森の探索
「はあはあはあ」
城が見えなくなった辺りで足を止め、呼吸を整える。
今着ているのはスカートタイプのスーツに、3センチ程度のヒールのあるパンプス。こんな格好で走るなんてやっぱりキツい。
それでも就活中はもっと走れたような気がする。
走れないことを森の中で足場が悪いからだと言い訳したいが、それにしても息が上がるのが早い。
「年か……」
嫌な現実が重くのしかかってくる。
考えないようにしつつ後ろを振り返ると、誰かが追ってきているようには見えない。
抜け出したことがバレていないことを祈りながら、今度は今いる場所を見渡した。
何だかスパイシーな匂いのする森で、地面にはネギが生えている。よく見ると野イチゴも生えていた。
少し進むと川が見えたので近づいてみると、何だか赤く、トマトソースのような匂いがする。
そういえば昨日の料理にトマトソースがかかったものがあったが、まさかね。
「一応飢え死には避けられそうね」
そう独り言ちつつ、ゆっくりと前へ進んでいった。
水が見当たらない。
木を傷つけると水が出るとか聞いたこともあるが、あいにく刃物なんて持っているわけもなく。
昨日料理はたくさん食べたし、朝ごはんは食べない日の方が多いのでお腹が空いている訳ではないが、流石に水源は確保したい。
最悪、ここで暮らすことになるのだから。
とはいえ、もっと良い場所があればそれに越したことはない。
私は時々休憩を挟みつつ、ゆっくりと森を進んでいった。
1時間ほど進むと、森の様相が変わってきた。
スパイスのような匂いは相変わらずだが、足元は土から石へと変わり、木から宝石のようなものが生っている。
「綺麗」
思わず立ち止まった。
森の中のはずなのに、豪華な庭園にでも来ているみたいだ。
いや、もしかして本当に誰かの所有地に入ったのかもしれない。
近くにまともな人が住んでいることを祈りつつ、さらに奥へと進んだ。
「ワンッワンッ」
急な生き物の声に驚いたが、気がつくと私の左に犬が立って尻尾を振っていた。
中型犬くらいの大きさで、黒くて短毛。
舌を出してヘッヘッと呼吸をしていた。
「スパイスの匂いが結構するけど、大丈夫なの?」
そっと顔を見て話しかけるが、犬は尻尾を振るだけ。
犬が逃げていかないので、優しく頭を撫でてみた。
犬はもっともっととばかりに頭を手にグイグイ押し付けてくる。
可愛い。
ここに来て初めての癒しだ。
しばらく犬と遊んでいると、犬が急に走り出した。
少し離れた場所まで走ると、こっちを見て待っている。
まるで、こっちに来てと言わんばかりに。
「どこ行くの?」
私は犬の後を追った。
やがて犬はある建物の前で立ち止まった。
何だか大きくて禍々しい、黒紫色の建物。
犬は何だか手慣れたようにインターホンらしいものを押した。
「ワン」
犬が一鳴きすると、建物から人が出てきた。
いや、人ではなかった。
近くにつれ、その相手が人ではない”何か”であることがはっきりとしてくる。
大きな黒い身体に頭の横から生えた角、顔についている目は縦に3セット、つまり6つある。
ただ、白いTシャツにハーフパンツという格好なのが笑いを誘う。何でそんな服装をしているんだ。
笑ってはいけない場面に遭遇すると人は笑いたくなるもので、本来なら怖がったり逃げたりする状況で私は今笑いをこらえている。
相手は犬を抱き上げると、私を見た。
「お前は誰だ」
結構若めのイケメンボイス。正直なところ低い声を想像していたのでさらに吹き出しそうになる。
私が下を向いて黙っているのを何か勘違いしたのか、相手は抱えた犬に顔中を舐められながら「上がりなさい」と言ってくれた。
私は無言で頷き、お邪魔させてもらうことにした。