第1章
家に一枚のハガキが届いた。光希からだった。今の時代にスマホじゃなくてハガキを送るなんて光希らしいなと思った。『できました。まだ全てに納得はしていないけど、気持ちも落ち着いて余裕も出てきました。光希』メッセージはそれだけで、ちょっととぼけた表情で笑っている女性の顔のイラストと電話番号が添えられていた。僕はすぐにその電話番号に電話をかけた。
「もしもし」すぐに若い女性が電話に出た。
「光希? 聡だよ」
「お久しぶり」
植田光希に初めて会ったのは僕が大学2年生のときだ。僕はそのとき趣味でマンガを描き、同好の仲間とサークルを作り同人誌も出していた。サークルの仲間とは月に一回位集まっていて、そこに高校の後輩だった鈴木が大学の友達として光希を連れてきた。光希もマンガを描くので、鈴木の話を聞いてうちのサークルに興味を持ったらしい。
初めて光希に会ったとき、僕は強い眼をしているなと思った。何か希求しているのか、もしかしたらコイツはどんな男かと僕を品定めしていたのかもしれない。
「好きなマンガ家とかいますか?」
「樋口むつさんが好きです」
「そっかあ、いいよね、樋口むつは。僕も好きだよ。”時のざわめき”とかいいよね」
「いいですよね。雑誌で連載されているときには、次がどうなるんだろうって待ちきれなかった」
「僕は連載のときは読んでなかったんだけど従姉妹に単行本を勧められて読んだらのめり込んじゃったんだよね。あれが初めて少女漫画にのめり込んだ経験だな」
「趣味が合ってよかった」
「”時のざわめき”は、少年の妖精のお話で際立ってユニークな設定ではないけど、少年たちに魅力があって、展開もスリリングでいいですよね」
「あの作品を読んでいると音楽が聴こえるんです」
「へー、どんな」
「クラシック。旋律のきれいなピアノ協奏曲が聴こえます」
「クラシックかあ。僕はクラシックをよく知らないんだよな。クラシック、好きなんですか?」
「はい、ちょっとバイオリンも習っていたこともあります」
「すごいね。今まで縁がなかっただけで僕も興味はあるから今度教えて」
「いいですよ」
「光希さんの画風も樋口むつさんの影響あるよね」鈴木が言った。
「そうかな? これでも独自路線のつもりなんだけど」
「どんな絵か見たいな。結構、描いているの?」
「いや、まだ短編を2作ほど」
「読みたいな」
「なかなかいいですよ」鈴木が言った。
「鈴木君はもう読んだんだ。僕にも読ませてよ」
「え? いやまだ出来が悪いから。見せられるようなもんじゃないですよ。」
「いいじゃない、見せてよ」光希は乗る気がしない表情をしていた。
「そんなに出来は悪くないよ。次回持ってきなよ」鈴木が横からサポートしてくれた。
「うーん」光希はそれでもまだその気にはなってないようだった。まだ僕を信用してないんだろうと感じた。
「まあ、気が向いたら見せてよ」僕はこれ以上無理言ってもしょうがないかと思い引き下がった。
「ところで次の本っていつ出すんですか?」光希が聞いてきた。
「まだ皆の作品が集まるかわからないんだけど、夏のコミックマーケットには出したいと思っているよ」
「それまでには私も新作描きますから見て下さい」
「もちろん。どんなの考えているの」
「まだ中身はフワッとしているんですけど、ちょっとクールなサスペンスというかスパイ物みたいなのを考えています」
「スパイ? へー珍しいね。ちょっと樋口むつとは違うね」
「まあ、最近、男性マンガや映画にも影響受けているので」
「早く読みたいな」
「少しは時間下さいよ」光希のとぼけた笑顔がかわいかった。どんぐりのような丸い目は光を放ち綺麗だなと思ったが、その奥で何を考えているのか、本音を隠していて僕にはわからなかった。でも僕はその手強そうな雰囲気に魅力を感じていた。