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随筆

信仰について

作者: 村上有リ
掲載日:2022/09/03

「キリストは好きだがキリスト教徒は好きではない。キリスト教徒はキリストのようではない」と言ったのはガンディーだったか。


 私もキリストは好きだが、教会は苦手だった。一人片隅で祈る礼拝堂の静けさは好きだが、礼拝は苦手である。教会があることで成された福祉は多いだろうし、人々が集まって救われる魂も有るだろう。集団が問題なのではなく、序列を作りはじめると苦手なのかもしれない。


 私は宗教芸術は好きで、絵画や音楽、建築も好きだ。キリスト教的世界観の物語や童話も好きである。神がいるのかどうかわからないが、素晴らしい作品が生まれるきっかけになったのなら、それだけで良かったのではないかと思える。

 神の名を語り、宗教を支配の道具にしたり、戦争の言い訳に使うのは好きではない。「いかにも弱い人間のしそうなこと」という感じがする。神が悪いというより、人が悪いように思う。そのような弱い人々を救済するためにキリスト教があるのだから、ガンディーのような意志の強い人に「好きではない」と言われるのも当然の帰結かもしれない。


 私には昔洗礼を受けた教会があったが、転居で遠く離れてしまい、今はどこにも属さぬ野良クリスチャンになった。「教会に所属しない者はクリスチャンではない」のかもしれないし、「教会に属さぬ者に救いはない」のかもしれない。私にはいまわの際に祈ってくれる牧師もいないし、仏式で葬られるかもしれない。それでも良かった。私にはそういう表面的のことは、あまり重要でない気がした。


 「わたしについてきなさい」という言葉が好きだ。祈る時は自分の部屋で祈れ、という言葉もあった気がする。私は自分にとって都合のいい箇所をもってきて使っている。このあたり、私もズルくて弱い信者だ。


 天国にいくために祈るのだろうか。私には、天国や地獄が明確にあるという気があまりしない。死んだら無のような気もする。それでも良かった。神が導いて下さるなら、永遠の暗黒でもいい。すべての感覚を失い、天国より心安らかに眠れるかもしれない。ついてこいというのだから、どこまでもついていきたい。それだけだった。「そんなことでは天国にいけない」「地獄に落ちるぞ」と生きている人に言われても、心に響かない。()()()()()()()()()()()()()()()()()、という気がする。それだけは、わかる。


 人間には神も宗教も不要で、ただ死者を弔う気持ちさえあればいいのかもしれない。亡き人が安らかに、幸せでいてくれることを祈ると、こちらが救われる。

 私は信仰を家族にも話さないし、家族の信仰も知らない。人にも勧めない。聖書のすべてを理解できるわけでもない。それでも私は神がすきで、慕っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして通りすがりの読専で御座います。 自身が無神論者という事もあり著者様のように<神は己の中>という境地に達した方を心底羨ましく思います。 仏教とは何かを調べれば<原始仏教>に至る訳で…
[一言] 村上有リ様 はじめまして、イタリア皇帝と云う者です。 野良クリスチャン、いい言葉ですね。わたしもそうです。 キリスト教、仏教にしろ歴史を振り返れば権力欲にまみれていますからね。 どの宗教…
[一言] 誰に伝えるでもなくご自身の心の中だけで信仰する、それこそが在るべき信仰者の姿なのかも知れないなと思いました。 野良クリスチャンとは言い得て妙ですね。 表面的なことに捉われずに生きることは難し…
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