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きっとそれを因果応報というのだろう・下

 私たちが会場に入るとそこにはカオスとしか言えない光景が広がっていました。

 私がお父様とお母様に聞いた卒業パーティーの話では下位貴族が入場する段階になれば高位貴族の卒業生と参加者はすでにダンスや歓談を終えており、会場内にはほとんど高位貴族の姿はなく下位貴族ばかりになっていると聞いていたのですが。

 私の目の前に広がっているのは学院に在籍するほとんどの人間とその家族に埋め尽くされているホールでした。

 もちろんホールは学院内の全ての人間が入っても余りあるくらい広いので、ダンスをしたり歓談したりするのに支障はありませんがいくら何でもこの光景は異様です。


 ただ原因ははっきりしています。ホールの中央でダンスもせずに歓談している学院最上位貴族の四人です。

 まあ、この卒業パーティには国王陛下と公爵である宰相、そして辺境伯閣下が出席なさっているのでパーティ会場内での最上位貴族ではないのですけれど。


「やっと来たかハニー」

「子猫ちゃん、待ちくたびれたよ」

「なんでお姉ちゃんレンと一緒に来てくれなかったの」

「三人とも、俺様の婚約者になれなれしく近づかないでくれないか」


 想像したくなかったですが、やはりゲームのヒーロー四人の目当ては主人公である私だったようです。

 少し心細いですが、ニール様を巻き込むわけにもいかないのでエスコートから離れます。


「第三王子殿下、第四王子殿下、公爵子息様、辺境伯子息様、ごきげんよう」


「さあ、僕と一緒に踊ってくれないか」

「いやいや、子猫ちゃんは僕と踊るのさ」

「えー、レンと踊るにきまってるじゃん」

「婚約者である俺様を差し置いて他の男と踊りはしないだろう」


 私は四人へと挨拶をしたのに彼らから挨拶が返ってくることはありません。これもいつものことです。


「私に発言の許可をいただけますか?」


「さあ、ハニー。僕の手を取るんだ」

「子猫ちゃん、恥ずかしがることはないから僕の手を取ってごらん」

「お姉ちゃん、早くレンと踊ろうよ」

「なにをやってる、俺様と踊るぞ」


 やはりこの四人は私と会話する気はないようです。

 学院内ならばこの四人が最上位貴族なのでこのまま私は発言の許可を得る態勢のまま、彼らのバカ騒ぎを一方的に聞くしかありません。

 しかし、この場には彼らよりも上位の貴族が存在するのです。


「発言を許可しよう、サンドマン子爵令嬢」

「許可を下さり感謝いたします、国王陛下」

「いや、上位の者として下位の者が発言の許可を求めれば応じるのが務めだ。それに引き換え貴様らはなんだ、下位の者相手に許可も与えず一方的に話しかけて」


「父上、発言の許可ってハニーに対してそんなものは必要ないだろう」

「そうさ、子猫ちゃんはあるがままにお話ししていい存在だからね」

「お姉ちゃんは家族みたいなものだし許可なんていらないよね」

「許可がなければ話せないなんて婚約者としてはおかしいでしょう」


「許可をいただきましたので発言させていただきます。第三王子殿下、第四王子殿下、公爵子息様、辺境伯子息様、私は自己紹介もさせていただけなければ発言の許可も与えてくださらない殿方と踊るつもりはありません」


 あまりの言葉に周囲は絶句しています。

 事情を知らない貴族たちは下位貴族である子爵令嬢の上位貴族に対するあまりにも無礼な発言に。

 そして、すべてを知っている方々は一年間も学院内で付きまとっていたというのに発言の許可はおろか自己紹介さえもさせていない非常識な四人に。


「第三王子殿下だなんて他人行儀な、名前で呼んでおくれよハニー」

「そうさ、子猫ちゃんには僕の名前を呼んでほしいな」

「お姉ちゃん、なんでそんなに他人行儀なの?」

「下位貴族だからと言ってそんなに遜ることもあるまい」


「お言葉ですが、私は貴男方四人の名前すら伺ったことがございません。下位貴族として最上位貴族である貴男方四人のお名前はもちろん学んではおりますが、自己紹介もされていなければ自己紹介もしていない方々の名前を勝手に呼ぶなんて無礼な真似はできません」


「もうよい、あまりにも非常識が過ぎる」


 国王陛下の言葉に私を含む会場内のほとんどの貴族は首を垂れる。

 国王陛下のお言葉を遮るのは不敬が過ぎるし、国王陛下のお言葉を待つのは貴族としての務めでもあるからだ。

 もちろん非常識なゲームのヒーロー四人組は首を垂れることもなく私や陛下に対して持論を展開していた。

 曰く、想いあっている二人に爵位は関係ないだの無礼も非常識も愛の前には些細なものだの。


「黙れ! まずは我が息子二人からだ。貴様ら二人は王家の人間だというのに下位の者への接し方がなっておらん!

 大体貴様ら二人は学院を卒業すれば領地を下賜され領地貴族となる身であろう。なのに次期子爵であるサンドマン子爵令嬢と婚姻はおろか婚約を結ぶこともならぬわっ!」


「ですが、父上。公爵夫人となるのですよ? ハニーとて次期子爵など辞退するのが筋でしょう」

「そうですよ。子猫ちゃんは僕の隣で苦労なく暮らすのが似合っているのです。それに女性の領主など普通ではないではないですか」


「だから黙れと言っている! 貴様らには貴族の常識がないのはよくわかったがこれ以上は王家の恥になるから黙れと言っているのだ!

 いいか、まず貴様らに与えられるのはただの公爵ではない。貴様らに与えられるのは伯爵相当の土地を持つ公爵位だ。そして貴族間の婚姻は直上直下の爵位が望ましいとされているため子爵相手の婚姻は不可能だ。

 大体女性領主が普通ではないなど偏見にもほどがある。彼女は領地経営科の一学年の中でも上位の成績をとっている才女だぞ。それに女性領主は我が王国の中でも二割を超えているのだぞ」


「領地が狭くても公爵位は公爵位でしょう」

「それに女性の幸せは高位貴族の夫人になることと母上もおっしゃっていましたよ」


「もうよい。臣籍降下するのだから学院にいる間くらい好きなことをさせようとした我らが阿呆だったのだ。ユーリもカイトも再教育だ、再教育終了後には文官科へ再入学させる。もちろん再入学の際には問題を二度と起こさぬように選りすぐりのお目付け役をつけるから覚悟しておれ」


 両王子殿下はそれでも国王陛下に食って掛かろうとしていたけれどそれは周辺に待機していた護衛騎士によって阻まれる。


「公爵も辺境伯も発言を許可する故に自分の息子と存分に語らうが良い。我は自分の息子二人ですでに疲れた」


国王陛下に促されると宰相である公爵閣下が進み出た。


「では、まずは私から語らせてもらいましょう。……レン、貴様は一体何をやっている?長男が公爵位を継ぎ、次男が宰相職を継ぐと決まった時に貴様は兄二人の手助けができるように学院で学ぶと言っていたな?なのになぜ芸術科なぞに所属しておる?」


「だって、レンは頭もよくないし剣の腕も普通だから……」


「馬鹿者! それならばそれでいくらでもやりようはあったであろうが! 各領地の人間と顔をつなぎ外交を担うでも領地内の人間と交流をもち領内の情報伝達を買って出るでもな

 だいたい貴様は芸術科になぞ入って何をするつもりだったのだ?あそこは才能を持ちながらパトロンが見つからない平民がパトロンを探す場だぞ」


 そうなのです。もともと芸術科はパトロンを持たない平民が所属し、定期的に作品を発表することで貴族にアピールする場だったのです。

 それが変わってきたのは五年前、第三王子殿下が芸術科に入学したことがきっかけとなったのです。

 それからは第四王子殿下、そして転科してきた公爵子息、それに続く両王子殿下の取り巻きなどで今や芸術科に所属している平民は肩身の狭い思いをしているのです。


「レンは吟遊詩人になるよ、それで国内の情報をまとめて兄上たちの役に立つんだ」


「吟遊詩人だと、馬鹿を言うな。騎士科から逃げた人間が国内を徒歩で旅する吟遊詩人になどなれるものか。それとも馬車で優雅に旅ができるとでも思っていたのか?そんな吟遊詩人など見たことも聞いたこともないわ」


 吟遊詩人はパトロンが付かなかった歌手が仕方なしに始める路上演奏からできた職種です。

 毎年少なくない数の歌手が吟遊詩人として旅に出ては野生の獣や病気・怪我などで倒れ帰らぬ人となっています。

 公爵子息は昔語りの吟遊詩人を目指していたみたいですが現実はそれほど甘くはありません。

 そもそも吟遊詩人は稼ぎも少なく町で歌っていても宿には泊まれないということも当たり前に起こる職種なのです。


「お金なら公爵家がいっぱい持ってるでしょ?それにお姉ちゃんも一緒なんだから旅をしても大丈夫だよ」


「馬鹿者がっ! 公爵家の予算は公爵領の運営に必要な資金だ。貴様のような放蕩ものに使う金はないっ。大体、子爵令嬢に対してその呼び方はなんだ、家族でもない人間に対して姉と呼称するなど無礼にもほどがある」


「家族になる人に対してどう呼ぼうとレンの勝手でしょ」


「ふざけたことを抜かすな。貴様は陛下のお言葉を何も聞いていなかったのか?公爵家と子爵家では婚姻どころか婚約するのも無理だと。よしんば貴様が子爵家へ婿入りするとしても頭も悪ければ剣の腕もない公爵家から逃げた自称吟遊詩人など来てもらっても困るだけであろう」


「そ、そんなこと」


「ある。女性領主の伴侶となる人物には領主が出産、育児をしている間、最低限領主代行として働けるだけの器量が求められる。だからこそ、サンドマン子爵令嬢には未だに婚約者がいないのだろう」


 公爵閣下のおっしゃているのも確かに理由の一つではあります。

 まあ、ゲームのヒーロー四人組があることないこと噂してくれたのが主因なのは間違いないですが。

 そもそも最上位貴族四人が自分のものだと主張する家の人間に婚約の話を持ってくるのは余程のバカだけでしょう。


 公爵閣下の言い分に納得したのか納得していないのかはわかりませんが、自分の分が悪くなったことだけはわかったのか公爵子息は「でも、」とか「レンは」とか言葉にならない言葉をぶつぶつと呟くだけとなってしまいました。


「最後は俺の番だな。ショウよ、いつサンドマン子爵令嬢が貴様の婚約者になったというのだ」


「は?何を言っているのですか?俺様の婚約者はずっと昔から決まっているではないですか?」


「確かにサンドマン子爵家に婚約の打診をしようかと部下と話し合ったことはあった。だが、その後次期領主としての教育が始まっていると情報が入ったことによってその話は流れた。ショウにもそのことは話したはずだがお前はいつまでたってもそこいらじゅうで婚約者の話をしていたな」


「俺様は次期辺境伯ですよ。それに婚約者の話は父上の冗談でしょう。辺境伯夫人よりも子爵家をとるような人間はいないですよ」


「俺ではお前の思い込みを取り除くことはできないのかもしれんなあ。まずお前は次期辺境伯ではないし、婚約を打診しなかったのは事実だ。そして肩書よりも自身の故郷を思うことは不思議でも何でもない」


「……」


「お前は失言するたびに与えられた罰も辺境伯になるための試練とでも思っていたのか?第一、俺が直々に侯爵令嬢や伯爵令嬢との顔合わせの場を用意してやってもお前はすっぽかしたり居もしない婚約者の話ばかりして何度も場が流れたな。そんなにも親である俺が嫌いだったか?」


「そ、そんなことは」


「まあいい、お前に与えられる選択肢は多くない。市井に降りて自由に生きるか、辺境伯騎士団へと入団し一騎士として辺境伯領に尽くすか。どちらにしてもお前がサンドマン子爵令嬢と結ばれる未来は存在しない。平民になったお前を子爵家が迎え入れる利点はないし、一騎士に次期子爵がその立場をなげうって嫁ぐことはない。そもそもお前と結ばれたかったのならば次期子爵として名乗りを上げる必要などなかったのだ」


 確かにそれは温情なのでしょう。普通ここまで家名に泥を塗った人間は処刑されます。それが内々で行われる毒杯や暗殺という手段であっても。

 あるいは辺境伯子息の剣の腕だけは辺境伯閣下もお認めになるところだったのかもしれません。


「国王陛下、並びに宰相閣下、辺境伯閣下。私からも彼らに尋ねたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


「サンドマン子爵令嬢、遠慮することはない。子爵令嬢こそこやつらに最も被害を受けた身。この機会に言いたいことはすべて吐き出すのが吉ではないか?」


 国王陛下に許可をいただき、宰相と辺境伯も否はないみたいなので私は学院に入ってからずっと疑問だったことをようやく聞けます。


「第三王子殿下、第四王子殿下、公爵子息様、辺境伯子息様、皆さんは私に初めて会った際に私のことをすでに知っていてまるで私が自分のもののように発言していましたね、それは一体どうしてですか?」


 そう、聞きたかったのはこの四人がゲームのことを知っていた転生者なのかどうか、ということだ。

 仮にこの四人が転生者ならばこの後もハッピーエンドを目指して何かしでかすかもしれないから気を付けなければならない。

 あるいは彼らが転生者でなかったのならば更なる注意が必要だ。

 なぜならば、ゲームのシナリオを知らずにあのような常識外れの行動をとっていたならば絶対に近寄ってはいけない異常な人間だからだ。


「それは天啓だよ、ハニー」

「そうさ子猫ちゃんを見た瞬間ビビっときたのさ」

「お姉ちゃんは初めからレンのお姉ちゃんでしょ」

「婚約者を自分のものとして扱って何が悪い」


 これは判断に困ります。そして先ほどまでの説教がまるで効果がなかったことを悟った陛下たち三人のこめかみに青筋が浮かんでいます。


「では私のことを生まれた時から知っていたとかではなく初めて出会ったあの時に何かしら感じたということでしょうか?」


「そうさ、あれはきっと神の声だったね。ハニーこそが僕の生涯の伴侶でハニーとともにあれば僕はハッピーでいられるってね」

「僕だって子猫ちゃんのことを知った瞬間から僕の番だと神にささやかれたのさ」

「レンだってお姉ちゃんのことを一目見た瞬間からお姉ちゃんはレンの家族だってわかってたよ」

「神に言われてしまえばたとえ爵位が合わずとも婚約者として認識するのに何の不思議もあるまい」


 この発言は見ようによってはただの一目惚れとも思えるが私にはどう考えてもゲームの強制力としか考えられない。

 でもこれで最悪の展開は免れたように思う。

 ゲームの内容を知っている転生者でなければこれ以上の干渉は不可能でしょう。

 それに強制力によって私を恋愛対象としてみていただけでゲームのシナリオ通りの行動は何一つできていないのだからただの異常者でやはりこれ以上関わるべきではない存在だというだけだ。


「でしたら私が貴男方に伝えたいことは一つだけです。私は次期サンドマン子爵、学院を卒業すれば次期がとれてサンドマン子爵となります。そんな私の伴侶には貴族としての常識があり、領地経営の知識があり、いざとなれば騎士たちを率いて領内を駆けずり回れるだけの男性を求めます」


「我が息子たちにはすべてが足りないな」


「私の息子もなにも持ち合わせていませんな」


「俺の息子は騎士としては動けるだろうが、相手の言葉を聞かない人間が他の騎士を率いるなど言語同断。こちらも不可能だろう」


 四人の父親である三人が彼らの希望を打ち砕きます。


「貴族の婚姻には個人の感情よりも領地の利益が優先されます。ですが、それは個人の感情をないがしろにしていいわけではありません。少なくとも私は私の話を一切聞かず、自分の事情や感情を一方的に押しつけてくる貴男方に好意を抱くことはできません。ですので、たとえこれから何が起ころうと貴男方と婚約を結ぶことはありませんし恋人になることもありません」


「「「「…………」」」」


 これまで貴族子息としてある程度自由に過ごしつつもあまり否定されることもなく生きてきた四人は父親からも運命の相手として好意を持っていた私からも全否定され反論する気力すらなくなってしまったようです。


「ふむ、確かにお互いを尊重できなければいくら政略とはいえ婚姻生活はうまくはいかないものだろう」


「私も妻とは公爵領を任せるに足る人材としての政略でしたがそこにはお互いに対する尊敬と愛情があったからこそやってこれたこと」


「辺境伯領など普通の相手には危険すぎる場所、相手を尊重できなければ即座に離縁されるだろうしな」


「私が言いたいのは以上です。あらかじめ最上位の陛下に許可をとったとはいえ次期子爵のような下位の者が上位貴族の方々に対する無礼な発言失礼いたしました」


「よい、今回のことは上位貴族側の態度があまりにも悪すぎた。学院とはもともと貴族としての常識、矜持を学ぶ場。今回のことも教訓に上位・下位の区別なくそれぞれが貴族らしく学んでくれればよい」


 国王陛下のこの発言により四人組のこれまでの発言を聞いてなお私に対して厳しい目線を送っていた上位貴族の子息子女の一部の学生の目も和らぐ。

 上位貴族としてたとえ相手がどんな無理やりな手法を使っていたとして下位貴族としては粛々と受け入れるのが当然と考えている家系の学生だろう。

 しかし、それもこの王国で最上位に位置する国王陛下が認めている以上それを否定するような言動をするわけにはいかない。

 下は上に従うべきと考える人間はそれがどんなものであれ最上位の人間の言葉には従うものなのでしょう。


「この愚か者どもは我々が引き取る故、皆はこれまで通りの卒業パーティを楽しむが良い」


 そう言って国王陛下、宰相、辺境伯は護衛騎士に囲まれた四人とともに会場を後にしました。

 最上位貴族が退室した以上、他の上位貴族も会場に残る意味もありません。

 例年通り次々と高位貴族が減っていき、会場内には少数の高位貴族を除けば下位貴族しかいなくなりました。


 そして私にとっての卒業パーティはまだ半分しか終わっていません。


 ゲームのヒーローたちに話しかけられた時から私の後ろに控えて見守ってくださっていたニール様とともに一度、会場の隅に移動します。

 高位貴族が減ったことでダンスを行う学生も出てくるので会場の中央に居続けるのはさすがにまずいですしね。


「エーリカ嬢、パートナーとして参加しているというのに何もできずに申し訳ない」


「ニール様、良いのですよ。……これは秘密なのですけれど実は陛下たちには事前に事情を説明してこの卒業パーティーで誰かがやらかした場合に反論する権利を与えてもらっていたのですよ」


 そうなのです。子爵領の運営について辺境伯と共に陛下と宰相に報告に行った際に学院での四人の非道な行いについても報告していたのです。

 まあ、私の報告だけでなく学院に出向している騎士からも同様の報告が上がっていたので即座に今回の行動についての許可が得られたのです。


「ふむ、ならば俺が行動しないほうが都合がよかったのかな」


「ニール様には申し訳ありませんが正直に言えば、ニール様があの場に出てきた場合話がこじれた可能性もあるので結果的には良かったですね」


「では、エーリカ嬢ダンスでもなさいますか?」


「いいえ、ダンスの前に私の話を聞いてくださいませんか?」


「エーリカ嬢が話したいことがあるのならばやぶさかではないが」


「ニール様、いいえニール・ヘンゼルバーグ様、私、エーリカ・サンドマン次期子爵の将来の伴侶となっていただけないでしょうか」


「……え?……は?」


 ニール様は突然のことに混乱しているようです。

 それでも私は話を続けます。


「今回のことで私は自身の伴侶には常識、知識、武力を兼ね備えた人物でないとダメだと国王陛下の前で宣言したことになりました。それは子爵程度の爵位では撤回することもできませんし、事実、将来子爵領を継いだ際にはそれらの能力がなければ私の伴侶として不安があるというのも本当です」


「それは確かに下位貴族では撤回するのは難しいだろうね。でも、俺は……」


「ニール様は私の知る中ですべての能力が高い次元で備わっている唯一の男性です。いえ、正確にはニール様よりも優秀な人は探せばたくさんいるのでしょう。ですが、婚約者がおらず領地を継ぐ予定のない男性の中では群を抜いていると思うのです」


「そこまで言ってもらうのも面映ゆいのだが……」


「何よりも私はあの時に、あの四人に迷惑をかけられた直後にニール様に助けられた時にニール様のことを好ましいと感じたのです。その感情はニール様と過ごす時間が増えるたびにずっとずっと大きくなっていったのです」


 きっと今の私は顔も赤いし声も多少震えているような気がします。

 でも、それでもこの感情だけは私の口からニール様に直接告げたかったのです。


「俺も……。いや。エーリカ・サンドマン子爵令嬢、よろしければ次期子爵となるあなたの隣で一緒にサンドマン子爵領の発展を見守る権利をニール・ヘンゼルバーグにお与えいただけないでしょうか?」


「……では……」


「はい。俺も初めて貴女と話した時からエーリカ嬢のことを好ましいと思っていました。それは交流を深めるうちにどんどん大きくなっていました。ですが、俺は男爵家からも離れる身でとてもエーリカ嬢と釣り合う身分ではありません。ですから、エーリカ嬢の幸せを祈るくらいしかないと思っていたのですが……」


「身分については大丈夫です。実は男爵家当主のニール様のお兄様とはすでに話し合っていてニール様さえよければ男爵令息の身分のままで次期子爵の婚約者となれるようにと進めていたのです」


「……俺のいないところで話が進んでいるのは少し癪ですが、それならば俺に否やはありません。さすがに国王陛下が爵位の差がある婚姻は推奨しないと言っていたのに平民の身分から子爵家へと婿に行くのは外聞が悪いし」


「勝手に話を進めたのは申し訳ないと思っておりましたけれど、実際ニール様に断られてしまったら今回の出来事に対しての準備とかどうでもよくなってしまいそうだったので事が終わってからお返事いただきたかったのですもの」


 実際、国王陛下との話し合いの際にも婚約者の当てがないなら国として支援をするから四人の中から一人選ばないかとも言われましたもの。

 その際にニール様に振られていたら何もかもが面倒臭くなってその提案を引き受けた可能性もゼロではありませんでしたからね。


「でしたら、エーリカ嬢。婚約者として一曲踊っていただけますか?」


「ええ、もちろんですわ」


 無事に非常識なゲームのヒーローたちから離れ愛しい婚約者を得られた私の話はここで終わりです。


 この後はニール様と子爵領を発展させたり、時には喧嘩をしたりもしましたけれど概ね幸せに過ごせました。

 ゲームのヒーローたちはあれから天啓だとか神の声だとかを聞くこともなく再教育されたのちに両王子は公爵夫人の肩書を欲していた令嬢と結婚、自身の才能のなさも自覚し静かに余生を過ごしたと聞きます。

 公爵子息は公爵領内での仕事を与えられ、多少はあの甘えた性格も矯正され公爵の派閥から令嬢をめとったと聞きます。

 辺境伯子息は結局辺境騎士団に入隊し生涯一騎士として勤め上げたそうです。同じ騎士団の女性騎士と結婚自体はしたとも聞きますし、実際に辺境伯領での戦いに参加した際には話こそしませんが辺境騎士団に在籍しているのを確認しています。


 別にクソゲーのヒーローだったから彼らのことを拒否したわけではなかったのですが、もしも彼らが少しでも私のことを考え行動してくれていたら彼らの未来も変わっていたのかもしれないと思えば彼らには同情いたします。

 ですが、私にも幸せになるために努力する権利があります。


 そして、それは彼らにも。


 ですが彼らは自分勝手な思い込みで他人に迷惑をかけ、迷惑をかけていることすら気づかない。


 そんな彼らが幸せになるのは彼らが迷惑をかけた人たちすべてを幸せにするのと同じくらいの労力を支払わなければ難しいのでしょう。


 きっとそれを因果応報というのかもしれませんね。

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