俺は呟いた。

 彼女たちには啖呵を切ったものの、精霊召喚に関する魔法陣を扱った経験は、実はほとんどない。

 

 この世界には、あらゆるシーンで魔法陣と呼ばれる紋様が利用されている。

 基本的には、使用者の魔力と大気中の魔素(マナ)を融合させて様々な現象を起こすというものだ。

 鍵をかけたり火を起こしたり灯りをつけたりといった生活レベルのものから、魔神召喚や呪殺、果ては天変地異に至るまで、その用途は限りない。

 デイジーたちの教室にかける鍵も、おそらく魔法陣を使ったものだろう。基本、魔法陣を使って発動させた機能は、その本人にしか解けないのだ。

 これ以上のセキュリティはそうそうない。便利なものである。


 だが。


「生活系魔法陣じゃねえからなぁ、召喚陣(これ)は……」


 そう。

 召喚陣は、主に狩猟や戦闘の際に使われる、特殊な魔法陣なのだ。


 術式自体は難しいものではない。

 大気中に存在するマナの通る道、自分の持つ魔力を注ぐ道をそれぞれ通し、中心でぶつかるように作る。

 更に召喚対象の使う言語を文字にして、道の脇に並べる。

 ぶつかったマナと魔力のバランスを取るための別室を作る。

 あとは、魔力を注ぎ込むだけだ。

 デイジーにはデザインがいかんなどと講釈を垂れたが、マナの存在する場所で、かつ魔力を持つ者が起動させればほぼ100%の確率で成功する。


 極限まで簡略化された魔導兵器。

 それが、召喚陣の本質である。


「学徒動員でもするつもりかよ、この世界の学校は……」


 この世界、今でこそ基本的には平和なのだが、つい最近まで魔族と戦争をしていたという歴史がある。

 戦争そのものは終結、人間や獣人などを含む人族の勝利ということにはなっているが、お互いへの嫌悪、憎悪は未だくすぶっていた。

 いつまた戦争が起こっても不思議はない、かりそめの平和。

 それが今という時代なのだ。


 俺は魔導冷蔵庫から日本酒によく似た酒「ポンシュー」の瓶を取り出し、ゴブレットに注いだ。

 それを一口あおると、喉から胃に向かって、アルコールの通る熱が伝わっていく。

 自分にエンジンをかけるための(ガソリン)が、程よく身体と脳を和らげたところで、俺は立ち上がった。


「……うし、やるか」


 もはや愛読書となった〝ゴブにもわかる! 召喚陣入門〟の中の〝召喚陣でやってはいけないこと〟のページを開く。

 そこには、


 一、召喚陣には、召喚対象が理解できない言語を使ってはならない

 二、召喚対象に目的がわかりにくいデザインを使ってはならない

 三、基本を無視した召喚陣デザインを使ってはならない

 四、一つの召喚陣を完成させるまでは違うインク壺のインクを使ってはならない


と書かれていた。

――ふむ。

 大体他の魔法陣と変わらんな。

 ただ、一番の〝召喚対象が理解できない言語〟てのは面白い。

 なるほど、確かに呼び出す相手が理解出来なければうまくいくはずはない。ユニバーサルデザインってやつだ。

 このあたり、一般的な魔法陣にはいわゆる〝魔言語〟と呼ばれる文字を使うため、案外見落としがちになるかもしれない。

 一瞬これが原因かとも考えたが、この召喚陣には綺麗な精霊文字が使われている。この線ではなさそうだ。

 二と三は当たり前っちゃ当たり前の話だ。要はちゃんと作れ、てことだな。これについては全く問題ない。

 ……しかしデイジー、ほんとによくあれで起動させられたな。これだから魔力おばけは……。


 結論、怪しいのは四の〝違うインク壺〟だ。魔法陣全般において、魔力やマナの通りをよくするため、インク壺自体が魔道具になっているのだ。

 もし仮に誰かがアヤメを陥れようとしたなら、これを利用するのが一番手っ取り早い。

 自分のインク壺を使って、ちょこっと線をなぞればいい。

 俺はとりあえずこれを目当てとして、間違い探しをやってみることにした。


 設置型拡大鏡(ルーペ)を棚から出して召喚陣の上に置く。虫眼鏡のような手に持って使うタイプではなく、対象物の上に置いて覗き込むタイプのものだ。

 元の世界ではパソコンを使ってデザインをしていたので、あまり使う機会はなかった。

 が、今のこの世界にはパソコンがない。基本的に全てがアナログだ。

 おかげで、工業的な知識も魔導知識も貯め込むことになったのだが。

 その中でもこのルーペは、俺の〝スキル〟との相性も良く、特にお気に入りの一品だった。


「……しかし、綺麗なラインだね」


 特にこれといった特徴のある作りではないが、その実とても高い技術力で描かれている。

 もちろん定規を使っての作業だが、その線に一切の迷いがない。

 ほぼ同じ太さで引かれる直線は、ペンを等速、つまり同じ速さで動かしている証だ。

 曲線にはほんの少しブレがあるが、これはおそらく、コンパスを使ってインク以外の手段、例えば先の丸い金属棒などでガイドを描き、雲型定規のようなものを使ってなぞったのだろう。

 正直、学校の一課題をこなすための手間暇ではない。


「ここまでやって失敗するなんてあり得るのか……?」


 ルーペに目をくっつけながら、徐々に移動させていく。数倍に太く見える線を一本一本、丹念に調べていった。


「相性……ってこともなさそうだな。しっかりインクも乗ってる」


 羊皮紙もインクも機械生産ではないので、実は微妙な個体差がある。その相性が悪い場合、例えばインクのノリが悪くなったりして、途中で線が途切れるなんてことも可能性としてはあった。

 だが、拡大して見てもそういう部分は見当たらない。しっかりと過不足なくインクがアイボリーの羊皮紙に染み込んでいた。


「てことは……やっぱり誰かが」


 故意に細工した。

 俺はそう断定し、綻びを探す作業を開始する。


「〝スケール〟発動」


 目を閉じてそう呟く。

 今の光景を誰かが見ていたら、俺の閉じた瞼から白く淡い光が漏れ出すのを見ただろう。

 〝スキル:計量(スケール)〟。

 この世界に来て気づいた、特殊能力だ。


 俺は会ったことがないが、この世界には他にも転生、転移者がいるらしい。だから俺がこの世界に来た時も、比較的スムーズに受け入れてもらえた。

 そしてどうやら転生者、つまり生まれ変わった者は、この世界に元から存在する人間や亜人と同じように、魔力を身につけて生まれてくる。

 ところが俺のような転移者、要は死んだ時の状態でこの世界に移動してきた者は魔力を持たず、代わりに生前の特徴に合わせた〝スキル〟が使える、ということだった。

 生前、同僚や後輩から〝目に定規がついている〟と言われていた俺には、全てを計量することが出来る〝スケール〟が発現している。


 ゆっくりと目を開ける。視界に入る全てが計量され、数値化されているのを感じた。

 その目でルーペを覗き込む。羊皮紙の重さや厚み、インクの色元素、筆圧、太さなどが表示される。

 俺がそのインク部分に意識を集中すると、さらに情報が細かくはっきりと表示されていった。


「……筆圧はほぼ一定、インク濃度も誤差レベル、か。あの子、弟子にならねえかな」


 ここまで均一な線を引くことは、素人には相当難しい。恐らく魔力を使ったサポートアイテムで補助しているとは思うが、学校の課題でそこまでやるとはアヤメ嬢、やはりかなり真面目でストイックな性格をしているようだ。


「……ねえなぁ」


 半分ほど過ぎたところでポンシューをまた一口飲む。

 アルコール度数15度、残量43ミリリットル。一度発動してしまうと、終了させるまでは何でも計量してしまうのが玉に瑕だ。

 この世界の単位は生前の世界とは当然異なるが、このスキルは俺に紐づいたものなので、一番慣れている単位で表示がされる。

 これがまた妙に、今はこの世界がリアルなのだと実感させられる瞬間なのだった。


 凝り固まった眉間を指で揉み、再びルーペにかじりつく。

 気づけば既に日を跨いでいた。


「……ん?」


 気づいたのは何時頃だったろうか。

 目の端に映り込んだ直線の一部に違和感があった。


「ここ、か……?」


 違和感のあった部分を凝視する。

 はたして、その計量結果は。


「……なるほどね」


 そう呟きながら、俺は傍らに置いてあるデザインカッターを手に取った。




 翌朝。

 俺は眠い目をこすりながら、デイジーの家を訪れた。


「え、見つけたの?」

「おう。朝までかかっちまったがな」

「寝てないの!? うわー、それはまた申し訳ないっていうか……」

「気にすんなよ、俺も楽しくなっちゃったし。それよりデイジー」

「なに?」

「今日の放課後、これ持ってお前の学校行くから、入れるように話通しておいてくれないか」

「え、通しておくって……」

「大丈夫だよ、校長はちょっとした知り合いだ。言っておいてくれるだけでいい」

「う、うん、わかった。でも来てどうするの?」

「ちょっとな」


 多分このとき、俺は結構悪い顔してたんじゃないだろうか。


「お掃除しに」



――――



「失礼しましたー」


 お昼休み、校長室を出たあたしは、アヤメちゃんと一緒に、中庭でご飯を食べることにした。


「お掃除? どういうことかしら?」

「んー」


 あの時、わっるい顔してたんだよねー、ヨシュア先生。

 おとーちゃんとも仲良いし、校長先生とも知り合いだし、どういう人なんだろ。

 おとーちゃんは偶然知り合ったって言ってたけど。

 ひょろっとしてて、間違っても戦士系じゃないし、魔力もないしね。先生とか呼ばれてるし。

 歳の離れたおにーちゃんって感じだけど、ちょっとカッコいいんだよね。ちょっとね。


「きっとまたなんか企んでるんだよ。そういう顔してたもん。ヨシュア先生ってたまにああいう顔するんだよねー。そんで大概いたずらしてうちのおかーちゃんに怒られてるの」

「ふふ、なんか子供みたい」

「だよねー。あ、でもアヤメちゃんのこと気に入ったみたいだよ」

「え……」

「……おや?」


 おやおや?

 さてはアヤメちゃん、まんざらでもない? オジ専?

 追いイジリしようとしたところで、午後の予鈴が聞こえてきた。


「やっば、行こうアヤメちゃん」

「う、うん」


 あたしたちは急いでお弁当を片付けて、教室に走っていく。

 ドアを開けると丁度本鈴が鳴って、後ろからナインヘッド先生が入ってきた。

 あの召喚陣の課題を出した先生で、うちの担任、なんだけど……。

 正直、あたしちょっと苦手なんだよね。


「授業を始めますよ。ほら、デイジー君アヤメ君、早く席につきなさい」

「はーい」

「あっ、すみません」

「全く、アヤメ君はつい先日課題を失敗したというのに。授業前に準備して待つのは当たり前のことですよ」

「はい……」

「君は成績が良いと聞いていたんですが、あんな課題でつまづくようでは、どうやら噂はデマだったようですね」

「……」

「先生! そんな言い方……!」


 やっぱむかつくこの男。一見さわやかイケメン風だけど、人を小馬鹿にするような笑い方をするのとか、ほんとなんなのよ。

 あたしは文句を言ってやろうと一歩前に出たんだけど、アヤメちゃんにそっと止められちゃった。


「いいの、本当のことだから。席に戻りましょう」

「う、うん……」


 うー、モヤモヤする。クラスのみんなもなんかざわざわしてる。

 頭を掻きむしりそうになるあたしと、困った顔で止めるアヤメちゃんに、ナインヘッド先生が追い打ちをかけてきた。


「来週の再試験でも失敗したら、単位をあげるわけにはいきません。いくら見た目が綺麗でも、起動しなければただの落書きですからね」

「……! はい、がんば、りま……」


 アヤメちゃん……。

 泣きそうな顔で、それでもけなげに応える彼女を見てたら、あたしの野生の血が騒ぎはじめた。

 やっばい、このままじゃあたし、こいつ食い殺しちゃいそう。


――と、その時だった。


「はいはい、ちょっとごめんなさいよ」


 かるーい感じで教室に入ってきた、作務衣姿のおっちゃんは。


「え……」

「ヨシュア先生!? 放課後って言ってたじゃん!」


 まだ午後の授業が始まるところなのに、とあたしはびっくりしながらツッコんだ。


「ちょっと早く着いちまったんだよ。で、校長さんに教室教えてもらったから、見学がてら来てみたんだけど……」


 そう言いながらヨシュア先生が周りを見渡す。そして今にも泣きそうなアヤメちゃんを見ると、ぐぐっと眉をしかめさせた。


「なんですかあなたは。これから授業です、部外者は退出するように」

「授業? あなたが召喚陣の先生ですか?」

「そうです。そしてここの責任者、担任だ。分かったら出て行きなさい」

「あんたが担任? ……ほほう、召喚陣の授業、か。だったら話は早いな」


 とがめるナインヘッド先生をちらっと見ると、ヨシュア先生はそのままつかつかと教室に入り、教壇に立つ。

 いやなにしてんの先生。


「君! 何をしている!」

「先生、悪いけどちょっと時間いただきますよ。……そこのアヤメ嬢の名誉のために、ね」

「どういうことだ!」

「これ、先生の出した課題ですよね?」


 そう言ってヨシュア先生が、持ってきたアヤメちゃんの召喚陣を広げてみせた。


「確かに私の出した課題です。それはアヤメ君の作った召喚陣でしょう。ま、機能はしませんが」

「なんか物言いに棘がありますね、先生」

「そんなこと……」

「や、いいんすいいんす、そんなこたどーでもいいんす」


 自分で振っといてどーでもいいとか。


「アヤメちゃん」

「え、あ、はい」

「君の作った召喚陣。素晴らしい出来だったよ。俺ぁつい見惚れちまった」

「へ?」

「いくら綺麗に見えても、起動しなければガラクタです。そもそもあなた誰なんですか」


 ナインヘッド先生の言葉に、ヨシュア先生はニヤっと笑う。あの悪い笑いだ。

 それから、先生は胸を張って言った。


「俺はヨシアキ。しがないプロ魔法陣デザイナーだ」

「魔法陣デザイナー……」

「頼まれてこの召喚陣を調べてたんだけどな。ちょいとシャレにならないことが判ったんで、それをこれから説明する」

「シャレにならない? どゆこと、先生」

「こいつに小細工したやつがいるってことだよ。……ですよね、ナインヘッド先生?」

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