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朝の旋律  作者: 松仲諒
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第7章

 そして僕達は青森県の方に旅行に行った。青森県を車で走ると、周りの木々の新緑の美しさが心地よかった。僕はキャンプとかで山梨、栃木、長野にはときどき行っていたが、青森の木々の風景は見慣れた風景とは違っていた。木の種類が違うのか、生え方が違うのか、理由はわからなかったが、その美しさは僕には新鮮だった。

「森が綺麗ね。天気もいいし、青森のドライブがこんなに気持ちいいなんて想像してなかった。来て良かった」光希も喜んでいた。僕達は森の中にある温泉宿に宿を取った。宿の窓からは新緑の美しい森が見えた。

「ここのブナの森は白神山地の森の一部で、人の手の入っていない、全部自然の原生森なんですよ」宿の人が教えてくれた。僕達は宿を出て少し散歩した。少し歩くと細い山道があり、そこに入ると周囲を全部ブナの木に囲まれる森になった。森の中は静かで、ブナの葉の新緑は鮮やかな黄緑色で、そこに立っていると心の中に爽やかな気持ちが沸き上がった。光希は僕の横で静かに目をつむって立っていた。

「聞こえるわ、音楽が。ピアノ協奏曲が私の心の中で奏でられている」光希が澄んだ声で囁いた。それから僕達は二人で手をつなぎ、適当に腰をかけた。そして声も出さず、瞑想をしているようにゆっくりと1時間位を過ごした。


 それから光希は寡黙になった。宿に帰って夕食を取っているときも、寝床でも、必要なこと以外は話さなくなった。

「光希、どうしたの? しゃべらなくなって。具合でも悪いの」

「ううん、大丈夫。あの森の印象が強すぎて、圧倒されちゃったの」

「そっかあ。何か描きたくなった?」

「そうね」光希の答えはそっけなかった。


 東京に帰ってからも光希は口数が少なく、僕ともあまり会ってくれなくなった。電話しても出ないことが多く、光希の家に行っても用事があるからと言って部屋に入れてくれなくなった。僕は、光希にふられるのではないかと急に不安になった。そんな不安になっているときに1通の手紙が届いた。光希からだった。


『聡さん、ごめんなさい。しばらく会えません。私はこれから創作に集中したいと思っています。自分の今後を考えても正式に雑誌社に採用されるような作品を描きたいと思っています。そのためには聡さんには会わない方がいいと結論づけました。別に聡さんが嫌いになったわけではないので、自分を責めないでください。いい作品ができて軌道に乗ったときにもし会えるようであればまた相手をしてください。勝手を言って、こめんなさい。お元気で。  光希』


 あまりに突然の別れの手紙だった。僕はすぐに光希の部屋に駆け付けたが、彼女は既にそこを引き払っていた。同じ大学だった鈴木君にも連絡を取ったが光希は大学を中退していて、鈴木君も周囲の人もその後の行き先、連絡先を知らなかった。光希は全てを捨てて去ったのだった。

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