何故に隣人は夜中に出かけるのか?
初めて、この手の作品を書きました。
本棚に並ぶのは医学書、法律や司法と刑法に関する本、文学書、哲学書、どれもこれも難しい本ばかりが並ぶ。
金山一郎は机に難しい本を開いて向かい、今夜も勉強中。
小学校の頃から、こうやって勉強を続けてきたからこそ、一流大学生に合格できたのだ。
一流大学生に合格できたからと言っても、そこがゴールではない。まだまだ先は長い。ちゃんと今後の計画を練って失敗のない人生を送り、そして成功者になる。
それを目標に、こうやって勉学に励む。
バタン、隣の部屋のドアが開き、コツコツと廊下を歩く足音。
時間は午後11時、いつも隣の住人の青池静也は今頃の時間に出かけ、明け方近くに帰ってくる。
一体、隣の住人は何をやっているのだろう、もしかしてあれが引き籠りなのか?
たまに静也とはゴミ捨ての時などに出会ったことはあるが、引き籠りにしては小奇麗な外見。
まぁ、隣の住人のことなんて気にしても自分の人生には何の関係もない。
そんなことよりも勉強を続けことの方が肝心。
“隣の住人のことなんて気にしても自分の人生には何の関係もない”と、このとき一郎は考えていたのだが……。
マンションの近くにある心霊スポットの廃墟へ、夕暮れ前にやってきた一郎。
なんでも元はスーパーだったが経営苦で経営者一家が心中、肝試しに来た人が不可解な金属音を聞いたとか白い影が横切ったとか、そんな噂が広まっていた。裏にある鬱蒼とした雑木林も廃墟の不気味さを盛り立てている。
今日は大学は休み、たまには息抜きも必要。
本当に経営者一家が心中したのか疑わしい、調べてみてもそんな事件は出てこない。
息抜きに、ここの心霊現象を解明してみるのも面白いかも。
煙草をくわえ、ライターで火をつける。
煙草を吹かしながら、廃墟を歩く。
割れた窓、壁には落書き、床には新聞紙や古雑誌などのゴミが散乱している。
何も怪しいことは無いなと思われた、その時。
カァァン、突然金属音が鳴り響く。続いてカンカンカンと金属音が続く。
「来たな」
煙草を投げ捨て、金属音が聞こえてきた方向を目指す。
目の前を白い影が横切る。
「……」
恐れることなく、観察してみれば天井にピアノ線が張ってあり、白いシーツが吊られでいるではないか。
金属音が聞こえてきた場所に行くと、慌てて逃げていくホームレス。
床には金属のバケツとハンマーが落ちていた。これで音を鳴らしていたのか。
「なるほど」
ここに住み着いていたホームレスが侵入者を追い返すため、心霊現象を演出していたのだ。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花か」
捕まえる必要は無い、息抜きは十分に出来たのでマンションへ帰る。
マンションへ帰って予習をしていた一郎。外からけたたましい消防車のサイレンの音が聞こえてくる。
サイレンの音はどんどん近づいて、近くで消防車が止まった。
何事かと窓を見ると、どうやら近くで火事があった様子。
「あの方向は……」
まさかと思い、もっと詳しく見るために外へ出る。
マンションの前には、もう人が集まってきていた。
この位置からは、よく見えないが火事が起こっているのは……。
「廃墟で火事があったみたいですよ」
眠たそうにパジャマ姿の静也は欠伸をしながら言った。
廃墟で火事と聞いた途端、一郎は青ざめる。
黙ってみている静也。
『まさか、火事の原因は……』
よくよく思い返してみれば煙草の火をちゃんと消しただろうか?
翌日、ネットを検索、廃墟での火事を調べてみれば原因は煙草の不始末だと出てきた。
「そんな……」
さらに調べる。火事の原因が特定できたのは火災調査官の鑑定結果であり、肝心な煙草は殆どが逝けていて証拠品にはならないとのこと。
ホッとしたのも一瞬、あの現場にいるところをホームレスに見られていたことを思い出す。
火災現場である心霊スポットの廃墟へ向かう。
犯人は犯行現場に戻る。そのこと知っていても気になって気になって、どうしても来ずにはいられなかった。
誰かに見られても、野次馬心理で火災現場を見に来たと言えば済む。
廃墟を見てみれば大して焼けておらず、どうやらぼやだったようだ。
ぼやだからと安心はできない、まだ最大の懸念が解消されたはおらず。
人の気配がして振り返れば、そこにホームレスがいた。心霊スポットの廃墟に住み着いていた、あの心ホームレス。
ホームレスと目が合う。
持っていた買い物袋をホームレスは落とす。
「ほ、放火魔だぁっ」
そう言い、怯えたホームレスは逃げ出す。
放火魔じゃないと弁明する余裕など無かった。
過失とは言え火事を起こしてしまった。原因は煙草、おまけに一郎は未成年。
大学に知られでもすれば最悪退学になってしまう。
折角、一流大学に入学したと言うのに、こんなことで躓いてなるものか。
そのことで頭がいっぱいになり、他には何も考えられなくなる。
逃げるホームレスを追っかけ、肩を掴み強引に振り向かせ襟首を掴む。
「お前に話がある」
こんなホームレス、脅して金を握らせてれば黙らせることができるはず。
「俺は金を持って――」
ホームレスは何とか逃れようと、襟首を掴んだ腕に噛みつく。
「なにしてんだ! ホームレスごときがぁ」
頭に血が上り、ホームレスの顔面を殴りつけた。
倒れたホームレスはコンクリート壁に後頭部を打ち付ける。
引っ掻かれて出来た手首のかすり傷条件反射で摩りながら、ホームレスを見てみれば、ピクリとも動かなくなっていた。
慌てて肩を掴んで揺すっても、何の反応もホームレスは見せない。
死んでいるのか……。ならば殺人犯になってしまう。
「冗談じゃないぞ、こんな奴のために俺の人生が」
成功者になるためにここまで積み重ねてきたのに、このままでは全てが崩れてしまう。こんなホームレスに台無しにされてしまうのか? 終わらてはなるものか!
『死体が見つからなければ殺人とは解らず、行方不明扱いになるはず』
幸い相手はホームレス、どうせ消えたところで誰も気にしはしない。
マンションに前まで帰ってきた一郎。全ての作業は終了している、目撃者もいない。
完璧な作業、誰にもバレることは無いだろう。
「これは金山さん」
不意に声をかけられ、ドキリとして振り返って顔を見れば相手は静也。
「この時間に外にいるのは珍しいですね、静也さん」
平静を装って応対。
「コーヒーを切らしちゃいまして。でも、どうしてもコーヒーが飲みたかったんで自動販売機まで買いに行ったんですよ」
手に持った缶コーヒーのブラックを見せる。
「そうなんですね、俺はこれで」
一礼してから、いそいそと部屋へ戻る。
そんな一郎の背中を見ている静也。
あれから5日たってもホームレスの話は出てこない、やはり消えても誰も気にならない人物だったのだ。
上手に噂を広めれば火事の原因をホームレスの所為にできる。それで姿を消したのだと。
ネットと言う便利なツールもある。
もう不安に思うことはない、何もかもがうまく行っている。やはり自分は成功者になるべき人物であることを確信。
安心したら、お腹が減ってきた。スマホの見ればちょうどいい時間、食事をしに外へ。
廊下で今日も、珍しくこの時間に外に出ていた静也と出会う。
軽く挨拶してすれ違おうとした時、
「先程、廃墟に住み着いていたホームレスに会いまして」
挨拶が喉元で止まる。
「しばらく見当たらなかったんで心配していたんで、無事でよかった」
震えるのを必死に我慢する一郎。
「な、何か言っていましたか」
何とか声を絞り出して聞く。もし静也に自分のことを話されていたら……。
「何でも、いい金づるが見つかったなことを言っていましたよ。どうゆう意味なんでしょうね」
我慢を続けるが、我慢にも限度がある。
「俺は食事に行くので」
平静を装い、その場を後にする。
まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか、あのホームレスは生きていたのか!
あの時、気が動転してちゃんと死んだかどうか確認していなかったような気がしてくる。
不安は大きくなり、押しつぶそうとしてくる。
もし本当にホームレスが生きていたなら、大変なことになってしまう。
金づるとは誰のことを指しているのか?
シャベルを片手に廃墟を通り抜け、雑木林へ。
奥へ入っていき、
「ここだ」
辿り着いた地面を掘り始める。土が柔らかい、一度掘り起こした証。
小一時間掘っていくと、そこにあったホームレスの遺体。
「あるじゃないか、あの引き籠り、いい加減ことを言いやがって」
不安が解消され、つい笑顔になる。
「そこにあったんですね」
いきなり声をかけられて誰だと見てみれば、そこに静也が立っていた。
一体、いつからそこにいたのか。あまりのことに掛ける言葉も浮かんでこない。
「僕もね、廃墟の心霊現象はホームレスがやっていたことは知っていたんですよ」
静也の手にあるスマホのカメラが静かに見つめている。動画で撮影されていた、一部始終を。
「5日前、マンションの前であなたにあった時、様子がおかしかったん変だとは思っていたんですよ。嫌なことが思い浮かんでしまって、廃墟に行ってみれ住んでいたホームレスの姿が見えない。そこでカマかけてみたら、最悪の結果でした。残念ながら」
残念ながらの声が重い。
「その手首の傷、多分、引っ掻かれたり噛みつかれたものでしょ」
今は絆創膏を張っている一郎の手首。そこには確かにホームレスに噛まれて引っ掻かれた傷がある。
マンションの前であった時、手首の傷にも静也に気付かれていたのだ。
噛みつき跡と引っかき傷。ホームレスの遺体を調べれば歯型と爪の間の血と皮膚片のDNAは十分な証拠になる。
「実は僕、ミステリーオタクでいろいろ学んでいるんですよ」
感情の読みにくい口調で語る静也。
ただの引き籠りだと思っていた相手に、初めて怖いと感じてしまう。
何かが一郎に囁いた。“このまま、黙って見逃すのか”と。そして囁きに乗ってしまつた。
「うおっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
シャベルを振り上げ、襲い掛かる。
振り下ろされたシャベルを躱し、静也は一郎の襟首を掴んで投げ飛ばす。
「うちの実家、柔術の道場をやっていてね」
その言葉は地面に叩きつけられ、気絶している一郎の耳には届いていなかった。
その後、通報でやってきた警官に一郎は逮捕。
証拠もしっかり揃っている上、静也がスマホで撮影した遺体発掘動画もある。これでは言い逃れは不可能。
呆然とした状態で一郎はパトカーに乗せられ連行されていく。
☆
深夜のコンビニに客が1人、入ってきた。
こんな時間帯なので店内の客の数は少ない。
「いらっしゃいませ」
店員の制服を着た静也は深夜にも関わず、サービス満点の元気な笑顔で挨拶。
静也のシフトは午後11時30分~午前5時30分まで。
ミステリー物は好きな方です。