第5章
一樹さんは僕と同じ工学部の1年先輩で、趣味で現代アート風の絵を描いていた。他にも読書、音楽鑑賞に演奏と多才な趣味を持っていて、アートの話で気が合ったので二人で良く飲みに行った。彼の小説や音楽の知識は多くて深く、細かいことまでよく知っていて、鑑識眼も確かだったので、僕は彼を尊敬し、彼から多くの知識を吸収していた。
十一月初旬の風が頬に当たると寒く、秋も終わりを感じさせた。僕は光希を連れて大学の学祭を訪れた。外の道や広場にはサークルや有志で出店した露店が並び、そこでアメリカンドッグとか焼き鳥を買って生ビール片手に学内をウロウロした。「聡の大学は大きいからたくさんの出し物があって楽しいわね。うちの大学は小さいからこんなに賑やかじゃないわ」
僕は彼女を一樹さんが展示をしている部屋に連れて行った。
「一樹さん」
「お、聡、来たか」
「光希です」僕は光希を紹介した。
「初めまして植田光希です」
「こんにちは、三浦一樹です。聡とは飲み友達で、そこでよく光希さんの話を聞いています」
「聡、もう何を話しているの?」光希がちょっときつい目で僕を睨みつけた。
「いや心配しないで、悪口は言ってないから。綺麗で可愛い娘だって。でも想像していたよりずっと可愛いね」
「一樹さん、色目を使わないで下さいよ」
「おーワリいワリい」
「一樹さんの作品見せてくださいよ」
「おーこっち、こっち」一樹さんが部屋の角の方の展示に案内してくれた。そこには20号以上のサイズで描かれた大型の絵画が5点並んでいた。アクリル絵の具で描かれた鮮烈でコントラストの強い色彩で描かれた抽象的な現代アートだった。色彩は強烈だが模様や図形に具体性や意味が見出せず、逆にその無意味なところが深く心に刺さった。
「いい絵ですね」僕は一樹さんに向かって言った。
「ありがとう」そう照れ笑いしながら答えた一樹さんの隣で光希はじっと何も語らずに絵を見ていた。その目付きはいつも僕に見せる目つきとは違い、壁を突き刺すのでではないかと感じさせる程鋭かった。
「光希、気に入った」僕が語りかけても光希は答えず、まだジッと絵を見ていた。僕はその光希の真剣さを見てクスッと笑い、一樹さんの方を向いた。
「こいつ、相当、一樹さんの絵を気に入ったみたいですよ」
「そうかあ、嬉しいなあ」
「いい色ですね。画面の構成も不思議で私は好きです」見ることを一端止めて光希がゆっくりした口調で一樹さんに語りかけた。
「ありがとう。褒められると嬉しいな」
「一樹さんも工学部なんかにいないで、アートの世界に入ったら」僕は光希の一樹さんの絵に対する真剣さにちょっと嫉妬を感じながら一樹さんをからかった。
「いや、あくまでこれは趣味だよ。工学でやりたいこともあるし」
「一樹さんは多芸だから。ホント、羨ましいですよ」
「今晩は時間あるの。僕は6時には引き上げるから、良かったら飲みに行かない」
「光希、いい?」
「いいわよ、是非」
「じゃあ、いつもの駅前の居酒屋で落ち合おう」