第十一話
「うひょおおおう」
魔導バイクのエンジンが唸る。
腹の底に響くような〝排気音〟が耳を刺激する。
そうそう、これだよこれ。
俺の〝元世〟での唯一と言っていい趣味。それがバイクだった。
こっちの世界に来て最初に絶望したのは、バイクがないことだったわけだが……。
「まさか過去の転移者が作ってたとはなぁ……」
その存在を知ったのは、こっちにきてから一年ほど経ってからだ。
以来、俺の夢は米の量産とバイクを手に入れることになった。
「ん〜ふふふふ〜」
デイジーあたりに見られたら相当気持ち悪がられるだろうが仕方ない。
だって楽しいんだもの。
もちろん、元世と同じ作りという訳ではない。こっちにガソリン生成技術はない。
細かい理屈は正直わからない。
わからないが、条件さえ揃えれば、この魔導バイクは俺のような魔力を持たない人間には最高の足となってくれる。
いや、むしろ開発者は、自分が乗りたいから作ったのだろう。
そしてそいつは、俺とばっちり趣味の合うやつだったに違いない。
銀色に鈍く光る燃料タンク。セパハンにやや後退したステップ、風対策のハーフカウルには紺色を使い、短く跳ね上がったマフラーからは荒っぽい排気音が空気を震わせる。
知らない者からしたらどーでもいい拘りがこれでもかというほど詰まっている、そんな代物だった。
見知った道から少し外れ、あまり立ち寄ることのない町まで走る。
目抜通りは派手さはないが、きれいに整備されていた。
ちょいと一服しようと、目についた茶店に入ってみると、そこにはついさっき会ったばかりの見知った顔が。
「あれ、ベシャメル嬢」
「んー? あー、ヨシアキさんだ、やっほー!」
「仕事は終わりか?」
「うん、そっこー終わらせて今お茶たーいむ!」
「そうか、お疲れさんな」
「ヨシアキさんは? 例のお届けもの楽しんでるー?」
「おう、今シェイクダウン中だ。やっぱ楽しいわ、バイク」
言葉を交わしながらカウンター席に座る。アイスコーヒーを注文すると、人の良さそうなマスターが申し訳なさそうに眉を下げた。
「申し訳ありません、今冷蔵装置が故障しておりまして」
「あら、マジですか」
「あ、そうそう、ヨシアキさん、ちょっと見てくれます?」
「いや、俺が見たところで……」
「そうですよベシャメルさん、こんなの専門業者でも直るかどうか」
「ちなみにどんな故障なんです?」
「はぁ……。冷却魔法陣がね、上手く作動しなくなってしまって。こんなの、魔法陣交換しないとどうにもならないんで……」
「魔法陣? ちょっと見せてもらっても?」
「ええ、それは構いませんが……」
「だいじょーぶだよマスター。ヨシアキさん、その道のプロだから!」
その道て。いやまあ一応プロですけども。
がっつり安請け合いする彼女にジト目を送り、俺は冷却装置の裏に回った。
「あー、このタイプか……」
「タイプ?」
「ああ。冷蔵庫に使われる魔法陣には大きく2つあってな。一つはこのマナ誘導式、もう一つは魔導式ってんだけど、このマナ誘導式は性能は高いんだけど、メンテがめんどくさいんだよ。故障もそれなりに多いしな」
「へー。ヨシアキさんはこれ、直せるの?」
「んー……」
見ると、普段のメンテナンスはそれなりにされている。だが――。
「マスター、ちょっとこの魔法陣いじっていいです?」
「え? いや、それはちょっと」
「だいじょーぶだよマスター、このおじさんに任せちゃって」
ベシャメル嬢、若い女性におじさんと言われるとおじさん、ちょっとショックが。
まあいいか。
「魔導学校では魔法陣デザインの講師やってます。まぁ、騙されたと思って」
「は、はぁ……」
いまいち納得いっていないようだが、まあ仕方ない。魔法陣デザインなんて言葉、一般の人は下手すると聞いたこともないだろう。
心配そうなマスターをよそに、俺は冷蔵庫の裏側に貼り付けられた魔法陣を丁寧に剥がす。
それなりの大きさはあるが、その作りは簡単だった。
氷属性の魔石を中心に、外側からマナを取り込んで発動させるシステムだ。
魔石をそのまま使うと過冷却を起こすため、魔法陣で効力を弱くさせている。
「で、これが効かないってことは……あぁ、ここか」
この手の魔法陣は、基本的に行き止まりのない迷路のような構成になっているのだが、どうやら数箇所、行き止まりになってしまっている通路があるようだった。
「ちょっと確認するか。……あの、ちょっと目が光りますけど、怪しいもんじゃないんで」
「え?」
「計量発動」
「おお!」
「目が……!」
「あれだ、異世界から来た人の、なんだっけ、スキル?」
「スキル!? これが……!」
周りの声はほっといて、俺は魔法陣に集中した。
やはり合わせて三箇所、通っていないといけない通路が煤で塞がっている。
魔法陣というのは本来、同じインクを使って作るもので、多少煤で汚れたくらいじゃ機能を止めることはない。
だが、例外があった。
安く量産するために印刷された魔法陣である。
安物と言ってしまえばそれまでだが、きちんと職人が作ったハンドメイドの魔法陣なんてものは、そう簡単に手に入るものではない。
まして、生活用品に使用されているものとしては、よほどの高級ブランドでもない限り、印刷された魔法陣が使われているのだ。
だが、問題はそこじゃない。量産品にもピンからキリまであって、これはぶっちゃけキリの方だった。
印刷用のインクは、安物になると木炭や煤の含有量が高くなる。できるだけ安く、色をつけるためにそういう処理をするのだが、この魔法陣は正にそういうインクが使われていた。
要は、インクの煤成分が、後から付着した煤をインクだと誤認してしまっているのだ。
「――となれば話は早いな」
俺はおしぼりを手に取り、該当する三箇所を丁寧に拭き取った。
「これで大丈夫ですよ。あとはこの魔法陣を貼り付ける場所を変えましょうか」
「場所、ですか?」
「外に出ている部分に貼ると、また同じことが起きます。なので煤の付かない場所――例えば冷蔵庫の中の天井とかね。基本的にどこに付けてても魔法陣が折れてたりしなければ効果は変わらないんで」
「わ、分かりました」
そう言いながら魔法陣を手渡す。彼は言われた通りに冷蔵庫の中に魔法陣を貼ると、中心の魔石がぽう、と淡く光り始めた。
「おお……!」
「さすがだねー、ヨシアキ先生っ」
「ふっふっふ、褒めなさい褒めなさい。ってところでマスター、冷えてからでいいからアイスコーヒーくださいな」
「もちろんです。お礼に好きなだけ、おごらせてください!」
「いや、おなかタプタプになっちゃうから……」
それからしばらく、マスターとベシャメル嬢と三人で余暇を楽しんだ。
「じゃ、ごちそうさま、また寄らせてもらいます」
「あちしも帰ろっかな、ごちそーさまー!」
「またいつでもおいでください。……と、そういえば思い出した」
「なんです?」
「いや、ヨシアキ先生のお名前、以前誰かから聞いたことがあるなぁと……ああ、そうだ」
次にマスターが放った言葉は、俺を激しく動揺させることになる。
「つい先日来られたお客様だ。確かその方も魔導学校の先生じゃなかったかなぁ。……たしか、ナインヘッドさんという方です」