第3章
翌日、僕は原宿のホームで彼女を待った。時刻が6時になっても彼女は現れなかった。こういうときにLineをできれば便利だがスマホを持っていない彼女には使えなかった。電話をかけようかとも思ったが電車に乗っている最中に電話を鳴らすのも迷惑かなと思って、もう少し待つことにした。しかし20分待っても来なかった。フラれたのかと思った。30分経った。もうだめかと思ってベンチから立ち上がったときだった。彼女がこっちに向かって歩いて来た。
「ごめんなさい、場所間違えちゃって渋谷駅にいました。あれ、原宿だったとさっき気付いて、あせって来ました」原宿と渋谷をどうして間違えるんだろうと思ったが、そんなおっちょこちょいなところもあるんだと可愛く思えた。僕達は原宿の駅のそばの洋風居酒屋みたいなところに入って飲みながら食事をした。
「マンガは進んでいる?」
「ぼちぼちです。鏑木さんは何か描いているんですか?」
「うん、ファンタジーのお話を描いている」
「ファンタジーが好きなんですか?」
「ファンタジーも好きというのが正解かな。ベースは子供のときに好きだった怪獣物やロボット物だけどね。“黒剣の物語”に熱狂してからはだいぶ心はファンタジー寄りかな」
「そうなんですね。私は“黒剣の物語”は読んでないです」
「やっぱり樋口むつ?」
「そうですね。彼女の存在があまりに大きいです、私には」
「彼女の作品を読むと音楽が聞こえるって、この前言っていたよね」
「はい、読んでいると頭の中に聞こえるんです、自然と、クラシックのピアノ協奏曲が」
「不思議だね。それが作品の力なんだね」
「そうですよね、不思議です。私もそういう作品を描きたいな」
「僕ね、何か心の中にもやもやってした物があって、それを吐き出すようにマンガを描くんだよね」
「もやもや?」
「別に悩みとかじゃなくて、何か気持ちみたいなもの。お話にはなっていないんだけど、こうだったらなとか、イメージとか」
「想い」
「え?」
「それって『想い』じゃないですか? 木偏の漢字で書く想い」そういって光希はテーブルにあったナプキンの上にペンで字を書いた。『想い』
「確かに、その表現は合っているね」
「その想いを吐き出しながらマンガを描くって気持ち、わかります。私もそんな感じかも」
「そうやって『想い』を出しながらもっと高いところに行きたい」
「いいですね。想いながら高みを目指す」
「まだまだ描きたいことがあって、もっともっと高みに行ける気がするんだ」
「私も」彼女の眼が僕を見つめていた。その眼には僕への共感がみられ、それが本音であることを願った。それからもマンガのこと、大学のことなど話は盛り上がって4時間近く同じ店で飲んで、話をした。店を出てからも二人でブラブラ歩いた。原宿駅には戻らず、明治神宮の方に抜け代々木体育館の横を歩いた。
「これからもときどきこうやって会ってくれる」僕は光希にそう話した。ちょっと照れていたので声は小さかったかもしれない。
「もちろん、いいですよ」光希がそう答えたとき、僕は右手を伸ばし彼女の肩を引き寄せた。僕は光希の瞳を見つめた。そして顔を近づけた。光希も目をつむり顔を寄せてきて二人は口づけをした。