家の中の文房具
ご飯を終えると、どうやらもう寝る時間のようだった。
マオウに部屋に戻って寝るように促されたのだが、私はそれを拒否した。
「マオウさん。何か文字を書いたりイラストを描いたりすることができるものはこの家にありませんか?」
「え?」
マオウは困った顔をしている。
いや、私の部屋に置手紙があったのだからあるでしょ。
「ほら、誰かにメッセージを残したりすることができるものとか!マオウさん書いてましたよね?」
そう言うと、マオウは「ああ」と声を漏らした。
「こっちだ」
マオウは背中を向けて階段を上がり始めた。
「この部屋にあったはずだな」
この家の2階の1番奥の部屋に案内された。
清潔にされているが、使われている感じがしない。
マオウは私を見ながら言った。
「必要なものがこの家には用意されていると言っただろう?あのメッセージもこの中に”そのままあったもの”だ。私が書いたものではない」
「そうなんですね」
だからペンを知らなかったのか。納得した。
「あれ?でも何て書いてあったのか読めるんですね」
本は読めないと言っていたはずだけど。
「いや、誰かに部屋を使ってもらう時にはメッセージが必要だと、この家に来る時に教えられたからな。それで持ってきたわけだ。だから、あれが何を示しているのかは私にはわからない」
「そうだったんですね」
やっぱり文字は読めないようだ。
ペンが持てるようになったら文字も書けるようになるといいな。
マオウから許可を得て、部屋を見て回った。
マオウからは今日は休んで明日にすればいいじゃないかと言われたが、何となく起きていたい。
何だかよくわからないが、今日はそういう気分なのだ。
部屋を見ていると、懐かしい気持ちになった。
算数セット。
分度器。
コンパス。
色鉛筆。
折り紙。
元の世界うんぬんじゃなくて普通に懐かしい。
「うわあ、これ子どもの頃あったなあ」
角がめちゃくちゃ多い消しゴムを持ち上げながら呟くと、マオウは珍しげにそれを見ていた。
「何だこれは」
「消しゴムです。文字を書き損じた時に使うものなんですけど、これは角が多くて、細かいところを消すのに便利なんですよ」
私が説明すると、マオウは「ほう」と呟いた。
「凛は文字が書けるのか」
「はい。5歳くらいの時には自分の名前が書けるようになっていたみたいですよ。たどたどしい文字ですけど」
ふふっと笑うと、マオウは驚いた様子でこちらを見ている。
「生まれたばかりじゃないか」
「生まれたばかり……うーん、もう意思を持つ年齢ですからね。5歳なんて。自分の気持ちを伝えたり残したりするために、元の世界では文字が書けることは必要でしたから」
「そ、そうか。人間って大変なんだな」
また、うーんと唸り始めたマオウを見て何だか面白くなってきた。
クシュンッ
マオウが唐突にくしゃみをした。
「ちょっと冷えるな。やっぱり明日にしないか」
「そ、そうですね。ふふ。見たいものも多すぎるので明日にしましょう」
まさかマオウのくしゃみで切り上げることになるとは思わず、笑いが込み上げてくるが我慢我慢。
そもそも冷えるならアロハシャツはやめた方がいいだろう。
明日のマオウの服装にも期待しながら部屋に戻って眠ることにした。