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きっとそれを因果応報というのだろう・上

「今日も俺様のためにクッキーを焼いてきてくれたんだろう」

「何を言っているのさ、ハニーは僕のために作っているのさ」

「兄さま、勘違いも甚だしいよ。子猫ちゃんは僕のためにこそクッキーを持ってきているのさ」

「お姉ちゃんのお菓子作りの腕前はレンも認めているよ。でも、それはレンのためのお菓子だからね」


 レンダル王国の王立学院の中庭では四人の貴公子が一人の少女に群がっている様子が今日も繰り広げられている。


「ご覧になって、今日もサンドマン子爵令嬢は王子殿下たちを侍らしているっしゃるわ」

「淑女科に通わない方は道理もわきまえてませんものね」

「常識があれば下位貴族が上位貴族と結ばれることなどないとわかりそうなものですのにね」


 取り囲んでいる四人の貴公子は二人は王族、一人は公爵子息、一人は辺境伯子息と見事に高位貴族しかいない以上子爵令嬢に群がっている現状はとてつもなく目立つ。

 王立学院に通っている学院生、および教職員の中で最高権力に等しい四人になにか物申せる立場の人間がいない以上事情を知っているものも知らないものも、少女に嫉妬するものも同情するものも皆一様に遠巻きに観察するか声を抑えて皮肉を言うしかないのである。


 これは古い時代の乙女ゲームに転生してしまった一人の少女の物語である。



 わたしの最後の記憶はクソゲーと名高い乙女ゲームをプレイし終えてレビューサイトに星ひとつの評価にも値しないとレビューを書き終えたところだ。


 その直後に急死したのかそれとも記憶にないだけでその後も普通の生活をしてから死んだのかはわからないが、目が覚めるとわたしは私になっていた。


 何を言っているのかよくわからない人が大半ではあると思うがわたしにもよくわからない。


 とりあえず言えることは自分が赤ん坊になっていて、身の回りには明らかに日本人の髪色をしていないメイドさんが複数人いたことだ。


 大学に通っていた人間がいきなり赤ん坊になってしまった気持ちはきっと他の誰にもわからないだろうけれど、私自身も混乱していてよくわからない気持ちでいっぱいだった。


 訳も分からず叫んでみれば泣き声に変換されたのか周囲のメイドがあやしてくるし、赤ん坊の体力では泣き叫ぶだけでいっぱいなのかすぐに眠たくなってしまう。

 そうやって、周囲の情報を集めながら半分あきらめた気持ちで赤子生活を続けているといろいろなことが分かった。


 まず、わたしはエーリカと名付けられた女児でサンドマン子爵家の一人娘だということだ。両親はもちろん黒髪黒目の日本人ではなく母親は銀髪、父親は金髪の美男美女だった。

 爵位を持っていることで育児にはほとんど関わらない両親だったがお互いへの愛情と子供への愛情はたっぷり持っているようで暇さえあれば夫婦で私の眠っている部屋に訪れていた。

 あと、メイドが持ってきてくれた鏡を見て知ったがわたしは銀髪にコバルトブルーの瞳を持つ愛らしい赤子だった。父親のほうが同じ色合いの瞳を持っていたので、あのイチャイチャぶりも考えるとわたしは歴としたあの二人の子供なんだと思える。

 

 季節が二つほど過ぎ去ったときにわたしの誕生日だと言われたのでおそらくわたしは一歳になったんだと思えた。

 そのころにはいくつかの単語もたどたどしいながらも言えるようになっていたのだが、これが明らかに日本語の発音とは違う……いやそれどころかわたしの知っているいくつかの地球上の言語とも異なりここに至ってようやくわたしもここがわたしの過ごしていた日本とは全く違う場所なんだと諦めがついた。


 諦めがついたところでようやく受け入れた私の名前-わたしと言うとメイドに淑女は自分のことをわたくしと呼ぶのですよと教育されたので私と発言することにした-であるエーリカ・サンドマンに違和感を覚えた。

 どこかで聞き覚えがあるような無いようなそんなふわふわとした感覚を覚えたのだった。

 しばらくは気になりつつも言葉を覚えたり行動半径を広げることにいっぱいいっぱいだったので心の片隅に置いておくことになってしまっていたのだが、私が三歳になったときにその違和感の正体に気づいた。


 私が三歳になった時、お父様-こちらも最初のころはパパと呼んでいたがメイドに指導されて以下略だ-が私に婚約相手を探さないと、と言い出した。


 私はそのころには結構メイドたちの教育もあって貴族の考え方が浸透していたので政略結婚というか幼少時に婚約者を作るという感覚にもあまり忌避感はなかった。でもお父様が言い出した相手が問題だった。


 お父様は子爵領のすぐ隣にある辺境伯家の子息が私と一つ違いだからそこと縁を結べれば最良だと言い出したのだ。

 もちろん、子爵家が辺境伯家と縁を結べればこれほどの幸運はないだろうが辺境伯家の名前を聞いて私はサンドマン家に生まれてから初めて血の気が引くのを感じたのだ。


 ナイトハルト辺境伯家、何を隠そうわたしが最後にプレイしていたゲームに出てきたヒーローの家名と全く同じだったのだ。

 その名前を聞いた瞬間、わたしの最後の記憶“君の瞳に恋して”というクソゲーレビュアーにまでおもちゃにされたわたし史上最低最悪の乙女ゲームのことをはっきりくっきり思い出したのだった。


 そのゲームは老舗STGのメーカーが社長の鶴の一声で作りだした全く何のノウハウもない状態でこの世に出された乙女ゲームで設定上にかなり問題のあるゲームだった。


 まず、ヒーローが第三王子、第四王子、宰相を預かる公爵家の子息、辺境伯子息の四人という高位貴族オンパレードなのにもかかわらず主人公が子爵家令嬢というまるで釣り合わない家格なのが問題だ。


 普通、この手の身分差を題材にするものだと実は主人公には特別な力が備わっていてそこが評価されたり、あるいはヒーローの婚約者に虐められているにもかかわらず下位貴族の天真爛漫さで婚約者の座を奪い取るようなのが王道と言われるものなのだが、もちろんこのゲームではそんなことにはならない。


 前者ではそもそも魔法の存在しないこのゲームでは天地がひっくり返っても特別な力など存在しえないし、後者では四人中三人のヒーローに婚約者がいないこのゲームでは虐められようもないのだ。

 ちなみに唯一婚約者のいる辺境伯子息の婚約者はエーリカだ。


 つまり主人公は婚約者が目の前にいるのに他の男に現を抜かす浮気女だし、辺境伯子息は自分の婚約者がほかの高位貴族と仲良くしてるのにロクに注意もしないアホ男なのだ。


 そして何よりも問題なのはエーリカ・サンドマンは子爵令嬢でありながら嫡子であるということだ。

 普通ならば爵位は男性しか継げないという設定のゲームが多い中、このゲームのライターは女性にも爵位継承権があると設定したにもかかわらず主人公をヒーローの嫁にするストーリーを紡ぎだしたのだ。

 主人公が継がないのならば血縁関係がある、例えば従兄弟などが子爵領の跡継ぎになるように設定すればよいものを社長の無茶ぶりに疲れていたのか他に何か裏設定があったのかはわからないがライターは主人公の両親は一人っ子で兄弟姉妹はいないし主人公の祖父母は父方母方両方が流行病で死去している設定にしている。

 ゲームでは物語終盤において主人公の父親が主人公に対して領地のことは自分にまかせてエーリカは幸せになりなさい。と言っていたから子爵領は父親が死ぬまで領主として治めたのだろう。もちろん父親の死後どうなったのかは語られなかったし、このゲームをプレイした大半のユーザーからはあまりにも無責任すぎると非難囂々だった。


 ゲームを思い出して血の気が引いた私だったが、何も今いるこの世界がゲームの世界で自分が主人公だったからそうなったわけではない。


 私の血の気を引かせたのはこのゲームがハッピーエンドと表記されて終わるものの主人公が幸せになれるエンディングがただの一つも存在しないところだ。

 このゲームにはいわゆるバッドエンドやノーマルエンドは存在せず、必ず四人のヒーローのうちだれかと結ばれるようになっている。ちなみにハーレムエンドも存在しない。あっても私は選ばない。


 それぞれのエンディングだが、第三王子と結ばれると臣籍降下したのちに音楽家になったヒーローのマネージャーのような立ち位置になり、第四王子と結ばれると同じく臣籍降下したのちに画家となったヒーローのモデルとなり、公爵子息と結ばれるとヒーローと共に吟遊詩人として国内を旅し、辺境伯子息と結ばれると隣国が攻めてくる国境沿いの砦上で敵兵の大軍を見つめながら抱き合っている。

 ゲーム、というか創作上で言えば面白いエンディングなのかもしれないが前三人は貴族令嬢が平民と変わらない生活-公爵子息に限って言えば平民以下の生活-であまりにも将来性が見えないことが非難の的となった。

 辺境伯子息はいわずもがな敵の大軍が攻めてくる時に砦上で抱き合っているなんてこの後どんな目に遭うのか、よしんば敵兵を追い返すことができたとしてもその後の辺境伯領が荒れるのは目に見えているのでこちらも胡乱な目で見られていた。


 実際にゲームをプレイしていたわたしはそれぞれのエンディングに対して考えなし過ぎて逆に笑えるという感想しか抱けなかったし、転生した私でも有り得ないという感想以外思い浮かばない。

 そもそもこの世界は元の世界で言えば産業革命前、工業機械も農業機械もほとんど存在せずそれ故に人間の持っている素のエネルギーが貴ばれている時代だ。

 魔法などがないからだろうか感覚としては元の世界で学んだものに近くて、領地を治める貴族は外敵の排除と領地内の統治を正しく行っているから領民もおとなしく従うのであって、たとえ貴族や王族だとしても外敵を前に逃げ出したり領内で横暴な真似をすればボイコットや平民の反乱につながる。

 それは平民側も同じことで幼い子供でも家族の手伝いをしなければ平然と食事を抜かれ、権力者に正当な理由もなく逆らえば処刑されても何の文句も言えない世界なのだ。


 そんな中、王侯貴族ともあろうものたちが平民落ちした挙句その後の職業が自身の才能だけで食べていく芸術職。どう考えてもうまくいくはずがない。

 それは前の世界ですら後に天才的と言われていた芸術家たちですら芸術家として生きていたころにはほとんど評価されず死後になってから作品の評価が上がっていったことからもわかる。


 それに何よりも、私自身が両親とこの屋敷で働く領民たちを見捨ててほかのどこかに行くのが嫌なのだ。


 貴族らしくはあっても愛情深い両親、言葉遣いに対しては厳しいけれども私自身を気遣ってくれているメイドたち、前世の記憶があってさえ美味しく感じる離乳食を作ってくれた料理人、私の部屋から見える範囲だけではなく屋敷全体の植物の管理をしてくれている庭師……。

 私がこの世界に生まれてからあった人はそんなに多くはない。でも、それでも出会った人は確かに生きていてそれぞれがそれぞれの大切な人を幸せにしようと頑張って生きていた。


 それなのに、この世界がゲームをもとにして作られているから、少なくともサンドマン子爵家とナイトハルト辺境伯家に対してはゲームの知識通りの設定になっているからと言ってゲームのストーリーを受け入れてハッピーエンドを目指す?

 私にはそんなのは無理だ。


 だから、私はゲームの設定を壊してサンドマン子爵家を継ぐために動こうと思う。


 まず私が行動したのはもちろん辺境伯子息との婚約の回避だ。


「お父様、お父様はナイトハルト辺境伯子息との婚約が結べれば最良とおっしゃっておりますが、お相手の方はこちらの領へといらっしゃってくださるのでしょうか?私はお父様さえよろしければいずれはこの領を継いで領主となりたいと考えているのですけれど……」


 私の話す言葉が三歳にしては流暢で思考がしっかりしていると感じるかもしれないが、この世界ではいわゆる天才と呼ばれる人間が多数存在しているらしく周りの大人たちもしっかりしているくらいの印象しかもっていないのであまり気にしないでもらえると助かる。


 メイドたちの話でしか聞いたことがないけれど、この世界には私と同じ三歳で農業の手伝いをしたり商売道具の運搬作業を行っている子供たちがたくさんいるらしい。

 私は貴族だから肉体仕事をしない分、頭を使う仕事、この世界の言葉を覚えるために様々な単語の発音を練習させられたり本を読めるように簡易文字-英語でいうところのアルファベット-の書き方を習ったりしているのだ。


 これは私が特別なわけではなくて、貴族ならば誰でも習うことらしい。


 というのも、レンダル王国の貴族は特別な理由がなければその全てが十二歳になる年に王立学院への入学が義務付けられているからだそうだ。

 その王立学院入学前に字の読み書き、算術、円滑な会話、貴族としてのマナーを習得していなければならず、教育は遅すぎるということはあっても早すぎるということはない、というのがすべての貴族の共通の意識となっているからだ。


 話が脱線してしまったきらいがあるけれど、私の言葉に対してお父様はひどくびっくりした様子を見せた。


 重ねて言うけれど、私の言葉の流暢さや考え方にびっくりしたのではなくて、私がこの領地を継ぎたいと思っていることにびっくりしたようだ。


「エーリカはサンドマン子爵領を継ぎたいと思っているのかい?領地を継ぐためにはたくさん勉強をしなければならないんだよ?」

「お父様、私は勉強は嫌いではないので領地を継ぐために勉強をすることは嫌ではありません」

「でも、領地を継ぐとなったらいろいろ我慢しなければならないことが多いかもしれないよ?綺麗なドレスを着てお茶会を開くよりも動きやすい恰好をして領民のために領地のあちこちに行かなければならないことだってあるかもしれない」


 お父様は私の覚悟を試しているんだと私には感じられます。

 まあ、たしかに普通の女の子だったら領地のために駆けずり回るよりも綺麗なドレスや宝石なんかを身に着けてお茶会をしてるほうが魅力的なのかもしれません。


「たとえ綺麗なドレスを着て美味しいお茶やお菓子をいただけたとしても、それでお父様や領地のみんなが困ってしまうのならば私は嫌です」

「私だってまだまだ領主として頑張れるし、エーリカが自分を犠牲にすることはないんだよ?」

「でも、私がこの領地を離れた後お父様が亡くなってしまったらこの領地はサンドマン子爵とは縁も所縁もない誰かが引き継いでしまうのでしょう?私はそれが嫌なのです。だから、犠牲とかそういうのではなく私はこの領地のみんなと、お父様やお母様とこのサンドマン子爵領で幸せになりたいのです」

「……エーリカ」


 お父様は私の言葉に反論することはできませんでした。

 私にはわかっていたのです。貴族らしくありながらも愛情深いお父様がどうして私を次期領主とはせずに辺境伯家へと嫁に出そうとしていたのか。

 それは女性が爵位を継ぐことの大変さ、その苦労を知っていたからこそ私の幸せを願い私をよその土地へと送り出そうとしていたのです。


 でも、私の幸せはそこにはありません。

 私の幸せは変な男-ゲームのヒーローたち-に引っかからずに貴族として末永く暮らしていくことです。


 そのためには次期領主になるのが手っ取り早いと私にはわかっていました。

 次期領主同士は婚約も結婚もできません。辺境伯子息は嫡男でありながら次期辺境伯です。そして第三王子、第四王子も王族を離れて臣籍降下される際に公爵領を賜ることはゲーム内で語られていました。

 私が次期子爵となることによってこの三人とは基本的に婚約も結婚もできないことになります。

 公爵子息だけは長男が宰相職、次男が公爵を継ぐことがゲーム内で言及されていたので微妙ですが、公爵子息が吟遊詩人を目指す限りは次期子爵の伴侶になるのは不可能でしょう。

 子爵の伴侶となった人物が国内とはいえ、あちこちふらふらしているようでは困りますからね。


「エーリカの気持ちは分かった。私としてはなるべく応援してやりたいが領主になるためには本当に様々なことを修めなければならない。だから、エーリカが本当に領主になれるかどうかがわかるまでは婚約の話は進めないことにしよう」


 前の世界で得たゲームの知識があるとはいっても、ゲームで語られなかったものは私にはわかりません。きっと領主になるためには普通の子供が学ぶ以上に学ばなければならないことがたくさんあるでしょうし、きっとそれは机上のことだけではないのでしょう。

 でも、それでも私はあきらめません。


 それからの私の生活は領主になるための勉強で占められました。読み書きの勉強は日常生活で使うものはもちろん、領内の主要な作物、国内の領地名や国内法などに出てくる専門用語まで幅広く教えられました。

 また、領主となる人間は領内の隅々まで把握しなければならないとのことで乗馬や、領内に賊が入った時に陣頭指揮が執れるように剣術などの護身術の訓練も始まりました。もちろん戦術や用兵術なども領主の嗜みとして叩き込まれます。


 お母様やメイドたちは何もそこまでしなくてもと言っていましたが、これは領主になるならば必要なことで領主になるというのは私が望んだことなので口を挟まないようにお父様と二人で言い含めました。


 それから二年が経ち、私は五歳になりました。

 最初は前の世界で読んだライトノベルなどの影響で前の世界よりも発達していない世界ならば知識で無双ができるかと思っていましたが現実は甘くはありませんでした。

 魔法がないので現代の家電などを作ることはできませんでしたし、もし作ろうと思えば蒸気機関から発電装置まで作り出さなければなりません。

 もちろん一般的な大学生だったわたしにはそんな専門知識は存在していませんし、都合よく誰かが教えてくれることもありません。

 

 ですので、私にできたことはすでに使っていた肥料を改良したこととお酒の蒸留に使っていた蒸留器でエッセンシャルオイルを作り出したことくらいでしょうか。

 肥料のほうは前の世界の祖父母が家庭菜園で使っていた肥料を参考にいくつか作った内のひとつが領内の作物に適していたというまぐれ当たりのようなものです。

 エッセンシャルオイルのほうは中学時代の科学倶楽部で蒸留器を使ったエッセンシャルオイルづくり、またそのエッセンシャルオイルを使った自作石鹸づくりを体験していたのでこちらは比較的簡単に作ることが可能でした。

 

 もちろんこの世界にも石鹸は普通に流通していましたので領内で採れる様々な種類の草花で作ったエッセンシャルオイルで香り付けをして領内の特産にしてもらっています。

 こちらはお母様やメイドたちにも好評でこういった女性らしい発想が出てくるのならば女性領主も悪くはないのかもと少しだけ評価を上方修正させることに成功しました。


 ……まあ、肥料の作成の時に生ごみや貝殻、動物の骨などを収集していたのでその時の下方修正と相殺されている気もしますが。


 領主教育の傍ら、領内の改革をし始めた矢先に私に縁談が舞い込んだ。

 いや、正確には婚約の打診の打診というべきか……。


 三歳の時に婚約できれば最良とお父様に言われた辺境伯子息がどうやら婚約者を探しているとのことらしい。

 辺境伯子息と年回りの良い貴族息女はそこそこの人数存在しているが、辺境伯の派閥で辺境伯としての仕事にきちんと理解を示し、次期辺境伯となる子息を支えられる貴族息女となるとこれがなかなか難しい。


 サンドマン子爵家は辺境伯の派閥なのはもちろん、辺境伯領と領地が接しているので辺境伯の仕事には理解があり、何よりも国境の防衛線においてはお父様自身が領内の民兵や私兵を率いて参戦しているので辺境伯自身も子息の婚約者候補に入れたいと考えているらしい。


 ただ、問題は私が次期領主としての教育を始めていることとサンドマン子爵家が子爵だということだ。

 レンダル王国では貴族同士の婚姻に際しては直上か直下の爵位との婚姻が望ましいとされている。

 これは私自身、領主教育を行う過程で習ったものでゲームには出てきていなかった設定だ。


 レンダル王国の爵位は上から王族・公爵・辺境伯・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士爵・士爵となっている。


 王族は言わずもがな、公爵は基本的に臣籍降下した王族が賜る爵位となっているので通常の貴族にはなれない。


 そして、辺境伯・伯爵・子爵が領地を持つ爵位で侯爵・男爵・騎士爵・士爵が王宮か領地に使える貴族が持つ爵位だ。

 ちなみに、騎士爵・士爵は一代限りの爵位で武官として功績を積んだものが騎士爵、文官として功績を積んだものが士爵として召し上げられる。

 一代限りとはいったが親兄弟の功績も加味されるので余程のことがない限りこの爵位は同じ家柄で占められているが一代限りの子の爵位を持っている家系が陞爵することによって空いた爵位に新しい家が爵位を賜ることはある。


 何を隠そう我がサンドマン子爵家も騎士爵から子爵へと陞爵された家系なのです。

 騎士爵から上がるならば一つ上の男爵になるのでは?と思う方もいるとは思うけれど文官である士爵は同じく文官である男爵へ、武官である騎士爵は同じく武官である子爵へ陞爵することになっている。

 子爵は辺境伯領周辺に配置されており国境で変事が起こった際には駆けつける義務が発生しているために基本的に武官で編制されており、そのことも相まってお父様は私が領主になりたいといった際に学ばなければならないことがたくさんあるといったみたいだ。


 そして婚姻の際の直上・直下の爵位となると子爵ならば同格の男爵位、直下の騎士爵・士爵、直上の伯爵・侯爵となる。

 ちなみに辺境伯は公爵・侯爵・伯爵との婚姻を推奨されている。


 ただ、国境を守る辺境伯に嫁げるような貴族子女を数の少ない上位貴族で探すのは大変なので爵位ロンダリングというか上位貴族に頼んで一時的に養女にしてもらいその後に婚姻するということも少なからず見受けられるらしい。

 もちろん、嫁ぐ子女の能力が上位貴族に通用するものが前提とされているし、そのほかにも金品や取引等でのメリットの提示など相手側に納得してもらうだけの何かしらが必要らしい。


 まあ、そんな感じでやろうと思えば抜け道はいくらでもあるけれど、領主候補が一人しかいない家系に上位とはいえ他家の人間が介入することはマナー違反とされる。

 だから、この国では王族を除けば最上位の爵位を持つ辺境伯家といえども、私が次期領主としての教育を開始していることを告げれば次期領主となる辺境伯子息との婚約はごり押しすることはできない。


 もちろん、お父様は打診の打診とはいえ、私の心情を一番に考えて遠回しながらも辺境伯家からの婚約話をきっちり断ってくれた。


 それは私の心情だけの問題ではなく、すでに少ないながらも私が領主としての成果を見せつけていることにも由来する。


 この世界、この時代では親が残した功績を子が行ったように流布し箔をつけるという行為が多々ある。

 特に下位貴族の子女は嫁ぎ先が貴族か平民かでその後の人生がまるで違うものになってしまうので、親としても必死になって経歴を盛る。

 辺境伯も私の残した成果は親が良縁を結ぶために盛った成果だと思っていたらしく、まさか貴族子女である私が、たとえ子爵家の唯一の跡取りとはいえ次期領主としての教育を受けているとは夢にも思えず、まさに寝耳に水、といった状態だったらしい。

 領主となれば馬に単独で乗れなければならず、また剣の腕も最低でも自身の身を守れるほどにはなければならないので一般的な貴族子女が目指すものではない。


 とはいえ、これでゲームの第一段階、辺境伯子息との婚約は回避できた。


 次に気を付けるべきは学院に入学後、ゲームのヒーローたちとの接点をなるべく作らないことだが、こちらもこのままいけば私は次期領主として領地経営科に入学になるので接点はほぼないだろう。


 ゲームでは婚約者である辺境伯子息との繋がりと淑女科と芸術科の校舎が近かったことでヒーローとの接点が演出されていた。

 具体的には淑女科の中庭と芸術科の一部学生のアトリエが隣接しているので、中庭でお菓子を食べていた主人公のもとにアトリエで自主練習していたヒーローがやってくる図というのが辺境伯子息以外のヒーローとの最初の接点だ。


 だから私は油断していた。私自身が転生した時点でこの世界はゲームをもとにはしていても全く違う、ゲームには出てこない人も多数生きている現実だとわかっていたはずなのに。



 お父様が辺境伯家の知り合いの家臣に私が領主教育を始めていて相手がたとえ高位貴族だとしても嫁には出せないと情報を流したことにより辺境伯が子息の婚約者候補から私を外したとの情報が流れてきた。

 これで辺境伯子息の婚約者探しは難航を極めることになるのだが、辺境伯としても早いうちに近場で探せれば僥倖くらいの気持ちだったらしく気長に探すつもりのようだ。


 サンドマン子爵家はお母様が私を産んだ際に子を成す能力を失ってしまったので私以外の直系の後継者が現れることはないが、他家ではその限りではなく才気あふれる貴族子女が弟が生まれたことをきっかけに嫁に出ることも少なくないし幼少期には目立たない子供でも学院入学前後には目覚ましい活躍をしだすこともある。

 だから辺境伯は子息の婚約者探しはいったん諦めて子息の領主教育も辺境を守る騎士としての教えをメインにすることにして文官としての教育はストップしているらしい。


 これは噂段階だが、辺境伯に次子が生まれたという話が出てきたことにも由来するのかもしれない。

 この世界では三歳になるまではたとえ貴族であったとしても死亡率がそれなりにあり、三歳になった時に正式にお披露目をした段階で家の一員として世間に公表される。


 辺境伯としては婚約者を見つけにくい長子よりも周辺の子爵家で子供が生まれた噂が多い次子に次期領主を任せたいのかもしれない。


 ちなみに私や辺境伯子息の年回りに貴族子女が少ないわけではなく、他の辺境伯家の派閥の貴族子女や文官の爵位の貴族子女が多いだけで男女比率は他の世代とそんなに変わらない。


 他地域の辺境伯家の派閥貴族に婚約の打診をすれば多額の謝礼が必要だし文官の出では辺境伯夫人という、常に領民だけではなく国民全体のために他国と戦わなければならない辺境伯を支える役職は難しいだろう。


 だからなのか、それとも辺境伯の伝え方が悪かったのかなぜか辺境伯子息が私と婚約を結んだと騎士団や他家とのお茶会や狩猟会で嘯いているとのうわさが伝わってきた。


 訳が分からない。


 いや、正確には訳は分かる。


 辺境伯子息としては私と婚約を結べれば確実に次期辺境伯に指名される、と考えているのだろう。

 実際には私と婚約できたとして長子に辺境伯家を治める能力がなければ長子を辺境を守る一騎士として育て次子を次期領主にすることは容易に考え付くがそこまで非情に現実を考えられる人間もまた多くはないのだろう。


 

 この時私の頭の中に浮かんだのは辺境伯子息も転生者なのでは……という考えだ。

 辺境伯子息が転生者だった場合、主人公と結ばれることで自身のハッピーエンドを望むのは至極まっとうな考えだと思えてしまったのだ。

 このゲームは乙女ゲームでありながらクソゲーでもあったので何人かのゲーム系動画投稿者がネタとしてプレイしていたので、転生者がたとえ男性であったとしても内容を知っている可能性はある。


 ただ、私にとっては辺境伯子息が転生者かもしれないことが重要事項だったがお父様にとっては断ったはずの婚約話がこともあろうに当主ではない人間が勝手に事実として話を作っていることが大問題だった。


 もちろんお父様はこのことについて辺境伯周辺に苦言を呈していたし、辺境伯自身も周りに幼子が勝手に言っている妄想話と説明し、子息を叱責し罰まで与えたらしい。

 それでも辺境伯子息が態度を変えることはなく、サンドマン子爵家の名前を出すことはなくなったものの同年代の貴族子女との出会いの場では自身には婚約者がいるので誰とも会話はできないなどと言っているらしい。


 明確な名前を出されればいくら格下とはいえ辺境伯に苦情を申し立てることはできるが婚約者がいると言っているだけの状態では子爵家からは辺境伯家に文句を言うことは難しくなってしまった。


 もちろん辺境伯自身は息子のこの発言に対して息子には婚約者はいないと散々周囲に説明していたが本人が堂々と婚約者持ちだと吹聴してしまえば周りは何か事情があって隠してるだけだと思い、多少年回りが離れていたり文官の貴族だったりしても辺境伯子息に対して婚約の打診をする貴族はいなくなってしまった。


 このことはゲームのフラグを折れさえすれば自身の望んだ未来をつかめると思っていた私に他の転生者やゲームの強制力といった暗雲を自覚させるに十分の出来事だった。


 とはいえ、私もお父様もこれ以上は辺境伯家に抗議もできないしできることは私の領主教育を進めることしかなかった。

 実際、私にできたのは学院に入る十二歳までの七年間に入学前に終了させておくべき領主教育を終えたこと、辺境伯自身と直接面会する機会を得て書面にて私と辺境伯子息との婚約はないものとする確約を得たこと、王宮に私が次期サンドマン子爵であることの書類を提出し国王陛下にその旨の了承を得たこと。


 この三つが主にできたことだ。


 ほかにもエッセンシャルオイルの種類を増やしたり、領内の治水工事に同行したりしたがこの辺は領主として当然の行いなので割愛する。


 とにかくこれから学院に入学する私だが、当面の目標は領地経営科にて実地にて領主教育の最終段階を学ぶこと、ゲームのヒーローとの接点を持たないこと、そして最後に私の婚約者を学院にて見つけることだ。


 一つ目は領主同士の諍いを次期領主同士でシミュレーションしたり領地同士のいさかいを第三者目線で治める練習をするのが主になる。

 これは近年に実際に起こったことを例題として行われるし、他の領独自の考え方などを学ぶ機会で領地内の学習では不足される場面を習得させられる。

 あとは同年代の領主の顔合わせの意味合いも大きい。

 また、改修された国内法や近隣国の法律も併せて学ぶがこちらは量もさほど多くなく自宅学習で履修したことがほとんどになる。


 二つ目は私にとっては何よりも重要なことではあるもののだれにも相談できないことでもある。

 王立学院入学の際には王都に屋敷を持たない貴族は寮に入ることになっているし、私も侍女一人を連れて入寮することになっている。

 ただその侍女に対しても、転生やゲームの話などできないし王族や公爵子息に見初められるかもしれないなどといった日には気でも狂っているか夢見がちな妄想で片づけられるだけだろう。


 三つ目の問題は深刻で、辺境伯子息の件が響いているのか女性領主の前例が少なすぎて他の貴族が及び腰になっているのかはわからないが私に婿入りしたいという貴族子息がまったくと言っていいほど現れないのだ。


 しかも、辺境伯子息はあの後も婚約者がいることを各所で吹聴しているのだ。

 そのたび辺境伯に叱責され辺境騎士団に行儀見習いに行かされているというのに全く反省の色が見えないのは辺境伯としても頭の痛い問題だろう。


 ちなみに、辺境伯の次子だが無事にお披露目も済ませているので長子が学院を卒業する前には次期領主として次子が登録されるのではないのかというのがお父様と私の共通見解だ。


 以上三つの目標を無事にこなせれば私はこの夢なのか現なのかいまだに判別のつかない世界で幸せをつかめるような気がする。

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