第四話
レストン氏が管理している格技棟を貸してくれるということで、その場にいた全員で移動してきた。
テニスコートなら二面はとれるくらいのフィールドで、床は土。補強系魔法陣と保護系魔法陣があちこちに貼られている。
俺は落ちていた小石を拾い上げながら、誰ともなしにつぶやいた。
「なるほど、実戦仕様ってことか……」
「戦場での立ち回りを訓練する部屋です。ここなら多少のことがあっても問題ありません」
返事をくれたのはレストン氏だ。
「多少のこと?」
「スキル、使うのでしょう」
「あぁ……」
俺のスキル計量については、ある程度の情報を学校に提出してあった。
「どう使うのか、興味があります」
そういうレストン氏の表情からは、感情が読み取れない。もしかして結構な曲者だったりする?
このガタイで変なことになったら俺、生きて帰れるのかしら?
そう思った時、肩ストレッチをしながらプラム少年が現れた。
軽くジャンプしたりして、意外にもリラックスしているように見える。さっきの剣幕は完全に鳴りを潜めている。なるほど、こっちが本業か君は。
プラム少年は俺から少し距離をとった位置に立ち、レストン氏が間に入る形になった。
「遅いぞ武蔵」
「あ? ムサシ?」
「いや、何でもない」
ちょいちょい前世のネタが口をつくあたり、俺もまだまだよの。
「せーんせー、がんばってー!!」
「お」
観覧席にいるデイジーがブンブン手を振っている。隣でアヤメ嬢も胸の辺りで小さく拳を握っていた。
その他の生徒は各々適当に声を出したり胡散臭そうに俺を眺めたりしている。
完全アウェーの空気感。いいね。
これが終わった時が楽しみだ。
「プラムも来たところで、勝利報酬の確認を。まずプラム」
「こいつの追放だ! ここにいる全員の前に、二度とツラ見せんじゃねえ!」
そいつは困ったな。負けたら家にも帰れないじゃないか。
デイジーという大家の娘を半ば人質に取られるようなもんだ。違うか。違うね。
「ヨシアキ先生、よろしいですか?」
「……いいでしょう。こちらの報酬としてはただ一つ」
「……」
「……」
「……」
急に静まり返るギャラリー。
いや、別にタメるつもりはないんだけどさ。
「卒業までちゃんと授業受けろ。それだけだ」
「そうきたかー!!」
デイジーの明るい声が格技棟に響く。アヤメ嬢も笑顔でうなずいていた。
その様子に反応したんだろうか、プラム少年は憎悪の表情を隠さず、唸るように言葉を絞り出す。
「……のやろうっ」
「勝利判定は私、レストン=ラトンが見極める。どちらかの生命の危険、または戦意喪失を以って勝負ありとする。双方よろしいか」
「お願いします」
「……ッス」
「では」
レストン氏の腕が天を指す。
その腕が振り下ろされると同時に、
「はじめ!」
「おおおおおおおっ!!」
プラム少年が凄まじい勢いで突っ込んできた。
はっや!!
「くっ」
がつん、という音と共に、クロスガードした俺の腕にとんでもない衝撃が走る。
と思った瞬間、今度は背中に激痛。
俺は彼の初撃で吹き飛ばされ、背中から床に叩きつけられた。
「か……はっ」
肺の空気が強制的に吐き出される。
土がクッションになってくれた分、致命傷にはなっていないが、それでも手足に痺れが走った。
なるほど、言うだけのことはあるなぁ。
その時、ふいに頭の中に艶のある女性の声が響いた。
『苦戦しておるのかのう?』
(ゼファー女史……)
『余裕っツラで事前にスキルを使っておかぬからだ』
(おっしゃる通り、面目ないね)
『ま、貴様のスキルの使い方はなっておらんからのう、使ったところで身体がついていかんだろうが』
(え?)
『発動中、自分の感情が昂る感覚があるだろう。無意識に抑え込んでいるようだが、それがいかん』
(どういう意味だ)
『スキルの強さは感情の強さと比例しておる。これを知っている転移者は今ではおらんがのう』
(感情の強さ……)
『唯一無二になってみせよ、ヨシュア』
そう言うと、ゼファー女史の声はふつりと消えた。
感情の強さか。
つまり、素を出せってことか……。
「おぉい、まさか死んだんじゃねえだろーなぁ、先公!」
「せ、せんせぇ……」
頭の上の方からプラムとデイジーの声が聞こえてきた。
しょうがない。
俺はしっかりと目を閉じ、口を開いた。
「計量、発動」
――――
ヨシュア先生とプラムが戦ってる。
最初、いきなりぶっ飛ばされた時はどうしようって思ったけど、スキルを発動した先生は凄かった。
プラムの嵐みたいな攻撃を紙一重で避けまくってる。
〝計量〟で距離とか強さとかスピードを測ってるのは分かるんだけど、身体の動きも普段とは大違いだ。
それに、あの見た目。
目が青白く光って、それと同じ色の光が全身から稲妻みたいにパリパリって漏れ出てる。
魔導師が魔法を発動する時の、ふわっとした光とは違うやつ。なんかちょっと怖い感じがした。
「スキル光は初めて見るな……」
「レストン先生」
「興味深い」
「先生、スキル光って……」
「ヨシアキ先生から出ている光です。彼のスキル〝計量〟は、基本的に眼を使うものですが」
レストン先生はいつも通りの無表情なのに、なぜかワクワクしてるように見える。
「あの全身に纏う光。あれは、ヨシアキ先生のスキル効果が全身に行き渡っている証拠です。ただ、それが出来るのは過去に数人だけと聞いていましたが……」
珍しくレストン先生がおしゃべりになってる。ちょこっと鼻息が荒くなってるあたり、だいぶノリノリっぽいなー。
「てめえっ! ちょろちょろしてんじゃねえっ!!」
「避けるに決まってんだろ、アホか」
「てんめぇ……」
「オラどうしたよ。自慢の腕っぷしも当たらなきゃ意味ねえぞおい。こんなおっさん相手に情けねえなぁ、獣人戦士!」
うーわ、あおるあおる。しかもなんか口悪いよ先生。もしかしてあれもスキルの効果?
「身体能力そのものは変わらず、しかし動体視力が異常に上がっている。……そうか、たとえガードしたとしても、当たってしまえばさっきの二の舞ということか」
レストン先生がずっと一人で何かぶつぶつ言ってる。ちょっと怖い。
そんなことを思ってると、アヤメちゃんが声をかけてきた。
「で、デイジー……」
「どうしたの、アヤメちゃん?」
「先生、大丈夫かしら……」
「大丈夫」
「……ほんとに?」
うん。大丈夫。
「だって、ヨシュア先生だもん」
避けるだけで攻撃なんかしてないけど。
……大丈夫だよね?
「……だいぶ疲れてきたようだな、ガキンチョ?」
「はぁ、はぁ、……っせぇ!」
あ、プラムが足止めてる。めっちゃ肩で息してる。よく見たら足も震えてるじゃん。
「プラム、すごい疲れてる……?」
「でしょうね。空振りっていうのは消耗するんですよ。しかも彼は、ヨシアキ先生に挑発されて、ほとんど全力で攻撃しっぱなしですから」
ここまで計算してたの……?
そう思いながら先生を見ると、汗ひとつかかずに涼しい顔をしていた。
「最小限の動きだけで躱してますからね……。とはいえ脳はずっとフル回転してるはずなんですが……」
レストン先生が首を傾げてる。
でも、それの答えはあたし、多分知ってるんだよね。
「ヨシュア先生、転移する前の世界では、3日ずっと寝ないで仕事し続けたことがあったんだって。それに比べたらきっと、大したことないんだと思う」
「なるほど……」
「おあああああああっ!!」
「!」
プラムが叫びながら、ヨシュア先生に突っ込む。先生の方は、避ける気配もなく、逆に身体を大きく沈み込ませてる。
――決まる!
そう思った瞬間に見えたのは、突っ込んでくるプラムに対して、ひょいっと足払いを仕掛ける先生の姿だった。




