付き合ってください
「何を言っているのかわかっているのか?」
困った顔をして見つめてくるマオウに私は頷く。
「ええ、もちろんです」
私は気がついたのだ。
この世界でも男運が悪いことは人間に会った時に証明済みだ。
そして思ったのだ。じゃあ”人間にこだわらなくてもいいじゃないか”と。
マオウなら優しいし、衣食住も保証されているし、話していて楽しい。十分じゃないか。
見た目なんて二の次だ。そんなことは元の世界で証明し尽くしている。悲しいことに。
「あ、もしかしてマオウさんって女性でしたか?」
魔物の男女はわからない。性別で困らせてしまったなら申し訳ない。
「いや、一応男だったはずだ。繁殖の必要がなくなってもう時が経ちすぎて忘れかけているが。そもそも男女やオスメスといった類のない魔物も多いからちょっと断言はできない」
「へえ、面白いんですね。私は気にしませんよ」
ええ、と更に困った顔になるマオウ。
「凛、年はいくつだ」
「年?あー、30前後ですねえ」
はっきりと言い切らない、いや言い切れない辺りが私の最後の意地だろうか。
みっともないが。
すると、マオウが素っ頓狂な声を上げた。
「さ、30!?付き合うなんて無理だ!私はロリコンじゃないぞ!」
ぶふっと笑い声が漏れてしまった。
30でロリコン!?ありえない。何を言っているのか。
「ま、魔物ならどうかわかりませんが、人間ならもうおばさんに片足つっこん……近い感じですよ。少なくとも結婚していてもおかしくないです。子どもじゃないので安心してください」
いやいやいや、とマオウが首を横に振る。
何がそんなに気になるのだろうか。
「凛の住んでいた世界では30は子どもじゃなかったかもしれないが、この世界の人間は100歳で成人だ。わかるか?私にとっては凛はまだ生まれたてくらいの年なんだ」
「面白いですね。私の世界では100歳まで生きられる人の方が少数ですよ。平均寿命が約80歳です」
なるほどなと思った。
人間の寿命もここでは違うのか。みんな長生きだなあ。
そんな呑気なことを考えていると、マオウは考え込むような仕草をしていた。
「どうしましたか?」
「いや、そんなにすぐに死んでしまうなんて考えられなくてな。まさか嘘をついて同情を誘っているのか?」
私は思わずグフッと声を漏らした。
「そんな同情で気を引けるなんて思っていませんよ」
「そうか、そうなのか。いや、こんがらがってきた。駄目だ」
マオウは立ち上がって部屋をぐるぐると歩き始めた。
何をそんなに気にしているのだろうか。
付き合うという感覚が魔物にはないのか、はたまた意味が違うのか。
「あの、マオウさんが考える付き合うってどういうことを指していますか?もしかして大きな勘違いをさせてしまっているのではないかと思いまして」
ぐるぐる歩くマオウに声をかけると、マオウがピタッと足を止め顔を上げた。
「そうか、違うかもしれないのか」
少し明るい顔で私を見つめるマオウ。
「いわゆる、結婚前の男女が一緒に住んだり遊びに行ったり、その、子ができない程度に性行為をするアレではないのだな?」
「いや、合ってますね」
私が答えると、マオウは膝から崩れ落ちた。
その様子が面白くてお腹が痛くなってきた。
というか何故家族はいないのに付き合うことは知っているのだろうか。
するとマオウがぼそりと呟いた。
「昔人間が落としていった本に書かれていたことを私がするのか……?」
なるほど本で読んで知っていたのか。そんなに嫌がるなんて、その本には何が書かれていたのだろう。
もしくは、マオウは人間のような振る舞いをしたくないということだろうか。
今も十分人間臭い気がするのだが。
「嫌ですか?」
「いや、そうではなくて。家族やら恋人やらがよくわからないのだ。そんな状態で人間が重視するそれらを私が行うのは無理があるのではなかろうか」
「やってみればいいんじゃないですかね」
マオウはまたぐるぐると歩き始めた。
人間でもあんまり考えずに付き合っている人がいるというのにマオウは真面目なんだなあと、私の中でのマオウの好感度が上がった。