相手の正体
「ほら水だ」
慌てて渡してくれたコップに入っていたのは無臭で透明な液体。これは水に間違いないだろう。
「ありがとうございます」
私はコップを受け取ると、それを一気に飲み干した。
美味しい。
水分が疲れた身体に染み渡る。
やっと一息ついた私は顔を上げ、ゆっくりと相手の顔を見た。
人ではないことはわかるが、ここにいた人間よりはるかに優しいことを知っているため、何だか恐怖を感じなかった。
「落ち着いたか?」
「あ、はい。あの、私真中凛と申します。貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか。お名前がわからないと呼ぶこともできないので」
顔色を伺うように見つめると、あっさりと返事が返ってきた。
「魔王だ」
「マオウ?」
「ああ。魔を統べる者、魔王だ。名前というより、役職といったところか」
へえと思う気持ちと純粋な疑問がいくつも出てくる。
「じゃあ、魔王さんのお名前って何ですか?」
「そんなものはない。魔王と呼んでくれ」
「はあ、マオウさんですね。わかりました」
魔王ってこんなに優しいの?
迷い込んできた人間をもてなすほど?
うーんと考え込んでいると、今度はマオウが質問をしてきた。
「なあ、お前は人間ではないのか?」
さっきもそんなことを言っていた気がする。
「どうしてそう思うんですか?私は人間ですよ。ただ、召喚したとか何とか言ってて、違う世界から連れてこられたみたいですけれど」
「ふむ、そうか」
私が返事をすると、マオウは考え込んだ。
何かまずいことを言ってしまったのか?と思っていると、マオウはこちらを見てまた口を開いた。
「ここにいる人間は刺激物を苦手とし、最悪死に至る。甘いものを好み、解毒剤としても使用すると聞いている。お前から刺激物の匂いを感じたのはラブに触ったから刺激物に中り具合が悪くなったのだと思ったのだが、違うのか」
なるほど、そういうことか。
さっきの甘いものは解毒剤のつもりでくれたもので、逆に昨日の料理がスパイシーだったのは毒のつもりだったのか。
「私のいた世界では、人間は刺激物も食べますし、甘いものばかり食べていると身体を壊しますね。先ほど頂いた液体ほど甘いものはちょっと甘すぎて身体が拒否してしまいました。すみません」
「そうか。謝らなくていい。じゃあ、何故凛はここにいる?召喚されたのだろう?」
ああ、と私は手を叩いた。
「チートスキルが無かったらしくて、不要だと言って殺されかけまして。それで逃げてきました」
「チートスキルが無かった?」
「はい。何だかよくわからないんですが、無と出たそうでして。スパイスのよく効いた料理でもてなされて、部屋で寝ているように言われまして。朝になってどう殺すかーみたいな話を聞いてしまって逃げてきたんです」
「そうか、大変だったな」
マオウはそう言いながらぽんと頭を撫でてくれた。
「大変だったな。そんなやつらのところへ戻らなくていい。凛さえ良ければここへ泊まりなさい。ただ、元の場所へ返してやる技術はあいにく持っていない。すまないな」
少し悲しそうに見えるマオウの表情に思わず泣きそうになった。
「謝らないでください。悪いのは人間です。ここに泊めてください。お願いします」
「そうか。じゃあ部屋を用意する。食事も取らないといけないな。準備をしよう」
「ありがとうございます」
マオウはまた奥へと向かって歩いていった。
マオウの優しさに涙が出そうだ。格好は変だけど。
まあそのおかげでビビらなくて済んだからよしとしよう。
ソファに座ってラブを撫でながら、マオウが帰ってくるのを待った。