心海のパンツァー
ロージア連邦国は寒冷地である。
他国が人間と魔族の間で争う中、ロージアには敵対する勢力も魔族も存在しない。
ロージアはユグドラシル大陸の北方に位置し、母なる地球の病原菌である人間と魔族を駆逐すべく軍事侵攻を開始する。
ユグドラシルを南下中、隣国の島国〝天津帝国〟はロージア軍の接近を懸念し宣戦布告なしでロージア海軍補給母艦を奇襲、さらに陸軍にも長距離砲にて壊滅的被害を与えた。
天津帝国の20倍以上の大国ロージアであったが、天津帝国は同盟国イヴァリスから供与された戦艦の量産型を大量に投入し、ロージア海軍は完全に大敗を決する。
だが、天津帝国海軍の主力戦艦たる〝 武威級/戦艦〟が次々に撃沈されるという謎の攻撃を受ける。
「海の中から大砲を撃たれている…?」
天津帝国軍は見えない敵を『深海の戦車』と呼んだ。
「海の中に戦車がいる」_____と。
――――――出兵前
レオンハルトは、兄の遺品が入った箱を置くと険しい顔で玄関ホールから二階へ駆け上がった。
屋敷には栄華を表すよう豪華な装飾品があったが、今はない。
暖炉にも火はくべられていない。
陽光に反射し、つやが美しい大理石の床は曇り、踏み荒らされたような足跡がいくつも残っていた。
調度品が持ち去られたからである。
「父上!母上!……レジーナッ!!」
レオンハルトは父と母の寝室の扉を開ける。
―-!?
そこにはピストルを構えた父。
震える母と侍女のレジーナの姿があった。
レオンハルトはレジーナからの手紙を受け取り、ローウェル高等専門学校の寮から実家に戻って来たのだ。
戦死した兄の遺品を軍から受け取っての帰郷であった。
上流階級のレオンハルト家が衰退したのは技術者である父が開発した補給母艦、戦闘艦が次々に弱小国である天津帝国の戦闘艦に撃沈された責任の追及である。
信用のなくなった戦闘用造船会社は莫大な負債を抱えて倒産まで風前の灯火であった。
経営する戦闘用造船社〝ミューゼル社〟は連邦海軍との提携で造船ラインをすべて戦艦にし、残存の汽船も補給艦に改造する。
開戦当初は、連邦軍に海戦を挑む敵国がいないために補給艦をメインに陸軍の支援をしていたのだが、天津帝国海軍の奇襲が始まると帝国軍の保有する主力戦艦〝武威〟の火力により、次々と補給艦は沈没。
戦艦に至っても敗戦に敗戦を続け、抵抗は虚しく艦隊は壊滅的被害を受けてしまう。
補給艦の艦長であった長男が先の奇襲で戦死。
開発中の新型戦艦は導入を懸念され、製造を中止した会社は事実上の深刻な状況であった。
レオンハルトも父の事業を継ぐべく、ローウェル高専で高度なシステム開発技術を学んでいたのである。
レオンハルトは狂乱する父を諌める。
最強を誇る連邦軍の主力戦闘艦を製造する父の夢は弱小国として警戒を疎かにした天津帝国の艦隊の前に脆くも撃ち砕かれたのである。
100人を越えた使用人の数は没落貴族出身の年下の少女レジーナが残るのみ。
没落した貴族はロージアでは多く存在するが、遠い血族たる貴族の使用人になるか裕福な家庭に住み込みで働く家庭教師、あるいは裏世界に身を投じることで保身を保つのが一般的であった。
しかし、彼女の父と母は事業の失敗を苦に自害している。
行き場のない若い彼女の行き先は結婚ができない限り貴族と言え、暗い部屋しかない。
レジーナから『他の奉公先に行く』との手紙を受け取っていたレオンハルトはそれを阻止するべく、兄の遺品を受け取るため海軍に寄ったあと屋敷に戻ったのである。
父の会社の生産ラインが停止していることは想像にもつかなかったことである。
レオンハルトは弱冠17歳で兄の戦死、悪化した父の事業と直面することになる。
そして、5年前に出会い、密かに思いを寄せていたレジーナを苦界に行かせないためにも決意し両手拳に力を込めた。
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ここからは、後に『深海のパンツァー』と天津帝国に恐れられながら戦犯容疑で軍法会議にかけられ仲間、そして敵国皇帝による弁護でロージアの大統領になる…英雄となるレオンハルト・フォン・ミューゼルの英雄譚を紐解いてみる。
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―――凱旋後
ディルナイゼン中佐は義足の足を引きずりながら、面会室へ急いだ。
かつて天津帝国軍と死闘した際に失った足が急ぐ彼に激痛をあたえるが、今の彼を止められるものは存在しえるだろうか。
ガッと扉を開け、室内に入る。
「二人きりに!」
被告人を拘束している兵士たちに強く言いつける。
兵士たちは「……はっ」と一息つけたあとに面会室から出て行く。
5人いた兵士すべてが中尉。
貴族出身の士官である国防局務めの制服組だ。
「マジックミラーの監視も含めてだ。これは命令だ」
扉を閉めかける士官にディルナイゼンは背中で伝えた。
「はっ」
士官らはお互いに頷いてゆっくりと扉を閉める。
被告人の名はレオンハルト中佐。
ディルナイゼン中佐とは入学と同時に准佐となるロージア海軍上級士官学校の同期である。
「……ディルナイゼン」
「無様な醜態を晒しやがってッ!!」
レオンハルトが言いかける言葉を遮るようにディルナイゼンが咆哮する。
かつてレオンハルトが艦長を務める潜水艦〝リヴァイアサン〟の対戦長としてディルナイゼンは彼と供に天津帝国の艦隊と戦闘を繰り広げた。
リヴァイアサンは構造上、人数は最小限かつ精鋭に抑えられる。ディルナイゼンは対空機銃を主に担当した。
海軍の弁護官、検察官、裁判官を育成する上級士官学校法学部卒で貴族のディルナイゼンは司法試験合格後の最終課題である最前戦研修でリヴァイアサンへの乗艦を望んだ。
それは「世界を守りたい」理由はそうレオンハルトは聞いた記憶がある。
リヴァイアサンは天津最新鋭にして最強の戦艦〝正義〟との戦闘の末に投降したのだ。
レオンハルトの罪状はその後にある。
彼が足を失った経緯はレオンハルトが艦長としての判断を誤ったからに他ならない。
凱旋後にディルナイゼンは怪我を理由に軍を去り、司法局へ移ろうとしたが、軍の病院でレオンハルトが拘束されたことを聞くと彼を救うためにここにいる。
彼の弁護官として――――――
「今度は俺がお前を助ける!必ずだ!」
ディルナイゼンはレオンハルトに強い眼差しで言い切った。
――――――上級士官学校入学前
父の会社である〝ミューゼル社〟は小さな工場をひとつ残すが工員はいない。
海軍士官であった兄もミューゼル製の戦艦を知り尽くしていたため、若くして艦長になったが、退役後は父の会社を継ぐ予定であった。
その際に兄に見せようとした『ある設計図』を持って父の部屋に入る。
お互いに落ち着いた状態でのことであった。
レオンハルトは父に注いだウイスキーを渡す。
そして、自分にも注いで乾杯すると設計図を見せた。
「これは……!?」
父は驚愕して息子を見る。
その設計図は一見すると戦闘艦のような艇。
だが、父は眉をひそめる。
「父上は海に潜む海龍リヴァイアサンの伝説をご存知ですか?」
「バカな……海中を進む戦艦とは……」
「僕は……上級士官学校の編入試験を受けます」
そう言って一口でグラスを飲み干す。
「兄さんの仇を取るためにも父上には潜水戦艦機龍を完成させて頂きます」
「……お前まで戦うな」
父は立ち上がった。
自分の部屋であるがその場を去りたい。
雇った技術者に頼ってきた自分が機龍を完成させることなどできないと思ったからだ。
「……男なら、父親であるなら妻や子のために死力を尽くしてください。ロージアは全世界を敵に回しています。既にロージアで生を受けた男は五体満足で棺桶に入れない時代になったんです!」
「残った工場で1個、何銭にもならないネジや釘を作るのが私にはお似合いだよ」
「そのような無様な男の死体を片付ける母上の尊厳はどうなる?」
レオンハルトは父の背中に語りかけた。
「父上……お互い男である以上、無傷のまま死のうなどという愚かな希望を捨てませんか。全世界から母上と…レジーナを守るためにも……」
父も手に持つグラスを一気に飲み干す。俯いて目と歯を食いしばり、悩んだ。
そして息子に振り返る。
「伝説の海龍リヴァイアサン…今からやるぞ」
―――-深夜
レジーナは屋敷を静かに抜け出す。
手荷物ひとつで玄関から出る。
月明かりを頼りに進んで振り向いた。
5年間。
10歳から仕えた屋敷。
瞳を閉じて屋敷に一礼する。
そして踵を返して街道に出る道を目指して歩く。
…
…
……。
「どこへ行く?」
その聞きなれた声にレジーナは振り向く。
レオンハルトが追いかけてきた。
心の中でこの光景を想像していた。
でも、彼女は走る。彼とは逆方向だ。
それでも捕まり、あっけなく大樹の幹に押し付けられる。
「なにをするの。離して!」
レジーナは身体をこわばらせ、レオンハルトを睨みつけた。
男性とこれほど近くで接したことなどなく、息が詰まる。
それも叶わぬ恋の初恋相手だ。
レジーナが家出をする。
わかっていたからレオンハルトは夜になると部屋を抜け出し、玄関近くの部屋にあるソファーで毎日就寝していた。
「私は新しい御奉公先に――――――」
「行く必要などない!」
レジーナはレオンハルトの腕のなかから抜け出そうともがく。
「君が僕の元を去るのであれば…こんな国のために戦う理由なんかない……」
レオンハルトが耳元で小さく囁き、彼女の心臓はドクンと跳ね上がった。
彼の体温が徐々に彼女に伝わり、拘束にもがくことができなくなっていた。
「わ、若様……」
君が僕のもとを去るのなら――――――
「何のために……何のために男で生まれてきたっていうんだっ!!」
レオンハルトはレジーナを抱きしめる。
その力は込められているが、彼女の力でも抗える程度の優しい力―-
振りほどけば、永遠に後悔するとレジーナは思った。
「恨んでもらって構わない……憎んでくれていい……ロージアのためなんかじゃない……この世界のためでもない……君のためなら……僕はひとりでも全世界とだって戦う!」
そして、僅かに力が解放された。
月明かりの下で見つめ合う。
「いつだったか……君が作った童話を読ませてもらったね……」
その本は傷んでいた。
勇者が囚われの姫を魔王の城から救出する物語―-
逃げおおせたはずの森の中で勇者は姫に先に逃げるよう言い聞かし、満身創痍の身体で追っ手と戦う決意をする。
姫は逃げなかった。
何のために死を賭して勇者は戦ったのだろう……
最終ページの文字は滲んで読めず、二人のその後がどうなったかがわからない。
「あなたが……戦地に行くことを想像しただけで……私は死にそう……」
レジーナの瞳から涙が溢れる。
「僕は死なない。必ず君のもとへ戻ってくる」
もう……童話じゃない……
「待っていてくれないか……」
私の勇者は絶対に帰ってくる……
「愛している、レジーナ……。君を想う気持ちを表す言葉がみつからない。でも、君と永遠に一緒になりたいんだ。戦争のないロージアの……いいや……平和にしたこの世界で……」
レジーナは彼の胸もとに顔を埋めた。
彼の手に背を撫でられる。
「……はい…………っ」
そう返事をしてレジーナは恐るおそる顔をあげる。
二人は唇を重ねた。永遠の愛を誓い合いながら
そして屋敷に戻るとレオンハルトは彼女と愛し合う。
「例え、全世界が敵でも君を守りぬく」
――――――凱旋後
レオンハルトの審問。
軍法会議とは非常な結論で決着するものだ。
レオンハルトの罪状――――――
敵戦艦の救助と最高機密兵器の漏洩
大破し、沈むはずの敵戦闘艦〝正義〟を救助したのだ。
この時、〝正義〟の火力は生きていた。
だが、ディルナイゼンはレオンハルトを処刑台には上がらせない。
それに人生を捧げてもいい。
「裁判長、弁護側は被告人の戦友であり、上級士官学校の同期生である理由で被告人の……いや、裏切り者の無罪を主張しております」
検察官のオーベルシュタイン准将が言い放った。
「裏切り者……」小さく呟くレオンハルト。
「ふんっ」
ディルナイゼン中佐は席についたままそう言うと立ちあがる。
「検察は敵の救助と言いますが、リヴァイアサンが浮上すれば敵戦闘艦〝正義〟に撃たれる可能性は確実でした。先の戦闘でリヴァイアサンは被弾し機銃は損壊。艦内の酸素濃度を考えると魚雷弾発射は危険であり、戦闘を継続することは乗員の生命維持の観点から困難な状況でした」
「意義あり!」
オーベルシュタインが、すかさず言う。
「確実?」
首を傾げる動きまで入れる。
「絶対に〝正義〟の砲弾は回避不可能だってことですよ、准将。最前線で、目の前まで砲身が迫るとわかります」
「敵艦の性能に臆し、投降をして〝正義〟を救助したことにより、撃たせなかった。敵艦がリヴァイアサンを目の前にして撃たなかった…。こんな茶番、どう証明する?」
オーベルシュタインのこの言葉こそ、この軍事法廷でレオンハルトを破棄したいという連邦の意図である。
『敵艦救助』とは航行能力を失った〝正義〟をリヴァイアサンで牽引したことである。
その見返りに、火力の生きていた〝正義〟はリヴァイアサンを攻撃しないという約束をしたのだ。
もちろん、その約束は果たされるが、主力の〝武威〟とは明らかに異なる大型の旗艦〝正義〟を討ち洩らしたことに加え、「もし撃たれていたら?」「リヴァイアサンという最新鋭意戦闘技術を漏洩した」という罪状をレオンハルトに突きつけているのだ。
この裁判はレオンハルト自身の告発により、はじまる。
潜水艦と言うロージアにしかない秘密兵器を漏洩してしまったのだ。
世界を敵に回し、劣勢になったロージアは誰かに責任を負わせたい。
その者を世論とメディアは許さない。
リヴァイアサンの漏洩はキッカケにすぎなかった。
「リヴァイアサンは海中においてその能力を発揮できる。対空機銃があっても砲弾に対して対空防衛はできません。何度も天津艦艇と戦い、経験したからこそわかります」
そう言ってディルナイゼンはオーベルシュタインを睨んだ。
「証人は?」
「何?」
「〝正義〟の艦砲射撃が回避できないという証明と救助後に敵艦が発砲しないという証明ができるのかね?」
「敵艦の艦長の判断を裁判長と検察が理解できれば証明できる!」
「……裁判長。弁護側……ディルナイゼン中佐は軍人としての戦闘経験を語り、法務局勤務の我々を侮辱しています」
裁判長は片手で頭をかく。
そして手を上げて遮った。
裁判長たる彼の仕事もレオンハルトを断罪すること。
上層部からの指示はリヴァイアサンの設計をもとにリヴァイアサン級2番艦の計画、量産にある。
それはロージアが世界に勝つ方法。
しかし、潜水艦という秘密兵器が世界中に知れ渡ってしまった現在では通用はしない。
「……では弁護側はその敵戦闘艦〝正義〟の艦長を証人として召喚するように」
「そんなこと!」
敵艦長を戦争中の敵国の法廷に呼ぶなど不可能である。
「敵艦の艦長を私が理解すれば、と仰ったではないか!」
オーベルシュタインが声を荒げた。
「ふむ……双方には最終弁論の準備に入ってもらいたい。閉廷する」
審問長は木槌を鳴らした。
「軍はリヴァイアサン級を量産したいのだろう! レオンハルトを断罪してっ!!」
「ふん、根拠は!」
オーベルシュタインもディルナイゼンに怒鳴る。
そしてディルナイゼンとレオンハルトの席に駆け寄った。
「我が連邦艦隊を壊滅させた天津帝国海軍の旗艦の艦長を証人として召喚したら、(上層部も)理解できるだろうがな」
そう言ってオーベルシュタインは踵を返した。
裁判長になる日も近い彼は背を向けたままレオンハルトに続けた。
「レオンハルト……軍法会議とは処分するための裁判だ。有罪かではない。確定した罪の上で罪状を決めるものだ。君が英雄だということは、この国なら誰でも知ってる。子供でも。素直に刑に処してくれれば、君の家族は永遠に連邦軍の庇護のもと繁栄することを約束するぞ」
そして前に歩き出した。
ディルナイゼンはミューゼル家に訪れた。
ひとりではなく、リヴァイアサンの機関長ヴァ―レンファイトもいる。
ヴァ―レンファイトは純粋な軍人ではなく、レオンハルトの高専時代の先輩である。
ローウェル重工の御曹司であるが、リヴァイアサンの計画、リヴァイアサンの機関長としてレオンハルトは彼を推薦し、彼は快く応じた経緯がある。
ヴァーレンファイトは特務大尉としてリヴァイアサンに搭乗した。
「ディルナイゼン……君の行動は軽率だ。敵対する天津に行くとは正気の沙汰ではない。それだけでなく、あの国は妖魔が蔓延る魑魅魍魎の国家と聞くぞ」
ヴァ―レンファイトは義足で仁王立ちするディルナイゼンに言う。
だが、ディルナイゼンの表情はリヴァイアサン時代よりも戦うオーラで満ちていた。
「死んだって構いません。もし私が死んだらレオンハルトの弁護は信頼できる者にまかせています」
当時、少佐と特務大尉の関係であった二人だが、ヴァ―レンファイトは軍人ではない。
ディルナイゼンは自身の先輩として彼に接した。
「君の行動が……敵との約束の証拠となるわけか?決まったも同然の有罪を覆すには至らないな。もし、連邦がリヴァイアサン級2番艦の計画をするということであれば、私が顧問となりレオンハルトを釈放するよう司法取引をしてもいい」
「レオンハルトが有罪であることをお認めになるのですか?」
「バカな……我々が認めるはずがないだろう」
ヴァ―レンファイトとディルナイゼンはレオンハルトの屋敷に向かいながら歩く。
遠くに彼らを出迎える女性がいた。
レジーナである。
彼女は両名に深くお辞儀をした。
「レジーナさん。例の手紙を受け取りにきました」
ディルナイゼンが彼女に会いに着た理由。
それはレジーナが夫と死闘を演じた敵艦長へ宛てた手紙の受け取りである。
「……これです」
レジーナは封に閉じた手紙をディルナイゼンに渡す。
「その手紙は?」
ヴァ―レンファイトがディルナイゼンに問う。
「敵艦長……旗艦の艦長でもあった天津皇帝紫苑誠を法廷に証人として召喚します」
ディルナイゼンはレジーナを見たまま答えた。
「理解しがたいな。戦争中の敵国の、しかも皇帝を証人として敵側の軍事法廷に呼ぶなどとは…。レジーナさん、彼を救う方法はもうひとつある。リヴァイアサンの量産計画を連邦軍に私が提案する。それにはもちろん彼が必要だ。世界各国を敵に回しているロージアにはリヴァイアサンと彼が必要なんだ」
ヴァ―レンファイトがレジーナに会いにきた理由は『リヴァイアサンの量産』を伝えるためである。
開発者のレオンハルトは拘束され、作り上げたレオンハルトの父は完成とともに過労による死を遂げていた。
ロージアでリヴァイアサンを1から作り上げることはレオンハルトでしかできない。
既にリヴァイアサンを基にした潜水艦がくみ上げられているが完成に至らない。
壮絶なる潜水艦の勤務は意志の強い者でしか運用は不可能であった。
レオンハルトやディルナイゼン、ヴァ―レンファイトは祖国のために無念にも散った若き英霊の意志を継いで乗艦したのだ。
「ヴァ―レンファイト様……お気持ちは嬉しい」
レジーナは俯く。
夫の生を勝ち取るために、リヴァイアサンを本当の海龍にしてしまうのか。
「私は……ディルナイゼン様を信じます」
俯いた顔を上げ、ヴァ―レンファイトを見つめる。
その表情は没落した者の影はない。
戦いの女神がいるのであれば、彼女のような表情であるのかもしれない。
「……依存はありませんね?」
ディルナイゼンがヴァ―レンファイトに問う。
「……まったく……ならば、船が必要だな。中立を掲げ、他国を行き来できる船が……」
ヴァ―レンファイトは両手拳を握りしめた。
――――――上級士官学校卒業
上級士官学校。
そこでレオンハルトは上層部を驚愕させた。
〝潜航戦艦機龍計画〟である。
海中で行動し、敵戦闘艦を海底、海中から攻撃できる潜艦の存在と、既に戦艦の受注が途絶えた父がにミューゼル社て開発していることを公表したのだ。
その発表は父の工場を経て、試作型として既に簡易な行動が可能な潜水艇が海を航行する姿は神話に登場する海龍リヴァイアサンそのものであった。
レオンハルトの父は自ら、機銃や魚雷を政府、軍関係者に説明する。
「この潜航戦艦“機龍”の弱点は“酸素”です。海中での行動、潜航には時間制限があり、夜には浮上し艦内に大量の空気を吸い込ませなければなりません。人間である乗員はもちろん、機龍の動力であるエンジンはオイルを消費するため機龍自身が呼吸をするといっても過言ではないでしょう」
この日のために、父が着込む母が整備したフロックコートが良く似合う。
その姿は没落した貴族ではない。
活き活きしている。
人生で一番輝いているのではないかとレオンハルトは父の説明を補佐する。
「浮上した間は対空機銃〝パールバレット〟にて警戒するため、緊急潜行では機銃要員が犠牲になります。深夜の闇の海域で上空を行動する敵と遭遇することを想定していませんが、緊急の場合は機銃要員は溺れることになります。決死の覚悟がある将校の志願を募ります」
レオンハルトは念を押してその部分を繰りかえした。
――――後に悲劇となる。
「海中でも簡易な修復や排出、回収を行える作業アーム〝バンダースナッチ〟が右左舷にあります。戦闘艦下部に潜り込み格闘戦もできれば、味方の被弾した艦艇を牽引し、救助することも可能です。
魚雷は海神の槍から“トライデント”と名づけました。神などという偶像にすがる他国の兵士にロージアとミューゼル社の技術が神の力と同等であることを知らしめることになるでしょう」
父は真剣な眼差しでトライデントの説明をする。
「直撃であれば、世界最大の戦艦と言われるイヴァリスの〝ジャスティス級〟を一撃で葬ることは可能です。直撃でなくても艦底を被弾した戦闘艦の末路は言うにおよびません。ですが、トライデントの搭載には限りがある。
その補給と整備にはわが社の補給母艦“フォルネウス級”に僅かな改修を加えれば機龍の支援ができるでしょう」
「すばらしい!!」
連邦軍元帥の賞賛を得たレオンハルト親子の人生は大きく変わった。
リヴァイアサンの姿を見た上層部はミューゼル社にリヴァイアサンと武装、補給支援にフォルネウス級ネレイドを発注し、莫大な購入費を支払うことで合意したのだ。
機龍はロールアウトする。
その潜航戦艦の名は計画通り“リヴァイアサン”
対空機銃は“パールバレット”
魚雷弾は“トライデント”
多目的右左舷アームは“バンダースナッチ”
諸元を知る、レオンハルトは艦長に抜擢され、上級士官学校卒業後に異例の少佐となった。
搭乗員は死を覚悟した幹部のみで構成するが、多方面からレオンハルトや海軍の要請した推薦状にて召集を行うこととなる。
複雑な構造に対応できるようレオンハルトは機関長にローウェルのシンクタンクと名高く、高専時代の先輩でもあるヴァ―レンファイトを機関長に技術大尉として招く。
対空戦には同じく上級士官学校の法学部を卒業した、貴族の出であるディルナイゼン准佐。
難航したのが、航海長である。
レオンハルトと海軍には既に決まった人物がいたのだが、その人物の名はコーネリアス。
彼は国立郵船局長であり、海軍兵籍を有する海軍予備員でもあったが大貴族であった。
戦争悪化を懸念されると海軍に召集される予備員だが、彼の一族は最前線を嫌った。
大貴族は自身の後継者を軍人にはしたくないものだ。
コーネリアスは代々郵船局や貿易業を運営する一族の長男である。
独身であるが、召集されれば年長。
海のことだけを帝王学にしている一族で育ったコーネリアスは世界の海を知っている。
リヴァイアサンの航海長になれるとすれば彼以外にいなかった。
レオンハルトは彼を副長として招いた。
攻撃が主である戦闘艦では対戦長が副長となることが通である。
ディルナイゼンは正規の軍人だ。
特務大尉の航海長待遇で軍人でないコーネリアスが最新鋭の潜航戦艦の副長では搭乗員から不満がでると思われた。
それを察して、コーネリアスは召集に応じずに拒否を理由に刑に服したいと牢に入る。
一族はコーネリアスの遠征に大反対であったのが一番の理由だ。
予備員が最新鋭艦の副長という肩書き。
一族の御曹司が、ミューゼル家次男の下に就くのがおもしろくないのだ。
だが、コーネリアスは郵船局の制服でリヴァイアサン出港前に姿を現した。
牢に入ることで彼は一族を説得していたのだ。
こうして、航海長コーネリアスが乗艦する。
――――――天津帝国。
リヴァイアサン出航の数年前〝ローザリア海域奇襲戦〟
天津帝国の内務卿・二川直行は艦隊司令部にいた。
天津帝国は内乱を経て統一された島国である。
かつては軍の最高指揮官は皇帝であった。重なる反乱と皇族の戦死を懸念し、今では皇帝に次ぐ実力者である公爵位たる内務卿が責任者である。
「ロージアが南下している。わが国の海域に近いが、撃ってこないとも限らない。領海内に近づいたという名分で奇襲をかけようと思う」
この二川の言葉に政府も了承し、主力戦艦“武威”を大量に海域に投入した。
ユグドラシル大陸を南下するロージア陸軍とその支援をする艦隊の撃破作戦がはじまった。
艦隊といってもそのほとんどが補給艦であり、船団と称したほうが合うのかもしれない。
奇襲されるロージア連邦の艦隊はなすすべなく沈没が相次ぐ。
さらには武威の長距離射撃は正確に艦橋を破壊する。
白兵戦にも持ち込めない。
天津帝国は人間と妖魔の共存する国でもある。
空からは翼を持つ妖魔が偵察を兼ねて爆弾を落とし、離艦しても海中からも水棲妖魔が襲ってくるのだ。
この戦闘により、レオンハルトの兄は戦死する。
こうして、ロージア連邦国軍は全世界に宣戦布告後すぐ敗退したのである。
補給艦からの支援がなくなった陸軍は、遠い地で朽ちる他はなかった。
島国という海の盾を持つ天津帝国に連邦軍は進軍も敵わず、時だけが流れたのだ。
だが、年月が流れ天津帝国にも悲劇が始まる。
領海内を警戒していた武威が爆発し、謎の沈没を遂げたのだ。
この事件では、全水兵が生還し、その話に帝国は驚愕したのである。
「突然、艦底が爆発し艦は沈没した。敵艦の姿はなかった」と
これは、空を滑空する有翼妖魔も同じ発言であった。
「敵はいなかった」と。
海域全ての戦闘艦が撃沈されるという事件に天津海軍は畏怖し、こんな説が生まれた。
「伝説の海龍」
――――――戦中:リヴァイアサン。
レオンハルトは艦長室にて妻と子、産まれたばかりの第二子がの映る写真を見つめる。
そして、出征する前に息を引き取った父のことを考えていた。
父の死に様は、体力を使い果たすまで戦った男の様であった。
レオンハルトは父の死こそ、男の死に様であると学んだ気がする。
―-ブゥゥゥン!!
静寂なリヴァイアサン艦内に警報ブザーが響く、
そして止むと伝通管から
『スクリュー音! 複数と思われます』
レオンハルトは伝通管を手に取った。
「コンディション・デュエル発令!対艦戦闘用意、トライデント一番二番発射管開け」
そう言うと指令室へと急ぐ。
『トライデント戦用意!』
命令が復唱される。コーネリアスの声だ。
指令室にたどり着く、副長兼航海長のコーネリアスが既に敵艦との距離を算出していた。
「敵との距離約3500!」
そう言ってコーネリアスは潜望鏡をレオンハルトに託す。
『発射準備よし!!』
魚雷室から伝通管を通って魚雷員が声を上げた。
潜覗鏡を握ったままレオンハルトは命令を下す。
「一番、撃てぇーっ!!」
海槍魚雷弾が投擲された槍のように海中を進む。
コーネリアスが発射と同時にストップウォッチを押した。
みな息をひそめる。その短い秒数が永遠に思えるのだ。
「潜望鏡下げ」
艦内から敵艦を視認できる潜望鏡が格納される。
覗いたままでは衝撃でケガをする可能性があるからだ。
それでも、レオンハルトは何度か潜望鏡を覗いたまま射撃を指示した事が何度もある。
数秒後には乗員の緊張は落胆に変わってくるのだが―-
―-ガーンッ!!
炸裂音が響く。
皆言葉にはしないが表情が一瞬ほころぶ。
「潜望鏡上げ」
足元から上がってくる潜望鏡にレオンハルトは食らいついた。
敵艦から黒煙が吹き上がるのが見えた。
「敵艦、武威級、被弾……沈むな」
「もう一隻は?」
コーネリアスがレオンハルトに問う。
敵艦は複数。二隻を確認していた。
海槍魚雷弾2番発射管にも装填はされているのだ。
「ここからでは狙うに邪魔です。救助させて戦線離脱させましょう」
ここで艦内から歓喜の声が上がる。
だが、喜べないのは艦長と副長。敵艦を視認している二人には生命を見ている。
そしてこの二人は船を愛している。敵艦であっても沈没は見るに耐えない。
武威では救助活動が進んでいた。
翼を持つ翼有妖魔は人間でいえば腕が翼である。
膝から下は鳥の鉤爪であり、空から水兵たちを救助する。
海に投げ出された水兵は水掻きを持つ水棲妖魔が飛び込んで救助にあたった。
人間と魔族の争いはどこの国にもある。
だが、天津帝国は例外中の例外だ。
人間と妖魔が争いあったが共存し、共闘まで果たしているのだ。
救助された兵は天津の地母神イザナミに祈る。
救助中の戦闘艦を指揮する艦長は白い制帽を床に叩きつけた。
「艦長……僚艦の救助を継続しますか?」
憤怒の表情を浮かべる艦長に副長が問う。
このまま継続すれば夜になる。
夜になれば、救助は終わり離脱できる。
しかし、その間に『海中の戦車』が攻撃してくる可能性が十分にあるのだ。
「……救助を続けろ!」
艦長は怒鳴りつけた。
副長を怒っているのではない。
このまま救助を中断して離脱しては軍法会議。
なら、敵に撃たれて撃沈されたほうが戦死扱い。
万が一、敵が攻撃せずに救助に成功すれば、それに越したことはない。
「この戦争……我が軍は負けるかもしれんな。このどこかにいる敵を攻撃する術がないのだから」
リヴァイアサンは補給と整備を行うため、定期的にリヴァイアサン専用の補給艦フォルネウス級〝ネレイド〟と合流する。
ミューゼル社の補給艦が再び連邦軍に採用される。
これはレオンハルトの父が完全に改修した補給艦である。
ここでリヴァイアサンの搭乗員は束の間の休息を得るが、レオンハルト艦長とヴァーレンファイト機関長は整備の監督があるため休憩などない。
郵船の制服に身を包むコーネリアスはネレイド内のバーで酒を嗜んだ。
その片手にも航海簿が握り締められている。
「副長、よろしいですか?」
その隣にディルナイゼンが座る。
「……どうぞ」
コーネリアスは隣の席を指し示した。
そしてマスターに「彼にも何か」と。
「どうして……副長は乗艦されたのですか?」
ディルナイゼンは尋ねた。
「卿こそだ。法律を学んだ士官なのに何故に対空機銃手を志願したんだ?」
コーネリアスは逆に質問を返した。
「国家と同じく俺も神なんて信じていません。ですが、この世界のために戦わなければいけないと思いました」
答えるディルナイゼン。
「この地球を救うためにか?」
「軍事力を持って他国を征服する。地球が人間の排除を願う。そんな政治家の自己満足のために乗艦したのではありません。リヴァイアサンなら……今後の戦争は抑止により、終わらせることができると思ったんです」
「最強の秘密兵器による恐怖によって抑止となる……か。リヴァイアサン自体は意志を持たない。操縦する人間は脆弱な肉体だ。ひとつのユニットとして考えれば、海中に潜む生命体であるが、人間はリヴァイアサンを伝説の海龍にも穏やかな鋼鉄のクジラにもできる」
コーネリアスは席を立った。
「対空戦中に潜水が必要になった時、私は容赦なく潜水の命令を出すことになる。いいんだな?」
「もちろんです」
ディルナイゼンはグラスを見つめたまま答えた。
――――――天津帝国。
天津帝国皇帝・紫苑誠は同盟国イヴァリスから授与された聖剣と盾を背負い艦隊司令部を訪れた。
理由は次々に撃沈される戦闘艦の件。
紫苑は司令部の軍人に丁重に司令官室に案内された。
そこで頭を抱えるのは内務卿・二川公爵。
政治家であるが文民統制反対派である。
着込む陸軍の軍服には燦然と輝く勲章が隙間なく貼り付けられている。
「この失態はどう責任をとるおつもりかな?」
顔を見るなり、紫苑は二川を叱咤した。
紫苑誠は皇帝であるが、皇女の夫であるため、直系の皇族ではない。
二人には因縁がある。
魔王〝紅蓮〟を倒し、皇女・明日華を救出し、勇者と呼ばれる紫苑誠。
この天津帝国は人間と妖魔の共存する国だが、紫苑誠は全妖魔を完全に駆逐しようとした過去がある。だが、その計画は敗れることになる。が、この史実は記録に残っていない。
紫苑を倒した男こそ真の英雄だと綴った史書がある。
数年後にその史書は〝法と混沌の偽書〟として発見されるが、その史書は開かないでおく。
「……貴様の出る幕はない」
二川が顔をしかめた。
紫苑がここに着た理由―――
「私が出陣る。戦艦を貸してもらおうか」
紫苑は腰の剣を握る。
「皇帝みずからが艦長となって艦を指揮するというのか? バカバカしい……」
二川は腰の拳銃の位置を確かめる。
「私は天津の海域にひそむ魔物を倒したいのだ」
「お前じゃ無理だ」
皇帝が戦艦を指揮するなど本来はあってならない。
だが、紫苑誠はかつて海軍に所属する軍人だった。
そして、同盟国イヴァリスの最大かつ最新鋭戦艦〝ジャスティス〟級対陸海空攻撃戦艦に乗艦していた経験もある。
「私は負けない。誰が相手であってもな……貴様が一番よく知っているはずだ」
二川に問う。
「……生きているというのは勝ちか?」
二川は呟くと、「軍属なら…皇帝でも上級大将だ」
「いいだろう案内してもらおうか。公爵殿が秘密裏に開発を進めていたイヴァリスと戦うために開発した最強の戦艦のもとへ。そして、私は次こそ、真の英雄になる」
二川の案内で紫苑はある工廠内に入る。
そこには淡いグレイの戦闘艦が繋留されていた。
新造艦“正義”である。
紫苑には懐かしい思い出がある。
彼はジャスティス級に乗艦した経験もあれば、敵に回して戦った経験もあるのだ。
正義はジャスティス級の技術を踏襲した天津の威信を形にした戦艦。
「まさにジャスティスと劣らない」
紫苑は見とれた。
甲板には埋め尽くすように大砲が備わっている。
「これこそ私が求めていた世界と戦うための戦艦だ!」
紫苑は振り返って、二川や供に連れた親衛隊に向け拳を突き出した。
「目標……深海の戦車」
大小の島影が散らばる天津の海域で天津最強の戦闘艦〝正義〟が咆哮をあげた。
広い甲板の上で乗組員が集合する。
その甲板には大勢の天津水兵の中に1人のイヴァリス人女性がいる。女性は神官。
名をファランディースという。彼女は天津に宣教師として神の教えを説くために招かれていた。
過去に紫苑がイヴァリス聖騎士団のもとで観戦武官をしていた頃に知り合った旧知の友で彼の命の恩人でもある。今回の戦いでは彼女の神聖魔法で乗員の治療をしてもらうために紫苑が頼んで乗艦している。
正義の乗員は全て修羅場をくぐった水兵で統制される。
それは妖魔であっても同じだ。
人間とは違う姿の妖魔も天津海軍の軍服を自身の身体に新調したものを支給されていた。
イヴァリスでは魔族と人間が共存するなど考えもしないことではある。
甲板には翼を広げる有翼妖魔の女が多い。
妖魔は人間と違って生きる為に戦闘をすることを前提に大地母神イザナミに創られている。
彼女たちは一見すると10代半ばの少女にしか見えないが実年齢は40歳に近い者もいる。
「今回の敵は海中にひそむ戦車のようだと言われている」
紫苑誠海軍上級大将が皆に告げる。
海軍上級大将であるが、彼の服装はイヴァリス製の貴族服に剣と盾という艦上には合わない格好である。
「海の中に大筒をもったぁ―-クジラでもいるっての?」
有翼妖魔のひとりが紫苑に問う。
彼女の名は有翼妖魔で姑獲鳥と呼ばれる種族。名は〝紅葉〟という。
紫苑誠は天津帝国全妖魔から一番嫌われている人間と言っても過言でない。
妖魔との共存を決定したのも彼ではあるのだが。
軍属であるが、皇帝。それでも姑獲鳥を責める人間はいない。
それが天津の世界。
「その通りだ……敵は海の中にいる戦車。『深海の戦車』と呼ぶこととする」
「深海の……パンツァー……?」
首を傾げる彼女に隣の妖魔が「パンツァーって大和で言うなら大筒車のこと」と小さく囁いた。
大和とは旧天津帝国領の北部に位置した妖魔の国であるが今はない。
イヴァリスと同盟し、最新の技術を得た天津帝国は旧時代の武装で対抗した大和との内戦を経て統一された。
イヴァリスの用語の混ざる近代の内容と妖魔にはこのような新旧文化の壁があった。
「君たち有翼妖魔は主に海上偵察の任務に着いてもらう。深海のパンツァーを早期発見することこそがこの戦いの勝敗を決するため、任務は重大だ」
「見つけたら?」
「行動は複数で行う。帰艦し私に報告する者……初動対処する者で別れて適切な戦闘を行ってもらう」
この紫苑の言葉が後にレオンハルトの判断を鈍らせる結果となる。
「ちょっと待ってよ皇帝さん。あたしのお母さん……紅蓮様の時に腹に爆弾抱えてジャスティスに突っ込んだんだよね。あたしらにも同じことをしろっての?武威に乗艦した友達は落ちた人間の救助するぐらいしか仕事ないって言ってたんだけど」
「深海のパンツァーを破壊するを最優先とする。君たちが救助に回ることはないかもしれんな。ここは武威ような撃沈されることを想定していない」
こうして正義の甲板では作戦会議が毎日のように何度も行われた。
――――――リヴァイアサン。
レオンハルトは潜覗鏡から離れる。
「……また有翼妖魔が飛んでいます」
そうコーネリアス航海長に暗澹たる表情で語りかける。
ハルピュリアとはレオンハルトが呼ぶ姑獲鳥のことだ。
ロージアは寒冷地。
魔族の存在がないため、異種族との戦闘には経験が浅い。
「近くに補給の十分な戦艦がいる。恐らく奴らは海中にいる我々に気付いて海上の偵察に集中しているのでしょう。中継している小型艇を叩きたいところであるが」
コーネリアスも困った表情で答えるが、
「顔を見るとハルピュリアたちは交代しながら偵察しているのようですね」
「……長距離を飛んでいるのかもしれません。もしかしたら中継させている小型艇で休憩を小まめに挟んでいる」
「とにかく、ここを離れて夜に備えよう。敵の艦長は我々の発見を第一に考えているようだからな」
コーネリアスの指示でリヴァイアサンは潜行移動する。
潜行中は酸素を失わないようエンジンの出力を抑えたバッテリー式モーターで走る。
敵に発見されやすい昼間はこうして潜行する。
夜間は浮上してエンジンを回し、バッテリーを充電するのだ。
速度の調整によっては少ないエネルギーで長距離を潜行できるがあまりにも低速である。
無数の星々が輝く夜空の下。
浮上したリヴァイアサンの狭い艦橋には乗員たちが交代でその光景を楽しみながら、しばしの休息を得る。
開けたままのハッチはものすごい勢いで新鮮な外の空気を吸い込み、艦内に残る水兵や自身のエンジンにも新たな活力を与える。
「全世界の人たちが共通して見る美しい光景が夜空で良かったよ。そして父を思い出す」
そう言ってレオンハルトは機銃席に座るディルナイゼンに近づいた。
「……お父様……本当に残念だったな」
「ボロボロだった……命を使い果たしたように机で眠るようにね」
拳銃自殺を図った父が死ぬ気で完成させたリヴァイアサン。
父の机にあったメモには『リヴァイアサンよ。世界を平和に』と記してあった。
最後に、本能的に自身の思いを記したのだろうか?
そして息子や妻でなく、リヴァイアサンに遺言のようなメモを残すなんて。
「ロージアを守るのではなく、世界を平和に…か」
「え?」
レオンハルトの思わぬ呟きにディルナイゼンが驚く。
「あ、あ……ああ、では警戒……よろしくな」
レオンハルトは苦笑し、艦内に降りていく。
しばらくしてから甲板にいた最後の乗員もハッチからラッタルを降り、艦内に戻っていった。
酸素供給のため開けたままのハッチは内側からは簡易に空けられるが、外からだと時間を要する造りである。
これはリヴァイアサンの強度を保つためだ。
リヴァイアサンは、ある部分だけ被弾を想定している。それは艦橋と甲板だ。
浮上中に露出するこの部分だけは高い強度で覆われている。
そして機銃は潜水する時間を稼ぐため、対空砲を駆使し抵抗を試みる。
潜水したリヴァイアサンを攻撃する術はない。
だが、その際に犠牲となるのが、どうしても機銃要員だ。
今、この酸素補給時間に敵が来なければ問題はまったくないのだが。
もしも艦橋や甲板が攻撃で穴でも開いてしまえば、潜闘艦はたちまち浸水してしまう。
敵が現れれば、速やかに見張りを務める機銃要員が報告し命を賭して潜水する時間を稼ぐのだ。
――――天津帝国戦艦〝正義〟。
有翼妖魔で構成される偵察飛行隊は本来は離艦に用いる小型ボートを使い海域を飛び回っていた。
鴉天狗、姑獲鳥ら妖魔が長距離を飛翔するための足場である。
海上戦闘機を採用していない天津帝国軍の空戦は事実上、有翼妖魔しかできない。
夜明け前の深い藍色が広がってゆく。
「さぁ後陣起きろ」
小型ボートで川の字になって眠る姑獲鳥たちが起き始めた。
そして前陣たる後段仮眠と交代するのだ。
その後陣に〝紅葉〟がいた。
彼女は翼で丁寧に長い髪をまとめると空を見上げた。
「あぁ綺麗な星…。戦争なんて嫌だねぇ。いつになったら安心して暮らせる世界になるのやら」
紅葉は星を見て子供たちを思い出す。
彼女は子供たちに「辛くなったら星を見て、お母さんを思い出して」とよく言い聞かせてきた。彼女の母親自身がそう教えてきたからだ。
死んだら星になる?
見上げた星空は貴賎なく皆のものだから?
結局、彼女の母は尋ねる前に星になってしまった。天津帝国の内乱時のことだ。
リーダー格の妖魔が上空を指し示す。。
その方向に一体ずつの姑獲鳥が上空へ駆け去っていく。
地味な作業だが海に異変があれば、上空に照明弾を発するため飛行隊の荷物は多い。
その他にも投下する爆弾もひとつ携行している。
「深海の戦車ねぇ……」
本当にそんなものが存在するのか?
疑心暗鬼のまま縦横無尽に飛び回る。
「早く帰ってやんなきゃ。あの子たちが寂しがるわ」
有翼妖魔は金銭と生活のために軍に属している。
空を飛べる彼女たちは他の陸戦妖魔にくらべ、その日当は高い。
今、偵察している有翼妖魔は皆、家族のために〝正義〟に志願したといってもいい。
“武威”に乗艦するより、正義の方がさらに手当がつき、皇帝が乗っているため、まさか戦闘にならないだろうと思っているものも少なくない。
開戦の火蓋が切られるまで――――――
――――――リヴァイアサン。
―-!?
何かいる?
ディルナイゼンは深い藍色の闇の中に何かを見つける。
双眼鏡を向ける。
―-ハルピュリア!?
こんなところまで飛んできたのか?
ディルナイゼンはこの数秒間に様々な考えが交錯する。
―-このまま静かにやり過ごすか?
発見され、投下された爆弾で潜行が遅れたらどうする?
―-機銃で落とすか?
他のハルピュリアに射撃音から位置を悟られてしまう?
―-空を飛ぶ魔物を発見、報告し……ハッチを閉め、潜行を促すか?
これが……死……?
前触れもなく、目の前に迫った―-“死”
対空機銃に備えられた伝通管を取る。
「敵影……これより、対空戦闘戦を行う」
静かに艦内に伝えた。そして艦橋のハッチを閉める。
外からは簡易に閉められ、開けるに固い。
「これが…最前線……。生き残った奴らに平和にしてもらわなきゃ、割が合わないな」
そう自然に口からでた言葉。
そして対空機銃のスコープを姑獲鳥に向ける。
ガタガタ震える手で標準が鈍る。
だが、パールバレットの弾幕は時間稼ぎの弾幕。
狙撃するものではない。
ディルナイゼンは敵に向け、トリガーを引いた。
―-ガガガガガガガーーーッ
その弾幕は散りばめられたパールのように輝いた。
――――――リヴァイアサン上空。
「なっ!?」
紅葉は海面に浮く、小さな島を見た。
それは戦闘艦の艦橋に甲板もある。
――――――深海の戦車ッ!?
彼女は照明弾をポーチから取り出し、宙に投げた。
投げてから数秒で光を放つ手投げ弾。
深い藍色の空に一瞬、光が広がる。
これで仲間には伝わる。
小型ボートから正義に伝令が飛ぶはず_____
ここにも応援がすぐに来る。
束の間、敵の対空機銃からノズルフラッシュが見える。
何か輝くものが目の前に迫ってくる。
「ちぃぃぃっっっ!!」
翼を撃ち抜かれた。墜落しかけるが、まだ飛べた。
『初動対処する者』
『適切な戦闘を行う者』
紅葉に紫苑の言葉が過ぎる。
だが、その解釈は別の答えとなる。
「あれは天津の敵っ!」
彼女はポーチから投下用の爆弾を取りだし、鉤爪でつかんだ。
そして、深海の戦車に向かっていった。
――――――リヴァイアサン艦内。
司令室に響いたディルナイゼンの報告に乗員たちは凍りついた。
「コンディションデュエルッ!!――――――っ」
レオンハルトは大声で叫んだ。
伝通管もその声を拾い、艦内は戦闘体制に。
しかし、レオンハルトは次の命令が出せない。
――――急速潜行ッ
言葉にすれば確実にディルナイゼンが死ぬのだ。
「艦長!」
コーネリアス航海長が怒鳴る。
「……っ急速潜航!」
コーネリアスが声を張り上げた。乗員たちの表情も想像を絶するほど張りつめている。
「潜るなっ!!」
レオンハルトは司令室を見渡した。
その形相は普段温厚なレオンハルトではない。
レオンハルトは伝通管をとる。
「ディルナイゼンッ!!ハッチの位置にいろ!今、開けに行く!!」
そう言うと、走り出し、ラッタルを登り始めた。
外側からではハッチはそうそう開かない様になっている。
「レオンハルトッ!!」
コーネリアスはレオンハルトを追いかけ足に手を伸ばすが、彼は瞬く間に登っていく。
海面は戦闘中だ。
ハルピュリアは爆弾を持っている。
そんなことはロージア補給艦隊が天津に敗れたことで教えてくれている。
ディルナイゼンは敵ハルピュリアに向かってパールバレットをとにかく撃ちまくった。
だが、ハルピュリアのはるか後ろを弾丸は通過していく。
――なんて動きだっ!!
ハーピーの旋回にあわせてパールバレットも360度にまわる。
―-真上!!
頭上にまわったハーピーは爆弾を投下する。
そう予測したディルナイゼンは垂直に撃てないパールバレットを離し、拳銃を取り出す。
「バケモノ女め!」
―-ガンッガンッ
拳銃を撃発する。的中した。
拳銃で爆弾を迎撃する。
―-バンッ!!
空中で拳銃の弾丸を浴びた爆弾は爆発し、飛翔するハルピュリアを吹き飛ばした。
敵の断末魔の声が聞こえるが、艦橋にも爆風がとどき、パールバレットが損壊。
ディルナイゼンも甲板に叩きつけられた。
「ぐはぁーーっ」
だが、さらに敵の増援が遠くに見える。
ハルピュリアにガーゴイル。
拳銃を向ける。
だが、その手がない――――――。
右足もない――――――。血が噴出する。
―――――-死ぬ!?
止血どころか、片腕では握れない。
「ディルナイゼンッ!!」
その時、目の前にレオンハルトが現れた。
だが、レオンハルトに抱きかかえられると急いで開けたままのハッチに引きずられた。
レオンハルトによってディルナイゼンはラッタルから艦内に突き落とされる。
その衝撃は司令室にいた乗員たちによって緩和された。
下で落ちてくるのを待っていたのだ。
「レオンッ!!」
ディルナイゼンは叫ぶ。
「大丈夫だ」
レオンハルトはハッチを閉める。
そして素早くラッタルを降りてくる。
医者も医務室もリヴァイアサンにはない。
ディルナイゼンには無造作にうっ血するほど包帯を巻かれた。
「急速潜行!!」
コーネリアスが命じた。
「ならびに状況報告!」レオンハルトが見わたす。
「本艦の艦橋、甲板の損傷は軽微、心配するな!」
――――――レジーナっっ。
そして、伝通管をとる。
「ヴァ―レンファイト大尉!」
『酸素濃度は100%ではないが、上空のバケモノどもを追えば敵艦を発見できる。敵の旗艦と勝負するか?』
――――――敵が上空にいる以上、浮上はできない!
「潜覗鏡上げ!」
コーネリアスが命じ、自ら潜覗鏡を除く。
「被弾したハルピュリアを回収して撤退する動きだ」
潜覗鏡にはハルピュリアを抱え、帰艦する有翼妖魔の姿が見える。
その速度は速くなく追える。
「ガーゴイルを追え! 敵艦の方角を指し示すッ!!」
コーネリアスは声を張り上げ、潜覗鏡をレオンハルトに代わる。
「海槍魚雷弾戦用意!」
その言葉にディルナイゼンが反応する。
身を起こそうとした。
レオンハルト察したように潜覗鏡を覗いたまま、
「ディルナイゼンを拘束しろ!ベッドに縛り付けておくんだ。口の中にも詰めておけ」
ディルナイゼンの性格上、自害する可能性もある。
「全速潜航!」
――――――正義。
有翼種たちが正義の甲板へ降り立つ。
「「深海の戦車発見!!」」
敵の出現報告を受けた紫苑は指示を出す。
「状況“赤”発令!主砲ゲイボルグ、メテオ発射管起動グングニル装填! 目標――――っ」
戦術要員が真剣な表情で、次々にシステムを立ち上げていく。
見えない敵に挑む緊張がクルーの顔を硬く強張らせる。
「敵目標、ロージア潜水戦闘艦____深海の戦車!!」
甲板に集まった飛翔できる有翼妖魔は全て飛びだった。
その数は500体を越える。
海の異変は全て有翼種の送る信号と伝令で〝正義〟に伝わる。
飛ぶ妖魔たちがざわめいた。
目を凝らすと水面に動く影を発見する。
海の中を走る何かの上に沿って有翼妖魔が飛ぶ。
それはトライデント。
〝正義〟を狙うべくリヴァイアサンが発射したのだ。
艦橋から双眼鏡で妖魔たちの動きを見ていた紫苑は水中を走る砲弾の存在を認めざるを得なかった。
「砲弾が海中を進んでいるっ!?」
目視できない敵の攻撃に、必死に妖魔たちが空から信号を送る。
「ゲイボルグ、グングニル、構わんっ!全砲弾海の中に、てっぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!!!!!!」
紫苑が叫ぶ。そして手で「衝撃に備え」と周囲に伝える。
号令で主砲が火を噴く。
妖魔たちは一気に上空へ飛翔する。
海面に次々と砲弾が沈み込み爆発した。
装填、発射を何度も繰り返す〝正義〟の姿は海を破壊する魔神だった。
海が叫んだかのように海面に大きな壁を作った。
儚くその壁は海面に戻っていく。
だが、水中の砲弾は迫りくると妖魔たちが空でアピールする。
「撃ち続けろ!」
「む、無理です!砲身が焼けてバレルが持ちません!」
発射管制員が叫ぶ、さらには席まで立ち上がって紫苑に困惑な表情を浮かべた。
ゲイボルグは主砲だ。
10基あるがそれを一斉に発射し、規格外なほどに連射までしているのだ。
「撃ちながら回避! 敵には我々が見えている!位置を変えなければ被弾するぞ!」
〝正義〟から完全にトライデントは見えない。
有翼種の動きにあわせて、砲弾を機関銃のように海面に撃ち込んでその中の一発がトライデントを破壊したのだ。
感を頼りにしたたまたまできた迎撃である。
「取舵! そして撃ち続けろ!主砲は全基破損しても構わん!」
そう言って、艦橋の外へ飛び出した。
夜明け前の蒼い世界。海面に目を凝らす。
とにかく海を撃つ戦闘艦。
それでも、敵が何発、水中を泳ぐ砲弾を発射しているかわからないのだ。
“何も見えなかった”という今までの報告。天津艦隊を壊滅させた何かが海の中にいる。
恐怖が紫苑の全身を駆け抜ける。
「どこにいる?どこから撃ってる!」
―-ガーンッ!!
その瞬間、鼓膜を突き破るような爆音と激震が紫苑を襲った。
手すりにつかまって身を起こすと艦尾の方から火柱が噴き上がった。
海面に主砲を撃ち込まなければ〝正義〟は海で爆発炎上していたであろう。
『航行不能!』
艦内のスピーカーから絶望の声が響く。
「まだだ………〝正義〟は沈んじゃいないッ!!」
――――――リヴァイアサン。
「トライデントを迎撃した?」
潜覗鏡を離したレオンハルトは驚愕して乗員を見わたす。
その存在が敵にわかるはずがない。
そしてコーネリアスが潜覗鏡を覗く。
「敵艦……沈むな。だが、あの巨躯であれば何日か後かもしれない」
珍しく、ヴァ―レンファイト機関長が司令室にやってくる。
「先ほどのトライデント戦でエネルギーは使い果たし、酸素がない。微速で〝ネレイド〟と連絡の取れる位置まで戻るか?」
「……そうですね。敵艦の沈没は確認するまでもないでしょう。動かないということはスクリューに命中したと判断します」
トライデントは〝正義〟の足を奪った。
レオンハルトとコーネリアスがスクリューの位置を想像し、撃ち込んだトライデントが見事に迎撃されずに命中したのだ。
トライデントを撃つには酸素が足りない。
両左舷のバンダースナッチを駆使してまで敵艦にトドメを刺す必要はない。
この戦いで天津帝国の旗艦〝正義〟と勇者・紫苑誠を屠る。
天津の勇者と最強の戦闘艦を難なく撃破したレオンハルトは祖国で英雄となるはずだった。
――――――正義。
「沈むのは時間の問題だと?」
紫苑は整備員の報告を受け、頭を抱えて俯く。
天津の海域でないこの海からでは救助も呼べない。
小型ボートは天津とは反対側に偵察用の足場として置き去りにしてしまった。
そして偵察隊が到着する。
その手には対空機銃で撃れた紅葉の姿があった。
甲板に寝かされる。
「急いで司祭様を!」
紅葉を救助した鴉天狗が叫んだ。
艦橋から有翼妖魔の姿を見ていた紫苑は甲板にいた。
ぐったりするも目を見開く紅葉に駆け寄る。
「どうし―――」
敵に撃たれたのは明白。
しかし、何故、銃弾による被弾であるのか?
敵艦の姿を見たのか?
しかし、紅葉を今しゃべらせたら彼女は死んでしまうかも知れない。
そう、口から血がとめどなく溢れているのだ。
「______て……てきは……しずむ……ふ……ね……」
紅葉が呻くように声をだした。
口端から血が大量に滴る。
しゃべるな!と紫苑は思った。
しかし、彼女は見たのか?敵の姿を――――――。
「く……空気を……」
紅葉は淡い蒼天を見つめたまま。口を動かす。
目は星を。
――――――沈む船……空気。
「ぶはっ」
血を吐き出す。
紫苑の顔は血で赤く染まった。
「わかった。もうわかったからしゃべるな!」
「紅葉は敵の対空放射を受けて投擲したんだ!」偵察隊の有翼妖魔が言い放った。
すると紅葉と同族の姑獲鳥たちが泣きながら紫苑をどかすように紅葉を囲む。
紅葉の名を何度も連呼し、泣き叫んだ。
「こ……っ」
紅葉の言葉に反応した同族が彼女のポーチをまさぐる。
取り出したのは写真。
彼女が子供たちに囲まれている写真だ。
彼女の目に映るように差し出される。
「あ……あたしの……子供たち……」
彼女の目から涙があふれ出る。
神官のファランディースが駆けつける。紅葉を回復させるため、イヴァリスの女神アテネステレスに祈る。
そのイヴァリス最高峰の神聖魔法で撃たれ、焼かれた彼女の身体は見る見る回復していくように見えた。だが、それは傷口が塞がり、溢れる血を浄化していくのみ。
ファランディースは手から溢れる白い光を放ったまま、残念そうに紫苑に首を振った。
彼自身も致命傷の一撃を受けながら、彼女に治癒された経験が過去にある。
それだけ、能力の高いファランディースの神聖魔法でも紅葉が回復しないのは疑問だ。
「なんで蘇生しない?アテネステレス神は何をやっているっ!!」
紫苑はファランディースに問う。僅かに怒りの表情で、
「ここに帰還する前から天に召されているわ。いくら神の力でも生き返らせることはできない……」
ファランディースの言葉に甲板は騒然となる。傷は治るが既に紅葉の命は尽きていたのだ。
既に亡骸と化していた彼女が言葉を話し、涙を流した。ということになる。
今もその写真を見つめる目から涙が流れる。
だが、胸の鼓動はない。
紫苑は写真を見つめる瞳を閉じてやる。その身体は……確かに冷たかった。
「海の女神セイレーン。その涙は荒れ狂う海の魔神海龍リヴァイアサンの怒りを海底に沈めてくれるという」
ポツリとファランディースが呟いた。
目の前の死に涙したのか。
歴史を紐解いてもイヴァリス人が魔族の死に涙をしている姿はこのときのみ。
ファランディースはイヴァリスの印をきった。
セイレーンとは美しい海の女神。
その手には竪琴が奏でられ、海の怒りを沈め、航海中の船を助けるというイヴァリスの伝説だ。
どうしても紅葉の姿が海の女神セイレーンと重なる。
ファランディースのおかげで紅葉は綺麗な顔に戻った。
このまま故郷の土に埋めてやりたい。
そう思いながらも戦闘艦内では戦死した遺体を置いておくわけにはいかない。
過去の敵対勢力妖魔の国“大和”は髪の毛を家族に届ける習慣があった。紅葉は大和で生まれた妖魔だ。
しかし、彼女の家族に髪を届けることはできない。〝正義〟は沈むのだから。
姑獲鳥たちは甲板で略葬をあげた。
大事な写真、子供たちからの持たされたであろうお守りを防水処置して彼女と一緒に納体袋におさめた。
そして、〝正義〟から彼女を海へと沈める。
「メテオ発射管は動くな?」
艦橋に戻る紫苑は管制員に問う。
「はっ」
「……敵艦は海の中にいる。そして生物と同じく呼吸のため浮上することがわかった。ヤツが浮上した時にトールハンマーで海域に雷神の鉄槌を撃ち落とす」
紫苑は艦長席に深いため息を吐いてから座る。
そして目を閉じる。
幾度となく女性の涙を見てきた。
魔王の妻の涙。
英雄の妻の涙。
紅葉の涙は戦火の絶えない天津に涙したのではないかと思ってしまった。
〝正義〟には自分の命令に異を唱える者はいない。
紅葉の死に責任を負う権限がある。
「深海の戦車は必ず浮上する。ここからは戦争じゃない。天津帝国の誇りと威信にかけ敵を討つ」
――――――リヴァイアサン。
トライデントで酸素を使い果たし、パールバレットを損壊させたリヴァイアサンの攻撃手段はバンダースナッチによる格闘戦のみ。
そして、緊急潜行後に有翼妖魔が逃げた方向に全速前進。
トライデントを8発放った。
レオンハルトは敵艦の大きさが通常の〝武威〟と相違していたため、撃沈を狙ったが7発のトライデントが迎撃され、艦尾を狙ったトライデントも敵艦が動いたため、直撃を逃すも致命的な一撃を与えるに至った。
艦内の酸素は残り僅か。
エンジンを回せば酸素は著しく減る。
蓄電バッテリーで補給をしに〝ネレイド〟まで微速で戻らなければならない。
「航海長……ネレイドとの通信が可能な距離まで何日かかりますか?」
レオンハルトは航海図を見つめるコーネリアスに問う。
「……おおよそ10日でしょう。途中で浮上し、酸素を供給すれば2日か……3日あればネレイドにたどり着く」
「敵艦は砲身が焼けるほど艦砲射撃を行いましたね。でも甲板に乗せた大きな砲塔が気になる……長距離砲でしょうか?」
「恐らく、対陸用のミサイル兵器だと思います。バンダースナッチで敵艦底部から破壊し、沈没後に離れてから浮上することも可能です。敵には飛べる魔族が豊富です。バンダースナッチ戦を展開するなら万が一に備え甲板にて銃撃戦の用意もしたほうがいいかもしれません」
「なるほど……」
レオンハルトは悩んだ。
もともとは撃沈を狙ったが――――。
「艦長!」
クルーに呼ばれるレオンハルト。
「どうした?」
「ディルナイゼン少佐の容態が!」
手と足を失ったディルナイゼンは巻かれた包帯からは止血できずに床に滴るまでになった。一刻も早く、ネレイドに帰艦せねば彼は死んでしまう。
10日……1日も耐えられるかという状況であった。
「腐ると艦内に感染病が蔓延するかも知れません……」
クルーの言葉にレオンハルトは頷いて、ディルナイゼンのもとに向かった。潜水艦内部は非常に危険な状況だ。
そこには目で「殺せ」と訴えるディルナイゼンの姿がある。
口の端からも血が滲む。口に詰めたタオルを強く噛みしめているせいだ。
リヴァイアサンは最前戦を想定しているため、治療という概念はない。
最前戦では、簡易な手当てで回復を見込めない者は破棄される。
彼をトライデント発射管から排出する。
レオンハルトはディルナイゼンのもとに向かう前に念を押して航海長や乗員から囁かれた。
その間、コーネリアスはある報告を受ける。
「海中を漂う何かがあると」という報告だ。
バンダースナッチは海中の物体を回収し、艦内に取り込むこともできる。
コーネリアスは回収するように促した。
『艦長!艦尾多目的室へ』
伝通管からレオンハルトを呼ぶ声があり、彼は戻った。
ディルナイゼンとは結局なにも会話をしていない。
レオンハルトが多目的室に入る。
そこには横たわるハルピュリアの屍骸。
紅葉だとは知る由もない。
「敵のハルピュリアです。傷が不自然に塞がっています。イヴァリスの神聖魔法でしょうか?」
「パールバレットを受けたハルピュリアなのは間違いない。あれだけの銃弾を受けて傷が塞がっている……」
海を漂ったと思えない。
そして美しくも、銃弾で穴が開く軍服も正しく纏っていた。
「これだけの治療が可能ということは、艦として余裕があるのでは?」
乗員の言葉にレオンハルトは首を振った。
「いいや……動かないということは、沈没は時間の問題だろう。救命艇や仲間を呼ぶこともできるかもしれないけど」
「これを……」
乗員からポーチが渡される。
「何か入っていたか?」
「…………」乗員は口をつぐむ。
レオンハルトはポーチを開く。
そこには彼女と恐らく子供たちであろう写真。
そして、子供たちが描いたであろう彼女の似顔絵や船、動物、父親と思われる男性の顔などが描かれた小さいスケッチブックがあった。
レオンハルトは遺体を見る。
目尻に光。
「泣いている?」
レオンハルトは恐る恐るハルピュリアに触れる。
一切濡れてなどいない。
「敵艦長はあの動けない状況でハルピュリアの冥福を祈ったのか?」
涙――――。
何故か戦いの虚しさが伝わってくる。
海の戦士なら誰でも知っている海龍リヴァイアサン伝説。
そしてその怒りを静めた海の女神セイレーンの伝説。
ロージアにもセイレーンの伝説は有名だ。
彼女の涙でリヴァイアサンは深海に帰っていったという。
人間に恋した海の魔蔟の伝説は各地でおとぎ話となって語り継がれている。
「敵だって愛する家族のために戦っている」
レオンハルトは乗員にポーチを渡す。
「彼女に、そして……丁重に海へ」
そう言うと多目的室にコーネリアスが入ってくる。回収したモノを確認に来たのだろう。
レオンハルトはコーネリアスに一礼して艦長室に向かう。
そして考えた後に指令室に戻った。
艦内にレオンハルトの声が響く。
『総員指令室に集合!』
狭い指令室に集まる乗員。
ヴァ―レンファイト機関長は集合しなかったが、名指しで集まるよう改めて促された。
「みんな……よくここまで過酷な戦いに耐えてくださいました。感謝しています。今回の戦闘でリヴァイアは被弾しましたが、天津の旗艦に損傷を与えました。このリヴァイアはどんな敵が相手であろうと負けません。必ず全員が祖国ロージアの地に、家族のもとに帰れる……そんな戦艦なんです」
ヴァーレンファイト機関長がため息をはく。
レオンハルトが言いたい事がわかったのだ。
乗員たちもざわめく。
副長は航海図を見つめたまま俯いている。
「これより我がリヴァイアサンは敵旗艦に投降します。ディルナイゼン少佐の治療を条件に沈没しようとしている敵旗艦と戦略取引を行います。そして…見返りにバンダースナッチで敵旗艦を救助する。我々の任務はこの世界から戦争をなくすことであることをわかってほしい……」
誰も声を発しない。リヴァイアサン艦内。
このレオンハルトの言葉は伝通管を通ってディルナイゼンの耳にも入っているだろう。
この〝正義〟との戦いはリヴァイアサンの圧倒的勝利で幕を下ろすはずであった。
リヴァイアサンは敵艦に近い位置まで潜行接近する。
レオンハルトは降伏を意味する白旗を用意して、自らの軍服は一度も着ていない綺麗な軍服を着用した。
黒を基調とした軍服に金色のラインが映える。そしてロージアの紋章が刻まれる兜。
艦長室を出るとコーネリアス航海長が待っていたかのように立っている。
手には信号灯が握られていた。
「このまま浮上する」コーネリアスは壁を見据えたままレオンハルトに伝えた。
――――――天津帝国旗艦〝正義〟。
艦橋内の艦長席に紫苑誠の姿はない。
艦長室で家族の写真を眺める。
そして、自らが経験した戦いの日々を思い出していた。
「私は魔王を倒した……」
写真に語るように小さく呟く。
かつて魔王を名乗る妖魔を屠り、皇女を救った。
「私は英雄を倒した……」
皇帝となった紫苑誠が、大陸から全妖魔を駆逐することに立ち塞がる英雄を倒し、今の天津は人間と妖魔が共存する国になった。
――――――私は……負けたことはないッ!
艦内放送が入る。『敵艦発見!』
「なんだと?」
紫苑は司令室に入るそして艦橋の外に出た。
そこには乗員であふれかえっている。周りには飛翔できる妖魔が飛び交う。
「た、対艦戦闘用意ッ!!」
紫苑の怒号でメテオ発射管がキリキリと金属音を発しながら回転する。海面に標準した。
海面が泡立つ。
その中から黒い艦橋が姿を現したかと思うと、やがて深海の戦車がゆっくりと海面に浮上した。
待ちわびていた出会い。
〝正義〟の上で皆が硬直した。
距離にして数十メートルない。
まさに目の前に姿を現した深海の戦車を〝正義〟のメテオ発射管が捉える。
「まるで伝説の海龍……」
その時、敵艦の艦橋から二人の男が出てくる。
レオンハルトとコーネリアスである。
____あいつが艦長か?
夜明け前の淡い藍色にその姿が見えた。
白い旗を振る。
降参の合図であるが、こちらは航行不能の戦艦。
もう1人の制服の男は信号灯を発する。
コーネリアスは世界共通の信号で〝正義〟にメッセージを送る。
「敵艦からの発光信号?」
紫苑の隣にいた船舶経験の長い乗員が信号を読み上げる。
「セ……ィ…」
艦橋ウイングに集まる水兵、上空の妖魔が乗員の声に耳を傾ける。
「――――セイレーンの涙」
その瞬間、夜明けの曙光が淡い闇を消し去った。
――――――凱旋後。
開廷してすぐに、審問長はディルナイゼン中佐を見据えて言った。
「これより、最終弁論を開始する」
この法廷で最後の決着となる。
ディルナイゼンは唇を噛みしめる。ここで刑が確定する。ディルナイゼンは挙手して立ち上がる。
「弁護側に新たな証人の用意があります」
審問長は不機嫌そうな顔で「審問を左右する重要な人物なのかね?」と問う。
「はい」
「何を考えている!」
オーベルシュタイン准将が憤怒の表情で叫んだ。
「検察側の異議を却下する。弁護側は証人喚問を」
そこに現れた男を見て法廷内はどよめいた。
レオンハルトは思わず立ち上がりそうになった。
その顔を見忘れるわけもない。
「…………証人は……証人席へ」
審問官が促した。
証人は頷くと歩み出た。
そして無言のままディルナイゼンも義足で力強く立ち上がって証人席に近づく。
お互いに審問官に向かい嘘偽りがないことを宣誓をする。
オーベルシュタインは立ち上がったまま動けなくなった。
ディルナイゼンが尋ねる。
「お名前は?」
「天津帝国皇帝、紫苑誠」
証人として現れたのは敵国の皇帝。
リヴァイアサンと戦った旗艦〝正義〟の艦長でもある。
「異議あり!!この男の宣誓は神に対してであり、地球ではない!」
「天津はガイア主義ではない!だが、虚偽と真実の違いはわかる!」
紫苑がオーベルシュタインを睨んだ。
「敵国の者をこの軍事法廷に呼んだのかッ!! 衛兵を呼べ!!」
「審問長!」
ディルナイゼンが審問長に叫ぶ。
「……い……異議を却下する……弁護側は質問を行ってください」
「紫苑誠艦長。リヴァイアサンと〝正義〟の戦いを覚えていますか?」
「はい」
紫苑はオーベルシュタインを睨んだ。睥睨の目で。
「あなたは敵艦であるリヴァイアサンを攻撃しなかった……何故です?」
「敵は投降を示していました。その時点で戦闘は終了し。互いに敵同士ではありません」
「あなたは我が軍と敵対する国の王であり、戦艦の艦長です。浮上したリヴァイアサンを艦砲射撃するなら確実に撃沈できますか?」
「……わが国の最新鋭にて最強の戦艦〝正義〟はイヴァリスの誇るジャスティス級戦闘艦の技術を取り入れている。現代の艦対戦において〝正義〟と戦える戦艦は存在しない。レオンハルト艦長の指揮する〝リヴァイアサン〟であってもだ」
「証人は今も彼らを敵だと思っていますか?」審問長が証人に質問する。
「…はい。敵であり〝正義〟に乗艦した将兵2000命の恩人であり、尊敬する英雄たちです」
紫苑が答えた。
「レオンハルトを貴方はどう思いますか?」
「敵同士で出会わなければと…悔やみます」
「最後の質問です。ディルナイゼンの治療を行ったのは何故です?」
「天津皇帝であり、海軍上級大将の私として部下の命を奪ったディルナイゼン中佐を助けたくはなかった……だが、人として当然のことをした。と、しか言えません」
「わかりました。我がロージアの英雄の危機を救って頂いたことを代表して感謝します」
審問長の木槌が法廷内に響きわたった。
「休廷後に判決を下す」
紫苑誠は一礼して踵を返す。
その瞬間、本当に瞬間的にレオンハルトと両雄の視線があった。
___________________
異国の寒冷を浴びながら、彼は待っていた。
「少し、よろしいですか?」そして黒い軍服の男が現れる。
彼は空を見た。数舜目を閉じ、男を見る。
「リヴァイアサンを攻撃する術はあっただろうか……?」
それは正義の乗員を全員救えたか?という問い。
「天津帝国海軍艦長として、敵を殺すことを命ずるのが任務だ」
彼の眼は赤くなる。涙を堪えているのか?
「だが、人として……後悔しています。卿の任務を阻止できていたら、正義でリヴァイアサンを鎮めることができていたらと……後悔しています」
「……もし、戦場ではない場所で出会えていたらと悔やみます」
ディルナイゼンの用意した軍用車でレオンハルトは屋敷に送迎された。
「ここでいい」
屋敷まで僅かな距離がある。
レオンハルトの希望でディルナイゼンは運転手に車を止めさせる。
「ありがとう」
「次の命令があるまで待機となる。法務局を経て命令書が届くまで家族と待つようにレオンハルト大佐」
「わかった」
車から降りたレオンハルトは右手にはカバンを、左手に兜を持った。
そして屋敷に向かって歩く。
そして遠くから女性のシルエットを確認する。
小さな子供が大きな声を張り上げて走ってくる。
それを追うようにもっと小さな子供もぎこちなく向かってくる。
女性は動かない。
女性のもとへ進む。やがて女性の表情が見える。
立ち止まる。
子供たちが彼にぶつかるように抱きしめてきた。
カバンと兜を置く。
そして二人の子供をそれぞれ片腕で抱き上げる。
そして決心したように息を吸い込み、レジーナのもとへ力強く一歩を踏み出した。
ディルナイゼンの用意した軍用車でレオンハルトは屋敷に送迎された。
「ここでいい」
屋敷まで僅かな距離がある。
レオンハルトの希望でディルナイゼンは運転手に車を止めさせる。
「ありがとう」
「次の命令があるまで待機となる。法務局を経て命令書が届くまで家族と待つようにレオンハルト大佐」
「わかった」
車から降りたレオンハルトは右手にはカバンを、左手に兜を持った。
そして屋敷に向かって歩く。
そして遠くから女性のシルエットを確認する。
小さな子供が大きな声を張り上げて走ってくる。
それを追うようにもっと小さな子供もぎこちなく向かってくる。
女性は動かない。
女性のもとへ進む。やがて女性の表情が見える。
立ち止まる。
子供たちが彼にぶつかるように抱きしめてきた。
カバンと兜を置く。
そして二人の子供をそれぞれ片腕で抱き上げる。
そして決心したように息を吸い込み、レジーナのもとへ力強く一歩を踏み出した。
ディルナイゼンの用意した軍用車でレオンハルトは屋敷に送迎された。
「ここでいい」
屋敷まで僅かな距離がある。
レオンハルトの希望でディルナイゼンは運転手に車を止めさせる。
「ありがとう」
「次の命令があるまで待機となる。法務局を経て命令書が届くまで家族と待つようにレオンハルト大佐」
「わかった」
車から降りたレオンハルトは右手にはカバンを、左手に兜を持った。
そして屋敷に向かって歩く。
そして遠くから女性のシルエットを確認する。
小さな子供が大きな声を張り上げて走ってくる。
それを追うようにもっと小さな子供もぎこちなく向かってくる。
女性は動かない。
女性のもとへ進む。やがて女性の表情が見える。
立ち止まる。
子供たちが彼にぶつかるように抱きしめてきた。
カバンと兜を置く。
そして二人の子供をそれぞれ片腕で抱き上げる。
そして決心したように息を吸い込み、レジーナのもとへ力強く一歩を踏み出した。